【覇道】

 

<Act.7 『雷獣の騒乱』  第6話 『雪月華の実力』>

 

 

 

 

 

「後ろ――空いてるよっ!」

 

声という音に反応してゴブリン達が振り返る

直後、後ろから光の槍が左右に撃ち込まれて行く

直撃するゴブリンは腹部に槍が突き刺さり、倒れていく

直撃でなくても被弾すればその威力に吹き飛ばされ、地面に倒れていく

俺はそんなゴブリンには目もくれず、振り返ったばかりの正面のゴブリンを視線に捉える

 

ビュッ――

 

駆け抜け様に一振り

その銀の軌跡は確実にゴブリンの首筋を捉え、その首を刎ねた

もう慣れてしまった気色の悪い感触に意識はとられないよう目の前の次の敵に集中する

攻撃直後の隙を狙ったかのように棍棒を振り上げているゴブリン2体

俺は右手にある剣先を右手の敵に向け、左手の敵には左掌を翳す

 

「――“邪を貫く光槍デリ・シルバ”!」

 

2本の槍が敵を吹き飛ばす

その衝撃で後ろの敵も数対巻き込まれて地面へと転がった

俺は倒れた連中にはそれ以上構わず、次に向かってくるゴブリンへと視線を向ける

駆けながら俺の間合いへと踏み込み、右手の棍棒を振り下ろす

 

「ハッ!」

 

左足を蹴り上げる

狙いはゴブリンの振り下ろそうとしている右肘

的確に右肘へと蹴りを入れると、振り下ろされるはずの右肘が後ろへと跳ね返される形となる

つまり、棍棒を振り下ろせずゴブリンは体勢を崩したこととなる

俺はその隙に右手を振るい一閃

 

ズブッ――

 

喉目掛けて刃を差込み、すぐに抜く

噴き出す赤い血をかわすように左手へと飛び、後ろに潜むゴブリンの狙いをかわす

突如、目前から消えたように見えたのだろうか

潜んでいたゴブリンは驚きの声を漏らすが、その間に俺は刃を横に振るう

 

――“斬光ザンコウ”――

 

光の刃が剣の軌跡より放たれ、それはゴブリンの首筋に命中する

切れ味は鋭く、これもまたゴブリンの首を一撃で刎ね飛ばした

 

「祐一!」

「ん?」

 

不意に名を呼ばれ視線をそちらに向ける

先程は影で見えなかったのだろうか

そこにはカノン学園の制服に身を包む蒼い髪の少女――名雪の姿があった

手には小太刀二振り

近くにいるゴブリンが不意に数匹、意識を失ったかのように頽れる

 

「名雪。無事だったか」

「うんっ!」

 

さすがは名雪だろうか

きっとあのスピードで敵を一瞬で切りつけたのだろう

倒れたゴブリンのいずれもが、その首筋から血を流している

俺の問いかけに名雪は笑みを見せ、元気に頷く

 

「相沢! どこにいってたんだ――よっ!」

 

横手から折原もまた声を飛ばす

正面に位置するゴブリンの一撃をかわし、その顔面に再び木槌を打ち込んだ

こちらもさすがというだけの実力はあるな

見た所、敵の攻撃は受けずに倒しているようだ

強くなるだけの努力はしている証だろう

 

「残りは8体か……一気にやるぞ!」

「おうよっ!」

 

状況はこちら側の圧倒的な優勢

これ以上時間をかける必要もない

俺は手近にいるゴブリンとの距離を一気に縮める

ゴブリンは棍棒を振り上げて、そして――振り下ろす

 

――ガッ!

 

それは空振りに終わり、地面を叩くのみ

俺は振り下ろす前に右側へと体を滑り込ませ、隙だらけのゴブリンを前に刃を一閃

 

「グゥッ!?」

 

鎧の隙間となる脇付近を切りつけるとゴブリンは苦鳴を漏らす

こちらへと顔を向けるが、切りつけた一撃が深いからか体はまだ動かない

その間に俺は左掌を翳し、光を放つ

 

「――“邪を貫く光槍デリ・シルバ”ッ!」

 

顔面に向けて放たれた一撃を防ぐ術はなし

光に呑まれゴブリンは吹き飛び、仰向けに倒れるだけだった

そして次の標的を捜そうと振り返ると――そこには倒れるゴブリンが広がる光景しかなかった

 

「よし! 完全勝利っ!」

「水瀬さん強ッ! 一瞬で3匹か……強い女性もたまらんっ!」

 

折原は勝利を確信し、喜びの一声と一緒にガッツポーズをとり飛び跳ねる

その横で名雪を見つめ、変に悶える灰色の変態はあまり視界に入れたくない

 

「はぁ…はぁ……つ、疲れたよ〜」

 

駆け抜け様に切りつけたのだろうか

俺が1匹を倒す間に3匹を倒したという名雪は膝に手をつき、浮かぶ汗を手の甲で拭っていた

その表情はあまり優れたように見えず、少し青褪めている気がする

……ケガは、なさそうだけど……

 

「大丈夫か? 顔色、あまりよくないぞ」

「え? あ、ううん。大丈夫だよ」

 

俺は名雪に近づき声をかけ、手を差し伸べる

名雪は笑みを浮かべたまま俺の手をとり、体を起こした

……疲労、かな?

近くで名雪の状態を見て俺が診断した結果、そのぐらいしか理由が見当たらなかった

 

「あ、それよりも祐一。こんな時にどこにいってたの?」

「ちょっと様子見に、な。それより、よくこれだけのゴブリンを倒せたな」

「フッ。カノン学園生徒なら当然だ」

 

俺の言葉に返事をしたのは名雪ではなく、歩み寄ってきた折原だ

妙にカッコつけた風にそう言い切った

……こいつのこういう時の発言は半分以上あてにならない

俺は溜め息を一つこぼすと、美凪がちょうど近くにきたところだった

 

「……祐。これを」

「お、ありがと」

 

美凪は準備道具の入っている木箱を俺に差し出してくれる

俺はそれを受け取り、折原の方へ真剣な表情で向き直った

折原もその雰囲気は感じ取れたのか、少しは締まりのある顔で見返してくれる

 

「折原。行く気があるならこれを受け取れ」

「――――おうっ!」

 

俺の言葉足らずな説明に少し逡巡する折原

そして結論に辿り着くと――気持ちがいい程の想いがこもった返答をくれた

俺から木箱を受け取り、蓋を開けようとする折原の動きを俺は手で制止する

折原は驚きに俺を見るが、俺の視線から意図を汲み取ったのか大人しく木箱を持つだけに留まった

 

「行く気、って祐一……どこに行くの?」

「少しでも街の人を助けに行く。今倒したゴブリンみたいに他のところも襲撃されているはずだからな」

 

心配そうな声色を出す名雪の言葉に対して俺はそう返事をする

しかし、俺の言葉を聞いても名雪は眉根を寄せ、難しい表情を崩さない

この先に続く名雪の台詞はなんとなく予想がついた

 

「ダメだよ。お母さんも家で皆、じっとしてるように言ってたんだから」

「悪いな。俺は傭兵だ。この街の危機を前にして、助ける力があるのに黙って見てるなんてことはできない」

 

傭兵、という職業を出されて納得していない名雪も唇を結ぶしかない

何か出したい言葉があるのに言葉が作れない

不満そうな名雪の顔を前に俺は苦笑を浮かべてしまう

納得しない名雪には困ったものだが、その起因は――俺への心配なのだから

 

「大丈夫だ。俺は必ず戻る。だからそれまで、大切な家を守っててくれ」

 

俺は名雪を安心させるように、わかってもらえるようにと自然を頭に手を置いていた

俺の言葉を受けて僅かに俯き、静かになる名雪

僅かな沈黙の後、名雪はポツリと言葉をこぼした

 

「…………約束」

「ん? あぁ、約束だ」

 

小指を差し出し、消えそうな小さな声で言う名雪

俺は意図を理解し、名雪の細い小指に指を絡める

その瞬間――何か既視感デジャヴを感じた

遠い昔にも同じようなことがあったような、そんな感覚……

記憶の底に意識が潜りかけた時、名雪の声が俺を呼び戻す

 

「祐一、絶対だからね。ずっとずっと、待ってるからね」

「ん……あぁ。俺は約束は必ず守る」

「うんっ!」

 

名雪の心配を押し殺してなお微笑む笑顔に少し見惚れてしまった

俺を信じてくれようとする健気な気持ちも、心配を押し殺す優しさも

その全てが純粋で……俺には少し、眩しかった

俺は最後に名雪の頭をポン、と叩き名雪に背を向ける

 

「それじゃ北川。守りは任せたぞ」

「……勝手だな、相沢。俺は連れていかないのか?」

 

ボスを倒した北川は竹刀を肩に乗せ、少し不服そうに俺を見る

話の流れとして折原を連れて行くことをわかっているため、そう言うのだろう

まぁ、俺は傭兵だとしても折原は同じ学生だからな

俺の言っていることに矛盾している

名雪は誤魔化せても、さすがに他も同じってわけにはいかないか

 

「おまえを信用してるんだ。それに折原とは約束がある」

「――と、いうわけだよ北川クン」

 

俺の真面目な話も折原の一言で台無しだ

勝ち誇ったような笑みを見せる折原に対して思わず無言の時が流れる

俺は思わず隣にいる折原に向け体を向き直しつつ、右足を――蹴り上げる

 

ビュッ――

 

殺気――は出していないが、危機は察知できたのだろうか

折原は俺とは反対側へと倒れ込むようにして動き、間一髪で蹴りをかわす

……こいつの危機察知能力は侮れないな

折原の身のこなしに俺は感服するが、口には出さない

無礼な態度をとったのでプラス、マイナスでゼロだ

 

「ま、事情がある。時間がないから文句があるにしても後にしてくれ」

「……了解。ま、後でゆっくりと話はさせてもらうぞ」

 

苦笑を浮かべる北川の返答に俺は安堵する

名雪の実力は知っている

相当の敵でなければ不安等ない

――が、経験値で言えば名雪は少ないのではないか、と俺は思う

北川のように自費学生として依頼をこなしているわけでもなく、道場で業は磨くが実戦経験はまだだろう

さっき顔色が蒼かったのも、実戦の血生臭い部分からかも……とも、今なら考えられる

その経験の点で言えば北川がいれば安心だ

こいつの胆力はボルゾイの一件でわかっている

 

「よし。それじゃ折原、美凪――行くぞ!」

 

言うや否や、俺はすぐに走り出す

言葉は返ってきていないが、美凪もすぐに走り出す気配を感じた

遅れるのは――唯一人

 

「お、おう――って、早いって!」

 

 

 

 

「…………マジか」

 

俺の隣を走る折原からその声が漏れる

服装はさっきの学生服から一変し、黒色の胴着を簡素化した和服を着ている

そして手にはプレゼントした黒い釵

しかし、何より目立つのはその――狐の面

 

「……似合ってます」

「嘘つけっ!」

 

美凪のフォローの台詞に折原はツッコミを返す

普段からボケをしているだけにツッコムのは珍しい、と的外れな考えが頭を過ぎった

本人も面に関しては大きく抵抗したのだが、つけなければ連れて行かない、の一言で折れる他なかったようだ

折原の変装は俺の女装と同じで、正体を隠す必要がある

特にこいつは放っておいても勝手に目立つので、このぐらいしてちょうどいい

後はあまり喋るな、と念押しはしてあるので素性がバレることはないだろう

ちなみに美凪に関しても同じことが言えるのだが、俺もうっかりしていた

傭兵の皆さんとの顔合わせに警備隊副総隊長である鉄さんと会う時も普通にしてしまっていた

……なんか、居るのが普通に感じてしまったんだよな……

自身への反省はあるが、現状道具も何もない

せめてもの抵抗は私服であることぐらいだ

美凪の件は今回のギガラントス騒動が終わってから考えるとしよう

 

「それで、今後の動きは理解したか?」

「あ、あぁ……大体、な」

 

向かうは北門

そこにギガラントスがおそらくいるはず

佐伯隊長の作戦通りなら、傭兵の皆も既に集まっているだろう

ま、その辺りは端折って説明はしてあるのだが

 

「しかし、現実じゃないみたいだな……」

 

折原は周辺の様子を見て、改めてそう感想の言葉を漏らす

静まり返った街

荒らされた通り

倒れる人や魔物

遠くの空では魔法が展開されているのか、大爆発や落雷。それに吹雪きも視認出来た

 

「魔物の襲撃とはいえ、もう戦争みたいなものだからな。戦争の間っていうのは――現実じゃないよ」

「…………」

 

俺の言葉に折原は何かを感じとったのか、言葉をなくして押し黙る

昔の情景を思い浮かべて語ってしまったからだろうか

想いが言葉に入り過ぎて伝わり過ぎてしまったかもしれない

けれど、言葉に嘘はない

真実っていう奴ががただ残酷で、強烈過ぎるだけだ

 

「ん?」

 

駆けていると前方に何かが倒れているのが目に映る

まだ距離があるのでハッキリとはしないが、人間――ではなさそうだ

更に駆け寄り距離を詰めていくとその姿がハッキリと見える

魔物

それも――バッファローだ

 

「こいつ……」

 

止まらずに駆け抜ける

呼吸の動きもなく、絶命しているのは明らかだった

問題はバッファローだ、ということ

通常のバッファローではあるが、南門を突き破ったバッファロー部隊の一頭と思われる

誰かと交戦したのだろうが……誰だ?

 

「……弓矢でしたね」

「あぁ」

 

美凪の指摘の通りで、バッファローには無数の弓矢が突き刺さっていた

脳天に突き刺さった一撃が死因ではあるだろうが、弓矢なのにはかわりはない

さっきの名雪達のように近くの実力者が交戦しているのか、もしくは……警備隊だろうか

そう考えている内に先へとどんどん進むと、前方でまた誰かが交戦している様子が見受けられた

 

「はぁ…はぁ…どうする? 道、変えるか?」

「あれは――」

 

さすがに走り込んだ距離が長いので、少し息切れをしながらの折原の提案

俺もどうしようか悩んだが、ふと目に映った人物を見て突き進むことに決めた

黒いマントをなびかせて陣頭指揮を執るのは長い紫髪の女性

ここまでも微かに聞こえる凛とした声は聞き覚えがあった

――カノン街警備隊副総隊長 鉄 匁

 

「囲め! 魔法――放てェッ!」

 

 

 

 

 

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