【覇道】

 

<Act.8 『雷獣の咆哮』  第0話 『譲れない空中戦』>

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

息が、切れる

空を飛ぶのが辛いと思ったのはいつ以来だろう?

色々なことを想定して鍛錬を普段から積んでいるけれど、これほどの滞空時間がいる事態は考えたことなかった

いや、ないこともない

けれど、それほど飛ぶ必要がない、と結論を出したのを覚えている

そこまで連続して滞空する意味を見出せなかったからだ

空中戦に適した相手でも地上で迎え撃てばいいし、地上からでも攻撃は出来る

飛び続ける必要性なんてない、と思っていたんだけど……

荒い呼吸を続けながら少し思考に浸りつつも、正面にいる敵から意識は逸らさない

 

「ねぇ、ちょっと〜。きいてるの〜?」

 

流暢な人語を話すのは朱色の翼と羽根を持つ炎鳥一族――ルクの雌

あれほどの魔法合戦を行ったというのに、あっちは息一つ切れていない

さすがは神の使いとまで称される幻種と言われる種族なだけある

その実力は言い伝え通りということ、か……

そこまで結論づけると逆に疲労が押し寄せてきそうだ

気を抜けば目眩でもしそうな現状を気力だけで繋げる

今、この場で、こいつを止めれるのは、僕しか、いない、からだ

 

「じ〜っとしておわるのまたない? べつにタタカイたいわけじゃないのよねー」

 

細い長い首をしている怪鳥とも呼べる姿

そんな彼女は先程からそのようなことばかり言う

もちろん、おかげで休憩も出来るので助かってはいるのだが……

僕はひとつ深呼吸をして、彼女への返答を紡ぐ

 

「では、貴女はこのままここにいればいい。僕は地上に行きますから」

「だ〜か〜ら! アタシだけいたらサボってるのがバレるじゃない!」

「……では、僕の返答は同じです」

 

このやりとりは既に何度目だろうか

小休止を挟めるのはありがたいが、終わりが見えてこないのには参る

どうも彼女はさほどやる気はないようだ

理由はわからないが、彼女の纏う空気を感じる限りは――興味がない

この街も、闘いも、行く末も……全てに興味がない印象を受ける

 

「あーもう! こどものくせにぃいうことききないさよーっ!」

 

彼女の怒号と同時に両翼を広げる

その翼の先端より灼熱の炎が簡単に飛び出す

何か苦労したり、力を練ったりという印書はない

人が呼吸するかのように、走るかのような簡単な感覚で出したように見える

けれど、その炎の温度、熱量、質量……上級魔法以上だと感じさせられる

 

「……正直、ギガラントス以上なのでは、と思います――よっ!」

 

これ以上長引かせるのは得策ではない

空中より街の四方を守る門の様子が尋常ではないのは見えている

彼女を止めておいて事態が収束するならばそれに徹しよう

けれど、僕の救援が必要な場所は必ずある

少なくとも――被害を今より抑えることはできるはず

ただ長く彼女と戦っていたわけではない

この決着をつけるための布石を僕は既に準備できている

最後と想い、靴裏に展開している風を噴射

彼女の炎が向けられるより先に懐に飛び込む心積もりだが――――

 

「カァーーーーッ!!」

 

嘴を開き、息の吐く間もなく閃熱の炎が飛び出す

本当にこのレベルの炎を瞬時に出すのは反則だろう

――けれど、反則が勝利に繋がるとは限らない

 

「風よ 穿ち抜け――“風の突端流ウェンディング”!」

 

自分の前方に風の渦を展開

中心部より螺旋を描くようにこちらへと風を旋回させて迸らせる

風が渦巻く時、その真価は他の魔法の追随を許さない

前方が朱色に染まる

熱風が頬を、全身を襲う

けれど、風の渦によって灼熱の空気は僕の上下左右へと散らされる

そして距離を詰めつつ、刀の柄に添えた手の力がこもる

 

「っ!」

 

朱色の世界を超えて急に青と白が広がる

けれど、それは予測済み

急な視界の展開に対しては目はついていくが、問題はいるべき場所に彼女がいない、という事実

すぐに視界を広げるがその中に姿を見つけることはできな――――

 

「“暴風神を鎮静する鎖フェルシー・ダウチェーン”ッ!」

 

靴裏に展開している風球を瞬時に鎖へと転化させ、下方へ走らせる

同時に風球を踏み、前方の空へと飛び込む

下方から感じる膨れ上がる魔力

その恐怖が下を見る暇もなく、僕をよけることに専念させた

 

ゴォォォォォォ――――

 

炎の砲撃とでも呼べばいいのか

鋭い火柱とでも呼べばいいのか

呼称はともかく、僕の背後を立ち上っていったのはそういうものだった

けれど、意識は既にそこにはない

かわしたのだから問題ない、だけで十分だ

僕は目では見えないが、既に周囲に散布していた風球を魔力で干渉する

小さく渦巻く風は質量を帯びる風となり、そして――

 

「ふっ! はっ! ほっ!」

 

靴裏で風の集合体を蹴る

――いや、乗る、と言った方が正しいかな

風球を足場として空中を渡り歩くように跳ぶ

左へ右へと滑空しながら彼女の的にならないように工夫を凝らす

落ちてくる僕を見上げて彼女は第二の砲撃を放とうとしているが、放てずにいた

その優柔不断な判断が彼女と僕の距離を縮めていく

 

「っ〜〜! もうっ!!」

 

痺れを切らしたのか、怒声をあげるとそれと同時に周囲に火の粉が飛ぶ

けれど、それは攻撃ではなくただ溢れ出した残滓のようだった

直後には両翼の翼が炎を纏って激しく燃え上がる

纏う大きさは炎の質量も感じさせ、危険である、と僕の頭には警鐘が鳴っていた

 

――“風斬かぜきり”――

 

足場は悪い

けれど、それは言い訳であり出来ないわけではない

僕は着地した一瞬の隙で居合い風に構えをとりその場で刀を一閃

描かれた軌跡より風の刃が放たれ、それは彼女へと飛んで行く

もちろん、これが決め手になるとは思っていない

あくまで布石

ゆえに僕は風球を蹴って彼女へと向かい、刀は既に納刀されている

 

「え、あ、ちょ――ちょっと!」

 

向かってくる刃になぜか予想以上に焦る彼女

刃が目前にまで迫ったかと思うと、右翼を一振り

直後襲ったのは――焼け切れるかと思う炎の布

 

「っ!!」

 

翼の一振りは迸る炎を生み出して広範囲に渡る斬撃のようになった

間近に高速で迫る炎を見て僕はわざと風球より足を滑らせて落下する

そうしなければよけることすら間に合わないスピードだった

無論、その炎の波に呑まれて僕の“風斬かぜきり”は姿を消している

 

「“世界を押す風神の腕ヒッテリ・アームド・バンズ”!」

 

靴裏に風を集約させつつ、僕は左手に風を呼び集め形を練る

そして瞬時に拳を握り、遠くにいる彼女へ向けて拳打を繰り出す

もちろん、僕の拳が直接届くわけではない

僕の拳に連動して形成された目視できない風の腕が彼女に届くのだ

 

「ぅぇんっ?!」

 

翼を振り切った後で態勢を崩している彼女の側面へと拳打が炸裂

物理的な打撃を受けて僅かによろめいた

その隙をつかないわけがない

僕は全てを出し切る覚悟をし、周囲に散布した風の球を彼女の周囲へと動かす

そして左右、前後に風球を集約させて密度を濃くし5つの球を形成

 

「捉えろ! “暴風神を鎮静する鎖フェルシー・ダウチェーン”ッ!」

 

詞の直後、5つの風球より弾け飛ぶように風の鎖が練成される

鎖はそれぞれ彼女の両翼、両足、首へと絡んだ

よろけていた彼女は無理やり態勢を整えさせられ、表情は少し呆然としていた

事態を呑み込めていない――それは好機の証

 

「くらえ――――“天を目指す風柱アマ・ディ・テラス”ッ!!」

 

僕は靴の裏に“風精霊の息吹ウィンディ・ブレス”を展開し、姿勢を整え空気抵抗を減らす

そして一気に彼女に向けて弾丸のように突き進む

と、同時に攻撃の手を休めるわけにはいかない

周囲に散布させた風球全てを下級風魔法である“天を目指す風柱アマ・ディ・テラス”へ注ぎ込む

彼女の全方位より放たれる突出する風の砲撃は彼女を打ちのめす

うん。正直魔力が枯渇しそうなぐらい辛い

こうして“風精霊の息吹ウィンディ・ブレス”を展開しているだけで息苦しいぐらいだ

けれど、ここで終わっては全てが無駄になる

頭の中の頭痛が強まる一方で、踏ん張る僕の気持ちがそれを無理やり抑えつける

そして全ての魔力を込めて“風精霊の息吹ウィンディ・ブレス”で加速を――あげた

 

「こ……こ……こっの――――――」

 

首振り

意識を繋げる彼女

怒りの怒声でもあげようというのか?

だが、それは事態を読めていない

僕は既に彼女の間合いへと入り込み、攻撃の体勢は整っているのだから

驚愕に目を見開く彼女の表情が、流れゆく景色で見えた最後の画だった

 

――“かま太刀たち――

 

擦れ違いざまに抜刀から始まり旋回を加えた螺旋の太刀筋を繰り出す

当たるか、当たらないかはタイミングが非常に大切となる

切るというよりは触れるに近い斬撃

けれど、高速で擦れ違う鋭さのみを追求した斬撃は恐ろしいまでの威力を誇る

上空に突き抜けた僕は全てを出し切った

その想いから全身が弛緩していく

広がる青空を前に突出した勢いの予測が尽き、一瞬の浮遊感に見舞われた

 

「あ……」

 

魔力の枯渇からくる意識朦朧が強まった

気の抜けた隙をつかれ、意識を持って行かれたようだ

ここから意識を手元に戻すのは難しい

流れをせき止める、逆流させるというのは踏み止まることの数倍困難だからね

落下が始まるのを感じ、自然と目が閉じられた

広がる暗闇に恐怖を抱く暇もなく、意識が落ちる

最後に頭を過ったのは、遅延魔法かけているから大丈夫だよ、の意識を手放す最高の一言だった

 

「っ、ぅ…………」

 

 

 

 

 

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