【覇道】

 

<Act.7 『雷獣の騒乱』  第4話 『幕開けの奇襲』>

 

 

 

 

 

カンカンカンカンカン――――

 

遠くから聞こえてくるのは鐘の音――警鐘だ

連続して鳴らされるその音から焦りの色が感じられるようだった

その鐘の音に道行く人の視線は釘付けにされ、街のざわめきは消え静まり返った

 

「美凪、これは――」

「家に入れ! 緊急警報だ!」

 

隣を歩く美凪に鐘の意味を聞こうと思えば、道行く誰かの叫び声が木霊した

瞬間、静まり返った通りに絶叫が響き渡る

民家のドア、窓は閉められ歩いていた人々は建物中に入っていく

なるほど。緊急警報、ね

 

「つまり、始まったのか」

「……みたいです」

 

目まぐるしく動く人々を眺めながら、事態が動いたのだと実感する

時は夕刻前

攻めるならば夜襲かと思えば、真昼間から来るとは……何か狙いでもあるのか?

俺は頭の片隅でそんなことを考えつつ、手にある荷物を見下ろす

剣屋で買った釵と、変装用の服一式

折原に渡して一緒に、と思ったが時間がないかもな……

 

「美凪。悪いがコレを――」

「嫌です」

 

考えがまとまったところで美凪の方へ振り返りながら話しかける

だが、予想外に即答で断られ思わず言葉が喉に詰まった

普段はおっとりと話す美凪が即答で、しかもこれだけハッキリと拒絶するとは思わなかったからだ

見つめる美凪の顔は少し怒っているようで、俺を見つめる可愛い瞳が睨んでいる

 

「……祐から離れたくありません」

「美凪……」

 

込められたその想いが伝わるからこそ、俺は何も言えなくなる

俺に守ってほしい

そんなくだらない意味で美凪は言っているのではない

俺の力になりたい

そして俺を少しでも危険な目に合わせたくない

そう強く、願うような想いがあるからこそ俺も言葉を紡げなかった

 

「……わかった。それじゃ、このまま北門に向かうぞ」

「……はい!」

 

俺の返答に美凪は笑顔を浮かべて言葉を返した

はぁ……危険だってのにこの笑顔。美凪には参ったな

心の隅では喜んでいる俺がいる

けれど、同時に美凪を危険に近づけたのも自分なのだとも考えてしまう

そんな考えは美凪にとって失礼なのはわかっているのだが……

頭を軽く振り雑念を振り払う

今から戦場に向かうのだ

雑念は死を招く要因になりかねない

 

「ここは中央街付近……東側か?」

「……はい。北門に向かうなら一度中心部に出てから北に向かうのが一番早いです」

よし。ならそうするか」

 

街を守る東西南北の門から考えれば一番近いのは東門

東門に一度向かおうかとも思ったが、作戦通り北門に向かうことを決断する

警備隊の守りとて疎かではない

そう簡単に突破はされないはず

時間を稼ぐ間に敵の大将であるギガラントスを止めれれば一番早く戦いは終結する

これが最善策と思うからこその北門だ

 

「ん?」

 

美凪と人のいなくなった通りを駆け抜ける

おかげで走り易くあっという間に中心部だ

人のいなくなった中心部はより広く見えてしまい、ここに人影がないことに違和感を覚える

北への道を美凪が教えてくれた直後、掠れた音が聞こえた

俺は思わず足を止め、音が聞こえたと思う方向へ振り返る

 

「祐?」

「……地響きと、砂煙」

 

見上げる空には青とは不似合いな黒煙が立ち昇る

靴の裏から伝わってくる地の震動は昔、戦場ではよく感じたものと一緒だった

まさか、この短時間で突破された?

脳裏を駆け抜ける考えを肯定するように通りの向こうから人影が見えてくる

……警鐘が鳴ったから、その瞬間攻撃が始まったわけがない

攻撃があり、警鐘に伝達が届き、初めて鐘が鳴る

つまり、先に攻撃を受けていたのが南門と思えば、時間はある

しかし、それに対しての陥落は早過ぎだろう

 

「祐。どうしますか?」

「……止める。警備隊か誰か来るまで引き止めないと一般人に被害が出る」

 

通りから消えた人々を思い出す

その周辺の建物には多くの人が身を隠しているのだ

いくら早く終結させたいとはいえ、助けれた人を助けないことはしたくない

俺は懐に入れていた夢幻を取り出して片手剣へと変化させる

同時に空いた左手に魔力を溜め、離れた位置に光の球を投げる

 

「――“祈りの光柱ティール・スン”ッ!」

 

魔力が展開する瞬間に気合いを込める

光の球は光の円となり、天高く光の柱を作り出す

敵への宣戦布告と同時に救援信号も兼ねている

何かしら不思議に思った奴がいれば見に来るだろう

俺はそこで先のことを考えるのをやめ、目の前の微かに見えるようになった敵に思考を切り替える

 

「美凪」

「――わかっています」

 

俺の呼びかけにそう答えるだけでよかった

美凪はすぐに“泡珠の幻想光ライティール・シャボン”を展開させ、光の球を周辺に浮遊させる

俺もそれに続くように光の球を精製し、付近の民家の屋根の上などにも散らばらせた

さすがは俺のことを夢で視続けてきただけある

こういう場面における俺の戦い方を完全に熟知しているな

心強いパートナーへの信頼を改めて実感し、思わず口の端がつり上がる

 

「あれは……」

 

ようやく見えた敵の姿は魔物だった

ただの魔物ではない

突撃してくるのは炎を纏った大きな牛

立派な角を前に睨みつける眼光は人を殺せるのではないか、と思う程

その姿には見覚えがあった

先日、北川とダーア村に行った時、村を襲撃していたバッファローの群れのボス

魔物との戦いの始まりを告げたあの日に出会ったバッファローだった

道を埋め尽くすようなバッファローの群れの先頭を駆け、その勢いはまさに止められないと思う程

 

「美凪。初発で止めきれないから、撃った後はアレに乗るぞ」

「……わかりました」

 

数が数だった

見えるだけでもバッファローの数は100頭近い

こちらの光の球は20個程で、1個で1対を倒しても埒があかない

それにあの勢いを止めることは難しいだろう

俺は道の両脇に光の球を放ち、建物の上に逃げれるよう

俺は道の両脇に光の球を放ち、建物の上に逃げれるよう“祈りの光柱ティール・スン”を用意した

 

「ウオラァァァァァァァァ――――」

 

ボスは叫びながら突撃を仕掛けてくる

その鋭い眼光の先に俺の姿を捉えたようだ

響き渡る叫び声が僅かに途切れたその瞬間、周囲の光の球が輝き出す

――射程範囲内だ!

 

「「――“邪を焼き尽くす聖炎デリ・ガンド・ラン”ッ!」」

 

俺と美凪の言霊が同調する

紡いだ言葉を切欠に周囲の光の球がその身を迸る光線へと変えてバッファローの群れへと突き進む

向こうもこちらの攻撃に気がついたようだが、怯むことなく突撃の速度を速めた

なんて覚悟――だが、その判断は最も正しい

あの群れの勢いで止まることは不可能

左右も建物に囲まれており逃げ場はなし

ならもっとも被害が少ないのは?

――こちらの狙いを外す程に速度をあげ、なお魔法を突破して俺達を倒すこと

 

「走れっ!」

 

突き進む光撃は群れの先頭の位置を皮切りに着弾していく

撃ち込まれる砲撃は石畳の地面を撒き散らし、砂煙と土塊を吹き飛ばす

一瞬、爆音で静まりかえった瞬間に俺の一声で俺と美凪は路の両脇に駆ける

直後、砂煙の中から飛び出すのは勢いの衰えないバッファロー達

 

「テメェ! あの時の小娘じゃねェかッ!!」

 

俺の姿を捉えたようで炎を纏う大きなバッファローは叫ぶ

俺は返事もせぬままに光の球の上へと飛び乗ると、光の球は円柱へと変化し俺を天へと舞い上げる

反対側を見れば美凪も俺と同じように光の円柱で上へとあがっていく

よし。次はあの群れの勢いを完全に止めてやる

 

「愛しき守神の囀りよ 今、貴女の恵を我は欲する 愛しきなる者を守る為 貴女の美しき調べを我が前に――」

 

2階建ての建物の屋根の上に飛び乗りながら詠唱を始める

上級魔法である“守神の還し光風デリアル・イユッフー”を行く手に出現させ、一旦バッファローの足を止める

そうすれば白兵戦でも魔法戦でもあの群れと闘うことができるだろう

集団におけるあの突撃はもはや個人で止めれるものではない

こちらも集団を成さなければ正面から受け止めることは不可能

無論、あの突撃を前に飛び出せば死あるのみだろうけどな

 

「相変わらず、小賢しい――ンジャッ!

「っ!?」

 

ボスのバッファローが纏う炎が一際強く燃え上がったかと思うと、その口から炎の球が吐き出された

予想外の攻撃に俺は驚き、魔法の集中力を切らしてしまう

すぐに横手へと飛び退き、炎の球はかわすがバッファロー達は俺達の眼下を駆け抜けていく

っち。しまった……

 

「美凪! 追撃だ!」

「――“邪を貫く光槍デリ・シルバ”ッ!」

 

俺の叫びの直後、美凪のいる方向から光の槍が群れに向けて放たれる

俺の指示から詠唱したのではこの速さでの魔法展開は無理だ

さすがは美凪

俺もすぐに魔力を周囲からかき集め、左手を群れに向けて“邪を貫く光槍デリ・シルバ”を放つ

放たれた光の槍は群れにある程度の直撃をするが、あの数を倒し切ることは不可能だ

 

「よし! 散れ!!」

 

ボスのその叫びと同時に中心部でバッファロー達は3つの方向に部隊が分かれる

的確な指示とその動きに乱れはなく、撃ち込まれる光の槍では数体倒すのが精一杯だった

さすがは上級種が率いる群れ……人間のような集団戦の動きをする

しかし、部隊を分けるということは作戦があるのか?

向こうの意図を推測しようとするが、読み切ることは出来ない

周囲の民家には目もくれず、路を駆け抜けていく突撃集団

あんなのと突然遭遇したら為す術ないだろうな……

 

「……美凪。予定変更だ」

 

俺は美凪の前にも光の球を投げ、再び“祈りの光柱ティール・スン”を展開

俺と美凪はそれぞれ光の円柱に乗ると円柱はゆっくりとその高さを縮めていく

地面にそのまま降り立つと俺は南門の方向へと視線を向ける

 

「一度、南門に行く。どんな状態か確認したい」

「……ギガラントスはいいのですか?」

「あっちには藤田さん達がいる。あの人達が簡単にやられるとは思えない。だからしばらくなら大丈夫だ」

 

美凪の質問にそう返答すると、藤田さんの顔が脳裏を横切る

藤田さん達の実力は相当なものだ

あの人達が北門にさえ間に合っていれば、そう簡単に北門が陥落することはないはず

それより今気になるのは南門

魔物に突破されたのは間違いないが、その後はどうなっている?

魔物からすればやっとこじ開けた門だ

それを突撃部隊のバッファロー達しか使わないとは思えない

こちらには来ていないが、既に他の魔物とて侵入していると見ていいだろう

南門周辺が惨劇になっていないか、確認する必要がある

 

「……わかりました」

「よし。行くぞ」

 

美凪の返答を確認すると俺は南門の方へと走り出す

周囲の様子も確認しながら進むが、特別おかしいところはなさそうだ

路はさすがにあのバッファローの群れが駆け抜けたので傷んでいる部分はある

しかし、建物等を荒らされた様子はなく、中にいるだろう人達も無事そうだった

とはいえ、通りに残された人もいただろう

通りで倒れている人達は皆、蹄の痕で潰されており息を引き取っている

 

「……声、か」

 

南門に近づくに連れ、ざわめきのような音が風に乗って聞こえる

それと同時に炎の球、爆発音、雷の光が僅かに見える

つまり、まだあの門での戦闘は行われているわけだ

見える範囲で黒煙はあがっているが、それ程門の損傷が酷いわけではなさそうに見える

問題はその肝心の扉がどうなってしまったのか、ってところか

俺と美凪は徐々に近づいて行くにつれ、道端に倒れている人の数も増えていく

そして扉の付近に近づいたところで、あるものが目に入った

 

「っ――こっちだ」

 

俺は美凪の手を掴み、慌てて路地へと入り込む

そして“祈りの光柱ティール・スン”を使いすぐに建物の上へと移動した

まさか、とは思ったが……

俺は屋根に備えてあった煙突の影に身を隠し、眼下の戦場を覗き込む

 

「あ……」

「……マジか」

 

美凪も俺の後ろから覗き込む、驚きに声を漏らした

そして俺も改めて視界に当人の姿を捉えて声をこぼす

鎧を着たモンキーを主に群がっているが、蟷螂の魔物のトゥギリもちらほらいる

だが、その魔物達を統率するように体格の大きい大きな猿の魔物――狒々ひひ族がいる

ふさふさの毛に賢い頭。しなやかな筋力を合わせ持つ狒々は魔物の中でも強い部類に入る

数匹とはいえ、そいつらがいい装備をしているってのは相当の強敵だ

そんな魔物達と戦う人間がいる

 

「ヒュ〜♪ なんともまぁ、色気のない敵だぜ!」

 

陽気な声ともとれることを言っているのは禿頭に黒瞳の青年

かつてギルドのレストランでトラブルを起こしたナンパ野郎――六道だ

その六道の一味である他の面子も一緒に戦っている

腹は立つがさすがに強く、他の魔物を圧倒している

正直、あの腕前には冷や汗をかかされたしな……

 

「油断はいけませんよ、六道さん」

 

その聞き慣れた声だが、戦場での緊迫感のある声質に思わず鳥肌が立った

薄い紺色の胴着は水瀬流の証

蒼い髪を三つ編みにしているのはいつも通りだが、今日は背中の方に下ろしている

絶えない笑みを浮かべるのはいつも通りだが、戦場でのその笑みは冷たさも内包されているようだ

そこにいるだけで存在感がある

その威圧を感じるのは魔物も同じようで、不用意に彼女――水瀬 秋子の領域には踏み込めないでいた

 

「さすがは師範代。もう貫禄が違――っとぉっ!!」

 

走り回る六道が余所見をした隙に1匹の狒々が六道に斬りかかる

即座に手にある棍を払い、剣を弾いて剣戟をいなした

同時に体格のいい狒々に力押しが敵わないのはわかっているようで、後退するように跳ぶ

距離を保とうとする六道に対して再度仕掛けようとする狒々

しかし、六道が棍の構えをとったのを見て狒々は踏み込みを留まった

……真面目にやると強いだけに、不用意に踏み込めないのを本能で感じ取ったのだろう

 

「……武道家か。なるほど。相手にとって不足はなかろう」

 

門の駐屯所のドアが開き、中から出てきた男には見覚えがあった

長いボサボサの黒髪にボロボロの鎧

手には血の滴る刃毀れのある

サドムラと呼ばれた、絶望を纏う魔物側の人間

ダーア村襲撃事件の際に手合わせした男だった

 

「なるほど。貴方がこの魔物を指揮する人ですね」

 

 

 

 

 

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