【覇道】

 

<Act.7 『雷獣の騒乱』  第5話 『水瀬流師範代』>

 

 

 

 

 

「……血が、滾るとはこのことか」

 

そう語るのはサドムラ

周囲にいる六道と狒々を筆頭とした魔物達は2人とは距離を開けて戦闘を再開している

しかし、この距離で見ているこちらからすら秋子さんとサドムラしか視界に入らない

それ程の緊迫感があの場で渦巻いている

あの領域は既に――戦闘聖域と呼んでもいいだろう

 

「経緯は問いません。ただこの街に危害を加える貴方を――殺します

 

恐怖――だろうか

普段からでは絶対に聞くことがない言葉が秋子さんの口から聞こえた

その大きな違和感が恐怖に似た感覚となって俺の背筋を冷やし、震わせる

秋子さんの鋭い眼光で射抜かれたサドムラも同じような感覚に陥ったのだろうか

無言のまま刃毀れの刀を抜き、真剣な表情で向き合う

一方の秋子さんも綺麗な水色の鞘に納められた刀を腰に佩き、サドムラを視線に捉える

 

「絶望に満ちた我が身に血を……名を聞かせてもらおう」

「――水瀬流師範代 水瀬 秋子。――行きます

 

名乗りつつ腰の高さが落ちる

そして最後の台詞が風でその場に残されていくように秋子さんの姿が――消える

速い!

姿がブレたかと思う程の初動の速さ

静と動の切り替えが速すぎるのだ

一瞬、姿が消えたかと思ったのはサドムラも同様だろう

刀を構え、迫る秋子さんの姿が果たして“人影”として捉えているのか怪しい

 

ビュッ――

 

サドムラの居た場所に水色の光が弧を描く

秋子さんが駆け寄ると同時に抜刀術による居合い一閃

刀が水色の刀身をしているため、水色の光が光ったのだ

サドムラは何で察知したのかわからないが、攻撃を受ける前にその場から消えていた

瞬間の攻防だった

一瞬早く、サドムラが宙へと飛び上がった

 

――ギィッ!

 

サドムラが宙から振り下ろしの一撃を落とす

振り切った直後だったはずなのに、秋子さんは既に体勢を立て直していた

刀を振り返し力強い一振りを弾く

動きが早い!

一撃を当てた直後、秋子さんはすぐに後方へと飛び退く

名雪のあの天性の足の速さとは違うが、動きのその全てが速い

後方へ飛び退く際に刀は鞘に納められており、目前に佇むサドムラを睨む

 

「……なんという女傑。鳥肌など、久しい感覚だ」

「余裕ですね。では少し――本気で行きましょう

 

絶望という言葉を体現したようなサドムラが歓喜なのだろうか

微笑をその口元に浮かべている

それをどう捉えたのだろうか

秋子さんは冷たい眼差しでサドムラを捉えると、腰を落とした瞬間――消える

それに対してサドムラは慌てず、腰を僅かに落として刀を構える

消えた秋子さんを追わずに待ちに徹する

慌てないその対処法はズバリ――正解だ

 

ギッ――

 

サドムラの左手側からだろうか

秋子さんの一刀が振るわれる

それをサドムラの刀が受け止めるが、その表情は硬い

サドムラの得意技は相手と打ち合いの状態からの攻撃

しかし、それが始まらない

浮かぶのは秋子さんの口元の笑みのみ

サドムラは力で刀を押し出し、逃げるように後ろへ飛び退こうとする

――が、次の瞬間秋子さんの姿がブレる

 

――水瀬流 蹴術 “首狩くびがり”――

 

巻き起こる一陣の風

振り切られたのは秋子さんの右後ろ回し蹴り

その足の先端は膝から先が曲がっており、あたかも大鎌を連想させる

空振りには終わったが、その俊敏で無駄のない動きはただの蹴りとは言えない鋭さ

あれは試合の時、名雪にされた技だろうか

端から見ていて思うが、よくかわせたな俺……

鋭い一撃だったが、残念ながらサドムラは一歩早く抜け出していた

目の前で繰り広げられた一撃にサドムラの表情は少し青褪めているように見える

 

「くっ……手が……」

「――まだ射程範囲ですよ?」

 

――水瀬流 蹴術 “震脚しんきゃく”――

 

体勢の建て直しが早過ぎる

後ろ回し蹴りという大技を出しながらも刀は既に納刀されており、足が地についている

いつの間にだろう

見ているこっちも気がつかない内だ

右足を地に強く踏み込んだ

抜刀術を使うにしてもまだ遠い

――いや、踏み込み方が前進とは違う

そう思い直した直後、サドムラの左足が揺らぐように曲がった

 

「っ!?」

 

体勢を崩したことでサドムラの表情が驚愕に歪む

けれど、刻は待ってくれない

秋子さんはその踏み込んだ右足を浮かせると同時に蒼い単身で前方に跳ぶ

前宙――とでも言えばいいのか

宙で前転する動きを小さな円を描くようにして体を回す

一回転した先から現われるのは、死の宣告のような水色の軌跡

 

――水瀬一刀流 “三日月みかづき”――

 

見事

そうとしか言えない

鋭く放たれた水色の斬撃はまるで何も触れなかったようだ

空振りにさえ思える程の円滑な一振りはサドムラの刀身を――切った

 

「ッチ!」

 

サドムラは驚愕もあるが、それ以上に目前の秋子さんを凝視する

さすがはわかっているようだ

秋子さんを相手に驚いている暇など、ないということを

秋子さんは既に振り終えた体勢から左手を柄から離し、サドムラの首元へと伸ばしている

肉薄戦と言えば――水瀬流柔術か

しかし、サドムラの目は諦めていない

瞬間――折れた刀身から黒い影が噴き出した

 

「ッァ!!」

 

一振り

黒い闇を纏うように折れた刀を一閃する

秋子さんはその闇を危険と判断したようで、伸ばした手などどこにいったのか

そう思える速さで既に後ろに跳んでいる

空振りに終わる黒き横薙ぎ

けれど、秋子さんの攻撃の手を止めることは出来たようだ

 

「ハァ……ハァ……」

 

やっと一息吐けた

そう言いたげなサドムラの息切れ具合だった

一方の秋子さんは既に納刀し、抜刀術の構えをとっている

 

「…………よし。行くか」

 

俺はそこまで2人の様子を見つめ、言葉を吐くと同時に視線を切る

サドムラの闇の剣は気になるが、魔力である以上大方予想はつく

魔法剣――つまりはエクストリームの類だ

体術と魔力の組み合わせではないにしろ、要領は同じ

あれが隠し玉だったとしても、秋子さんには敵わないだろう

ゆえにサドムラは秋子さんに任せ次の行動に移るのが得策

俺の言葉に美凪も頷き、俺達は静かに屋根の上から降りていく

 

「美凪。“雪月華スノー・ライト”はどっちだ?」

「…………あそこです」

 

建物裏にある屋根に飛び移り、秋子さんからは見えない場所に移動する

そこで漸く小声ではなく普通に話せた

見ているだけでも相当集中していたのか、少し喉が渇くがそんなこと言っている場合じゃない

俺の質問に美凪は建物の裏側に広がる景色のある場所を指差す

なるほど。それ程遠くはなさそうだ

 

「美凪。屋根伝いに行くぞ!」

 

俺はそう声を出すとすぐに屋根を飛び移って駆け出した

美凪も遅れまいとそれに続く

民家が密集して建っているため近くまでは屋根伝いで行けそうだった

ふと、通りの路に視線を落とすと所々で荒れている部分が目に留まる

魔物の死体――あれはゴブリンか

緑色のごつごつした肌を持つ種族

筋力は人より優れるが知能や魔力に関しては獣同然

 

「祐……」

「…………急ぐぞ」

 

進めば進む程、道の荒れ方は酷くなる

一般人らしき人々の死体も少なくはない

特に樽や棚などが散乱している箇所があり、そこは死体の数も多い

無論、人間も……魔物も……

事態は一刻を争うのだ、ということを改めて体感させられている

 

「っ! 降りるぞ!」

 

民家で低い家があり、そのタイミングで路へと飛び降りる

同時に倒れる人々の中に動く人を見つけた

俺は考えるよりも先に僅かに身じろぎをした人のもとへと駆け寄る

まだ助けることが出来るかもしれない、と

 

「大丈夫ですかっ!?」

「ぅ、ぁ……」

 

近寄りながら大声で叫び、意識へと呼びかける

呻くような声だが、声が出せるということは生きている証

俺はすぐに近づき倒れているその人の肩を持ち、抱き起こそうとするのだが――

 

「ぁ……」

 

右腕が肩のところなかった

いや、これは肺に近い部分から焼失している

焼け焦げた痕があるところから見て魔法の類によるものだろう

石畳には夥しい量の出血の痕があり、既に助かるとは思えない状態だった

 

「ん…、ぁご……」

「え――」

 

何かを言おうと口を動かすのだが、俺にはそれが何か聞きとることが出来なかった

そして、直後――死が訪れる

全身から力が抜け、抱き起こす俺の腕への重みが増加する

俺はこの人の最後の言葉を聞き損ねてしまったのだ

剥き出しの目にそっと手を添えて瞼を閉じさせる

そしてゆっくりと地面の上へと横たわらせ、目を閉じて手を合わせた

 

「…………悪い。急ごう」

「はい」

 

周囲の様子を見渡し、生存者がいないことを確認してから俺は再び駆け出す

何も聞かず素直に着いて来てくれる美凪の行動が今の俺にはありがたかった

夢の中とはいえ、本当に俺のことを視続けてきたからこそ色々とわかっているのだと思う

駆け抜けていくと見慣れた路にどんどんなっていく

先程の抗戦めいた場所以降、逆に普通の路の様子のままここまで来ている

道を変えたのか、それとも……

嫌な予感を振り払うようにして俺は前を見つめて駆ける

 

「――美凪!」

 

遠く――いや、前方だ

爆発音が一つ鳴り、それに遅れるようにして路から僅かな震動を感知する

何者かがこの先で戦闘中だ

少し曲線を描く路を進むと、見慣れた“雪月華スノー・ライト”の前の道でゴブリン部隊と戦闘する集団を発見

 

「――“炎神の怒りの涙ファイア・ボール”ッ!」

 

灰色の髪に白いローブマントを羽織る男――斉藤の掌から炎の球が放たれる

それはゴブリンの集団へと見事的中し、誘引して引き起こされる爆発で一掃した

爆煙に包まれる中、巨躯な人影が前方へと飛び出す

それを迎え撃つのは茶髪の青年――折原だ

 

「こんちはさん――っと!」

 

飛び出すゴブリンの顔面に対して防御をする暇もなく、木槌を打ち込む

重量級ではない折原の体格とはいえ、体を使い振り切っての一撃は相当だ

昏倒したゴブリンを見ればその威力は明らかだろう

 

「はぁ……北川! そっちは大丈夫か!?」

 

折原は爆煙の先を見つめるが、硬い肌のゴブリン達はまだまだ勢揃い

炎神の怒りの涙ファイア・ボール”の威力は炎魔法にして中級

攻撃性を見れば中級魔法の上位に位置するが、言葉通りの一掃は難しいか

何しろ、防具を身につけている上に爆発の瞬間、ゴブリン達は防御の構えをとっていたのだから

その光景を見ての折原の溜め息

そして呼びかける先は――

 

「ハァッ!」

 

寮の門前にて体格のが一際大きいゴブリンと闘う金髪の青年――北川の姿がある

北川はまさに手にある竹刀の一撃をゴブリンの腹部に打ち込む

見事な一撃ではあるが、惜しむべきは得物が竹刀ということだろう

 

「んな玩具が――効くかい!」

 

人語を話すゴブリンは振り返り、手にある長い棍棒を横薙ぎに振り払う

しかし、北川も攻撃して止まっていたわけではない

相手の攻撃を予測し、既にゴブリンの間合いからは抜けていた

空振りに終わる一振り

振り切った直後の状態を前に、北川は既に踏み込む体勢をとっていた

 

「セェッ!」

「ァ――」

 

北川はゴブリンの喉元に竹刀を突き込む

一旦、呼吸を止められたのだろうか

口からは苦鳴のような叫びを漏らしてゴブリンは数歩よろめく

その隙を眼前に見過ごす北川ではない

 

「フッ! ハァッ! タァッ!」

 

突き

突き

突き

連続して突いていく北川の剣捌きは実に見事

右肩の付け根

胸の中心部

左腿の付け根

全て急所であり、突かれたゴブリンは更に体勢を崩し身動きがとれない

その表情は苦悶と同時に怒りに満たされているが、動かしたくても体が動かない

 

「ッフ――ダァァァッ!!」

 

跳び上がり、巨躯のゴブリンの眼前に躍り出る

そして渾身の力と全身のバネを使って竹刀を振り切った

その一閃はゴブリンの顔面へと叩き込まれ、巨躯なゴブリンは後ろへと弾き飛び地面を転がる

得物の差はあるが、さすがは北川

力任せだけのゴブリンではあいつの相手は不足だろう

 

「美凪。援護を頼む」

「――はい」

 

俺は併走する美凪にその言葉を残し、片刃の夢幻を手に持ちスピードを上げる

美凪はこれ以上の接近を控え、その場に留まり光の球を展開させていく

俺はまだゴブリン達が俺の存在に気づいていないのを確認し、音を忍ばせて一気に近寄る

 

「一気に片付けるか」

 

 

 

 

 

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