【覇道】

 

<Act.8 『雷獣の咆哮』  第5話 『天使VS雷獣』>

 

 

 

 

 

「………………こんばんわ」

「…………来たか」

 

騒がしい北門とは違い、夜の帳が降りた静寂の草原の中にギガラントスはいた

昼間は戦場となった野原

そこには人も、魔物も……死屍累々が見てとれる

その中に一人佇み、何を想っていたのだろうか

目を閉じて、腕を組み、ただ待っていたように遠目には見えた

そう、何かを待つように……

 

「待たせたかしら?」

「……フン。生きていることに驚くべきなんだが、不思議と戻ってくる気がしていた」

「そうね。私も不思議と同じ気持ちかしら」

 

ゴクリキは鼻を鳴らして一笑し、俺も笑みを返す

そう。おそらく本能でお互いわかっていたのだろう

最初から誰を倒すべきで、誰がしなければならなかったのか、を

避けれない戦い

そしてしなければならない戦い

終止符を打たなければいけない時が来ていた

 

「ん? そっちのコゾウは……フンッ。ギュウマを倒したコゾウか」

「え」

「あら。中々情報通ね」

「世辞はいらん。ワシは2人相手でも構わん。――さぁ、始めるぞ」

 

俺の言葉も一笑にふしてギガラントスは空気を張り詰めた

ピリピリと肌を焦がす感覚は奴の闘気に呼応して雷が蠢き出しているのだろうか

獰猛な眼で見つめる黒毛の魔獣――いや、雷獣

俺もそれにつられるように顔を引き締め、身構え、互いの手で反対の腕に触れる

 

――“右腕の解放ウー・ミッタム――

――“左腕の解放サー・ミッタム――

 

「ありがと、佐伯さん。後は任せて」

「で、でも……」

 

一歩前に出たので、斜め後ろに佐伯さんが待機している

両腕から溢れ出る光に顔を照らされつつ、俺は顔だけ振り返りそう告げた

案の定、佐伯さんの表情は困惑している

腰に佩いている刀の柄に手を掛け、構えたまま

 

「貴方はルク対策でしょ? 必勝の策を信じて。もし信じれなければ、入ってくれていいから」

「………………ご武運を」

 

俺は正面のギガラントスに向き直り、そのまま膝を曲げて脛から太腿までを撫でる

足からも光が溢れ出す中、俺の後ろでその一言だけ述べて気配が後ろへと下がっていく

――ありがとう、信じてくれて

俺は戦闘前の最後の声援を受け取り、口元に笑みを浮かべる

 

――“右脚の解放ラー・ミッタム――

――“左脚の解放レー・ミッタム――

 

「ほぅ……ユー、オマエ……」

「さぁ、仕切り直しといきましょうか。お互いに、ね」

 

全身より光が溢れ出す

眩しさがあるのはわかっているが、もう抑えること等できない

なぜならばこれが俺の普通の状態だからだ

溢れ出る無限とも思える魔力をその身に宿している

異常魔力保持者

昔、どこぞの高名な医者が看てくれた時にそんな病名をつけれくれた気がする

まぁ、どれだけ魔力があろうがそれを使いこなせなければ意味はないんだけどな

 

「ハハハハハッ! なるほど! なるほど! オマエも本気ではなかったのか! ハハハハハハッ!」

 

ギガラントスからも全身から僅かに発光し、バチバチと小さな雷が迸りだしている

そんな中、俺の姿を見て天を向いて大声で笑った

俺はその笑いの、喜びの、歓喜の意味を知っている

どれだけ仲間がいようとも、どうしても拭えない部分がある乾き

それは自分と同じだけの存在の有無

異常としか思えない魔力を身に宿し、その感覚を共有する相手いない孤独

俺も同じだけの異常者と初めて相対した時には無性に笑いが止まらなくて、それが歓喜なのだと後で気づいた

魔物の中でボスを張り続けたギガラントスとてそれは同じだろう

そこまで考えると俺の心の内側で僅かに囁く俺がいた

――同じ感覚を共有するにも関わらず、倒さなければいけないのか――

 

「――手加減はしない。いや、したくない。ワシの本気の本気でやらせてもらう」

 

一頻り笑い終えた後、ギガラントスはその言葉を開戦の合図とした

全身より溢れんばかりの雷が発散される

膝を曲げ、力をためる構え

俺も手にある夢幻を片刃の剣に変えて身構える

 

「最初で最後の本気にさせてあげる」

「いいだろう――――いくぞっ!!」

 

雷光が爆ぜた

闇夜の中を進む巨大な黒い影

俺はそれを押し返すように右手に光を集約させる

この状態なら軽々と、そして瞬時に出せる

 

――“女神の鉄槌ユー・イカズチ”――

 

「フンッ――ガァッ!!」

 

小さく跳躍

その丸みを帯びた全身を真っ直ぐに――いや、反り返して伸ばす

そして雷光を纏った両腕を叩きつけるように振り下ろす

全身のバネを使ったその一撃は俺の光の拳打を下に軌道を逸らした

俺は右手に持っている片刃の剣に光を流し、袈裟斬りで振り上げる

 

――“斬光ザンコウ”――

――陸奥圓明流 “金剛こんごう”――

 

ギガラントスが瞬間、息呑むと体が硬直したように固まる

あの靭やかな筋肉が織り成す俊敏な動きを俺の眼前で止めた

何かはわからない

けれど、俺は何かの技ではないかと思う

無論――防御の構え

俺は拳を振り抜いた状態のままの左腕を引き、再度狙いをギガラントスに定め直す

 

「っ――ガァァァァァァァァ―――――」

 

案の定、光の刃はギガラントスに食い込むことなく弾かれるように四散する

直後、俺の追撃を悟ってかギガラントスも右腕を引く

――が、遅い

 

――“女神の鉄槌ユー・イカズチ”――

 

黒い巨躯が吹き飛ぶ

後方へあの巨躯が吹き飛ぶ様はそうそう見れるものではないだろう

俺は拳を振り抜けた爽快感を味わう余裕もなく、振り抜いた拳の開く

 

「飛べ、そして誘って」

 

掌から現れたのは小さな光で創られた鳥

闇夜の空に蛍のように舞い上がり、俺はそこで視線を追うのを止める

体を捻り、宙で体勢を整えたギガラントスは膝をつきつつも着地

直後、異常なまでの魔力が集約する気配と、眩い光が収束する

 

「あれは――まずい」

 

俺は両手に膨大な魔力を集め、それを凝縮させて光の手袋へと昇華させる

そして両手で夢幻を持ち、青眼の構えでギガラントスを見据えた

ギガラントスの纏う雷光もまた奴の口へと集約されていく

あれは昼、俺が呑まれた光……そして、大きな北門を半壊させただけの――砲撃

 

――“雷咆ライ・ホウ”――

 

一回、大きく光ったと思えば目前にそれが迫る

まさに光速

光を扱うことに長けていなければまず、目がついていかなかっただろう

俺はもう俺に当たると思うその時、既に体が反射で剣を振り上げて――いや、既に振り下ろす途中

迫る光に脅威は抱かず、ただ真っ直ぐに、垂直に振り下ろすことに集中する

力は不要

求められるのは真っ直ぐに振り下ろすことと、刃が纏う光を研ぎ澄ますことだけ

 

――“斬魔ザンマ”――

 

雷の砲撃を俺は刃で裂く

魔法を裂くことに力は不要

必要なのは魔力を切れるだけの鋭い魔力の形成物

斬られた雷砲は2つに裂け、俺の左右へと突き進んでいく

俺の視線は裂けていく雷の先

先程、地面の振動を感じていた

つまり、奴が動いたということ

けれどこの雷の光が邪魔で俺にはろくに何も視界に映っていない

細めた目で捉えたのは、正面には誰もいないという事実

 

「わかって――いるわ!!」

 

顔を夜空へと上げれば大きな影が浮かんでいる

この距離を跳んだのか

確かに信じられないかもしれないが、あの巨躯と力

そして何よりしなやかさがあれば驚く部分ではない

俺は剣の柄から左手を離し、ギガラントスに向ける

そこから放たれたのは人のサイズ程ある――光の球

 

「いけ」

 

俺の詞で光の球は何かに吸い寄せられるように撃たれた

迫る光の球をどう思ったのだろうか

ギガラントスは両腕を上げて、その手に雷光を夥しい量を纏わせる

暴れる蛇を捕まえるようにその手を握ると、そこには荒削りだが雷の槍が握られていた

エクストリームまで出来るのか――さすがだ

俺は左手を柄に戻し、夢幻に魔力を流して、流して、流して、流しまくる

 

「フンッ!」

 

そんな息が聞こえてきそうな大振り

振り下ろされた左腕の軌跡より放たれるは巨大な雷の槍

剛速球のように飛んでくる雷の槍は的確に俺の放った光の球に直撃する

その光景を見て、思わず俺は笑みをこぼした

 

「弾けろ――“偽・流れる大光玉ティール・ア・ダルア・グゼ”」

 

雷の槍が直撃した直後、光の球はその身を弾かせる

分裂し、四散したかに見えた直後――落ち行きそうな光の雫は原動力を思い出したように迸る

弧を描き、狙うのはギガラントス

迸る小さな流星群は決してギガラントスを逃しはしない

だが、ギガラントスの黒瞳は怯まない

これだけ距離があるのに俺の肌を焦がすような闘気が全身より溢れ出ていた

 

「ァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアア――――――」

 

夜の空に木霊する絶叫

それは俺の流星が当たった音ではなく、ギガラントスの雄叫びだった

残された雷の槍を両手で持ち直し、天地に矛先を向けて垂直に立てる

その後、全身よりバチバチと雷光を飛び散らせながら魔力が渦巻いていた

直後、静寂の中――――遠い場所で耳鳴りが聞こえた気がした

 

――――――――――ォォォォォォォォォォ――――――――

 

明滅する視界

白と黒に染まったかと思えば、真っ白で埋め尽くされる

あまりにも大きな音過ぎて最初の音しか耳で拾うことができなかった

天から落ちた一撃――落雷

魔法で使役する自然の力はどれだけ似せても、魔法の匂いが漂う

それは雷とて同じこと

雷の力は秘めているが、自然に発生するあの落雷の強力な一撃には及ばない

だが、目の前のそれは違った

地面に突き刺さった雷の槍は確実に大地を焦がし、人間の本能への恐怖を蘇らさせる

 

「受け取れ――“神の正拳打ネルス・イカズチ”ッ!!」

 

ギガラントスが跳躍したよりも更に更に上空で光の魔法陣が完成している

先程、俺が空に飛ばした光の小鳥がその身を使い描いたのだ

強力な一撃を撃ち込むため、ずっと待機させておいた

今の落雷で光の流星は一掃されたが、ギガラントスは着地を余儀なくされている

着地する瞬間、上空より巨大な光の拳が振り下ろされる

 

バチ――バチバチバチバチバチバチッッ!!

 

落下する中、ギガラントスはその身から雷光を発しさせる

徐々に威力を増す雷光だが、そんなものでは“神の正拳打ネルス・イカズチ”は止められない

上級聖魔法に位置するこの魔法の威力は並大抵ではない

 

「っ!」

 

眩しい閃光がギガラントスから放たれた

直後、姿が消えた――ように見えた

そこに光の拳打が打ち込まれる

大地を窪ませ、地面の悲鳴のような音が木霊する

……見間違い?

それは俺の願望なのだ、と直感が告げていた

舞い上がる巨大な砂埃が落ち着きを見せる暇もなく、俺は手にある夢幻を巨大な片刃の剣へ精製し直す

この敵を喪失した時の感覚――名雪と試合したのを思い出す

 

ブゥォッ!

 

右手に膨れ上がる闘気を感じる

迷いなく巨大な刃を一閃

無論、刃渡りが2mを超えている時点で普通の俺では振り切ることなどできない

俺の左薬指に嵌めている指輪――“斬鬼の指輪ザンキ・リング”が仄かに光を放っている

開放した状態の俺ならば、無尽蔵に魔力を流し込める

人では得られない膂力とて、この通りだ

 

――バチチ――

 

空を切る音の中に火花の音が混ざる

その音の後、膨れがあった闘気は霧散して後方へと移動していった

光が弾けたかと思った後、そこには巨大な影が佇んでいる

 

「……この動きを読まれたのは初めてだ」

「当たり前でしょ。貴方、どれだけ高レベルなことしているかわかってるの?」

 

俺を静かに見つめるギガラントスは驚愕と歓喜に満ちていた

あいつはあろうことか、自身の存在を雷に変換させ文字通り光速で移動したのだ

魔法を織り成す武術であるエクストリームでも究極奥義に近い技に他ならない

そういうことが可能であることを知っていなければまず、動きを想像することはできないだろう

しかも、この距離であれをやってのけるとは……ただ魔力があるだけじゃない

ギガラントス

武術を習得し、戦闘知能もある

膨大な魔力を所持し、それを魔法に転換する技術も持ち合わせている

更に武術と魔法を織り交ぜることも可能

……副長じゃないけど、マジで伝説になってもおかしくない存在

魔物の世界にだけいては得ることのできないものをたくさん持っている

おかしいぐらいの強さ……北の地にこんなとんでもない存在がいたなんて、誰もが驚くだろう

 

「魔法は五分五分。次はこれでどうだ?」

 

ギガラントスはそう言うと雷を抑え、拳を突き出して提案する

その体格差を考えて言ってほしいところだ

どう見てもあんたが有利だろう、と

だが、奴の黒瞳はそんな打算を感じさせない

対等な立場の存在に対等に、無邪気に、純粋に言っているだけ

 

「……いいわよ。近接戦で体格の差はハンデにならないことを証明してあげる」

 

 

 

 

 

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