【覇道】

 

<Act.7 『雷獣の騒乱』  第9話 『勝つための策』>

 

 

 

 

 

「良案、ですか」

「えぇ。……聞いていただけますか?」

 

俺の返答に姫川さんは僅かな間をあけて答えた

良案、という単語の言い回しから凄くいい案ではないのだろう

ただ、この悪状況の中で見出せる数少ないいい方の案

この前線で戦いに参加する傍らで打開策を考え続けたに違いない

俺は真剣な姫川さんの言葉に首を縦に振った

 

「敵の数は悠さんの魔法にて減りはしましたが、以前100――いえ、200以上はいるでしょう

 ご覧の通りでゴクリキ達は装備を整え、正直数の差で戦況は押されています」

「はい。正直、まずい状態ですね」

「そうです。そして幸か不幸か私達傭兵部隊の戦線は門と平行になるように横一直線でバランスをとっています

 門を守るという点においては効果的ですが、攻めるのには向かない陣取りです」

 

現状を冷静に分析して内容をあげていく

俺に説明しながらも、自身の頭の中を整理するように話す姫川さん

おそらく、戦う最中でこれだけ落ち着けた時間はなかったのだろう

……ちなみに今は藤田さん、前原さん、佐藤さん、キツネで手近なゴクリキを相手してくれている

作戦会議をする空気を読んでくれて時間を稼いでくれている

 

「……やはり、急襲のせいですか?」

「その通りです。元々個々の集団である傭兵がまとまるには統率者が必要です。それも、事前に打ち合わせをした上で、です

 今回は相手に奇襲を仕掛けられ、ここに到着次第、前線に送り込まれました。これでは集団行動はとれません」

「……集団行動をとれるようにします?」

「いえ、それは無理です。仮に可能だとしてもここまで伸びた戦線を変えるのは非常に危険です」

 

姫川さんのここまでの話は俺が考えていた内容と全く同じ

それに安堵を少し覚えながらも、俺はこれまで以上に感覚を研ぎ澄ます

なにしろここまでは現状説明

ここからが姫川さんの言う――良案の始まりだ

 

「そこで、わかりやすく言いますと――――ギガラントスの元へ突撃をします」

「…………あり、ではありますね」

 

少し息を呑んで発した姫川さんの策は、一見無知の結論みたいに聞こえるがそうではない

俺も薄っすらと考えた中には突撃案もあった

何しろこの状況を打開してギガラントスを倒すには大雑把に分けて2つしか方法はない

雑魚を蹴散らしてギガラントスを倒すか、雑魚を含めて全て倒すか

後者は総当り戦になるのでこちらも被害を覚悟する必要はあるし、数の差で押されている以上得策ではない

疲弊しきった俺達でギガラントスを倒せるのか、など確証すらない

となると、自然と前者しか選択の余地はなくなる

ゆえに突撃という策は悪くはないが、やり方が問題なのだ

ただ突撃してもこの数の差は埋まらない

囲まれてしまえば多勢に無勢でギガラントスの目前まで行けても、勝利することは難しくなるからだ

 

「さすが悠さんです。そこでひとつ質問させてください」

「あ、はい」

「――悠さん。ギガラントスを倒すにはこの傭兵達から誰と誰がいれば可能だと思いますか?」

 

少し小声になったのに、その問いかけは俺の耳の奥をすり抜けて鼓動を跳ねさせる

正直、封印の解除を少し覚悟していた中でこの質問は内心焦らされた

けれど、落ち着いて考えればすぐに姫川さんの真意はわかる

つまり、逆計算方式で考えたのだろう

どうすれば勝てるのか、考えるのではなくギガラントスを倒す状況を先に想定する

そしてその状況を無理矢理にでも作り出す

考え方としてはこの場合は正しいだろう

いかにギガラントスの元に到着出来ても、勝てなければ意味がない

では、勝てると思う状況を作ることを優先するべきだ

ギガラントスにさ勝てればこの戦争は――勝利出来るのだから

 

「……傭兵の中で一番個人として強いのは誰ですか?」

「…………あちらを見てください」

 

姫川さんは現在地より右側の方を指差し、その戦線のひとつを指し示した

俺はその指先で展開される戦闘を繰り広げる傭兵を見つけ出す

白髪でオールバックのゴクリキよりは一回り小さいが、人間にしては巨躯な人物

手には大きな武器――ハルバートを持ち、あのゴクリキの怪力に負けない力強い戦いを見せている

 

「彼はカノン街最強の傭兵、藤堂 比影です。彼が間違いなくこの中の個人では最強だと思います」

「……なるほど。では彼に3人の強者をつければ勝ち目はあると思います」

「……しかもバランスよく、ですよね?」

「えぇ、もちろんです」

 

俺の問いかけに姫川さんは言葉を足す

俺も納得の意見に同意すると、姫川さんは珍しく微笑を見せた

考える人にはわかるのだが、考えに考え抜いた策があっているか、というのは不安なものだ

何しろ保障は自分の計算でしか証明出来ないのだから

その考えと同じことを他の人も考えていたとしたら、それは大きな安堵感に繋がる

そして俺と姫川さんの考えは恐ろしい程に一致していた

 

「ダメもとで聞きますけど、“届け想いよトゥ・ハート”の皆さんでは難しいですか?」

「……正直、これだけ消耗した後だと自信は50%程です。それに私達が補っている戦線の維持の代わりはいません」

 

無理、とは言いたくはないところだろう

俺の質問に姫川さんは微笑を消し、冷静に努めようとする無表情を見せる

自分のチームに対する自信と誇りもあるだろう

けれど、それを差し置いて客観的に捉えれる姫川さんの見識は素晴らしい

 

「私、回復魔法には自信があります。回復担当は任せてください」

「え……あ、そうだったんですか」

「あれ? ……私、何か?」

「うーん……私的に、悠さんは攻撃魔法を想定していました。まさか回復魔法の方が得意だったとは……」

 

俺の言葉に姫川さんは初めて眉根を寄せて唸り声をあげる

しかし、そこで姫川さんの考えを理解すると納得してしまう

確かに俺は前回の共闘でそれ程、回復魔法の部分をアピールしていない

どちらかと言うと佐藤さんと共に敵陣に潜り込み、ルイ・ダニアンを倒した印象が全てと言えるだろう

そして、今放った大魔法の数々……普通に考えて攻撃魔法担当のイメージになるよな……

 

「あ、あの、攻撃のサブのもう1人は?」

「あ、えっとですね……藤堂さんは力タイプと見ているので、私はスピードタイプを考えています

 私が知る限り、スピードタイプで最も強い人は――佐藤さんを置いて他にいません」

 

そう言い切る時の姫川さんの自信は凄かった

二の句を告げない、とはこういう時に言うべきなのだろう

弱冠20代の傭兵が1番である、と断言出来るってのは正直凄い

けれど、俺は佐藤さんの強さを知っている

あの笑顔を湛えながら、鍛え抜かれたその業は正直……背筋が冷える程だからだ

 

「そうですか。それなら――」

「――おい! まだか2人とも!!」

 

俺の言葉を遮ったのは切羽詰まった藤田さんの声

話に夢中になっていたが、思い返してみると確かにそれなりに時間が経過している

ふと前線に視線を戻せば倒れるゴクリキの死体の数は増えていた

それと同時に、迫り来るゴクリキ達の数も

ゴクリキ達を前に藤田さん達は必死に侵攻を食い止めている

それでも、その数の差は――覆せない

 

「琴音ちゃん、悠ちゃん。どうかな?」

 

いつの間に近づいていたのか、神岸さんが藤田さんの後ろからこちらへと歩み寄る

その手には魔法使いが持ちそうなロッドの先端には水晶球がついている

白いローブで身を包んでいるあたり、回復魔法担当なのだろうか

あまりイメージとして攻撃魔法を放つイメージが湧かない

 

「時間がない。とりあえず、藤堂さんをこちらに呼び込んで、突撃しましょう」

「悠さん。けれど、勝算がなければ――失敗は許されないんですよ!?」

 

俺の言葉に姫川さんは大きな声で反論をあげる

確かに。姫川さんの言うことは正しい

時間がないから、と焦って中途半端に実施したところでうまくいかなければ敗北は必至

敗北しないための唯一の条件すら揃えれないのなら、やる意味がない

けれど、俺はここで覚悟を決めた

俺の後ろには守るべき人達が大勢いる

大切な人達がいるのだ

ならばもう、力を抑えておく必要は――ない

 

「私が攻撃と回復の2役をします。任せてください」

「…………本気で言っていますか? 私達……ここにいる全傭兵と、カノン街の全住民の命が懸かっていても言えますか?」

 

俺の言葉に明らかに苛立ちを見せる姫川さん

けれど、その瞳に映った俺の顔は決して無謀に挑む顔色ではなかった

ゆえに戸惑う

考えた上で姫川さんは俺にそう問いかけた

いい例えが見つからなかったにしろ、言いたいことはわかる

だから俺は微笑みを浮かべながら、口を開いた

 

「えぇ。秘密兵器と副長に言わせただけの実力を――お見せします」

「…………神岸先輩。策は決まりました」

 

俺の自信満々の姿と言葉を受けて姫川さんは折れた

――いや、俺を信じることに懸けてくれた

ゆっくりと藤田さん達の方に振り返り、その背に向けて声を放つ

 

「藤田先輩! 藤堂さん、佐藤さん、悠さんでギガラントスに挑みます。私達で血路を開き、3対1の環境を作りましょう!」

 

姫川さんは藤田さんの背に、その華奢な体から出たとは思えない大きな声を出す

そこに込められた想いの強さが声を聞くだけでわかる

芯の通った深い声

声を受けた藤田さんは振り返る余裕もなく、眼前のゴクリキの一閃をかわして斬りかかる

横薙ぎの斬撃をゴクリキは腕の盾で受け止めるが、その衝撃で腕が弾かれる

藤田さんも弾かれた両手剣を担ぐように肩に回しつつ、その足はゴクリキの間合いに踏み込んでいた

 

「うらぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

振り下ろされる両手剣

相手のゴクリキには隙があるが、その目は死んでいない

頭を僅かに後ろに下げ、迫る剣戟に対して兜を――突き出す

 

「っち!」

 

兜は割れるが、頭は割れない

血が少し飛沫をあげるが、ゴクリキの顔色には生気がある

寧ろ剣が食い込んだ藤田さんの隙が大きい

それをわかっているからこその藤田さんの舌打ち

けれど、これは1対1の試合ではない

 

――“烈空拳れっくうけん”――

 

直後、ゴクリキの頭が殴られたように左側へと吹き飛ぶ

その衝撃で藤田さんの剣も抜け、藤田さんはそんままゴクリキの首を一閃

華麗な一撃は見事に首を裂き、血の鮮血が飛び出した

 

「ナイス、葵ちゃん」

 

藤田さんはニカッと笑みを浮かべエールを送る

その視線の先はすぐ隣で別のゴクリキ達と闘う前原さんに送られていた

前原さんはキツネと一緒にゴクリキ達と闘っている

僅かな合い間でエクストリーム技で風の塊を飛ばしたのだ

藤田さんではないが、まさにナイス連携

藤田さんは正面を見つめ直し、次の敵まで少し間があることを確認した

 

「琴音ちゃん。それで勝てるんだな?」

 

振り向かず、真剣な声色で放たれた言葉

こちらを向いていないのに、その言葉がどれだけ重たい意味を持つのか、直感的にわからせる程

思わず、生唾を呑み込んでしまう

その言葉を受けて姫川さんは小さく息を吸い、声を発した

 

「――はい。私と悠さんのお墨付きです」

「……なら、大丈夫だな。――悠!」

「は、はい!」

 

姫川さんの返事を受けて藤田さんの声が柔和なものに変わった

その声色に少し安堵感を覚えていたのだろうか

急に呼ばれて正直驚いた――というか、焦ってしまった

少し声が裏返りそうになってしまったが、ちゃんと返事出来てよかった

 

「1箇所で切り込むと敵が集中する。悠はこのフォックスマンと藤堂さんのところから切り込んでくれ」

「わ、わかりました」

 

藤田さんの鋭い意見に同意しつつ、快く返事出来なかったのは変な単語が飛び出したからだ

フォックスマンって……こいつはまったく……

藤田さんの言葉を受けてフォックスマンこと折原は俺の元に戻ってくる

多少、服の汚れ等から見て攻撃は受けたようだが、ケガはない

やってることはアレだが、防御を優先して無茶せず、あのゴクリキと闘ってケガなし

尚且つ功績も挙げている……結果見ればまさに素晴らしいの一言に尽きる

ゴクリキ1人でも傭兵でもそれなりに手こずる相手だからな……

 

「それじゃ皆、行くぞ! 敵陣の奥深くまで!!」

「「はいっ!」」

「「うんっ!」」

 

藤田さんの一声で神岸さん、前原さん、佐藤さん、姫川さんが返事を返す

その瞬間には藤田さんの後ろでフォーメーションが出来ていた

連帯感がやはり、見ていても半端ない

布陣を整えて切り込んでいく藤田さん達には不安はない

俺はすぐに右手側の戦場に視野を移す

砂埃でよくは見えないが、さっきはあっちにいたし……行くか

 

「フォッークス」

「……わかった、わかった」

 

隣で静かにしていた折原は突然、謎の奇声を発する

本人も頑張っているのだから、否定ばかりしてもかわいそうだ

だから俺は適当にあしらうことにした

この戦場で折原にばかり気力を使う余裕はない

 

「こっちも行くよ!」

 

 

 

 

 

戻る?