【覇道】
<Act.8 『雷獣の咆哮』 最終話 『裏の存在』>
「…………お待ちしておりました」
私は大森メロウスノーのとある場所の大木の幹の前で息を殺して待っていました
静かな足音は雪の踏む微かな音しか立てない
森の中でも静かで、少しだけ拓けただけのなんともない場所
ここが私とジリアン様との密会の場でした
近づく人影に対して私は恭しく頭を下げて慇懃の礼を以って迎えます
「……ポニエル。報告をお願いできるかしら?」
高い声
芯が通っている声は信念の強さ、強かな自信を感じさせるいつもの声
我らが当主であるだけの存在をいつも感じさせてくれる
私にはその一声だけで安心感が心の中に宿るのだ
「はい。ギガラントス一味は壊滅しました。大将であるギガラントスは傭兵に討たれました
名前、所属は調べきれませんでしたが、白髪の美しい美少女だそうです」
「……らしいわね。正直、信じられないけれど」
私の前を通り過ぎ、溜息をひとつこぼしてジリアン様は言葉をこぼした
ジリアン様はギガラントスの力――武力に関しては高く評価していた
それは私の見解でも同じこと
この北の大地にギガラントスを超える戦闘力の持ち主は正直、いないでしょう
眼前のジリアン様として然るべき準備をしなければ討つことは難しい
それ程の実力者だった
ゆえにカノン襲撃の実行犯に選定されたのだから
「目撃情報が少ないですが、遠目に雷の使用も確認しています」
「本気の本気、よね……ギガラントスが雷を使えば、国1つとて滅ぼせるだけの力があった
それを一介の傭兵が止める? はっ、おかしい話ね。そんな隠れた傭兵、存在するはずがない」
月夜を見上げ、ジリアン様は嘲笑するように語る
囮役とはいえ、ジリアン様はギガラントスの武力には敬意を払っていました
このお強いジリアン様をもって、それを超える力を宿している
天性の才能であったとしても、その希少価値をジリアン様はご理解されているのだ
そしてその意見には私も大きく賛同している
「調査をより進めますか?」
「……いいわ。貴方には次の任務を与えたいの。それに人の多い街中での情報収集なら今の私の方が向いているわ」
ジリアン様は計画を慎重に進めるため、ご自身を重要なキーポディションに置いている
それはカノンを――人を動かせる側に密接な立場
正直、私も自身の智恵には自信はあったが、ジリアン様には遠く及ばない
ジリアン様の壮大で、緻密な計画――“
おそらく、今世紀最大規模の計画で壮大を誇っていると言っていい
理想だけを聞けば妄想
内容を聞けば妄想が現実的な計画に変わる
ジリアン様は稀代の軍略の才覚を持つ
仲間内での呼び名は――“
その名は近年の内にこの北の大陸――いや、世界へと名が轟くこととなろう
「報告を続けます。南門より襲撃をしかけた6番群れのバロウは身命を賭してカノン警舎を襲撃
当初の密命であった牢獄塔の扉の破壊と引き換えに命を落としました
7番群れを率いたサドムラは南門にて水瀬道場師範代の水瀬 秋子により殺されています」
私の報告に対してジリアン様は何も語らない
当初の計画通りの案件に関しては全て心の整理はついている
バロウでは荷が重い任務かと思っていたが、成功出来たことには小さな安堵だろう
……もし出来なくとも、別の手立てで囚人を脱走させはしただろうけれど
「西門より襲撃をしかけた4番群れのゲアリは久瀬家次男の久瀬 竜一により撃退されました
一族の殆どを殺されましたが、命からがら西側の方へと逃亡したようです。おそらく隣国にでも亡命したかと……」
「ゲアリについては捨て置け。手駒としては悪くないが、最終的には奴は保身を優先する。私には必要ない存在だ」
言葉を濁し語らずとも、ジリアン様は言葉の意図と空気を正確に読まれる
私はその器量に感銘を受けつつ、報告を続けた
「東門より襲撃をしかけた2番群れのバズゥもギガラントスの死を知り逃亡しました。おそらく、メロウスノーに戻ったと思われます
上空より襲撃したボイズに関しても襲撃中に行方を晦ましています。こちらは目撃情報が少なく、行方に関しましては……」
「どちらも捨て置け。まぁ、バズゥに関してはブリジス辺りが勧誘に動く気もするが、そうなればそうで利用価値はあるわ」
ジリアン様の見解は私のものと全く同じでした
ブリジス
ギガラントスと大森メロウスノーを二分していた一味のボス
数には劣るけれど、血縁を重視した鉄則の組織にて数に勝るギガラントスと渡り合っていた魔獣
手駒とするには賢過ぎ、また警戒心が強過ぎる存在
……その手腕は評価するには値するが、所詮は魔物の長のレベル
ジリアン様と比べるには土俵が違い過ぎる
「はっ。……以上がギガラントス一味、8つの群れのボスの結末です」
「……人間側の被害が警備隊が一身を浴びた。ほぼ計画通りには遂行できたわね」
「はっ」
「……上々ではないけれど、十分ではある、か」
計画達成の安堵と同時に物足りなさが残る
右手を口元に運び、人差し指を曲げて軽く噛まれるジリアン様
思案する時の癖なのは周知の事実
今回の計画の結果を演算でもしているのでしょう
今の我々の目的は人間側――カノン街の警備隊の戦力を低下させること
自衛力を低下させ切ったところで計画は次の段階に移行する
ギガラントスの件は予想より被害は抑制されたが、目的は達成している
それが“上々ではなく”で、“十分ではある”という言葉に込められているのだ
「ポニエル。貴方は各方面の部隊を隠密にこの地へと召致させなさい」
「時期はいつ頃に合わせましょうか?」
「暫定は6月。雨季を潜伏期間とし、夏の終わりには……計画を成す」
こちらへと振り返り、鋭い金色の双眸で私を見据える
その瞳はどこまでの未来を見通しているのでしょうか
見つめられると背筋が冷える
なぜ冷えるのか、は私にはわからない
「っ。……承知致しました」
各地方に移動しなければならない苦労――よりも先に歓喜が電撃となって体中を走った
いよいよ、本格的に動き出す時期が見えてきた
長年の計画がいよいよ、実現に変わってゆく
その願いの先が僅かに見えて私は歓喜の打ち震えているのだ
「暫くの別れね。……任務遂行、任せたわよ」
「はっ!」
そう言い残すと、頭を下げる私の横を通り過ぎてジリアン様は森の中へと消えていく
長い金色の髪の毛先
頭を下げ俯く私が見たジリアン様の姿はそれが最後となった
見送りの礼を終えると、私は一息をつく
これからの大任を思う苦労と、計画進行の歓喜が私の中に混在している
「さて……次の仕事にとりかかりますか」