【覇道】
<Act.8 『雷獣の咆哮』 第10話 『日常への一歩』>
「はっはっはっは!」
寮のリビングでバカの叫び声が木霊する
街の散策もそこそこで切り上げて、昼過ぎに戻ってきてからこの状態だ
折原の昨夜の活躍を尾ひれをつけての自慢話
……まぁ、本人も頑張っていたのは事実だから、今回ばかりは何も言うまい
「くそぅ……な〜んか、先を越された、って感じだな」
折原の自慢話を一頻り聞き終えた北川がダイニングのテーブルの方へと戻ってきた
俺は1人でコーヒーを飲みながら本日の朝刊を読んでいたところだ
朝刊には大した内容は書かれていなかった
魔物の集団が街を襲ったこと
ギガラントスを名乗った敵の首領のこと
警備隊やカノン学園、そして久瀬家が撃退にあたったこと
詳細までは情報が錯綜しておりわかっていないのだろう
夕方に号外か、夕刊にて色々と記事が掲載されていそうな感じだ
「なぁ、相沢。俺も弟子に――」
「断る」
北川の申し出に対し新聞を読みながらキッパリと断る
コーヒーを飲みながら流し目で確認してみると、北川は頭をテーブルに落としてグッタリとしていた
……まぁ、言ってきそうな予想はしていたけどな
「あんなバカを対応するだけで限界だ。それに北川、おまえなら自分で道を見出せると俺は思ってる」
「……相沢」
俺の評価に対して北川は感動でもしたのか、今の台詞をかみ締めるように受け止めていた
まぁ、折原にしてもやる気さえあれば順調に強くなっていっただろう
ただ、あいつには時間がなかった
今はバカをやっているが、内心かなり焦っていたんだろう
それに折原は器用貧乏というか、俺と似ているところがある
何かが得意、というわけではない
武術家、というよりは戦術家に向いていそうな気がする
ゆえに戦い方への迷走があったのだろう……目指す道が見えない時は中々進まないからな
「ところで北川。学校でどうなってるんだ?」
「うーん……どうだろうな。この騒ぎだ。勉強所ではないとは思うけど……」
昨夜の今朝、でさすがに連絡は来ないか
学校が稼動しているのかどうかも謎なところだ
仮に稼動していたとしても、今はそれ所ではないだろう
この寮は被害はなかったとはいえ、実家襲われた学生もいるだろうし……
「お、いいアイディアじゃないか相沢」
「ぁ?」
リビングで話をしていた折原の視線がこちらに向けられる
突然のこととはいえ、いい予感がしなかったので思わず地声で返してしまった
苛立ちの込められた、言葉にならない声で
「これから皆で学校にいこうぜ!」
「……はぁ」
薮蛇
頭の中を藪から顔を出した蛇がにんまりと笑っている絵が思い浮かんだ
朝、あれだけ散策したのに学校にいかなければならんのか
そもそもここの留守番はどうするんだ?
誰もいなくていいのか?
「うーん。ま、状況もわからないし、一理あるかもな」
思わぬところに伏兵がいた
目前に座っている北川が意外にも乗り気な発言を返す
……しかし、考えれば事の発端は俺なのか
俺が学校のことを聞きさえしなければ……
「よーし皆の衆。制服に着替えてすぐに玄関に集合だ!」
*
「……静かだな」
なぜか制服に着替えさせられ、街中を歩き学校に到着した
途中途中で復興の街の様子や、学生がうろつくのを不審な目で見られたりもしたが、無事に着いた
無事に着いた学校は驚く程静かで、人の気配を感じない程だ
誰もいないのでは?
誰もの頭の中にその言葉が過ぎる
ただ一方で門は開放されており、無人ではないと思われる
「行くぞー!」
「おう!」
「あ、ちょっと浩平!」
何も考えないバカは手を振り上げて玄関に向けて走っていく
その突飛な行動に即座に対応したのは長森さんと斉藤
さすがは折原と付き合いが長いだけはある
……斉藤はアホで同類なので当然だ
「……とりあえず、職員室にでも行ってみるか」
北川の発言に残りのメンバーである俺、美凪、名雪は同意する
走る必要もないので普通に歩いて向かう
静かな学校は見慣れておらず、まるで違う場所に来ているような錯覚に陥る
「学校は無事だったんだな」
「そうだね。静かだけど、いつもの学校だよ」
そう呟く名雪の横顔は、どこか安堵を覚えているようだった
昨夜、あれだけ日常と違うことが起こったのだ
いつもと変わらない事象に安堵を覚えているのかもしれない
必ず戻る、と約束した名雪
どれだけの不安を胸に抱え、寮で待っていたのかは推し量れない……
「ん?」
歩いていると、先行していた折原達が玄関先で立ち止まる姿が目に留まる
そして何を思ったのか踵を返して全力疾走と思われる動きで戻ってきた
「相沢。閉まっている」
「そうか」
「あぁ。じゃぁ、どこから入ろ――」
――ビュッ!
上段回し蹴り
鮮やかに、始動のタイムロスをなく繰り出した一撃
しかし、折原はそれを横に低空姿勢で跳躍することでよけていた
「へぇ。避け方がだいぶプロっぽくなったな」
「あ、あぶね……マジだったな、今の」
冷や汗を額に浮かべつつ、地に這い蹲っている折原は笑みを浮かべて言う
昨夜の経験は確かにこいつの中で大きな成長に繋がったようだ
しかし、このバカさ加減は相変わらず健在でもあったが
「相沢ぁ! おまえ、ちゃんと綺麗な下着を――ブヘッ!?」
「……死ね、ド変態」
最悪な発言をかます斉藤に対して爪先の突きを蹴り出す
腹部に打ち込められた斉藤はその衝撃で後方へと吹き飛んだ
こいつは俺のスカートの中を覗いて何を言ってんだ、このボケ
誰が女物の下着をつけるか、っての
何より蹴りを繰り出して、その部分のみを見ていたこいつの変態ぶりが気持ち悪い
「学園も昨日の襲撃に対して教師陣が対応したみたいだし、誰もいないんだろう」
「今は復興だもんな……どっかの手伝いにいってるわな」
無駄足だったな、と思わず内心呟く
結局このバカとアホの喜劇に付き合わされただけだ
俺の結論に北川の一言が付け足される
さて、これからどうしたものか……
「はぁ……はぁ……あの、張り紙があったんだよ」
折原と斉藤に遅れて到着した長森さん
校門から玄関まではまたそれなりに距離があるため、息が上がっている
膝に手をつきながらなんとか息も絶え絶えで俺達に情報を伝えようとしている
「張り紙?」
「うん。学校はこのまま冬休みだって。冬休み開けの始業式に再開する、って張り紙があったよ」
「そっか。もうそんな時期だったもんね」
「つーことは……1ヶ月近くお休みってわけか。しかも宿題なし!」
名雪と北川は意味を理解したらしく、それぞれ感想の声をあげる
そんな中、俺は意味がわかっておらず呆然とする他ない
「相沢君。学校には暑さと寒さが酷い時期に長期間のお休みがあるんだよ」
「そう! 青春の希望である夏休み!」
「そしてコタツに閉じこもる冬休み!」
長森さんの親切な説明に左右でバカとアホが復帰する
謎の決めポーズをとり、俺に向かって指を差している
……本当にこいつらはもう……
俺はため息も出ず、ガックリと肩を落としてとりあえず今のをなかったことにした
「つまりは長期休暇、ってことか」
「だな。多分、順番に連絡は回っているんだろう。緊急連絡網とかもあるしな」
「…………どうします?」
美凪が俺の方を見つめてそう尋ねて来た
ふむ……まぁ、学校の様子も、今後の動きもわかったし目的は達成できたな
用事がなければ帰るだけだが……うむ
「あ、あのね、祐一。私、香里の様子を見てきてもいいかな?」
「ん? あぁ、そうだな。でも、1人ってのは……」
「なら俺も同行する。美坂のことは気になってたんだ」
おずおずと発言した名雪だが、最もな発言に思わず同意する
確かに学校が稼動しない、となればその間クラスメイトや友人の安否は不明だ
そんな不安のまま休みを過ごせ、と言われても無理だろう
治安に不安の残る街中を1人ではさすがに、と思ったところで北川が挙手
頼もしいとの瞳に俺は安心感を覚える
「そっか。それじゃ2人に頼む。大人数で行っても迷惑だろうからな」
「うん! それじゃ行ってくるよ!」
「おう。また後でな」
名雪は満面の笑みを浮かべて疾走
北川も置いていかれないようにとすかさずダッシュを開始する
……名雪のスピードについていくのも一苦労だろうな
あっという間に遠ざかっていく2人の背中を見送ったところで、俺は皆の方へと振り返る
「折原はどうする?」
「俺と斉藤もちょっと用事がある」
「……私も心配だからついていくよ」
変な真顔で言い切る折原に不安を感じたのは間違いではないらしい
長森さんも溜息混じりにそう返答をするあたり、いい予感はしないのだろう
……俺も気にはなるが、ここは長年の経験値がある長森さんに任せよう
「それじゃ長森さん、頼んだよ。俺と美凪はもう少し街中を見てから寮に戻ってるよ」
「おう! じゃぁな、相沢!」
折原一派はリーダーの一言を残し、部下を顧みないダッシュについていく羽目となった
苦労するだろうなぁ、長森さん……
せめて今度、その苦労話だけでも聞いてあげよう
そして誰もいなくなったこの場に舞い降りる沈黙
ようやく、美凪と2人きりになれた
俺は小さく深呼吸をしてから、口を開く
「夢は視れたのか?」
「…………えぇ。お疲れ様でした、祐」
俺は誰もいなくなった道の先を見つめながら、隣に佇む美凪に声を掛ける
美凪はそれについて何も言わないまま、静かに言葉を返すだけ
「……怒らないのか?」
「…………祐の手助けに力不足な自身を、悔いるばかりです」
「っ! 違う!」
息を呑み、張り詰める空気
俺の予想とは全く違う方向で美凪が感じていることがわかり咄嗟に振り返る
俯いていた美凪の肩を掴み、こちらに振り向かせる
突然の行動に驚いた美凪の見開いた眼と、そこから流れる涙を見て俺は言葉を失った
「みな、ぎ…………」
「……すみません。私、もっと祐の役に立てると――」
「――美凪っ!」
言葉を紡ぐと涙の量が増えた
美凪は感情の抑制がつかなくなっている
そう感じた俺は強く、美凪の名を叫び意識を俺へと集中させる
驚きに跳ねる体
呆然と俺の瞳を真っ直ぐと見つめる美凪に対して俺は言葉を紡ぐ
「無茶して悪かった。後、美凪の力は凄く役に立ったよ」
「で、でも――」
「もし美凪がそれ以上を望むなら、一緒にこれから頑張っていこう。どうせまた、俺……無茶するだろうからさ」
上辺だけの言葉は美凪には必要ない
美凪は俺の全ての過去を知っている
無茶をしないと言っても、いざとなれば無茶をする
それが相沢 祐一だ
だけど、今回の美凪の頑張りを認めないことを俺は認めない
美凪の活躍は十分にあった
それだけに救われた部分も多くあっただろう
それは否定してほしくなかった
今を認め、目指すべきものが先にまだあるならば……目指せばいい
時間はまだ十分にあるのだから
「…………はいっ」
涙を流しながら、それでも笑顔を見せてくれた美凪
俺はそれが嬉しくて、思わず美凪を抱き締めていた
理由はわからない
頑張った美凪を労わりたかったのか
俺の言葉を素直に受け止めてくれた美凪の純粋さが嬉しかったのか
無事に生き残ってくれたことを喜んでいるのか
……いや、理由はなんでもいい
今、俺は美凪を抱き締めたかった
理由なんてものは、それで十分だろう
「封印、解かないように頑張るからさ。よろしく頼むよ、美凪」