【覇道】
<Act.8 『雷獣の咆哮』 第7話 『癒しの終焉』>
「………………久しぶり、ね」
全身より放出されいた魔力に治癒という力が宿っていく
垂れ流してしまう魔力を抑制しようとするが、久しぶりの封印解除でまだ慣れておらずうまくいかない
こぼれ出た魔力は周囲の地面に落ち、弱っていた雑草を癒し、成長させる
俺を中心にした地面の緑が活性化されていった
「……それがキサマの本気か」
「えぇ。悪いけれど、勝負は一瞬で決まるかもしれないわ」
満ちる力
腕をあげて拳を握る
全身よりこぼれていた魔力を掌に掌握する
うん。少し勘が戻ってきた
「そうか。だが、その台詞――キサマにも当てはまるなァ!」
瞬間
閃光が光る
巨大な気配が動く
どこに移動するかなど、俺の力ではわからない
ならば、待てばいいだけ
消えた、ということはようは近づく、ということ
触れればそれだけでダメージを負う待ちの構えがあればいい
俺は目を閉じて全身より青白い光を放ち、膨らませる
癒しの力――いや、狂気の癒しを魅せてやろう
――“
俺を中心に半径3mは濃厚な青白い魔力で満たされる
感じる……左だ
「ヌァァ――ァァァグァァァグァァァァアッッ!!?」
巨大な気配が左側に出現
俺の領域におそらく腕を入れた
強力な拳打だったのだろう
だが、断末魔に近い悲鳴が草原を駆け抜けていく結果となった
地面に振動が伝い、ギガラントスが倒れた音だと悟る
俺は瞼をゆっくりと開けて左側へと振り返る
そこには左腕を抱きかかえるギガラントス
尻餅をつき、俺を驚愕の顔で見つめていた
「な、なんだ……コレは……」
「ケガ、治ったでしょ?」
俺は冷たいまでの微笑を浮かべていることを自覚している
自身の異常さへの嫌悪なのだろうか
自分が自分ではないような
このような力が存在していいものなのだろうか
そういう疑念がいつも、頭の中で渦を巻く
ギガラントスは俺の言葉に気づいたように全身を確認していた
俺の癒しの力に触れたのだ
傷は全て癒えている
ただし、血の噴き出している左腕を除いて、だが
「…………なにを、した……?」
先ほどまで闘志に猛っていた獣とは思えない冷静な口調だった
全身より雷光が飛び散ってはいるが、その目は真実を見定めようと俺を睨んでいる
まぁ、信じられないのも無理はない
俺は、俺自身の力が信じられないぐらいなのだから
「癒しただけ。この光、治癒の力の塊なの」
「…………――ッ!」
閃光が放たれる
俺の出したヒントから答えを導き出したのだろう
頭がいいというよりは直感だろうか
あの短い時間でよく俺の力の作用を暴いたものだ
ギガラントスは雷で移動し、俺からかなりの距離をとり正面に移動していた
俺はギガラントスの方へと向き直り、右手に癒しの力を球体状に集合させる
「よくわかったわね」
「…………なるほど。それがキサマの本気、か」
「えぇ。貴方にも劣らない化け物、でしょ?」
俺の呼びかけにギガラントスは引きつりながらも笑みを浮かべた
さすがは同じ土俵に立つ化け物なだけある
俺の力の正体が判明しても闘う意思が芽生えるのだ
先ほどの恐怖は理解をできない未知なものに対する恐怖心だったのだろう
知りつつ戦うことを選択できる時点でこいつも十分な化け物だということだ
「拳がダメならば、この雷にて滅ぼすまで」
「滅ぼせるかしら? この治癒の塊であるこの私を」
過剰な癒し
それがギガラントスの左腕を壊した力
癒しの力が血管に作用し、異常な速度の血流を生み出した
それに耐えれなくなった血管が破裂
ギガラントスの左腕をズタズタにし、血まみれにした原因だ
本来、健全な状態までしか回復魔法は作用しない
それ以上の回復は意味がない、と結論付けられている
だが、その回復が意味がない、と肉体が判断しても癒し続けることはできる
無論、ただ普通に回復魔法をかけても意味がない
感覚の話にはなるが、無理やり相手の体に力を押し込む感じ、だろうか
「街ごと消してやる。受け取れ」
ギガラントスは口を開き、そこに全身より放たれていた雷光を集約させていく
あれには見覚えがある
一度目は砦の壁を粉砕
二度目は俺ごと呑み込み俺を殺した
そして三度目は今…………並大抵の破壊力でないことはこの身をもって証明されている
おそらく、奴の余りある魔力を余すことなく放つことができる技なのだろう
しかも、今回は込めれるだけの魔力を込めるはず
時間をかけていることがその証拠だろう
「先にどうぞ」
俺は集約させた治癒の球をギガラントスに向けて放つ
――いや、送ると言った方がいいだろうか
ゆっくりと、ふよふよといった感じでギガラントスの方へと動いていく青白い球
俺は手にある夢幻を刀へと再精製し、構えもとらずにギガラントスの方を見つめる
「終わりだ、ユー」
――“
眩い雷の砲撃が放たれた
白い閃光が夜の帳を満たした草原を明るく照らす
凄まじい速度だったのだろうが、俺の目にはゆっくりと見えた
その巨大な雷の砲撃は小さな青白い治癒の球を呑み込んだ
「さぁ、仕上げだ」
青白い球を呑み込んだ瞬間、雷は爆発するように弾けた
雷の魔力を“癒した”結果だ
収束された魔力に力を与えたことで力は暴走する
指向性を失った雷は周囲を撒き散らすように暴れ狂う
強大な力とて操れなければ意味はない
雷の龍のように暴れ回る中、隙間を見つけて俺は駆け抜ける
手には銀の刀
ギガラントスは俺の姿を見つけつつも、雷は言うことをきかない
ギガラントスは口を閉じて雷を断つ
そして拳で構えをとり、近づく俺に対して迎え撃つ姿勢をとった
それが――――終わりだ
「ウガラァァァァァッ!!」
豪腕が唸る一撃が繰り出される
俺はそれを跳躍してかわすが、残された左拳打が俺に向けられていた
手にある刀に魔力を伝導させて一振り
――“
「ァグッ」
本来ならこのような攻撃、鍛えられたギガラントスの肉体には通用しない
ただ、今は先ほどの俺の過剰治癒で左腕の細胞はズタボロだ
正直、動かすだけ、空気に触れるだけでもその傷は沁みているはず
よく拳を構えれたものだと思う
光の刃を受けた左腕は込められた力を霧散させ、地面へと引き寄せられていった
俺はそのままギガラントスの首元へと飛びつく
ギガラントスが息を呑んだ
「さようなら。強き友よ」
――“
首に手を回し、全身で抱きしめる
まぁ、体格の差があるので引っ付いているようにしか見えないと思うが……
優しく手を回し、そして全身より魔力を放出
全て癒し、浄化する青白い魔力の淡い光に俺達は包まれた
直後、ギガラントスの全身より血飛沫が飛び散る
「ァ、グ、ァ……」
消え入りそうな小さな声が口よりこぼれる
俺はギガラントスを解放し、地面に降りた
ギガラントスも脱力しきった体で、背中から地面に倒れる
地面を揺らす震動と音が、静かな夜の草原に響いた
「雷獣ギガラントス。私は貴方の勇姿を決して忘れない」
倒れる友に別れの言葉を贈る
敵であった
けれど、俺と同じ想いもまたギガラントスは持っていた
時代が、状況が、環境が……それを許さなかっただけ
出逢い方が違い、時も違えば……友となっていたかもしれない男
そして――――俺と同じ力をもった対等な存在であった男
「……ァ……ワ、シ……ま、ケ……」
赤く染め上げられた体で、震える口を動かしで詞を紡ぐ
全ては紡げずとも、何を言いたいのか理解するには十分だった
ギガラントスは悔しさを滲ませた表情を浮かべた直後、口端を吊り上げて笑みを見せた
「……………………」
「えぇ。もちろんよ。私はこの戦争を早く終わらせたかったのだから」
ギガラントスの喉からは空気を震わせる力も残っていなかった
けれど動く唇と訴える視線の黒瞳が俺に想いを伝える
俺は瞼を閉じて、彼を安心させるためにも言葉を返した
無論、元々俺はそのつもりだったのだから、嘘偽りない真実の返答だけど
ド、サ……
最後の音だった
力を失った頭は草原の上に落ちるだけ
もうギガラントスが動くことはない……
彼は全ての想いを、力を使って生き切った
そして最後の想いも俺に託して、逝ったのだ…………
「………………倒しましたね」
「えぇ。おかげさまで」
後ろに静かに近づいてきたのは、遠くからこの闘いを見届けてくれた唯一の人物
俺を信じて、全てを任せてくれた佐伯隊長
正直、見る余裕もなかったが何度も飛び出そうとしてくれたのだと思う
長い沈黙を破って出た一言には重みが感じられたから
俺はギガラントスの黙祷を終えて佐伯隊長の方に振り返った
「……ありがとうございました」
「あら? 何も聞かないの?」
佐伯隊長は静かにそうお礼を述べ、俺に向かって頭を下げた
予想外のその反応に俺は内心驚くが、顔には出さずすかさずそう問い返した
「はい。貴女がいなければギガラントスを止めることは出来なかった。その事実だけですから」
苦笑を浮かべる少年の顔を見て、年不相応だと素直に感じる
ただ視界の端で強く刀の柄を握り締める手が彼の気持ちを表していた
俺への感謝と同時に、天才とまで呼ばれているにも関わらずの力不足
……あれだけ強ければ正直、十分なのだがギガラントスを止めれたか、と言われればNoだ
さすがは社会人。結果を出さなければ意味がないことを彼はこの歳でわかっている
「じゃぁ、2つお願い事をしようかしら」
「――っ」
堅い雰囲気は得意ではない
俺は悪戯を思いついた楽しい子供ばりの笑みを浮かべ、佐伯隊長の顔に顔を近づける
急接近に佐伯隊長も動揺する
ふふふ……振り回されてる。振り回されてる
「1つ。この闘いの内容のことは他言無用にすること」
指を立てて高らかに述べた内容に佐伯隊長はまた少し、表情を堅くする
ま、聡い子だから俺がこの力のことを隠したい、ってのはこれでわかるだろう
ギガラントスを倒した結果は隠せない
でなければ誰が倒したということになる?
事実は事実
だが、その詳しい内容までは知らす必要はない
さっきも言ったように大切なのは結果なのだから
「2つ。今から最速で人間側と魔物側にギガラントスの死亡を伝えること。どうかしら?」
「…………わかりました。それが貴女の望みであるならば」
真剣な眼差しで俺を見つめ、佐伯隊長はその返答をくれた
本当に真っ直ぐで、純粋な子……それに聡明だ
聖人君子とはこのような人のことをいうのだろう
人間として思わず尊敬してしまった
「ふふっ。物分りのいい子は好きよ」
「っ! で、ではすぐに伝えてきます!」
おまけの営業スマイルと同時に頭を撫でる
するとさすがに恥ずかしかったのか顔を真っ赤にしてカノン街の方へと飛んでいった
俺はその頼もしい後姿を見送ると、今一度森の方へと振り返る
もう動くことはないその姿を目に焼き付けるように俺はギガラントスの死体に見入っていた
「…………ごめんね。でも、貴方の仲間のことは必ず助けるから」