【覇道】

 

<Act.8 『雷獣の咆哮』  第4話 『目指すは最奥』>

 

 

 

 

 

「………………」

 

静寂が舞い降りた夜の街

静かなのは夜だらかではなく、人がいないからだろう

この地域の住民の避難は終えているようだ

人の気配そのものがしない

 

「…………よしっ」

 

覚悟は副長に宣言したあの時に決まっている

自身の両腕を見下ろし、施された封印術を見つめる

皆がカノンへ送り出してくれた気持ちを無下にはしたくない

けれど、皆ならわかってくれる

今、この状況で俺が目の前の人々を見ないことにはできない、ってことを

そして何より、もう後には引けなくなったギガラントスのことを

 

「頼むよ、相棒」

 

騒々しい音が徐々に近づく

夜の空を照らす赤い灯りがもう目の前にまで迫っていた

俺はポケットより夢幻の球を取り出し、棒へと変化させる

どの戦場も俺と共に駆け抜けてくれた俺の相棒

俺の分身そのものだ

 

「くそっ! お前ら、魔法だ!」

 

路を遮るような壁が見えてくる

その前には傭兵らしき人達が数人と、警備隊の制服を来た人達が十数人いた

あれが副長の言っていた防御壁かな?

仮の壁であることは容易に想像できたが、思っている以上に屈強そうだ

もちろん、倒れないための打ち付けは見るも無残な様を呈しているが、今はそれで十分だろう

 

「ちょ、待ってよ。こっちだってもう魔力がないんだから」

「早くポーション飲め!」

「水っ腹になってんのよ! そうガブガブ飲めるかっ!!」

 

リーダー格の人だろうか

片刃の剣を持ちながら白い鉢巻を巻いている

ボサボサになっている茶色の髪は彼がずっと戦場にいることを教えてくれる

隣で瓶に入った緑の液体――ポーションを持ちながら、長いピンクの髪をかきあげる女性

青銅の軽い鎧を身に纏っているため、純粋な魔法使いというよりは魔法剣士だろうか

何度もポーションを飲んでいるのだろう

あの辛さは魔法使いにしかわからない

 

「っち。とりあえず撃てる奴は撃て! ゴクリキどもがまた突っ込んでくる!」

「もう射撃だけは無理だろ? 俺達、もう一回突っ込もうぜ!」

 

大きな斧を肩に背負う巨躯な男性がそう進言する

確かに魔法使いチームは疲弊の色が濃く、これ以上魔法による迎撃は厳しそうだ

まぁ、敵の状況が見えないのでわからないが壁の向こうに出て一戦交えるのも相当な勇気がいる

リーダー格の男は思案する中、数人の魔法使いは防御壁から上半身を乗り出し、魔法を展開

 

ドォォォォォ――――

 

爆発の音はさしずめ“炎神の怒りの涙ファイア・ボール”だろうか

続いて上空に展開するのは氷柱達――“落下する氷柱群アイス・フォール”だろう

氷柱で防御陣を展開し足止め、ってところか

既に白兵戦に向けて先手を打っているあたり、魔法使い達も本当に辛いのだろう

俺は間近まで迫ってくると、更にスピードをあげて疾走する

そこで漸く、後ろより接近する俺の存在に誰かが気づいた

 

「お、おい! 誰だっ!?」

 

無言

俺はそのまま魔力を両手に集めつつ、防御壁の前にある足場に向かって疾走

小さく跳躍し、先程魔法を放った魔法使いの隣に降り立つ

 

「え、え、え?」

「蹴散らすから、後は任せたわ」

 

困惑する魔法使いの人の顔を見て営業スマイルをひとつ

俺はそのまま膝に力を入れて防御壁を飛び越え、眼前の敵を見据える

ゴクリキ達が――10人、か

一部隊の人数としては的確な人数だろう

先ほどの氷柱が足場を塞いでおり、ゴクリキ達は乗り越えようとしているところだった

 

「“邪を貫く光槍デリ・シルバ”ッ!」

 

本気で行く

目指すは最奥のギガラントス

こんなところでじっくり時間をかけている暇はない

俺は左右に光の球を10個展開

その全てを先頭に並ぶ3人へと放つ

 

「グォッ!?」

 

爆砕

撃ち込まれる光の槍は咄嗟に身を構えるゴクリキ達に突き刺さる

悪いが容赦は出来ない

戦争は始まった

もうその最中で手を抜くことなど出来ない

今の俺に出来るのは少しでも早くこの戦争を終わらせること

頽れるゴクリキの肩に飛び乗り、俺はそのまま上空へと跳ぶ

俺の姿を見つけて斧を投げようとしている奴もいるが、遅い

 

「“祈りの光柱ティール・スン”」

 

光の円陣を2つ描き、その下に光の柱が垂直に伸びる

地面へと更に2人が叩きつけられ、これで半数が片付いた

俺は倒れるゴクリキの間に降り立ち、手にある棒を構える

 

「グ――グラァァァァッ!!」

 

息を呑んだゴクリキが、自身の力を信じて斧を振り被り俺の間合いへと侵入する

俺は相手をそのゴクリキに絞込み、転身してそっちへと足を踏み込む

 

ガッ!

 

振り下ろされる斧

けれど、俺は一歩を早く踏み込みゴクリキの懐に潜り込む

空振りに終わった一撃は誰もいない地面に直撃するだけ

 

「ハッ!」

 

顎の下を射抜くように棒を突き上げる

90度曲がった首は見ていて十分痛そうだ

喉の奥より声にならない苦鳴が鳴っているのが聞こえる

左掌をゴクリキの鎧に添えて一言

 

「――“邪を貫く光槍デリ・シルバ”」

 

断末魔の苦鳴とともに光の槍は鎧と肉体を貫通する

俺は棒を片手に次の標的へと動き出す――――

 

「ガゥァッ!?」

 

次の標的に見定めたゴクリキの横手より炎の球が飛来

直後、爆発に呑まれた

炎の球の飛来先を辿ると、防御壁のところにピンク髪の魔法剣士さんがいた

水っ腹ながらにポーションを飲んでくれたらしい

そしてこちらに駆けてくる3つの影

 

「いい所どりはさせねぇぞっ!」

「えぇ、行きましょう!」

 

リーダー格の人を先頭に2人の戦士が駆けつけてくれた

俺は返事にならないのを承知でこっちの気持ちを伝えてみた

すると後ろにいた大斧を持つ人が一言

 

「会話になってないし!!」

「遊んでいるなら――先に行く」

 

グローブを装備している緑髪の青年がスピードをあげた

かなり速いな

抜きん出て俺の横を通過し、残されたゴクリキへと疾走する

ゴクリキも迎え撃つために左拳を振り被るが、そんな大振りではこの人には当たらない

 

ブォッ!

 

風が唸る

その一撃の威力は認めてもいいが、青年はスルリと滑るように半身で拳打をかわす

完全に見切ってるな

そのまま懐へと潜り込み、鳩尾へ正拳打

 

「っぁ?!」

 

空気が口へ逆流し、変な音がゴクリキより漏れる

青年はそのまま膝へ上から打ち下ろすローキックを炸裂

片膝が地面へと落ち、高さが低くなったところで喉に向けて貫手

 

「グェッ!!」

 

白目を向いて落ちる頭

そこで体勢をすぐに整えてから、間をとっての――――ハイキック

打ち抜かれるように蹴られた頭部はボールのように横へ吹き飛ばされる

ズシン、と巨躯が沈む音が静寂のこの場に響いた

 

「ヒュ〜♪ さすがは遊心ゆうしん。見事な連携だ」

「ふんっ。貴様らとて1匹殺っているじゃないか」

 

緑髪の青年――遊心さんは無表情のままそう大斧の人に言い返す

そちらに視線を向ければ爆炎に呑まれたゴクリキが首をバッサリとはねられた姿がある

……それだけの力量があるなら、わざわざ遠距離戦をする必要はなかったのでは?

ふとそう思うが、まぁ色々と事情があるのかもしれない

 

「では、私はこれで」

「あ、ちょっと――――」

 

会話ではない

俺は一方的にそう述べて何かを言われる前に既に駆け出している

後ろで声が聞こえるが、話し合う暇は俺にはない

闇夜に向けて俺は更に疾走する

きっと今のような小競り合いが各所で展開されているのだろう

防御壁の展開状況はわからないが、おそらく北門を取り囲むように半円状のはず

ならば一点を突破して北門へと突き進めばギガラントスへと近づけるはずだ

美凪、折原、藤田さん……皆、この戦場のどこにいるのだろうか?

遠くに見えた半壊状態の北門が、徐々にその姿を大きくしていく

そこで副長の言葉が今一度、頭を過ぎった

 

『北門はギガラントスの雷の砲撃によって半壊した』

 

おそらく、俺が呑まれた光――いや、雷の一撃だろう

あの砲撃は尋常な威力、魔力量じゃなかった

あの大きな門を半分消失させても不思議じゃない

解放の覚悟を鈍らせないように考えていると、戦闘音がかすかに耳に届いてくる

 

「ん…………」

 

音と声を僅かに拾うが、どうもゴクリキ達の戦闘らしい

さっきのように救援をするべきか、それとも空からあの半壊の北門に飛び移ってしまおうか

助けるのもいいが、その後一緒にギガラントスと闘うことになっても正直面倒だ

封印を解く覚悟はあるが、それを誰かに見られるはまた別の話

 

「あ……」

 

路地の先に明かりが満ちている

思案する俺の耳に、ある声が聞こえた

それは知っている人の声

俺は傍にある民家の屋根に物を蹴って飛び乗り、身を低くしてこっそりと戦場を覗く

 

「くっそぉ! 絶対に抑えるぞ!」

「でも、藤田先輩。この数は……」

「大丈夫です! 先輩がいれば負けません!」

 

北門から三方向に道が広がる入口

なんとそこで戦闘を繰り広げる集団がいた

黒髪に勝気な顔をしているのはリーダーの藤田さん

藤田さんは左手側からゴクリキの集団と対峙している

その隣には姫川さんも佇んでおり、また思案顔を浮かべていた

反対側の右手側には青髪の格闘家――前原さんとその隣には――――折原の姿

 

「フォス!」

「琴音ちゃん。こういう時は気合だ! あのフォスのようになっ!」

 

大きな声で叫び声をあげるフォス

そのふざけた姿だが、その狐面の姿を見て思わず涙が溢れてきた

あの戦場の中、半ばほったらかしのようにしてしまった

けれど折原はあの和服をボロボロに擦り切らしながらも、黒い釵を手に五体満足で立っている

……藤田さん達がいてくれたとはいえ、この長丁場を生き残った経験は確実に折原の力になるはず

その折原の後ろには魔力をためている美凪の姿がある

2人とも、無事で本当によかった

 

「まったく、熱血ちゃんはこれだからなぁ〜。ね、アリスちゃん♪」

「うるさい。黙れ」

 

正面の路を守るのは禿頭の坊主

見覚えがあると思えば“流水の猛者ティール・デティール”の六道だった

隣にいる金髪の少女――アリスさんに声をかけている

もちろん、ウザイと思っているのはその返答を聞けば明らかだ

まだ俺達と年齢は変わらなそうだが、警備隊の服に身を包んでいるので警備隊なのかな?

後ろには数人、警備隊員が控えているけど……

 

「――っ!」

 

不意に上空より視線を感じた

咄嗟に振り向くと、高い空の上に人影が見える

しまった! 見つかった!

そう思って呆然としていると、上空にいた人影は徐々に俺の方に近づいてくる

誰だろう、と身構えつつ待っていると近づくその姿を視認して構えを解いた

その人影の正体は子供隊長こと――佐伯さんだったのだから

 

「どうしたんですか、こんなところで」

「それはこっちの台詞よ」

 

まるで道端で会ったかのような挨拶に思わず笑んでしまう

隣に降り立った子供隊長はやはり子供と思うだけの背丈で驚いてしまう

こんな子供なのに、その身に宿す実力は空気ににじみ出ているのだから

本人は意識出来ていないようで、可愛い顔して俺を見上げている

 

「僕は敵のルクを警戒中です。空中戦は僕の担当ですから」

「ルク……そっか。そんなのもいたわね」

 

先日、ギガラントスが警舎を急襲した時のことを思い出す

移動には炎の怪鳥――ルクを使用していた

ルクってのは神鳥とも呼ばれる程の力を秘めた鳥

地域によっては信仰等もあるほどの存在だ

それを従えているギガラントス

あの雷の力を知ればそれも納得というもの……

 

「ねぇ、お願いがあるの」

「? なんでしょう?」

 

俺は優しく、お姉さんを気取るつもりで声をかける

無邪気に小首を傾げる佐伯さんは実に子供らしい

んー……なんか少し悪い気はするが、今はこうするしかない

俺は佐伯さんの肩に手をかけ、膝を曲げて視線を合わせ満面の笑みを作る

 

「私を壁の向こうまで連れてってほしいの」

「っ」

 

俺の言葉に佐伯さんはなぜか急に俯いた

……俺の自身の笑み、失敗だったか?

内心焦りつつも、路線変更はできないと思い笑みを続ける

静かに待つこと数秒

佐伯さんは横を向いたまま口を開いた

 

「あ、あの。それはどういう意味で――」

「行ったらわかるわ。だから、お願い」

「っ…………」

 

更に頼み込むように甘い声を出す

正直、やってる自分が恥ずかしいが、俺は気づいた

彼が耳まで真っ赤にしていることに

年端もいかない子供を騙しているようでかなり後味は悪いが、仕方ない

俺も空は飛べるがそれも聖魔法の一種

どうしてもこの夜中に光を出してしまうことになる

そうすれば眼下にいる皆にバレてしまうのは明白だ

それを避けるためには手段など選んでられない

 

「ダ、ダメです。今はそんな――」

「――ギガラントスを倒す方法がある、と言っても?」

「っ」

 

色仕掛けではダメだ

こんな良い子を誑かすのもよくないし、普通に駆け引きで行こう

ま……出来れば内容を言わなければこの子を巻き込むこともない、と考えたからなんだけど

この話を出してしまうと、こういう真面目な子の性格を考えると一緒についてくる可能性が非常に高い

けれど、思えばこの子はあのギュウマを討ったという話だった

生半可な実力ではない

それに、ここまで純粋な子ならば俺の力のことを知っても、きっと……

 

「そ、それは……」

「時間がないの。だから、お願い」

 

手を合わせ、拝むように彼に頼む

これでダメならもう別の方法を考えよう

そう思う気持ちで目を閉じ、硬直したようにただ返事を待つ

ちょっとの間のはずなのに、非常に長い時間と感じたと思った頃、嬉しい返答が帰ってきた

 

「わ、わかりました。そこまで言うのなら、貴女を信じます」

 

 

 

 

 

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