【覇道】

 

<Act.8 『雷獣の咆哮』  第3話 『再戦への一歩』>

 

 

 

 

 

「…………ん、んん……」

 

ダルイ

覚醒する意識の中で感じたのはまずそれ

異様なまでの気だるさに違和感を覚える

なんだろう……俺、昨日何してたんだっけ……?

重たい瞼を開けると、白い見慣れない天井が目に入る

ん……どこだ、ここ……?

朧げな思考でぼんやりと考える

熟考する内に徐々に瞼があがり、雷に呑まれた光景が脳裏にフラッシュバックした

 

「っ!」

 

危険な状況を思い出し、思わずすぐに上半身を起こす

ドッと噴き出した冷や汗が気持ち悪く感じつつ、俺は周囲を見渡した

どこかの部屋……?

誰もいない部屋であることを確認して思わず一息

俺の焦りには比例しない、布団の捲られた音だけが響いた

 

「どうなってるんだ……」

 

戦況がわからない

俺は手足の状態を確認しながらベッドより這い出て立ち上がる

幸い、捕まった、とかそういう状況ではないようだ

マントは服掛けにかけられており、服装もいつもの強化服で脱がされた様子もない

治療を施した形跡がないのは――――俺が自身で回復魔法を発動させたからなのだろう

右腕に力を込めて感覚を確認するが、既に“五つの白円式封呪フィフス・ホワイト・ノース”が再発動していた

その事実に俺は無言のまま、静かに拳を握り……故郷にいる仲間達を想う

 

「……うぅ。怒られるかな」

 

思い浮かべた仲間達はいずれも苦笑か怒りの表情だった

皆は既に俺の死にかけた事実を察知しているだろう

俺は――死からもっとも遠いだろう人間

瀕死の状態になると内に秘められた癒しの魔力が俺を蘇らせる――らしい

俺自身は意識がないので確定ではないが……

両手を広げ、その場で一回転

気だるさはあるが外傷、打ち身とも見当たらない

 

「………………」

 

この身に宿る膨大な魔力を抑えるため、俺は自身に“五つの白円式封呪フィフス・ホワイト・ノース”という封印を施している

右腕、左腕、右足、左足……そして首

通常、この封印を解く必要はない

強敵とあいまみえた時に解除するようにしている

無茶をするらしい俺を管理するために、この封印解除の情報はすぐにアジトにある石像に連動する仕掛けにもなっている

心配になって何か動くかもしれないな…………うーん

 

「……今は、ギガラントス、だな」

 

熟考しそうになる一歩手前で、意識を現実に戻す

先の心配よりも今の心配だ

俺はポケットに夢幻があることを確認し、ドアへと近づき扉をゆっくりと開ける

 

「…………よし」

 

周囲に人の気配がないことを確認し、必要な隙間だけ開けたドアより滑り出る

後ろ手で静かにドアを閉めて左右の廊下を確認

石造りと木造作りを合わせた建築物

俺はこの造りに似た建物に心当たりがあった

間違いがなければ、多分……

 

「…………警舎」

 

廊下を進むとすぐに窓があった

ゆっくりと外を覗くと、暗闇の帳が降りた暗闇の街が見渡せる

半壊した門のところには一部隊分の人員と、門番であろう人員が篝火を灯して警邏していた

部隊の様子を見ればわかる

戦いはまだ続いているのだということが……

そう思い、遠くへと視線を伸ばすと暗闇の空を照らす明かりが見える

あっちは北門の方向、か……

 

「………………行こうっ」

 

戦況はわからないが、とりあえず敗北しているわけではない

状況を確認し、今出来ることを俺はするべきだ

人がいるかわからないが、とりあえずはなんとなく覚えている道を辿るように副長の部屋を目指してみる

高さから見てここは3階

副長の部屋は確か4階だったはずだ

駆け抜けるように無人の廊下を走り、曲がり角をコーナーを攻めるように速度を殺さずに曲がる

――瞬間、空気が変わった

 

「っ…………誰?」

 

暗闇の廊下

けれど、視認する前に空気が普通と違っている

身を刺すような冷たさが内包された寒冷地

俺はポケットにある夢幻を握りながら、反対手には魔力を宿す

警舎の中とはいえ、敵が侵入していないとも限らない

常に油断はしない――それが傭兵だ

 

「…………探しましたよ。相沢 悠さん」

 

闇の中から声を発したのは――女性

女の子、というには俺と同い年か少し上だろうか

冷静を通り越した冷たさのある僅かに蒼の混じった黒瞳が俺を捉えている

味方なのか、敵なのか

服装は白を基調としているカノン警備隊の制服

胸のバッチは四角の花――鉄火隊だ

 

「貴女は?」

「申し遅れました。私はカノン街警備隊 鉄火隊近衛長を務めますリオンと言います。お見知りおきください」

 

淡々と紡がれる挨拶には何も抑揚がなく、感じるものがなかった

彼女――リオンさんは会釈程度に頭を下げて挨拶する

ふむ。必要なこと以外はしません、という空気を感じる

ある意味、あの副長の部下らしいと思ったのはさすがに失礼だろうか?

 

「こちらへ。副長が呼んでいます」

 

 

 

 

「悠! よく生きていたっ!」

 

部屋に入るなり一声

俺の挨拶よりも早く、副長の大声が部屋に響き渡る

そんな感情の色を出す人とは思っていなかったので、正直驚きを隠せない

正面に視線を向けるとイスより立ち上がり、俺の方を歓喜の笑みを見せる副長がそこにいた

正直――別人かと思う程の笑みだった

 

「えぇ、なんとか……」

「そこに腰掛けてくれ。戦況を説明したい」

 

その一声と冷静な表情に戻る副長を見て、俺は表情を引き締めてソファに腰掛ける

副長もそのまま自身の机に座り、場の用意は整った

リオンさんはいつの間にかいなくなっており、おそらくこの部屋の前で警護をしているものと思われる

 

「すみません。大見得切ったのに、この様で……」

 

状況はわからないが、俺が負けたのは事実だった

だから、副長に会ったらまず最初に言おうと思っていた言葉

 

『わかりました。私がいたからこそ、ギガラントスを倒せた……そう言えるだけの成果を挙げましょう』

 

同じこの部屋でそう宣言したのは俺

それに見合うだけの成果は挙げれず、無残にも惨敗した

自分の実力に見合わない大言が悔しくて、拳を強く握り締める

 

「……悠よ。貴様は既に諦めているのか?」

「え……?」

 

しばらくの沈黙の後、副長が漏らした声は冷たかった

けれど、俺はその言葉の意味が理解できず、副長の方へと視線を向ける

すると真っ直ぐに俺を見据える黒瞳が俺の目を捉えて離さない

 

「戦いはまだ終わっていない。この状況で貴様は諦めているのか?」

 

裏表も何もない

事実をただ彼女は告げているだけ

けれど、それは彼女なりの俺に対する優しさなのだとわかる

期待も何もなければ、こんな最終確認を彼女はしない

最終確認をさせるだけの期待をまだ、俺は彼女に抱かせている

その事実に気づくと、自然と口元が緩んでいた

 

「……まさか。最初は負けても、最後に勝つのが――物語の主人公、でしょ?」

「フッ。そんな台詞、貴様が言うからこそ様になる」

 

俺の精一杯の強がり

けれど、嫌悪感はない

俺の言葉に満足したように副長は微笑み、緊迫した空気は解かれた

けれど、真剣な顔つきに戻り緊迫ではない真剣な空気となる

 

「では、戦況の話に戻そう。まずは夕方に発生した敵の四方同時攻撃の結果についてだ」

 

思い出される情景

そしてその後どうなったのか、の不安が俺に生唾を飲ませる

こうして話に興じてはいるが、正直……皆の安否が気が気でならない

美凪……それにフォス――じゃなくて、折原

無事でいると信じている

 

「まずは西門についてだが、久瀬家の次男が無事に敵を迎撃。アリゲーターの上級種だったらしいが、被害も最小限に済んでいる

 次に南門については水瀬流師範代が敵将を討伐し、こちらも迎撃出来ている。ただし門が破壊されており、守備部隊を派遣している状態だ」

 

わざと、だろうか

副長はおそらく、襲撃された四門の内無事な方より話している

戦闘の最中で副長より聞いた情報から推測出来る結果に無事になっているところばかりだ

けれど、秋子さん……無事に迎撃出来たんだ

勝利は確信していたが、勝負は最後までわからないもの

大なり小なり心配はする

 

「東門についてはイエティの上級種により門が凍結し、一部崩壊した。守衛は無理と判断し、市街戦に切り替えている」

「市街戦……」

「怖い顔をするな。当然だが、住民の避難は終わっている」

 

それだけの緊急事態だ、ってことはわかっている

けれどカノンに住む住民を危険に晒す真似はしたくなかった

理解は出来ているし、納得もできるが――ただ、好ましくないだけだ

それが俺の“怖い顔”とやらになっていたんだと思う

 

「それに一部地域だけに限定するため市街に防壁を展開している。敵の攻勢もあるが現状は防衛戦の維持には成功している」

 

副長のその言葉に俺は感嘆の声を心中であげた

防壁って……さすがは副長、というところだろうか

この事態を想定していたわけではないだろうが、それだけの備えを怠っていなかった

市街戦は何より土地勘がこちらにとても有利に働き、地の利を得ることにある

ただ一方で住民や、仮に避難をさせても街を大きく傷つける

地域や国によっては戦争の条文に「市街戦禁止」の項目があるところもあるぐらいだ

 

「こちらは総長が警備隊の連携を駆使して徐々に敵戦力の減退を試みている。問題なのは上級種のイエティが城外で待機していることだ

 何か目論見でもあるのかわからないが、門を破壊した後には様子見を決め込んでいる」

「……上級種のイエティに対抗する術はあるのですか?」

 

俺の質問に副長は静かに口を噤み、沈黙を返した

つまり、それが答えだ

今の話では最も警戒するべき部分に対する対抗策がなされていない

超合理主義者の副長らしくはない展開

なぜそうなってしまったのか

敵戦力の減退は布石ではなく、今現状出来ることがそれしかない、というのが答えだろう

そういう状況になったということは――――

 

「今回の件、警備隊しか動かない、ってことですか?」

「…………そういうわけではないが、主力が警備隊主軸である状態は変わっていない」

 

副長らしくない弱々しい声色の返答に俺は思わず拳を強く握る

警備隊という組織は国に所属する直轄部隊

つまりは王の直属の組織で地方の管理を委任されている領主達とはまた別のもの

時には領主すらも取り締まる権限を持った治安維持部隊

軍とは別物となる

貴族達はそれぞれ自身の兵力を持ち、それが国に帰属している

これが軍だ

つまり今回のこれだけの騒動が起きているにも関わらず、対応はまだ軍がするべきではない、との判断ってこと

正直に言おう――――ふざけんなっ!

 

「話が逸れたな。肝心の北門に関してだが、悠達が敗北した後には正直、総崩れになったようだ

 まさかただの魔獣と思っていた敵将ギガラントス。奴が雷の化身とも言うべき力を備えているとは思わなかった

 兵の報告も聞いたが…………相当なものだ。正直、伝説クラスの存在ではないか、と私は推測している」

 

一番言難い部分を淡々と事実を述べていく副長

おかしいくらいにそれが副長らしくて、どこか安心してしまう

しかし、俺の呑まれた光はやはり雷だったのか

気を失う寸前の記憶はまだ少し混濁としているが、藤堂さんのあの凄まじい怪我は目に焼きついている

あれだけの武術を持ちつつ、俺に匹敵するかもしれない魔力すらも秘めている魔獣

しかもこれだけの軍勢付きとなってくれば、普通街の1つなんか簡単に陥落してしまうだろう

それにこれだけ抗えるカノンという街の凄さが際立つ

何しろまだ貴族達の軍すら動いていないのだ

余力は十分に残している

 

「北門は現在、どうなっているのですか?」

「あ、あぁすまない。また話が逸れていたな。北門はギガラントスの雷の砲撃によって半壊した

 東門同様に守衛には向かないと判断し、こちらも市街戦で対抗している」

「部隊はどこが? 傭兵の皆さんですか?」

「そうだ。警備隊は残念ながら東門を中心に他の門の対応で人手不足状態にある

 北門に関しては迎撃に参加していた傭兵達と、カノン街の貴族である斉藤家が自主的に参加してくれている」

 

少しずつ頭の中で情報がイメージへと変換されていく

戦況の状態を掴めてきた最中、嫌な単語が耳に入ってきた

――斉藤家――

あのアホの顔が頭の隅を横切った

……灰色のアホは関係ないとは思うが……

俺のその妙な沈黙と表情に気づいたのか

副長は続けて口を開いてくれた

 

「斉藤家は初耳か? カノンでは有名な武家の1つだ。有事の際には先陣を切ることも多く、勇猛な騎馬兵を抱えている」

「……説明、ありがとうございます。まだこの街の情報には疎くて」

 

変に気にされても困るため話をとりあえず合わせておいた

あえてつっこみはしなかったが、騎馬兵を中心としているなら市街戦は不向きそうではある

けれど、その騎士の心があるからこそ“自主的に”参戦してくれているのだろう

 

「傭兵部隊では特に“届け想いよトゥ・ハート”が頑張ってくれている。持ち堪えれているのは彼等のおかげによるところが大きいな」

「藤田さん…………」

 

目を閉じれは戦況の情景が浮かんできそうだ

戦線離脱している今の自分が申し訳なくて仕方なく思えてくる

あれからずっと、戦い続けているんだろう

もう既に数時間を経過している……辛く、苦しい戦いだ

しかも、そこにはあのギガラントスが――――いる

 

「副長。情報、ありがとうございました」

「……どう動くつもりだ? 貴様は今の私にとって強力なジョーカーなのだぞ」

 

目を開き、気持ちは――いや、覚悟は決まった

立ち上がった俺に副長は圧迫感のあるその台詞を投げかける

勝手に動くんじゃない

そう暗に言っている副長の言葉にも、今の俺は笑みを浮かべることができた

もう、俺の覚悟は――決まったのだ

 

「改めて言いましょう。敵将ギガラントスはこの私が――――討ちます」

 

 

 

 

 

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