【覇道】
<Act.8 『雷獣の咆哮』 第9話 『警備隊からの褒章』>
「失礼します」
ノックを2回
入室の許可の声を聞き、俺はドアノブを回して部屋に入る
警舎の最上階にあるこの部屋が何の部屋かは入る前にリオンに聞いた
言わずもがな、雰囲気でわかったけれど……
部屋に入りゆっくりと視線を上げれば、見慣れた顔が2つ。見慣れぬ顔が1つ
「ふむ。無事に五体満足のようだな」
正面にある机の向かって右側に立つのは長い紫の髪を流す副長
その笑みを浮かべた表情は満足気の一言に尽きる
彼女をここまで満足させるだけの結果を俺は出せたのだ、ということを改めて実感する
……正直、そうそう副長を120%満足させることは出来ないだろう
そう言い切れるだけの自信が俺にはある
「捜しましたよ、相沢さん。ご無事で何よりです」
机の左側に立つのは背丈も可愛らしい警備隊の制服を着た少年――佐伯隊長だ
副長と並んで立つと小さな身長が更に目立つ
素直に俺の無事を喜んでくれる少年に対しては俺はなんと失礼なことを考えてるんだろうか
不謹慎な考えを打ち払い、正面の机に鎮座する男性を俺は見据える
茶色の髪が頭に巻かれた包帯からはみ出るように出ている
けれど、印象深いのは瞳だろうか
真っ直ぐに俺を微苦笑を浮かべた顔で、見つめる黒瞳はなんとも印象的だった
「君が英雄か」
「ぶっ」
落ち着いたその表情で何を言うのかと言葉を待っていたら、見当外れな台詞に思わず噴き出す
けれど、それが失礼にあたるのもわかっていたため、俺は咳払いをして調子を整える
本来なら厳格な目で見られそうな副長も、穏やかな笑みは崩れていなかった
「名も名乗らずに失礼した。私は麻宮 和寿。カノン街警備隊の総隊長を務めている」
「……相沢 悠です。流れの傭兵をやっています」
俺は差し出された右手に対して右手を差し出す
会釈と同時に握手をし、友好の意を示す
うーむ……副長とは約定があったんだけど、まさか総長クラスに呼び出されるとは……
俺は何を言われるのか見当もつかず、警戒心が解けずにいた
「相沢 悠君か。いい名前だ」
「……あの、ご用件を」
「はっはっは。そうだね。この忙しい中来てもらっているというのに気が回らなかったよ」
豪快に笑い、俺の皮肉のような一言にも明るく応対してくれる
なるほど。この副長や子供隊長が敬服するだけのことはある
俺は人として優れた人格者であることを総長から感じ取っていた
人を惹きつけるカリスマという名の魅力は、この人にも間違いなくある
「用件というのはお礼だ。君がいなければギガラントスの襲撃を防ぐことは出来なかった。本当にありがとう」
立ち上がり、頭を下げる総長
昨夜にもあった一幕を思い出すには十分過ぎるほど同じだった
……本当にこの街はお人好しが多過ぎる
俺は本来ならありあえないお礼を心から嬉しく思い、俺も簡単に頭を下げて応えた
「その功績を称えて警備隊から――――ん?」
紡がれていく言葉に嫌な予感を感じた
あぁ……目立ちたくない、っていうのにこうなっちゃうんだよなぁ……
俺は咄嗟に総長の言葉を止めるように手を差し出して制止の意図を伝えていた
本来、喜ばしく名誉な話の腰を折られて驚きに呆然としている総長
「すみません。もし、私の我侭を聞いていただけるのでしたら私のことは可能な限り伏せていただけないでしょうか」
「え? ……それはまた、どうして?」
「目立つのは苦手なもので……」
俺の発言に総長は目を丸くして驚いた
苦言のような言い訳の理由をあげて、気まずさから俺は目を逸らしてしまう
……我ながらもう少しまともな理由は咄嗟に出なかったものだろうか
恥ずかしさに顔が熱を帯びるのが自覚できた
「……ふむ。功労者の意を無碍にすることもできまいな」
「ありがとうございます」
俺は深々と頭を下げてお礼を述べる
確かに俺は功労者だが、功労者を秘匿にするのもまた苦労が多いだろう
過去の経験上、そういうのは理解している
特に被害が大きければ大きい程、英雄や女神など担ぐ神輿があるにこしたことはない
それを自重してもらえるのだから、その心遣いの感謝の程が知れる
「総長。私めの方から……」
「うむ。頼む」
総長の横に歩み出た副長
横目で総長の確認を得てから、副長は俺の前に進み出た
そして制服のポケットに手を入れ、取り出したのは赤い小さな箱
宝石でも入っていそうな柔らかな毛の箱だった
「約束のものだ」
「?」
意味ありげな微笑みを浮かべ、副長はそう言った
俺はその言葉に小首を傾げる
約束
そう。俺は副長と約束を交わしていた
『私がいたからこそ、ギガラントスを倒せた』
それが俺に課せられた条件
その対価は副長との交渉権利だ
ゆえに形になるものではないはずだが……
子供の作った肩叩き券的なイメージを頭の隅に浮かべてからすぐに抹消する
この超合理主義の副長がそんなくだらない冗談をするはずがない
どこぞのバカとは違うからな
俺は差し出された赤い箱を受け取り、蓋を開けた
「こ、これは……」
箱を開けて俺は驚いた
中に入っていたのは四角い花の紋章――鉄花隊の隊員の証だった
俺は意味をわかりかね、驚きの顔のまま副長の顔を見上げた
「今、現在を以って相沢 悠をカノン街警備隊鉄花隊所属特別隊員に任命する」
「と、特別隊員……」
驚きが大きすぎて声にならない
頭の理解が遅れているのが自分でわかる
副長の笑みや、佐伯隊長の笑顔。それに総長殿の満足気な表情
…………マジなのか
こんなどこぞの誰とも知れぬ俺に対して、功績があったとはいえ組織の一任に入れるとは……
しかも、特別隊員って……大丈夫なのか?
既に偽名で性別も異なった上での任命のため、かなりやばい状況になっている気がする
「階級は部隊の副長クラスだ。同じ隊で言えばリオンと同等の権限があると思ってくれていい」
「副長クラス……」
「その紋章を見せれば警備隊員ぐらいなら指示できるだろう」
信じられない
その一言が今の俺の状態を表現する全てだ
これだけの権限があれば少しでも悪用すれば大きなことに繋がる
ましてや外部のものにこれだけの権限を持たせた責任は目の前のこの人達自身にも大きく降りかかる
それだけの覚悟があって、俺にこの紋章を渡しているのだろうか?
至極、和やかな雰囲気の中、俺だけが取り残されたように冷静だった
本当に感覚がずれているとしか思えない
「なぜ、ここまでのものを……?」
「貴様は私に成果を示した。これは相応たる対価だ。貴様は私に意見するだけの権限が欲しかったのだろう?」
悪戯をした子供のような笑みを浮かべる副長
けれど、そんなまやかしの言葉では俺は満足出来ない
雰囲気は崩すかもしれないが、俺は真顔のまま副長に問い返す
「私が欲しかったのは権利です。権力ではない」
「私に意見をするというのはこういうことだ、悠よ」
俺の言葉に対してまた真摯な視線で副長は答えた
遊びでも、ふざけでもない
これは正当な結果である、という自負を込めた発言と視線
俺はその視線を真っ直ぐに受け止めると、胸の中の取っ掛かりがストン、と落ちた
なるほど
この副長に意見をするのだから、それ相応のものは必要、ってことか
そう思うと仕方ないことなのだ、と思えてくる
確かにこの人に意見をするならば並大抵では無理だろう
その並大抵を超えた結果が、コレなのだ
ならば非常識、常軌を逸した処置も必要となるのも頷ける
「言い方はあれだが、私としても信頼をしている証と思ってくれていい。今日、君に会えて十分にそう思えたよ」
「総長……」
年季の入った微笑みは、この人の温和な性格を現すような穏やかさだった
人物としての器のでかさを感じ、俺は紋章をグッと握り締める
俺が勝利で勝ち得たものがこの掌の中にあるこれなのだ
権利と、そして信頼の証……俺はそれを勝ち得ることができた
それは同時にこの地でもある程度の動きが公でしやすくなった結果にも繋がる
今回のギガラントスのような悲劇を防ぐ力にもなるはずだ……
「副長も、佐伯君も……魅了されたのがよくわかるよ」
「ブッ」
「フフッ。総長もその内、目が離せなくなりますよ」
総長の問題発言に佐伯隊長は噴き出し、副長は妖艶に笑った
俺もようやく張り詰めていた空気が解け、頬を緩め笑みを浮かべる
――が、その時になって一つ気になる部分が浮上した
「すみません。警備隊に所属ということは、私にも指令が来るのでしょうか?」
俺の問いかけにも副長は慌てた様子もなく、流麗に唇を動かす
相手に全くの不安感を与えないその落ち着いた物腰は凄い、と正直に思える
「心配そうな顔をするな。特別隊員である貴様は警備隊の所属ではあるが、部下ではない
どちらかというとそうだな……協力者、と言うとしっくりと来るだろうか」
「協力者、ですか」
「あぁ。命令はしないが、協力を求めることはあるだろう。もっとも、あくまで要望なので貴様の意思次第だが」
副長の説明に俺は納得し、安堵する
もし命令でもされて都合のいいように使われるならこんな紋章、不要の長物となる
だが、副長の説明を聞く限りではかなり俺の理想のままの、都合勝手なように使えるようだ
困った時に権限は使えばよく、その責任としての対価は求められていない
あくまでも自主的な協力のみ、を求められている
……とはいえ、緊急時であれば惜しみなく協力するが、その辺りの信頼を俺はこの人達から得れたのだろう
その信頼をこそばゆく思いながら、口元は笑みを浮かべていた
「ありがとうございます。特別隊員の任、ありがたく頂戴致します」
改めて頭を下げ、今回の褒章に感謝を述べる
色々と予想とは違ったが、副長はちゃんと約定通りの褒章を与えてくれた
今後、この街で魔物との諍いがあっても俺自身が抑止力として動き易くなったのだ
そして何より、俺が嬉しかったのは――魔物に対しての偏見が薄いということ
そしてこの人達の優しさはもしかしたら魔物との壁を超えれるかもしれない、ということ
淡い希望が頭の中でイメージとなる
共存がこの地で少しでも進めば……いいんだけどな
「用はなくとも偶には顔を出せ。情報提供ぐらいは何かしらできるだろう」
「えぇ。その内にでも」
*
「へぇ……それはまた、えらく気に入られたものね」
「えぇ。俺自身も驚きましたよ」
警舎であったことを話し終えると、コーヒーを一口飲んでヘヴンさんからは一言
驚きの内容であったにも関わらず、表情にはそれ程出さない
若干23歳でギルド支部長を務めるだけの器はある、ってことだろう
この人の交渉力には俺もたじたじだからな
「にしても、警備隊の一員なんて……信頼して大丈夫よね?」
「えぇ。ヘヴンさんの勘に懸けて、信頼には応えますよ」
疑惑の一瞥に対して俺は余裕の笑みで言葉を返す
まぁ、普通に考えて心配になるのは当然なのだから
ギルドと警備隊が別に仲が悪い、とかではない
だがどちらも大きな組織でもあるし、何より警備隊は国の直属組織
ギルドとしても伏せておきたい仕事等もあるに違いないだろう
要するに、俺がスパイにならないか、の心配なわけだ
「そのためにこうして話をしに来たんですから」
「……そうね。ま、貴方に賭けただけの結果がこれなのかもしれないわね」
自身の中で納得したのだろう
ヘヴンさんは自身に対して言葉を呟くと、言葉を飲み込むようにコーヒーを飲み干した
「それで、例の件は大丈夫でしたか?」
「……えぇ。約束は約束だからね。相沢 祐一を相沢 悠に変えておいたわよ」
「ありがとうございます」
俺は感謝の笑みを、ヘヴンさんは苦々しい顔を浮かべる
先日のこの約定を話した時の様子からいくと、根は真面目な人みたいだから汚点でしかないのだろう……偽造なんて
ま、本来なら俺も頼みたくはないところだが、事情が事情だけにしょうがない
……最初からなぜしなかった、という後悔はあるのだが
「それと、安い報酬かもしれないけれど賞金首“
「あー……そういえば賞金首だったんでしたっけ」
ヘヴンさんの言葉に佐伯隊長を交えていた傭兵達の作戦会議を思い出す
確か賞金首でもある、とか言っていたはずだ
賞金額はそう……1100万
まぁ、今回の件以外では大した事件も起こしておらず、正体も不明に近かったのだ
妥当な賞金額だろう
……当人の実力から考えれば激安だが
「ないと思っていただけにありがたいです」
俺の言葉にヘヴンさんも苦笑を浮かべる
今回の一件を踏まえればギガラントスの危険度、実力を踏まえると1100万なわけがない
街一つ、間違いなく滅んでいただけの実力と兵力を持っていたのだ
5000万かそれ以上の金額だろう……特に、あの雷の力を使った状態も考えればもっともっと上の……
そこまで考えて頭を振る
別に金額がどうのこうの思っているわけではない
賞金首に纏わることでは金額と実力が見合わないことなどよくある話
それに俺は賞金が欲しくて戦ったわけではない……戦争を終わらせたかった
できれば、止めたかった……もっといい形で、あの戦友を……
「ま、しばらくはフリーにしてなさい。事後処理関連の仕事なら、貴方に頼むまででもないしね」
「……別に構いませんけど?」
俺の返答にヘヴンさんは口を尖らせて不満そうな顔をする
え? 俺、何かまずいこと言ったのか?
事後処理も大変だろうから、別に手伝える、って意味だったんだけど……
ヘヴンさんの意図がわからず、俺は焦って視線が泳ぐ
「ゆっくり休め、って言ってるのよ。あれだけの激戦の後なんだから、ね!」
怒った口調で捲くし立てられた台詞に俺はようやく意味がわかった
この人なりに俺のことを気遣ってくれていた一言だったのだ、と
俺のその心遣いに感謝して笑みを浮かべて礼を述べた
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」