【覇道】

 

<Act.7 『雷獣の騒乱』  第8話 『前哨戦の大魔法』>

 

 

 

 

 

「な、なんだ君た――」

 

北門の巨大な外壁に備え付けられた階段を駆け上る

右へ左へと緩やかな傾斜で作られた階段は幅は2人分程で広くない

戦闘の準備で行動する警備隊員と数名擦れ違うが、全て振り切る

正直、かまっている暇などない

 

「一気に上にまでいく。状況把握が第一だ」

「了解!」

 

俺の呟きに元気な返答は折原

かなりのスピードで走っているが、しっかりとそして余裕でついてきている

さっきの副長との一間が十分な休憩にはなったのだろう

しかし、間近に戦場の音を聞きながら落ち着きのある声色は評価できる

さすがの胆力と言えるだろう

 

「よしっ!」

 

ようやく階段の終わりが見える

ラストスパートと思い一気に駆け上り、飛び出すように屋上に躍り出た

屋上では魔法使いと思われる小部隊が眼下に向けて魔法を放っている

ま、定石な方法だろう

 

「………………やばい、な」

 

魔法部隊の邪魔にならない隅で壁の間近まで近寄る

眼下では壮絶な戦闘が繰り広げられていた

敵はゴリラの魔物――ゴクリキ

その数は100は超える勢いだ

ただでさえ2mに迫る巨躯に怪力

並みの傭兵チームでも数匹を同時に相手にするだけも苦戦する魔物だ

それがこれだけの徒党を組む等、見たことないし想像したこともない

更に付け加えるなら、木の皮で作られている鎧、兜、盾などの防具をつけている奴も多い

しかも――銀色の剣を持つ者まで

 

「……まるで兵隊だな」

 

その様子を見て異常を察したのだろう

隣で見ていた折原は元気のない声でそう呟く

そう、まさしく兵隊だ

あれだけの身体能力がある魔物が武器、防具をつければどうなるのか

人間の優位性である装備面が同じになれば、魔物が有利に決まっている

それが証拠に傭兵チームもなんとか渡り合っているが、その戦線は門に近い

かなり押されていると言っていいだろう

 

「……祐。あそこ」

「っ!」

 

門より先に控えるは木々の生える森の前

そこに戦場を見守る大きなゴクリキ――ギガラントスの姿があった

意外にもギガラントスは防具や武器は一切持っていない

ただし、周囲に佇む衛兵のような連中は完全武装している

鎮座するように佇み、その静謐な黒瞳は戦場を見つめていた

 

――ドクン――

 

鼓動が跳ねる

別に高鳴っているわけではない

静かに……そう、冷静さを思い出させられる程の強い鼓動

あいつを止めなくてはいけない

その覚悟が強まる

 

「……折原は待機。美凪、やるぞ」

「……はい」

 

俺と美凪は壁の間際に並び、そして俺は目を閉じて意識を魔法へと集中させていく

高まる魔力

周囲にいる魔法部隊の呟きが少し聞こえるが、その音すらも遠ざかっていく

内から溢れる魔力を感じながら、俺はそれを掌の先へと集約させていく

 

「遠く深くに眠る影 高く広く響き渡った囀りの主 我が呼び声を言霊とし耳を傾けたまえ」

 

紡ぐ言葉は魔法の詠唱

大きな声ではないが、静かに周囲に沁みこんでいく感覚がある

閉じられた眼には何も映らない

けれど暗闇の果てに何かが反応するような感触を覚える

無論、錯覚のようなものだろう

だけど、わかるのだ

俺の詞に反応したモノがあることを

 

「悠久の彼方 暗雲の空を塗り替えた金の影 静かな羽ばたきにて大地を見守った者達よ」

 

瞬間、内から練り上げた魔力を一瞬で掌の先に持って行かれる

その衝撃に堪えるために歯を食い縛り、倒れないように足に力が入った

瞑る眼の暗闇に明るさが徐々に増していく

掌の先で光の球が形成されている証

俺は両腕を天に掲げ、更に魔力を放出させる

 

「今ここに 我の力にて千金の輝きを放ち蘇れ 我が意に応え御力をここに体現せよ!」

 

光の球を天高く放った感触

それと同時に俺の目は開かれる

天高くに夕日に変わろうかという太陽の輝きがあるにも関わらず、それ以上の輝きで戦場が照らされる

打ち上げられた光の球はギガラントスを凌ぐ大きさとなっているはず

手か離れてもその球を構成する光を制御しているため、俺の気は抜けない

あれだけ巨大な魔力の塊を遠距離で維持すること事態、相当の技だから、な

 

「羽ばたき流星となれ! ――“千と連なる金小鳥の鏃サウニ・ダイトニール・セン”」

 

俺の詞が発動の鍵となる

光の球は輝きを放つとその身を光の粒子に変えていく

光の粒子は次々と分散していき、その数を増やして空に羽ばたいていく

ただの粒子はやがてその姿を小さな鳥へと変化させる

無数の光る小鳥が天に現われると、さすがに戦場の人々も存在に気づく

天を見上げる無数の顔

何事か把握出来ていない状態だろう

悪いが、くらってくれ――先手必勝

 

「ぅぅ――ぁぁ――」

 

少し負担が楽だと思ったら、耳に微か呻き声が聞こえる

それは美凪

左側の方の鳥達にかかる魔力の負荷が少ない

美凪が俺の代わりに制御してくれている

けれど、発動者じゃなくてもこの魔法の維持は半端じゃない

何しろ、上級魔法の上にある最上級魔法の更に上――極上魔法

それは禁忌と呼ばれるレベルに達する代物

俺だって生まれつきの異常な魔力容量があればこそ耐えうることが出来るだけだ

 

「当た、れ――」

 

細かい部分までの制御が出来ない

光る鳥達は地上に向けてその身を螺旋を描いて流星の如く落ちていく

先端の嘴が鏃のようになり、螺旋する力が速度を流星へと高める

広域無差別魔法

傭兵達には当たらないように最前線はさけ、敵の半ばから後ろを目標にしてある

次々と空から落ちる鳥達による被害は甚大だ

ゴクリキ達の死の絶叫が戦場に響き渡る

 

「美凪――頼む」

「は、い――」

 

次々と落ちる鳥達の制御を途中で止める

鳴り響く怒号の中、俺はその魔法の全てを美凪に頼む

おそらく、凄い負担がかかるだろう

けれど、今の美凪なら出来る

その実力を感じるのと同時に信頼をしていることを自分で気づく

美凪はこちらに振り返る余裕もないようで、戦場を見つめながら掌を翳し鳥達を制御する

 

「だ――」

「大丈夫。もう一発、ブチ込んだら乗り込むよ」

 

思わず声を出しそうになる折原を鋭い眼光で黙らせる

慌てて面の上から口を押さえようとするあたり、純粋な性格が出ている

まぁ、美凪も俺もくたくたな様子を見れば慌てもするか……

事前に説明しておけばよかったと少し後悔しつつ、大したことじゃないとすぐに頭の中から消去する

 

「な、なんだこれは……」

「あの娘がこれを……?」

「……何者なんだ……?」

 

魔法部隊の方から俺のことを奇異の目で見る視線を感じる

だが、今は完全に無視だ

聞こえるざわめきも無視する

気にする余裕など、今の俺にはない

軽く腕を振り、グッと拳を握る

感覚はある……大丈夫……

俺は一気に腕に魔力を集約させ、戦場の方へと向き直る

 

「放たれし光は六つ星を描く 結ぶ光は時を繋ぎ具現の夢を紡ぎゆく」

 

両手から放たれた6つの光は天に舞い上がるように飛んでいく

均整のとれた距離を持って空に滞空し、俺の詞に続くように互いを光の線で結ぶ

結ばれた光は星型の光となって空に輝きを放つ

 

「光の格闘神ネルス 研鑽の果てに辿り着いた力の形をここに見せよ」

 

星の光が輝きを一際放つ

まるで雷撃のように飛散する光達

星の輝きの向こう側に何があるのか

それを今――見せてやる!

 

「――“神の正拳打ネルス・イカズチ”ッ!」

 

俺の最大限の叫び声に呼応するように星が煌く

瞬間、星の描く光の間より巨大な光が飛び出した

まるで天に住む巨人の拳が振り下ろされるような非現実感

巨大な光の拳はゴクリキの群れの中へ吸い込まれるように叩き込まれた

 

ドオォォォォォォ――――

 

地面を叩き付けたゆえの鳴り響く怒号

震動は門すらも揺らし、軽い地震のように俺達の足元を揺らす

落ちた拳は爆発するような先行を放ち光をバラ撒いた

よし、今だ!

 

「行くよ! 2人とも!」

 

少しふらつく美凪と状況が呑み込めていない折原の手を掴み、門から戦場へと飛び出す

足場がなくなり浮遊感が俺の全身を襲う

高いところ……苦手……っ!

背筋を這い上がる悪寒が気持ち悪いが、今は緊急事態と意識を繋ぐ

俺は足元に光を3つ放つ

……落ちる時間が長いっていうのは、本当に怖いもんだな

 

「――“祈りの光柱ティール・スン”」

 

3つの光を全て柱へと変換

しかし、ただ柱に変えただけでは俺達の着地の負荷が大き過ぎる

急速に伸ばした光の柱は俺達の足元に迫り、落下のスピードに合わせ縮んでいく

そして徐々にスピードを落とし、地面の上へと着地

俺達を乗せた状態からスピードを減速させることで負荷をほぼなくしたのだ

正直、その細かい操作はかなり集中力を使うけどな

 

「よっ――っ!?」

 

無事に着地を済ませた瞬間、左側に数歩よろめく

戦場の緊張感に意識はついてきているのだが、大魔法の連続で体がついてきていないようだ

魔力不足でふらつくなんて……久し振りだ

俺は軽く頭を振って思考を切り替え、体に残る魔力を感じ取る

……ギガラントス相手にこれじゃ無理だな

 

「美凪。大丈夫か?」

「…………あ、はい。まだまだ大丈夫です」

 

振り返り、そう問いかけるが俺の言葉に対する反応が遅れていた

本人は気づいていないのかもしれないが、明らかにいつもの美凪に比べて遅かった

視線が少し虚ろになっていたし、俺同様に魔力の使い過ぎが原因だろう

……最後の方、無茶させてしまったからな

俺は苦笑をこぼし、美凪は嫌がるであろう言葉を紡ぐ

 

「美凪は魔力回復に努めること。よって門の死守を頼む」

「っ! でもっ――――」

 

案の定、俺の言葉に過敏に反応し咄嗟に言葉が飛び出す

けれど、俺の真剣な眼差しを見て美凪は言葉が紡げなくなった

聡い美凪のこと……少し冷静に考えれば俺の言っている意図がわかる

ただ、理解できても感情っていうのは抑えることはできない

そのことも俺はわかっている

 

「今は回復しててくれ。もし門を守ることを優先した上で後半復帰出来そうだったら……あてにさせてもらうぞ」

「………………はい」

 

俺の言葉の意味をわかって、美凪は返事をしてくれた

その真剣な黒瞳は俺の想いが伝わっていることを十二分に感じさせてくれる

後半戦

俺があてにさせてほしいほど、俺は無茶をせざるえない状況になるだろう

そして、それだけギガラントスとの戦いは時間もかかるはず

俺の中であいつを短期決戦に持ち込めるだけの攻撃力はない

 

「あ。後、このキツネがヤバイ時は最優先してくれ。俺のことよりもだ」

「何を言って――っ!?」

「キツネも、同じだぞ。わかったな」

 

安易に声を出した折原の横腹に肘打ちををブチ込む

今度は逃げれないように事前に密着しておいたので、ちゃんと叩き込めた

俺の強い声色の注意に折原はコクコクと腹を抑えて頷く

俺よりも美凪と折原を優先するのは当然だ

俺の巻き添えにさせるだけの義理はこの2人にはない

美凪は俺のことを慕ってくれているが、俺のせいで美凪の人生は大きく狂ってしまった

もし俺がいなくなるのなら……身勝手な願いだが、生きて幸せに生きてほしい、と思う

 

「よし、キツネ。本物の戦場に――行くわよっ!」

 

俺は意識を完全に女へと切り替え、手にある片手剣の夢幻を握り締めて疾走する

目指すは前線の攻防を行う手近の乱戦

全体的に拮抗している戦線なので傭兵の人員を動かすのは得策ではない

そもそも個人戦が得意な傭兵だ

おそらく、このままの方がうまくいくと思う

手近な乱戦は見知った顔の人達だった

届け想いよトゥ・ハート”の皆だ

 

「――“邪を貫く光槍デリ・シルバ”ッ!」

 

藤田さんと睨み合っているゴクリキに向かって左手を翳し、瞬時に光の槍を放つ

そしてその光の槍の後を追うように俺は姿勢を落とし、スピードを上げた

その放たれた光の槍が皆の視界に入っていくに連れ、声が次々と挙がる

 

「悠さん!」

「悠! 待ってたぜ!」

 

前衛役である前原さんと藤田さんから声がかかる

2人とも幾多の敵と戦ったのだろう

多少の疲労が見て取れる

俺は挨拶を流し目で抑え、そのまま手前のゴクリキの間合いへと滑り込む

同時に、光の槍が破裂した

 

「グォォォォッ!!」

 

ゴクリキは左腕につけられていた木の盾で光の槍を粉砕する

ふむ。この巨躯で木とはいえ盾でぶつけられれば霧散もするか

だが、そんなのは――わかりきっている

俺は光の粒子を幕の代わりにするように滑り込み、既に足元に到着している

 

「フッ!」

 

跳躍

同時に右腕のみではなく、全身を使用しての鋭き一閃

斬撃の狙う先は腕でもなく、肩でもなく、顔でもない

――首元

 

「――ァァガァァァァアアッ!!」

 

刎ねるのでなく、裂くことを目的とした一閃

よって勢いよく赤い血が噴き出す

俺も斬りつけた後、鎧を蹴り飛ばして後方へと跳んでいる

ゴクリキは噴き出す血を止めようとするように斧を持たない左手を添えていた

混乱していていい感じの隙になっている

俺の意図をわかっているように俺と代わるようにゴクリキに近づく影が飛び出した

俺の疾走に続いていたキツネこと――折原

 

「――フォォォォックスマン!!」

 

折原は謎の奇声を上げてゴクリキの正面の足元で止まり、黒釵を顎に向けて翳す

直後、2本の雷撃が絡み合い、ゴクリキを下から打ち上げた

無詠唱で魔法――おそらく、下級雷魔法の“迫り来る雷神の御手ベルガルド・サンダー”だろう――を唱えたのは凄い

声を挙げない努力も見えるのだが、その謎の奇声は絶対に……絶対に必要なかった!

ゴクリキはそこで意識を失ったのか、ピクリとも動かずそのまま地面に倒れ込む

とどめ――と思いながらも他のゴクリキも既に迫っている

次の標的に意識を動かそうかと思った時、倒れたゴクリキの傍に人影があった

 

「――っと、お久しぶり。悠ちゃん」

 

黒髪に笑顔の人――佐藤さんがそこにはいた

その笑みを浮かべつつも倒れたゴクリキの喉元を刀で一突き

相変わらず冷静な人……

佐藤さんという人を思い出すには十分な光景だった

 

「お久しぶりです、皆さん。遅れてしまってすみません」

「別に悠だけが遅れたわけじゃない。完全にこっち側の読みミスだろうよ!」

 

藤田さんが近くまで歩いて来てくれたのだが、正面から迫るゴクリキは止まらない

すぐに次のゴクリキに向けて血の滴る両手剣を携えて駆け出す

まぁ、この数の最前線じゃゆっくり話すことも間々ならないか……

俺は遥か遠くにいるギガラントスの方を睨むが、その姿はもう見えない

俺と奴とのこの距離……どう埋めたものか……

 

「悠さん」

 

俺はいい案が見つからないまま少し立ち尽くしていると、隣に姫川さんが来ていた

前回、少し話した感じていくとこの人はこのチームの頭脳的役割をけっこう担っているように思う

それは姫川さんも同じなのか、深刻そうな表情は今の俺と同じように見えた

 

「……私達が今なせる、唯一の良案があります」

 

 

 

 

 

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