【覇道】

 

<Act.8 『雷獣の咆哮』  第6話 『一進一退の攻防』>

 

 

 

 

 

「いくわよっ!」

 

刃渡り2mの巨大な曲刀

俺はそれを振り被り、目前に佇むギガラントスへと振り下ろす

ギガラントスは豪胆な笑みを浮かべ、八重歯――牙を見せる

瞬間、その巨躯がただの黒い影に――――ブレた

 

ガッ――――

 

刃が地面に喰らいつくと同時に俺は巨大な柄を切り離す

そして手元で夢幻を棍へと変化させ、右手に移った黒い影へと低空姿勢で一歩を踏み込む

 

ブォッ!

 

頭上を黒い丸太のような腕が鋭く通過する

その豪風と感じさせる威力ながらも、鋭く吹き抜けたスピードはさすがだろうか

力任せではない一撃

武術を嗜む匂いがそこからでも十分にわかる

だが、俺はそれをかわした

懐へと忍び寄り、狙うは腕の伸び切っている根元――脇

 

「っ!」

 

反射的にあるものが目に入り、右手へと大きく跳躍

直後、地面が爆砕する

右腕の裏拳をよけた先には、左拳の正拳が待ち構えていた

あれだけの裏拳の一撃を繰り出しながら、全力ではなくあくまで布石

まぁ、あれだけの威力を得ているのはその恵まれた体格による部分が大きいわけだが……

 

「伸びろっ!」

 

拳と拳

そう言い出したのはギガラントスで、受けたのは俺だ

この中距離なら魔法を一発放ちたいところだが、そうもいかない

だからこそ、少しズルいが夢幻の特性を最大限に生かさせてもらう

突き出した棍の先端が煌くと、俺の言葉に従って急速に伸びる

狙いは首元

さすがによけるだろう、と思っていた矢先にギガラントスは獰猛な笑みを見せる

左拳を引き戻しながら、一度は吹き抜けた右拳を正拳に構え出している

拳で迎え打つつも――――あ

 

「ってぃ!」

 

未来が見えたわけではない

けれど、脳裏にハッキリと数瞬先の映像が浮かんでいた

俺の棍の先を見事に打ち抜き、棍が俺の方に押し返される映像が

ゆえに俺は長く伸びた棍をそのまま投げつける

手元に分解した夢幻で片手剣を2つ精製し、棍に続くように駆けた

 

「こいつでキサマをそのま――ッナ?!」

 

――――かかった

長い棍は俺にとっては“長い”がギガラントスにとっては“ちょうどいい”長さ

ギガラントスは棍を両手で掴み、振り被ろうとするが驚愕の表情を浮かべる

あの怪力のギガラントスでさえ夢幻を持ち上げることはできない

その豪腕と言える両腕は棍に引きずられて地面に下ろされ、完璧だった体勢もよろけるまでに至った

あの巨躯で怪力ならば想像したこともなかっただろう

両手で軽々と振るえる棒を持ち上げることすら叶わないなんて、な

 

「尖れ!」

「ッ〜!!」

 

俺の掛け声で棍に棘が生える

咄嗟に手を離そうとするが、既に遅い

手のひらにいくつか棘を刺されつつ、ギガラントスは棍を手放す

そしてその場にいるのが危険と悟り、右手へと大きく跳躍した

俺は逃すまいと右手にある片手剣をその場で振り被り、横一閃

振り抜く瞬間に刃をナイフ数本へと変化させ、振り抜く勢いに乗せてナイフを放つ

 

「! ――まだまだ!」

 

ギガラントスは両腕を空中で広げ、旋回力を高める

遠心力の効果を得たギガラントスは軌道を僅かに逸らしてナイフをかわした

俺は着地寸前がチャンスと判断し、ギガラントスを追うように再び地を疾走する

 

「――ンガッ!」

 

着地を前にしてギガラントスはその大きな拳打を再び地面に打ち込んだ

拳を見事に地面に突き刺さるが、だから何か起こるわけではない

ただ、ギガラントスの黒瞳は俺の姿を捉える

直後、旋回力の宿っているギガラントスは突き出した拳をそのままこちらへと振り上げた

 

「盾!」

 

地面を抉るようにして振り上げられた手には土塊

こっちが夢幻で遠距離攻撃するなら、向こうもあるものを使って遠距離攻撃をしようというのか

俺は盾をその場の地面に突き刺し、盾の一歩後ろへと下がる

飛び交う土塊は盾越しにでもその衝撃を感じさせてくれる

また、盾に当たらなかった分も相当あって俺の横を通り過ぎていく

俺は盾を凝視して見つめつつ、その向こう側にいるであろうギガラントスの動きをイメージし続ける

いつ、どこで、どうやって、来るのかわからない

わかっているのは――――――

 

「っ!」

 

空気

感じ取るだけ

勘と言ってもいい

だが、間違いない直感――それはあると思う

俺は夢幻を幾多のナイフに変換して正面へと放つ

そして残った一本の夢幻を刀に変え、横手へと疾走する

直後、盾の上に影が伸び上がった

 

「ッヌ!」

 

鋭き黒瞳は迫る銀の刃を見て盾を蹴り、その反動で後ろへと飛んだ

反射神経は見事だが、決していい体勢での退避ではなかった

俺は横から回り込むようにしてギガラントスに迫る

ギガラントスは空中で後転し、その巨躯を地面に下ろしたばかり

俺は速度を落とさずにギガラントスに向かって駆ける

 

「ギガラントスッ!」

 

大声を張り上げる

忍び寄るつもりなどないし、こいつに気づかれず近づく等至難の業

ならいつ気づかれるか、を気にして近づくより気づかせた方が動き易いというもの

ギガラントスは俺の方へと体を向き直し、すぐにその豪腕の腕を引いた

俺の目を見て逃げる意思も、遠距離攻撃する意思もないと読んだのだろう

迫る俺を見据え、待ちの体勢で俺を待ち構えている

さぁ、ここが――勝負所だ

 

「ヌゥッ!」

 

豪腕が膨らみ力がこもる

腹の底から搾り出されたような声を口から漏らし、豪腕が駆け抜ける

俺はそれを瞬きせずに捉えつつ、半身となりて右側へと体を滑らせるようにしてかわす

横を鋭い風圧が吹き抜ける

自然と恐怖感はなかった

当たれば即死――そうとも言える一撃

けれど今の俺は全く当たる気がしていない

握る刀の切っ先をギガラントスの喉元に向ける

俺は疾走の勢いを殺さず、そのままギガラントスの懐へと潜り――――

 

「っぃや!」

「ッグゥ!?」

 

左拳を振り上げる

バレないように体の影に隠していたつもりだろうが、完全に読めていた

間合いに踏み込んだ瞬間、まるで獲物を捕らえる罠のような速度で拳が振り上げられた

間違いなく直撃のタイミングだったが、俺はフェイントをかけただけ

一歩すぐに下がり、その場で横薙ぎの一閃

ギガラントスの左腕に一文字の斬撃を刻み込んだ

だが、これで終わらない

 

「ァァァァァァァアアアアアア!!」

 

叫ぶ

腹の底から力の限り

この攻撃の時間を終わらせないために

俺は全身より溢れる魔力を“斬鬼の指輪ザンキ・リング”に注ぎ込み、更なる身体能力を引き出していく

刀を持たない左腕で正面に残るギガラントスの左腕を掴み、力の限り横手へと引っ張った

 

「バ――バカな――――」

 

ギガラントスの驚愕の声が途切れる

俺はかつてない巨大な重さの比重を感じながらも、片手でその巨体を放り投げる

腰が――イカれるかと思った

魔力で幾らでも身体能力を高めれるとはいえ、あまりも現実離れした怪力を要した

体中の骨が悲鳴をあげている

だが、それだけの価値があった一手だっただろう

放り投げられ、放心状態の目を見せるギガラントスを見れば一目瞭然だ

 

「――伸びろ!」

「――ッァアア!?」

 

刀の切っ先をギガラントスの眉間に向け、魔力を込める

伸びた刀身は眉間へと向かったが、間一髪でギガラントスが正気を取り戻す

咄嗟に全身を捻り直撃をかわしたが、右肩を貫く形となった

屈強なその肉体に切っ先が刺さる感覚は生き物に刺すいつもの感覚と違っていた

肉味のある岩の壁、とでも言えばいいのか

硬さと柔らかさを内包している――そんな手応え

 

「グォォォォォ―――ッガ!?」

 

すぐに切っ先を抜き、伸びた刀身を戻す

そのまま更に斬撃を加えたいところだったが、到底当たるとは思えなかった

今の攻防では有効な一打を打てたが、奴の目は全く死んでいない

下手に手を出せば反撃を受けるだけ

ゆえに勢いよく刃は引き抜かせてもらったけど、な

 

「…………なるほど。体格差を埋めるのはその武器か」

 

ギガラントスは間を置いて、こちらに体を向き直すとそう呟く

奴の黒瞳は俺の夢幻に向けられていた

ま、言いたいことはわかる

質量を無視したこの無限練成を可能としているのはズルいと使っている俺自身思う

だが、そんなことを言えば伝説の武器なんてどれもそんなものだ

持っていれば勝ちなのだ

手に入れるだけの何かを当人はしてきたはずだろうから

 

「それもあるでしょうけど、私自身の力量も忘れないでほしいわね」

「そこは無論、であろう。なにしろ、このワシと――――」

 

そこまで言うとギガラントスは自身の言葉で思い出したかのように闘気を高ぶらせる

獰猛な笑みが戻ってきた

戦闘最中の小休憩は終わり、というところか

俺も手にある夢幻を刀にして身構える

そして自身の胸に問いかける

これ以上は時間をかけれない、と……

 

「ギガラントス。勝負はこのぐらいでいいしょう」

「――――ぁに?」

 

俺の問いかけにギガラントスの獰猛な歓喜の笑みが苛立ちの面に変貌する

眉根を寄せ、不審というよりは怒りをぶつけてくるような視線

まぁ、今のこいつは全力でぶつかる相手を見つけれて愉しいのかもしれない

けれど、俺はそうではない

俺はこの戦いを少しでも早く終わらせ、双方の被害を抑えたいのだ

早く終わらせるために、俺はここに……ギガラントスのもとへと――――来たのだから

 

「魔法、武術……共に互角。互いの力量は確かめ合った」

「………………」

 

俺の続ける言葉の意味を考えるように沈黙を続ける

表情は僅かな苛立ちから無表情へと変化している

俺の言いたいことの意図がなんとなく、読めてきたのかもしれない

俺の続く言葉を待つようにギガラントスは見つめるだけで身動き一つとらない

 

「ここは戦場。ならば後は――――――殺し合うだけ」

「フンッ。互いの命と、心を懸けて、か?」

「そんなところね。それじゃ、覚悟はいいかしら?」

 

俺は微笑でギガラントスの言葉を返す

そして解放されている魔力をアピールするかのような魔力を膨らませ、輝かせる

俺のその姿に呼応されるようにギガラントスも全身より発光を――雷を迸らせた

 

「ワシの台詞だ。キサマに勝つ見込みなどあるま――っ!」

 

微笑を消す

そして腰を落として疾駆

我が身を光る流星とするかのように真っ直ぐと駆ける

殺し合いにタイミングなどない

油断したら死があるだけ

死地とはそういうものだ

 

ビュッ――

 

心臓を狙って一突き

けれど、腕を突き出す瞬間に目前で閃光が放たれた

消える気配

目を閉じるタイミングが遅れてしまい、視界を喪失する

けれどわかっている

その身を雷光となりて移動したのだ、ということぐらいは

 

「“邪を貫く光槍デリ・シルバ”ッ!」

 

右手を柄より離し、気配の消えた方向へと向ける

そして瞬間に放てるだけの“邪を貫く光槍デリ・シルバ”を放出

幾つかはわからないが、数十は放てただろう

多少の弾幕効果にでもなれば、俺の視界回復の時間稼ぎになる

俺は突出したスピードを止めるために足を止め、靴裏を地面の上に滑らせた

 

「ぅ……」

 

僅かに瞼を上げると、薄っすらとした暗闇の視界のままだった

夜なので特にさっきの閃光は効いた

巨大な気配が遠くにあることを感じつつ、俺は刀を手に持ち身構える

さて、どうしたものか……

俺は左手を目の上に添えて、詞を紡ぐ

 

「“女神の幻光浴ユー・シャラン”」

 

簡易的な治癒魔法

呪いの一種とも言えるような、風邪全般に効く薬のような魔法

瞼に僅かな熱さを感じた後、熱が引いていく

引き換えに瞼を開ければ、そこにはまだ夜目には慣れていないがハッキリとした視界が戻っていた

 

「…………そう来るわけね」

 

ギガラントスの動きがないなと思っていれば、恐ろしい情景が眼前に広がっていた

ギガラントスは全身より雷を更に発光させており、周囲に雷が渦巻きだしている

黒い毛皮の体も金色の毛皮に見えてくる程

存在そのものが巨大なエネルギーであるかのような状態になっている

それを言うならば、今の俺も同じなのだが……決定的な違いがある

ただの魔力と、雷に変換された魔力

元は同じ魔力でも、指向性を持たせた力の方が威力は大きい

 

「……………………ギガラントス。貴方に敬意を表す」

 

同じ土俵に立つしかない

俺は首元に手を触れると淡い白い光が浮かび上がる

五つの白円式封呪フィフス・ホワイト・ノース”の封印の最後の封印

両腕、両足に施されたのはこの溢れんばかりの過剰魔力を抑制するもの

そしてここに施されたのは……過剰な魔力に“治癒”という指向性を持たせる根源を封印している

別に出し惜しみしているわけではない

ただ、この力は余りにも…………いや、ギガラントスを前に思うことではない

あいつも俺と同じ――――化け物なのだから

 

「――――“鍵首の解放キー・ミッタム”」

 

 

 

 

 

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