【覇道】

 

<Act.7 『雷獣の騒乱』  第7話 『戦場における情報』>

 

 

 

 

 

「……見事だな」

 

前方で戦闘を繰り広げるのは警備隊の黒色カラーの制服に身を包んだ集団

人数はざっと――20名弱

屋根の上には数人女性の警備員が待機している

その手にはそれぞれの魔力が握られている

眼下にいるのは通りに設置されたバリケードを背にしているバッファロー達

そこに数々の魔法が撃ち込まれて行く

 

「剣士隊、追い込め!」

 

動きを封じられ、魔法を撃ち込まれれば当たる他ない

数匹のバッファローはかわすことも含めて前方の部隊に突撃をするが、それも弓矢を撃たれて蜂の巣状態だ

飛び出たバッファローを先に剣を持つ女性達が斬り殺す

そのまま数人の剣士達が駆け抜け、バッファロー達は――惨殺された

 

「……完膚なきまでに、ってのはこのことだな」

 

思わず駆けていた足を止めてその光景を見ていた

別に副長がおかしいことをしているわけではない

これが戦争だ

にしても、味方に一切の被害を出さずにあの数のバッファローを一掃する手際は見事としか言いようがない

バリケードで待ち伏せて一網打尽……理に適っている

 

「鉄隊長。敵殲滅、確認しました」

「うむ、ご苦労。では斥候担当は周囲の情報収集を実施。他の者は待機」

「はっ!」

 

副長の指示にそれぞれが的確に動き出す

全く迷いがない迅速な行動は見ていて気持ちいい

余程訓練が出来ているのだろう……統率力が半端じゃない

慌しく部隊の様子を見た後、副長はこちらへと振り返った

まぁ、気づいてるか

 

「まだこんなところにいたとはな、悠」

「ちょっと色々ありまして……にしても、見事ですね」

「フッ。世辞ならいいぞ――と、貴様は世辞を抜かす性質ではなかったな」

 

先程の手際をありのままの言葉で綴る

それに対して副長は微笑を浮かべて答えた

案外悪い気はしていないのかもしれない

副長はそのまま俺の隣にいる美凪と変装した折原を見て愉しそうな笑みを見せる

 

「ほぅ。また面白い仲間が1人増えたな」

「まぁ、そんなところです」

「…………」

 

あまり話が掘り下げられないように無難な返答を返しておく

その隣で折原は沈黙のまま副長を見つめていた

折原には事前に誰かといる時は基本的に喋るな、と言ってある

姿は変えられても声を変えることは出来ない

何かの拍子で折原の正体が露呈されれば、今後折原自身に危険が降りかかるおそれがある

 

バッ! ババッ! バッ!

 

突然、隣の狐が動き出す

両手を広げたかと思えば、右手を前方に突き出す

そして掌を上へと向けて、ゆっくりと曲げて呼びつけるような動き

その後、まるで鳥をイメージするかのような間抜けなポーズをとり、副長を見据えていた

ハッキリ言おう――バカだ

 

ビュッ――

 

副長の目付きがヤバイと思った俺は、即座に上段蹴りを隣に繰り出す

遠慮なしの一撃だったにも関わらず、折原はそれを読んだのか後ろへと跳んだ

さすがだ

その流れを見ていた副長の表情が少しだけ緩む

 

「……何なんだ、こいつは?」

「すみません。バカなんです」

 

何をしたいのか不明

そうとしかとれない行動にあの副長も呆れ顔だ

俺が今のツッコミともとれる行動をとらなければ副長、襲い掛かってきていたに違いない

無言のままだが、折原の奴……マジで何を考えてるんだ?

喋れない分ふざけているだけのような気がするが、マジで相手を考えてやってほしい

 

「それより、南門が突破されたみたいですね」

「ほぅ。情報が早いな。その通りだ」

 

俺の言葉に副長は驚嘆しつつも、おもしろそうにそう返事をする

まぁ、襲撃が始まってからそんなに時間も経っていない

それを組織立っていないにも関わらず、情報を得ていれば不思議にも思うか

こういう戦いの場での情報は武器の一つになる

知らないことで死を招くことだって多々ある

俺はその重要性をよくわかっているから、情報を得ることには懸念はない

 

「南門より侵入した魔物は周辺の民家を襲撃している。今は蝶月隊と黒陽隊を回して一掃を指示しているところだ

 ありがたいことにあの水瀬道場の師範代が大将格を相手にしてくれているみたいでな。兵隊だけ回すだけで済んでいる」

 

情報収集で感嘆の言葉を頂いたが、この人の方が数倍得ている状態のようだ

俺の知っている情報も何か足しになるかと思ったが、この人はかなりのことを把握している

警備隊と言えど、この奇襲に対しての情報収集は決して簡単なことではない

それを為せるだけの実力が副長にはある

味方ならば心強いが、もし敵だと思うと恐ろしい限りだ

 

「西門に関しては領主の久瀬家が近くてな。息子の久瀬 竜一が私兵を率いて一戦交えているようだ

 あの息子は性格は鼻持ちならないが、実力は学生とはいえ申し分ない。おそらく、早々西門が落ちることはないだろう」

 

話に出た名前に思わず眉根がピクリと動きそうになる

久瀬 竜一

副長も言っているように鼻持ちならない奴だ

カノン学園でも最強と言われる実力がある、って北川は言っていたがこの副長が認める程なのか

少し奴に対しての認識を改めながら、副長には俺の表情の変化が悟られなかったことに安堵する

 

「東門の戦況はあまり芳しくないようだ。氷を使うイエティの群れが主力となっているらしい

 その大将格のイエティの魔力が相当なものらしくてな。門が氷漬けにされていると報告を受けている」

「氷漬け……」

 

思わず、東の空を見上げる

先程から見えている魔法を使用したような吹雪はそのイエティの攻撃なのだろう

正直、あれだけ大きな門を氷漬けにする魔力は想像を絶する

魔法で言えば広域型の魔法だ……被害者がどれだけ出ているのだろう

 

「時間はわからないが、まだしばらくはもつ。東門は警備隊が最も警備兵を厚くしていた場所だ

 総隊長が直々に前線指揮も執っている。そう易々、落ちることはない」

 

俺の不安に対して副長はそう説明を付け足す

その話の内容がこの人らしくて思わず、口元が緩む

戦争中に兵隊の心配をし出したらキリがない……戦術的に陥落しない事実が肝要なのだ

超合理主義の副長の発言に凄くらしさがあって気が抜ける

 

「となると、北門は予定通り……」

「あぁ。ゴクリキの集団を率いる敵将ギガラントスが攻めて来ている」

 

――ドクン

 

ギガラントス

その名前を聞いて思わず、鼓動の音が強く聞こえた

相見えたのは僅かな時なれど、奴の圧倒的とも言える空気を肌で感じ取っている

正直、底知れない強さを感じた

あの体格による脅威の怪力とスピードは恐ろしい

けれど、それ以上の何かがある……直感で俺は感じていた

ユーとして戦った日々でも中々お目にかかれなかった強敵

俺はそう感じている……

ギュゥと握り締める手に嵌めている指輪達

その力を借りなければいけない相手である、と俺は感じていた

 

「傭兵部隊が主となって迎撃に当たっているが、正直芳しくはない。手数不足が大きいな」

「手数不足?」

「あぁ。傭兵だからな、そう数はいない。警備隊からも2部隊程は回しているが、敵の数が多過ぎる

 こちらの兵数は傭兵を含んでも100名足らず。それに対して敵の数は――400はいる」

 

4倍

魔物が敵なので下級連中は少数精鋭の相手にはならないだろう

けれど、数の強みっていうのは時間があればあるだけ生きてくる

スタミナは少なからず必ず奪われるし、魔力だってすぐに回復するものではない

前線で苦戦する会議に参加した面々の姿が脳裏を横切る

藤田さん……

 

「部隊に余裕は?」

「ない。私が率いる鉄花隊は南門より侵入した敵の先行部隊を駆逐中だ

 こいつ等の将がいることは判明している。そいつを倒さない限りは身動きはとれん」

 

俺の問いかけにすぐさま返答が戻ってくる

状況を冷静に捉え、判断している副長の決断に間違いはない

北門の苦戦はあるが、それ以上にやばいのは南門

もう突破されているのだから……

民間人である秋子さんの助力を得て今は解決の方向に向かっているのは判明している

ならば、そこは任せてしまい民間人へ被害を抑えることが最優先

また街中に侵入した敵の動き方次第では他の門に影響が出る可能性もある

決して見過ごせるものではない

しかし、この手数の差は正直……大きいな

 

「何を悩む。そのための――貴様だ」

「…………買い被り過ぎですよ」

 

副長はそう宣言して俺を指差す

あまりのハッキリと言われたので思わず呆然としてしまった

苦笑を浮かべながらその言葉をかわすが、副長の鋭い眼光は逃してくれない

 

「ま、貴様が私の期待にそぐわなければ大きな被害は出るだろう。ただし、これだけは言える

 そうなったとしても、これが現状における我々の最善の方法であり、最も被害を抑えることが出来ただろう、と」

 

感情を削ぎ落とした先にある発言を聞いた気がした

その台詞に見合うだけの計算力と思考力をこの人は持ち合わせている

そして、仮に本当にそうなったとしても――この人の言っている通りにはなるのだろう

俺は肩の力を抜くように、一回深呼吸して気持ちを入れ替える

状況の好転があればこの人が必ず手配してくれる

俺がするべきは全力で北門を援護

そして――――ギガラントスを仕留めること

 

「――では、行きます」

「あぁ。健闘を祈る」

 

俺の言葉に隣の2人は走る体勢を整える

副長は右手で握り拳を作ると、胸前で腕を横に曲げた

何かはわからないが、この人の信仰する宗教の祈りなのだろう

笑顔を浮かべる副長から感じる期待を信頼と受け取り、俺は気持ちを高める

 

「よし。じゃ、行くわよ!」

 

俺の掛け声を受けて美凪と折原は俺に続いて駆け出す

目指すは北門

まだ遠いがその姿は目に映っている

まだ大きな変化はないように見えるが……いつどうなるかわかったものではない

 

「今のって、誰だったんだ?」

 

周囲に人がいなくなったのを確認して、走りながら折原は話かける

いい休憩になったのか、スタミナは少しは回復したようだ

 

「カノン警備隊副総隊長の鉄さん」

「げっ」

 

俺の返答に折原は潰れた蛙のような声をあげる

さすがにあのバカな行動をしたことを後悔しているのか、小言でぶつぶつ言っていた

ったく、バカするのもいいが空気をもう少し読めっつーの

俺は悶える折原を尻目に心の中で溜め息をこぼす

 

「祐。どうするのですか?」

 

一方、美凪は目の前のことに集中していた

思考も既に北門での行動に移っているのだろう

ただ、よい案は思いついていない

それは俺も同じだ

手数の違いを埋めるにはどうするべきか……

 

「まずは戦況の確認をしたい。門の上に移動して戦場を確認する」

 

情報は命

そうなるのは全体情報もそうだが、戦場の最前線でも同じこと

戦場の状況を把握しなければ囲まれてしまったり、罠にはまったりする

高いところからなら戦場を一望出来るだろう

特に門の前で広がっている戦場ならば門の上は見るのに最適だ

 

「……広域魔法、ですか?」

「一発は、な。美凪は何かいけるか?」

「…………ぽ」

 

いい読みの返答をする美凪に俺は頷く

一発目は大魔法で少しは数を減らせれれば一番いい

連発出来ればなおいいのだが、敵もそこまで甘くはないだろう

なので1回で強力な奴を撃ちたいし、数が多い方がいい

折原は魔法はてんでダメなのはわかっているし、美凪に期待だ

俺の問いかけに美凪はなぜか頬を赤らめる

 

「祐と同じアレならば……」

「……凄いな、美凪」

 

アレ

その一言だけで何かはわかるのだが、美凪がそれも使えるとは驚いた

聖魔法の中でも広域に特化させたアレは相当の魔力を消費する

無論、効果は絶大だ

魔法のランク付けでは上級魔法を上回る最上級魔法

教会によっては使用を禁止されているところもあるぐらいなのに……

 

「……1人で展開までするとさすがにもちませんが、一緒ならば……」

「それでも凄いさ。よく頑張ったんだな」

 

魔法の腕前としては超一流と言ってもいい

少なくとも学生でそこまで出来るなんておかしいレベルだと思う

普通の傭兵でも最上級魔法使える奴なんてそうそういないぞ

つまり、美凪の今までの努力の証なわけだ

俺の褒め言葉に美凪は恥ずかしそうに微笑み、少し下を俯く

 

「それにしても、警備隊の副総隊長と知り合いとは……ますます謎だな、相沢」

「守秘義務は守れよ。後、俺の知り合いで一番変なのはおまえだ」

「フフンッ! 褒め言葉して受け取っておこう!」

 

折原の問いかけに俺はキッパリとそう言い返す

こいつには窮地を助け、尚且つ鍛える約束までした貸しがある

大きな貸しが、な

説明はある程度していけばいいのだが、全てを話す必要もまたない

皮肉を交えて一言足したのだが、なぜ喜ぶ態度を見せる折原

本気なのか冗談なのか……これはわからん

 

「折原。もう一度だけ言うぞ。無茶は絶対するな」

「あぁ。俺の仕事は雑魚退治。――だろ?」

 

北門が大きくなり、かなり近づいてきている

俺の真剣な言葉に折原は飄々と返事を返す

俺が折原に釘を刺したのは、あくまでも連れて来たのは実戦経験を増やすため

そうすることで折原の強さっていうのは自然と上がってくる

やはり、死線を潜り抜けた数だけ経験という強さは上がるからな

折原の今の実力は低いわけではないが、あくまでも学生レベルの話

これから行く戦場っていうのは相当なものだ

一歩間違えればすぐに死ぬだろう

強引とは言え教える立場になった以上、責任はとらねばならない

俺は折原を死なせるわけにはいかないのだから

 

「わかってるならいい。じゃ――行くぞ」

 

 

 

 

 

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