【覇道】

 

<Act.8 『雷獣の咆哮』  第8話 『迎えた翌日』>

 

 

 

 

 

「………………朝か」

 

カーテンを開けて朝日が差し込むのを確認する

朝日に照らされようとする街の風景は一見、いつもと変わらないように見える

けれど、細々とした部分に目を向ければ違う箇所が見えてくる

激動の昨夜は終わりを告げ、朝を無事に迎えることが出来た

とはいえ、昨日の今日だ

多くの人――いや、カノン街に住む住民全ていつも通りの一日を迎えることはまだできまい

 

「ふぅ――んっ!」

 

両手を上に伸ばして体を伸ばす

昨夜、俺が寮に帰宅したのは朝の4時

小競り合いの各所の仲裁や、美凪と折原との合流

傭兵の皆さんとの話や、警備隊チームとの話等々……色々あって戻るのが遅くなってしまった

寮に戻ると一部の連中はさすがに眠気もあり、寝ていたがちゃんと見張り番が残っていた

見張り役は北川と斉藤

ま、さすがは男、ってところだったかな

 

「さて、どう動いたものか……」

 

2時間も仮眠をとれれば俺には十分だった

だが、これからどう動くべきか……

窓に向かい呟いた自身への質問に対して頭を巡らせる

色々と会っておきたい人物が多々いるんだけど……

ヘヴンさんと約束した副長への面会は既に達成済みだ

あれ以降は会っていないわけだけど、こちらは急ぎの案件ではないので後回しでいい

……ギルドの俺の登録名の変更と偽装だからな

副長に関してはこちらも課題は達成済みなので、焦るようなことはない

ただ一緒に闘った傭兵の皆の安否とかは気になる

特に藤堂さん……一緒に雷に呑まれた後から会っていない

目覚めた時に探せばよかったんだけど、ギガラントスのことで頭がいっぱいになってたからな……

 

「…………散策するかな」

 

一番やりたいことは魔物側の安否だった

逃がすことには協力したが、その後どうなっているかは不明

……まぁ、群れのボスが死んだんだ

他の群れに入るか、野良で生きるか、新しい群れを作るのか

今後生きていく居場所を俺は提供出来るわけではない

逃がして生きるチャンスを与えること

俺が出来るのはそこまでだ

とはいえ、魔物側の状況を調べるには街を出る必要もある

この状態であまり変な動きをして目立つのは得策ではない

となると今は情報収集と現状把握が第一

目的もないのでふらふらと街を散策するくらいがちょうどいいだろう

 

「ん……ここからが、本番だ」

 

 

 

 

「あ、おはよう。相沢君」

 

階段を降りてリビングに顔を出すと長森さんが朝食の準備に勤しんでいた

手に持っていたトーストを皿に戻し、長森さんはイスから立ち上がる

嫌な顔もせずに自然な動きで――って、ちょっと!

 

「おはよう、長森さん。俺のことは気にしないでいいか――」

「遠慮しないで。もう準備は出来てるから、ちょっとだけ待っててね」

 

爽やかな微笑みを浮かべつつ、台所の方へと消えていく長森さん

あまりに自然な動きで呼び止めるタイミングを完全に逸してしまった

……まぁ、散策の予定しかないんだし、朝食ぐらい食べていこう

それにもう準備されているのなら、食べないのは失礼だし

俺は諦めてテーブルに着くと、長森さんはお盆を持って戻ってきた

 

「お待たせ。簡単なものしかないんだけど……」

「十分だよ。わざわざありがとう」

 

トーストとコーヒー

シンプルだが朝食には十分だった

しかも長森さんが作ってくれたのなら温かみもあるしな

長森さんはさっき食べかけていたトーストの前に座り、手を合わせる

 

「「いただきます」」

 

多分、さっきも言っているはずなのに俺に合わせてくれた

何気なくその行動を当然とばかりに実施するところが彼女の魅力なのだと思う

いや――この寮生全員の魅力、かな

俺は一口目は温かいコーヒーを口に運んだところで、長森さんは口を開いた

 

「昨日は大丈夫だったの?」

「ん? まぁね……長森さんの旦那さんには頑張ってもらったけど」

「だっ! だ、だ、だ、だん、だんなじゃないんだよもんっ!」

 

軽口の一言に過敏に反応する長森さん

俺は予想通りの反応が見れてご満悦

コーヒーを飲みつつ思わず微笑がこぼれる

クスクスと笑う俺を見てからかわれた、と悟った長森さんは真っ赤な顔のままパンの一齧り

 

「……酷いんだよ、相沢君」

「ごめんごめん。でもま、折原が頑張ってたのは事実だよ。後で会ったら褒めてあげてよ」

 

自身の言葉で昨夜の折原の頑張りは相当なものだった

一傭兵として参加していた、と言えるだけの気概と実力を見せてくれた

本人としては望んでいた通り、かなり大きな経験値を一晩で稼げたことだろう

俺の満足感とは裏腹に長森さんは元気なさそうに視線を俯かせた

 

「……なんで、浩平を?」

 

俯き気味の顔で俺の方を覗くだけ、上目遣いになっている

短い質問はそれだけでは意味がわからないが、俺には十分な問いだった

なぜ昨夜、折原を連れて行ったのか

長森さんが聞きたいのはそこのようだった

……とはいえ、俺にも折原との約束がある

あいつがあれだけ真剣に頼んだことを、いくら未来のお嫁さん候補とはいえ言うことはできない

……俺の予想では長森さんが絡んでいる内容っぽいからな

 

「折原はこの間、俺に弟子入りしたんだ。それで、手伝ってもらった、っていうわけ」

「弟子入り? 相沢君って何か武術の流派でも……?」

「流派、って程じゃないけどこれでも現役傭兵。戦う術なら学生さん達よりは先輩だよ」

 

俺の自然な返答にも長森さんは腑に落ちないような顰めたお顔のまま

けれど、どう聞けばいいのかもよくわからないようで沈黙が続く

ま、こればっかりは当人達で話してもらうしかないからな

俺はこれ以上長森さんを気にするのはやめて、話題を変えてみた

 

「ところで他の皆は? まだ寝てるのかな?」

「北川君と斉藤君は私と交代でさっき眠ったばかりなので、お昼までは起きないんじゃないかな?

 浩平と遠野さんもまだ起きてないし、名雪ちゃんは朝弱いからまだだし……

 川澄先輩はまだずっとあのままだから…………」

「そっか」

 

俺はその説明を聞いている間にパンを食べ終え、ごちそうさま、と合掌する

勝手に出て行ったら美凪辺りに何か言われそうな気もするが、散策だし大丈夫だろう

……いや、それよりも昨夜のギガラントスとの闘いを今、夢に視ているはず

となれば、その件で何か言われそうな気がするなぁ……

 

「あ。ところで秋子さんは?」

「街の片づけを手伝うらしくって、今日の夜には帰るって言ってたみたいだけど……」

「なるほど。それじゃ、俺はちょっと散歩してくるよ」

「え?」

 

俺は皿を水につけてダイニングに戻り、長森さんに一言

喋っていたこともあって長森さんのトーストはまだ半分残っている

俺の一方的な言葉に対して驚きの声をあげるが、その時には俺は既に廊下だ

驚くことはあっても、止めることはできない

危ないような雰囲気があるのはわかるが、別にもう脅威は去っている

仮に魔物の残党が残っていたとしても、昨夜最前線で駆け回っていた俺を心配するのは変な話だ

俺はそのまま靴を履き、玄関を開けて外へと出る

一見としてはいつもと変わらない風景がそこには広がっていた

 

「さて、と。どこから――っ!」

 

突如、空中より気配を感じる

咄嗟のことで反射的に振り返るが、その気配の感じを悟り両腕を広げた

飛び込んでくる影を俺は落とさないようにしっかりと抱きとめる

俺の腕の中には黒い毛並みの綺麗な猫――レンがいた

 

「レン。おかえり」

 

俺は精一杯の笑顔でレンを向き合うが、レンはどこ吹く風とばかりにそっぽを向いている

理由はわかっている

昨夜、全くレンと接点持ってなかったからなー

あれだけの大騒ぎでレンのことをほったらかし

特にレンは一人ぼっちだと拗ねるからな……

心配はあったが、レンは逃げるだけなら並大抵の奴に捕まることはない

その実力も信頼しているから、慌てて探したりはしなかったのだが……

 

「レン〜。ごめんな。悪かった。だから……な?」

「………………」

 

拝むように謝るが、全く反応なし

あー、ダメだ……相当ご立腹だな、これは……

俺は一旦は諦め、レンを左肩に乗せる

後でなんかご褒美をあげることにして、今は時が経つのを待つしかないな

久々と思ってしまう肩の心地よい重みを感じながら、俺は道を歩き出す

道はある程度、傷んでいる壁等が昨夜の傷跡を感じさせるが、それ程壊れてはいなかった

まぁ、この辺りが主戦場になっていないことも理由としてはあるだろうけど

 

「…………手が早いな」

 

中央に向けて歩いていくとたまに酷く壁が崩れていたり、血痕が残っている場所が出てきた

激しい攻防があったのだろう……しかし、血痕はあれど魔物も人も、死体は残っていない

戦後の処理、という奴だ

おそらく警備隊が処理しているのだろうが、戦争後のこの死体の処理はけっこう辛い

亡くなってしまえば敵、味方は関係ない……想いはどうであれ、勝者が片付けなければその土地は使えないままだ

特に市街地ともなれば住民のことも考慮し、早急な処理が必要となるだろう

……カノンは亡くなった人は何で弔うのだろうか

 

「おう! おめさはそっちの柱を持ってくれ!」

「え? こっち?」

「ちゃうって! これや、これ!」

「りんごあるよ! りんご! 復興記念の大安売りだよー!」

「西地区の門は大丈夫らしい。だがら崩壊した南と北門の方を――」

 

中央通り

昨日はバッファローの上級種と交戦を繰り広げた辺りだっただろうか

傷跡は大きい

けれど、そこには活気溢れる市民の皆が動き回っていた

悲しみを裡に秘めているのに、その目は明日に向かって輝いている

今、ここで、頑張らなければ、明日に繋げていかなければ――――人は生きていけない

彼等はそのことがわかっているようだった

この街の強さを一望し、思わず感極まり目尻に涙が浮かぶ

 

「強いね、この街は……そう思いませんか?」

 

俺は市民の皆の動きを見つつ、後方に佇む気配に問いかける

薄らぐその気配には覚えがあった

ゆえに俺は声のトーンを高くし、相沢 祐一から相沢 悠に切り替える

一張羅の旅人マントを着用しているため、男女の判別は服装からでは困難だ

……こういう不意をついたことがあるから、油断できないんだよね

 

「……お気づきでしたか」

「まぁね。それで、用件は?」

 

俺は振り返ると、そこには黒髪に警備隊の制服に身を包んだ小柄な女性

カノン街警備隊 鉄花隊近衛隊長のリオンその人がいた

副長の片腕とも言うべき存在だろう

昨夜の事後処理やら、街の対応やらで忙しい今、俺を捜していたのならそれなりの用事のはず

けれど、俺は次にリオンが言う言葉が想像出来てしまった

なにしろ第一印象からして真面目の堅物

言うべき台詞は一つしか思い浮かばない

 

「副長がお呼びです。御同行をお願いします」

 

 

 

 

 

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