【覇道】

 

<Act.8 『雷獣の咆哮』  第2話 『3人VS1匹』>

 

 

 

 

 

「――――――」

 

一陣の風が吹いた

瞬間、寒いとは違う冷えた空気が場を支配する

まるで時を止められたと思う程の冷却感

ギガラントスの猛った空気が凍らされて砕かれた

そう感じさせる冷却の根源はギガラントスの背後にあった

 

ビュァッ――――

 

一閃

白い刃が疾った軌跡は半月のような綺麗さを魅せる

けれど、見えた時点でそれは空振りという証明

ギガラントスは前方へ前転するように転がり込んでいた

あの巨躯で反射神経の凄さはさすがだろう

背後に現れたのは刀を手にした黒髪の剣士――佐藤さん

どうやってそこに現れたのかは謎だが、あの奇襲ですら当たらないのか

冷たい眼差しでギガラントスを見つめる佐藤さん

あの底冷えするような敵意の塊と言える殺意はいつ見ても空恐ろしさを覚える

 

「悠ちゃん。一気に行くよ」

「え――あ、はい!」

 

冷静

佐藤さんは態勢を整えて振り切った刃を返し、ギガラントスへの距離を縮める

俺も刀を腰に添えて全身し、居合を放つ準備をして踏み込んだ

態勢の悪いギガラントスだが、左腕を突き出して地面につける

そして大きく肘を曲げると、その太い豪腕が更に太くなり悲鳴をあげた

 

ブワァッ!

 

腕一本であの巨躯が舞い上がる

俺と佐藤さんはその姿を見失うことはなく見上げるが、一瞬どう動くか悩む

俺は刀の柄から手を離し、両腕をひと振り

左右に光の球を2つずつ展開させ、高速で魔法展開

 

「“邪を焼き尽くす聖炎デリ・ガンド・ラン”ッ!」

 

中空にいるギガラントスに向けて放たれる4つの砲撃

これが効くなんて思っていない

弾幕ぐらいになれば十分だ

俺は更に両掌を前に突き出し、2つの光の球を前方に精製する

 

「数多に散りし光の雫よ その身を礫と変えて我が力とならん――」

 

さっきは止められたこの上級聖魔法

こいつの攻撃力が通じないことはないはず

――もし通じなければ、俺の攻撃力では絶望に近い

 

「……あの毛皮、対魔付き……?」

 

横に佇む佐藤さんは居合いの構えを解かず、ギガラントスを見つめている

ギガラントスはちょうど迫る光の砲撃に対してその場で両腕を左右に突き出しで旋回

その風圧で光の砲撃を弾く

……確かに筋肉とかの防備や、巨躯であることもあるとはいえ、あそこまで魔法を弾けるのは普通じゃない

普通じゃない、で済ますよりもそう考える方が自然か

俺も大概、雰囲気に呑まれてる、ってわけか

 

「――燈れよ光 一条となりて世を駆けん  汝の名は流星 某方の名は疾風――」

 

前方の2つの光の球を回転させつつ、そのまま左右へと位置を動かす

球は更に高速回転を始め、その丸みを帯びた形を細長い卵の形に変えていく

一方のギガラントスは俺の魔法を見ても表情一つ変えず、落下を開始しようとしていた

さすがの奴でも空中で動ける術はない

この魔法をかわすことは不可能

ならば耐えるのか?

――いや、貫いてみせる

 

「――全てを穿つ光となりてその身を螺旋にせよ」

 

光の球の回転は俺の意思に呼応するようにスピードをあげていく

いつもよりもスピードが早くなっている、という自信がある

回転のスピードに比例するように眩い光が溢れていく

貫く

貫いてみせる

俺のその意思を光の球へと想いを込め、高速回転する光の球をギガラントスとの直線上に移す

仮に身じろいでかわそうとしても、軌道を変えて絶対に当てる

俺はあらゆる可能性を頭に入れながら、最後の詞を唱えた

 

――“螺旋する二条の光線プロシャイシャ・デネス――

 

叫ぶようにして唱えた魔法は光の球が爆発したかと思う始動の音でかき消される

溜めに溜めていた、とでも言わんばかりの荒々しい動き

光の球は螺旋回転を続けつつ、互の身を交互に螺旋させてやがては1つの流星に身を変える

ギガラントスは迫る光の流星を見て腕を×字にし、膝を曲げて大きな黒い毛玉となった

その程度で止めれるものか!

放ってからギガラントスに届くまでの時間は一瞬

光の流星がギガラントスに――――衝突する

 

――陸奥圓明流 “金剛こんごう”――

 

眩い光が上空で輝く

手応えはあった

当たったのは間違いない

けれど、光の向こう側から感じる圧迫感は変わらない

ダメだ

ギガラントスはまだ――――戦える

 

「下がるんだ!」

 

佐藤さんの一声

俺はその鋭い声に体が反応し、すぐに後方へと飛び退く

直後、光に影が色濃くなり、光の中よりギガラントスが出現する

地響きさえ起こしそうな轟音の着地

俺はその体をまじまじと見つめる

着地の反動か、俺の魔法によるダメージなのか

ギガラントスはすぐには動き出せず、俯いたような状態のまま硬直していた

 

ザシュッ!!

 

沈黙とも言える硬直の間、そこで音が鳴る

肉を斬る音はギガラントスの背中から

声にならない声をあげて、ギガラントスは横手へと跳ぶ

その後ろから姿を見せたのは刀を振り抜いた佐藤さんの姿

刀には鮮血の血が滴っている

 

「はっ!」

 

ギガラントスを追うように佐藤さんも跳ぶ

けれどギガラントスは着地と同時にこちらへと振り返る

振り返りつつ、おまけと言わんばかりに飛び出してきたのは巨大な拳

 

ブォォッ――――

 

振り抜かれる拳は佐藤さんと捉えることはできない

佐藤さんはおそらく風魔法か何かで自身を横へと飛ばせた

空中でありながら動きを変え、そのまま着地

振り抜いた拳の構えのギガラントスを正面に捉え、間合いの中へと滑り込む

 

「ヌッ――オォォォォォッ!!」

 

巨躯故に足元は死角

巨大な魔獣と闘う時のセオリーの一つではある

――が、一歩間違えば強大な力の攻撃を受けることにもなる

ギガラントスは振り抜いた拳を裏拳に見立てて横へと薙ぎ払う

 

「っ!!」

 

風が唸りをあげるが、佐藤さんには当たらない

低空姿勢でギガラントスの正面と潜り込み、抜刀の構えを近接で得た

ギガラントスがどう動こうと佐藤さんの一閃には――間に合わない

 

――陸奥圓明流 “金剛こんごう”――

 

「なっ――」

 

綺麗な銀の軌跡はギガラントスの胴へと喰らいつく

しかし、その刃がギガラントスへと食い込んでいかない

その事実に佐藤さんは驚愕の声をあげる

俺は心配の声をあげる前に既に集約していた魔力を右腕に集め、人差し指をギガラントスに向けた

 

「――――“翔ける神速の光槍デリバライト・グングニル”っ!!」

 

放たれるのは光線

狙いはギガラントスの左肩付け根

ギガラントスは動きの止まった佐藤さんに対して左拳打を振り上げようとしていたから

 

「――――――――ダメェェ!!」

「っ!?」

 

絶叫がどこからか響いた

甲高い女性の悲鳴に込められた想いが強すぎるのが声色でわかる

その声に驚いたのか?

ギガラントスの動きがほんの一瞬、止まる

その一瞬で――――全てが動く

 

「ァグァッ!?」

 

駆け抜ける光線はギガラントスの左肩を射抜く

血が噴き、ギガラントスは態勢を崩して後ろへとよろけた

迫る左拳打も佐藤さんはギガラントスの右脇腹へとあえて近寄り軌道をかわす

それと同時に食い込んだ刀を引き抜き、そのままその場で――一閃

 

「っっ――グゥッ!!」

 

今度は華麗に決まった半月の軌跡

ギガラントスは更に血を噴き、歯を剥き出しにした表情を浮かべ後ろへと跳ぶ

俺は今が好機と思い、刀の柄に手をかけギガラントスへと疾走する

左手を前方へと突き出し、まずは先手を放つ

 

「“邪を貫く光槍デリ・シルバ”ッ!」

 

放たれた光の槍は着地直後のギガラントスを襲う

それをギガラントスは右腕を払うことでかき消した

そこで気づく

両腕の外側から血がにじみ出ていることに

あそこは佐藤さんに斬られていないはず

心当たりがあるとすれば――“螺旋する二条の光線プロシャイシャ・デネス

 

「っ!」

 

効いている

効果は予想より大きく低いが、効いていた事実に気持ちが昂ぶった

何も平気なわけじゃない

確かにギガラントスには効いている

俺の魔法も、佐藤さんの斬撃も

 

「ウオオオォォォォォォォォォォォ――――」

 

鼓舞するためか

獣の本能がそうさせるのかギガラントスは絶叫のような大声を張り上げる

双眸が鋭く吊り上がり、目前に迫る佐藤さんを睨みつける

そして深く引いた右拳打を、素直な狙いの真っ直ぐで――突き出した

 

ドオオォォォッ!!

 

地面が爆砕する

無論、あの佐藤さんなら避けているだろう

飛び交う土塊と砂煙が視界を悪くする

だが、先程と同様でこれは好機と捉え俺はそのまま疾走しギガラントスへと――

 

「ぐぁぁっ!?」

「え!?」

 

砂煙から弾かれるように飛び出したのは横っ飛びの佐藤さん

受け止めてあげれるスピードでもなく、擦れ違うのが精一杯だった

直後、嫌な予感が脳裏を過る

今の吹き飛び方が、さっきの藤堂さんとひどく――かぶったのだ

 

「っ!!」

 

暗雲

空模様が変わったと思うような暗さに見舞われた

俺は何も見ず、考えず、右手で握る刀を頭上に振り上げ夢幻を大きな盾へと変換させる

だが、ダメだ

このままではあの重量を止めれない

圧迫死するだけ

封印を開放している右腕より垂れ流す魔力ではなく、体内より捻り出すように魔力を排出する

盾から手を離し、小さく腕を引いてすぐに突き出す

そこには掻き集められた俺の魔力が光の拳へと形を変えた

 

――“女神の鉄槌ユー・イカズチ”――

 

盾の向こう側から凄い衝撃が押し寄せる

だが、俺もそれを光の拳で押し返す

結果、互いが互いを吹き飛ばす形になった

俺は後ろへとよろけて、バランスがとれずに尻餅をつく

向こう――ギガラントスは押し返されて背中から地面に落ちて転んでいた

あの転んだ体勢から見ると拳打ではなく――旋回してからの踵落とし……?

 

「ナイスだぜっ!」

「あ――」

 

尻餅から起き上がろうとする横手を影が走り抜ける

それは先程、気絶していた藤堂さん

得物のハルバートを担ぎ上げ、今度こそ、と背負った気持ちがまるで見えるかのよう

頼りになる背中もみるみる遠ざかっていく

起き上がろうとするギガラントスの動きを見て、俺は左拳を突き出した

 

――“女神の拳骨ユー・ゲンコ”――

 

放たれた光の拳打は起き上がろうとしたギガラントスの額に直撃

不意な一撃で避けれなかったのだろう

しかし、ダメージにはなるまい

俺はただ、起き上がるのを阻止したかっただけだ

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

「に――人間ごときがァッ!!」

 

猛る藤堂さんが間合い内だと気づいたか

ギガラントスは迫る藤堂さんに対して横になりながら左拳打を天へと突き上げ、そして振り下ろす

振り下ろされる裏拳は藤堂さんへと迫るが、藤堂さんは進む道を変えない

代わりに担ぎ上げたハルバートを振り上げ、穂先の槍を迫る拳に突き出した

 

ドォォォォォォ――――

 

驚き

穂先が触れたと思えば、突如爆発が起こる

その爆発によってギガラントスの裏拳は動きを止められ、藤堂さんは滑り込むように腕をかわす

あのハルバート、何か仕込みがあったのか!?

そんな驚く暇など当人達にはないのだろう

藤堂さんは腕をかわした後、小さく跳びギガラントスの胸部へと一撃を振り下ろした

 

「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」

 

吹き上がる鮮血

それはまるで噴水のようだった

その血の濁流を浴びる藤堂さん

胸の上に乗ったまま、ハルバートを振り下ろしたまま

決まった――――か?

そう考えさせられるだけの間があった

けれど藤堂さんはそこで止めず、ハルバートを振り上げて旋回

今度は穂先を下に向けて同じ場所へ振り下ろ――――

 

――陸奥圓明流 “虎砲こほう”――

 

「え……」

 

何が、起きた

ギガラントスの右拳がそっ、と藤堂さんの体に押し当てられた

直後、何か嫌な風が駆け抜けたような違和感を覚える

すると藤堂さんの動きは止まり、まるで頽れるようにそのまま力なくその場に倒れ込んだ

明らかに異常な動き

目に見えない衝撃が駆け抜けたように俺は感じた

そう、まるでヴァンパイアの扱う衝撃波のような何かが……

 

「藤堂さん!」

 

衝動的だった

ギガラントスの胸の上で倒れる藤堂さん

倒れ方から見て、瀕死に近いように思う

俺は手に残されている夢幻の欠片を片手剣に変えてギガラントスへと疾走する

ギガラントスはゆっくりと上半身を起こし、胸の上で倒れる藤堂さんを摘まみ上げた

 

「フンッ!」

「っ!」

 

俺の方へと藤堂さんが放られた

俺はすぐに両手を広げて藤堂さんを受け止める――が、受け止めきれずそのまま地面に一緒に倒れてしまう

投げられた勢いもあるとはいえ、体格差が……

俺はなんとか這いずって藤堂さんの下より抜け出し、すぐに藤堂さんの容態を確認する

 

「なに、これ……」

 

診たことない状態だった

体の正面――ギガラントスの拳が密着していた部分が陥没するように体がへこんでいる

もちろん、骨は折れているのが殆ど

むしろ触った感触から粉々になっている部分もかなりあると思う

それによって内臓の器官が酷く損傷している

口からは既に大量の血が吐き出されていた

即死――――いや、かろうじて鼓動は感じ取れる

 

「やるものだな、人間――いや、ユーよ」

「ギガラントス……」

 

ギガラントスはその身も傷ついているが、しっかりとした足取りで立っていた

いつ、あの高速な動きで迫られるかわからない重厚な空気は変わらない

けれど、狂った程の殺意は今は薄らいでいた

強き者との闘いで得られるナニかを、ギガラントスは滲みだしている

殺し合いの一方で、決闘にも似たナニかを認めているようだった

 

「その実力を認め、ワシの本気をみせてやろう」

「ほん、き……?」

 

満足気なギガラントスの一言の後、俺は悪寒を感じた

死の匂いすら感じさせる空気が充満していくのを感じる

これは――――やばい!!

俺はどうすればいいのかわからないまま、両腕に魔力を掻き集める

見つめる視線の先のギガラントスは急に力んだ表情を見せると、場に恐ろしい程の魔力が唸りをあげた

 

「ァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアッッッッ――――」

 

咆哮が戦場に木霊する

その声にのるようにピリピリと肌が焦がされるようだった

――いや、声量だけじゃない……?

実際にピリピリと肌が何かを感じ取るが、俺の意識は目の前の野獣に注がれている

毛が逆立つ程の魔力を身に纏いつつ、その黒い毛が僅かに煌きを灯し出す

いや、煌きじゃなくてこれは――――っ!

 

「終わりだ、ユー」

 

全身から眩い――いや、暴れるような光を纏うギガラントス

恐るべきはその光が――雷であるということ

俺に匹敵する膨大な魔力がその場を渦巻いている

その雷が、魔力が口元へと集約される様を見て、死を感じた

ダメだ! このままじゃ、モロにあの攻撃を――――

両腕に光を宿して俺はそれを前方に突き出す

どうすればいいのかわからない

けれど、それしか今の俺には何も出来なかった

直後、眩い光が前方で弾け、俺の視界は真っ白に染まった

 

「ァァァァァァァァァアアアアアア――――――」

 

 

 

 

 

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