【覇道】
<Act.8 『雷獣の咆哮』 第1話 『2人VS1匹』>
「いくぜぇっ! ギガラントスさんよぉっ!!」
親衛隊のゴクリキの足は止めたが、藤堂さんは迷いなく前方に佇むギガラントスへと突貫
あの纏う空気が重厚感を満たす空間
それはまさしくギガラントスの――間合い
構えもとっていないが、あの空間に身を突き進める覚悟がどれだけ求められるのか
傍から見ている俺にもわかるほどなのだから、第一線で突っ込む藤堂さんは相当のものだろう
そしてそれを微塵も感じさせない突撃――感服する
「よぅここまで来た。その実力を認めワシの拳で――粉砕してやろうっ!」
静謐な、重苦しい重厚感が風となり吹き飛んだ
その一声の直後、組んでいた腕を解いてギガラントスは膝を曲げる
無表情だった面構えも獰猛なものとなり、解き放たれた空気は肌を焦がす焼け野原を思い出せた
なんていう殺気――いや、闘気なのか……?
戦いへの渇望と人間を殺す殺意が入り混じった強風が吹き荒れる
正直、そこらの魔族なんかと対面した時の比じゃない
左肩がうご――――
「横に跳べっ!」
藤堂さんの声が風が消えた無風の中で響いた
俺は頭の中が真っ白で、最後に見えたギガラントスの光景が目に残る
けれど体は言われる前から横へと飛んでいた
直後、吹き抜けるのは空砲
そして黒く大きな丸太――ではなく、ギガラントスの左腕
いまのが警備隊員を一撃で即死させた拳打
「らぁぁぁぁぁぁぁ――――」
藤堂さんは俺とは反対の右方向へと跳んだらしい
あそこまで踏み込む体勢に入っていたのに、咄嗟に回避へと転換したのか
さすがは一流の傭兵、の身のこなしか
完全に攻撃態勢だったが、回避しなければ本当に粉砕されていた
そう思うだけの一撃が放たれたのだ
けれど、藤堂さんは止まらない
拳打の後の硬直した態勢のギガラントスの間合いへと踏み込む
大きな一歩の踏み込みの後、ギロチンのような背中から飛び上がるハルバートの一撃
藤堂さんの頭の上を斧が通る瞬間、ギガラントスの姿が――ブレた
ズガァッ!
振り下ろされた一撃は地面を叩く
巻き上がる砂埃と爆砕したような音
つまりは空振りだ
ギガラントスはその巨躯を黒の旋風となりて藤堂さんの横手へと移動している
なんだ、その動きっ!?
様々な敵を遭遇してきたが、一瞬でこれだけ姿を見失う歩法は驚きだった
なにしろ、3m巨体の姿を色でしか捉えれなかったのだから
「っぅ――――」
動きが早い
藤堂さんは避ける暇がないのを悟っていたのか、あっさりとハルバートから手を離していた
体を固めて縮ませ、正面には両腕をクロスさせる防御の体勢
そこに襲いかかる等身大の黒い拳
瞬間、人間では巨躯になる藤堂さんの姿が一瞬後――消えた
「ふんっ。……ユーよ。この場に来たからには容赦はせん!」
「っ!」
ギガラントスは藤堂さんの残したハルバートを手に持ち、俺の方に向けて投擲
体の全身は使わずに腕だけの小振りで行った
俺にとっては大きなハルバートもギガラントスにとっては小さいもの
無駄な動きがなく、最短な動きだ
動きの一つ一つに無駄がない
力に溺れていない強者の匂いがプンプンする
俺は手にある片手剣を左足の根元に切っ先を落とし、目前に銀の刃が視界いっぱいになる
「っふ!」
右斜め上へ一閃
ハルバートは金属の甲高い音と俺の手に痺れを残す一撃で右へと弾け飛ぶ
余裕がなくてそちらを向けないが、藤堂さんが飛ばされた方向だ
何かの役に立つだろう
俺は銀の刃が消えた先に現れる黒い毛皮のギガラントスを捉える
奴が俺に向かい進み、距離を縮めていることは気配でわかっている
「ぬっ――らぁっっ!!」
やはり先ほどの素早い動きで迫る
もう黒い弾丸と呼んでもいい
それなのに僅かに小さく飛んで俺との距離を急に縮める
間合いの侵入速度を見誤らせる動き
ったく! そんな技術どこで学んだんだっ!?
「っん!」
足場に潜ませておいた“
急に上へと飛ばされるが、息の吐く間もなく足場を蹴り中空へと跳ぶ
ガンッ!
拳打で打ち抜かれた光の柱
物理的な硬度も相当あるはずなんだけど、な
ガラスのように砕け散り、四散する光の粒子
その光の空間の中で妙に浮き立つ黒の巨猿は俺の姿を視界に収めていた
「っ――“
両腕にためていた魔力を腕を払うことで開放する
左右に展開する光の球はそれぞれ10個
合わせれば20個の光の球が生成され、瞬間に俺の詞で槍となり眼下に降り注ぐ
けれど、まだだ
こんなもの目くらましにでもなればいいところ
俺は剣を持たない左腕を後ろに引き、落下しつつも半身の体勢を形成する
そして魔力を左腕に集中して掻き集め、目前を睨み続ける
ブゥォッ――――
飛来する光の槍は次々と何かに衝突して光の粒子を撒き散らす
眩さに包まれて眩しいが、今の俺には気にならない
眼下を睨み続けると不意に黒い影が飛び出した
凄い勢いで迫るそれが何かを視覚で認識してはもう遅い
俺は何かが出たら奴――ギガラントスだと決めていた
視認した瞬間、俺は何かに向けて左腕を突き出す
――“
突き出す拳が纏ったのは巨大な光
迫る黒い影とは対なす明るき拳は黒い影を打ち落とす
――が、触れた瞬間に俺の左腕に凄い感触が返って来た
ぶつかった衝撃か
けれど、これだけの光を纏った中で戻ってくるなんて――初めての経験だ
「っぁ」
俺は反動でまた宙へと少し押し返されるが、身を捻りその場から遠くに落ちるように仕向ける
落下寸前で夢幻を伸ばし、棒を伝うかのようにして着地した
俺に叩き落された黒い影は砂埃をあげたまま出てこない
さすがにこんなことで気絶するとは、思っていないが……
俺は棒を片手剣へと戻し、その剣に光を伝導させておく
一瞬の隙も見せれない……
カノンに来てから出会った誰よりも強く、誰よりも危険であることは最早明白だった
「っち……すまねぇな、1人にして」
「っ! 藤堂さん!」
俺は正面から全く意識をずらせない状態だったが、横手からその声が聞こえ安堵が漏れる
声の方へと向くと右腕をぶらん、と垂れ下げながらも左腕でハルバートを持ち、肩に担ぐ藤堂さんがそこにいた
かなりの衝撃だっただろうに……着ているジャケットや強化服も擦り切れている
どれだけ吹っ飛んだだろうか……
「藤堂さん。その右腕……」
「はっはっは。油断したわけじゃないんだが、情けねぇな」
「診せてください……“
垂れ下がる右腕に触れると肩の脱臼であることが明白
またその両腕はあの一撃必殺とも言える拳打を受けたため皹が入っている可能性も高そうだった
俺は何も説明せずに白の光を精製し、右腕と左腕を添うように撫でる
残滓のように残る淡い白い光は染み込むように藤堂さんの腕の中へと消えていった
「うおっ!? な、なんだそりゃ――って! 治ったっ!?」
見たことも聞いたこともない魔法だっただろう
まぁ、俺が考案したんだから当然なんだけど……
ビックリして一歩下がる藤堂さんだが、次の瞬間に痛みが消えて更に驚愕の声をあげた
今の世間一般に広まっている回復魔法レベルでは外部の損傷にはそれなりの認知度がある
けれど、体内の患部であったり、打ち身等のケガに対する回復魔法は広まっていない
「ふふっ。私、回復魔法には自信があるんです」
「…………サンキュ。これならマジで、なんとかできるかもしれねぇな」
俺の全力の営業スマイルも目に入る暇もなく、藤堂さんは利き腕の右手にハルバートを持ち直す
そして正面へと向き直ると、そこにはギガラントスが静かに佇んでいる
いつこちらに動き出してもおかしくない低姿勢
知能があるゆえに動き出しは魔物との駆け引き感覚ではなく、人間のそれと同じ
こいつはフェイントなんてものを簡単に使ってくる
それだけの力量があることなど、さっきの攻防だけで十分にわかる
「ふんっ。いくらケガを治せたとて、死人は治せまい」
「はっ。魔物のくせに仰ることはご尤もだ。だけどな――」
藤堂さんはそこで言葉を区切り、膝を曲げてハルバートを攻撃体勢へと背負い直す
行く気だな――なら、援護だ
俺は魔力を瞬時に練成し、射撃の準備を整える
ギガラントスには攻撃にもならないかもしれないが、目晦まし程度にはなる
藤堂さんが有利になるように最大の援護をするしかない
――正直、あれだけ攻撃を当てて無傷っていうのはショックだ
「――その台詞、お前にそのまま返してやるよっ!!」
蹴った
瞬間、藤堂さんの身は前方に飛び出している
俺はその背中を見た瞬間に片手剣を振り上げる
放たれるのは光の斬撃
けれど、これでは終わらない
左腕をその場で大きく薙ぎ、藤堂さんを境にしてギガラントスの左右に光の球を2個ずつ展開
魔法の高速連発展開の恐ろしさを――教えてやるっ!!
「“
詞一つで光の球は光の触手をギガラントスへと伸ばす
まずは四肢を拘束
止めれなくてもいい
ただほんの一瞬でも反応を鈍らせるだけでいい
俺はその効果を確かめるのも待たず、剣の切っ先に光を集約させていく
また左掌にポケットから夢幻の小さな玉を取り出し、奴の頭上に向かって投擲
「ふんっ!!」
ギガラントスは自分の正面の地面をその巨大な拳で殴りつける
粉砕された地面を砂埃を、土塊を巻き上げて視界からギガラントスを隠す
「ッチ!」
藤堂さんは標的を見失いどう動くか迷う
――瞬間、俺の脳裏に嫌な光景が浮かんだ
俺は左手に光の玉を作り、すぐに藤堂さんの背中に向かって投げる
「藤堂さん! 乗ってください!!」
掌サイズの光の玉が迫るのを藤堂さんは振り返り視認する
俺の切羽詰った声を信じてくれるのか
けれど時間がない
藤堂さんは半ば半信半疑の状態で俺の光の玉の上に向かい跳んでくれた
「“
光の玉を光の柱に変化させ、藤堂さんを無理矢理乗せて上空へと逃がす
次の瞬間、砂埃より右側へ黒い影が飛び出す
光の触手はいつの間にか粒子へと打ち砕かれていた
なるほど! 目晦まし程度の効果ならあいつは自分でも十分できる、ってか!
こちらに向けて疾走するギガラントス
先程同様にその間合いの詰めるのが――早い!
「当たれ――――“
剣の切っ先をギガラントスに向け、照準を合わせて詞を紡ぐ
すると凝縮されていた光の球は一瞬の輝きと膨張の後、急激に縮む
そしてそこからはまるで針のような細さの光がギガラントスに向かって駆け抜けた
まさしく、光の速さ
これを避けることなどほぼ――不可能
「っぅ!」
細い光線はギガラントスの胸部を貫く
しかし、これも野生の勘なのだろうか
ギガラントスは本当にほんの僅かに身じろぎ、右胸部の端を射抜かれた状態だった
致命傷にすらならないし、ギガラントスの動きに遜色すらない
俺は左右に光の球を展開、早口で詠唱を紡ぐ
「数多に散りし光の雫よ その身を礫と変えて我が力とならん 燈れよ光 一条となりて世を駆けん――――」
「もう遅いわっ!!」
ギガラントスは巨大な拳を引いて、宙へと舞い上がる
一気に距離を縮め、自慢の拳打で俺を潰す気だろう
俺はその動きを驚きを込めた顔で見ていたのだが、奴の拳打を構えた腕が動く頃――笑みを浮かべる
――“
右足で地面を叩き、足の下で準備を進めていた魔法を展開させる
俺の前方には光で揺らめくカーテンのようなものが突如現われる
この上級聖魔法は物理にも魔法にも相当な防御力を誇っている
いくらギガラントスとはいえ、この魔法を拳打のみで打ち破ることは――できない
ドオオォォォォォ――――
目前で大砲が放たれたかと思った
そう思う程の巨大な音と、そして魔法越しに届く肌を焦がすような衝撃
大気が悲鳴をあげていた
眼前が夜になったような巨躯が覆われ、その拳打は俺の目前で止まっている
受け止めれたが、正直――壊されたかと錯覚してしまった
「ウガァァァァァ――――」
その巨躯なんという身のこなしだろうか
拳を引き、巨大な脚の裏が俺の目の前に向けられる
光のカーテンに足を乗せ、ギガラントスは反対側へと跳んだ
その先には空中より奇襲をかける藤堂さんの姿
「くそったれぇぇぇぇっ!!」
空中よりの奇襲
敵の背後をついた完璧なものだった
けれど、ギガラントスはその気配も読む
そして対応して見せた
藤堂さんは引けない状態であることを覚悟し、振り上げるハルバートに力と想いを込める
「数多に散りし光の雫よ その身を礫と変えて我が力とならん 燈れよ光 一条となりて世を――」
俺は光の球を左右に展開
詠唱を唱えながら目の前の攻防を見つめる
今、このタイミングでは俺はもう支援することすら間に合わない
ならば次の一手に繋げる
藤堂さんの一撃が決まっても、決まらなくても――――
「うらぁぁぁぁ――――」
藤堂さんが間合いを見てハルバートを振り下ろそうとする
けれど、その瞬間にギガラントスの左腕がブレた
次の瞬間、藤堂さんは側面より現れた巨大な掌に捕まれる
締め付ける握り締め
苦悶に満ちた藤堂さんの表情に目を奪われると、ギガラントスは身を捻る
そのままの流れで藤堂さんをこちらへと――投擲
「某方の名は疾風 全てを穿つ――っく!」
詠唱は途中
けれどこちらに飛んでくる藤堂さんを無視することは出来ない
俺は詠唱を止め、左右に展開する光の球を手に纏い、大きな掌を展開させた
「っぐ! お、重たい……」
受け止める掌は出来たけど、その衝撃は自身でカバーするしかない
俺はそっと地面に藤堂さんを下ろすと、苦鳴が藤堂さんの口より漏れる
「“
手に纏っている光をそのまま白い光に変換させ、藤堂さんの身へと振りかける
打身に有効な回復魔法なので、巨大な拳に握り締められた藤堂さんの回復には有効だろう
見た目には変わらないが、藤堂さんの寄せられた眉が緩やかなものに戻る
「ユー。その程度では、ワシは止めれんぞ?」
藤堂さんの無事を確認できて僅かに安堵するが、目前に佇む巨大な黒い存在の圧迫感が蘇る
こちらを見つめる双眸は裡に込められた滾る感情を抑えた静謐さを湛えている
俺はそれを強い表情で睨み返すが、現状はギガラントスの言う通りだった
藤堂さんの特攻は決して闇雲ではない
機を伺い、タイミングをとり、一撃を入れる好機を狙っている
けれど、それに対応するギガラントスの身のこなしが想像以上なのだ
ただの魔獣とは思っていないが、武術の心得でもあるぐらいに認識を改めた方がいいかもしれない
獣の本能の動きに加え、ところどころで技術的な動きを取り入れているとしか思えない
「……止めるわ。貴方を止めなければ、人も、魔も……多くの命が失われるから」
「フンッ。遅すぎた綺麗事、だの」
「綺麗事に遅いも早いもない。貫くか、貫かないかの2つだけ」
俺は気絶している藤堂さんをそっと地面に横たえ、前へと歩み出る
そこでようやく周囲の状況を見る余裕が持てた
おそらく、だがギガラントスの配慮なのだろう
周囲の者には手出しをさせないつもりらしい
一定の距離を保って見ている様子もあるが、大体は前方の戦闘に集中しているようだ
まぁ、これだけの強者がやられるとは思っていないだけかもしれないが……
「さぁ、続けましょうか。私の本当の実力は、まだ見れていないわよ?」
そう宣言しつつ、手にある夢幻を銀の刀へと変換させる
相手は武量のあり、地力のあるタイプ
つまり、もっとも俺の苦手とするタイプだ
小手先では覆せない体格差があり、力がある
けれど、そんな相手に唯一対抗する術がある
それは――鋭さ
一撃の鋭さは“斬る”力で相手を一瞬上回ることが出来る
一発逆転出来る可能性に縣ける時、俺は刀を選ぶ
だが、それは同時に殺傷能力が高く、相手を――――殺す覚悟を決めた時
「そうか……ならば、見せてもらうぞ! ユーッ!!」