【覇道】

 

<Act.7 『雷獣の騒乱』  第3話 『忘れられた剣屋』>

 

 

 

 

 

「はぁ……疲れた」

 

街道を歩いて、正直やっと安堵出来た

心の疲れが本音となって溜め息とともにこぼれ出る

俺の心の叫びを聞いて隣を歩く美凪もクスリと微笑む

 

「……お疲れ様でした」

「美凪こそ、ありがと。付き合ってくれて」

「…………パートナーですから、当然です」

 

朝から俺の行動を共にしてくれた美凪への感謝の気持ちを伝える

すると美凪は視線を少し伏せて逡巡し、嬉しい返事を返してくれた

少しだけ頬が赤く、照れ隠しなところがまた可愛い

ない胸――ではなく、立派な胸を張って偉そうに言おうとしている

結果、可愛いポーズに見えちゃうんだけどな

 

「あぁ。ありがとう」

「…………ところで祐。先程の話は本気ですか?」

 

俺のお礼に笑顔を見せる美凪だったが、不意に引き締まった表情に戻る

何事かと思えば、さっき昼食の時に話した話題のことだった

問い質すような可愛い黒瞳の視線が俺の目から逸らされない

ふむ……やはり納得はしていなかったか

 

「あぁ、本気だよ」

「……なぜ、と言える立場ではないですね」

 

俺の迷いのない返答に美凪は苦笑を浮かべ、自嘲するようにそう言葉を漏らした

その表情があまりにも切なくて、思わず俺は美凪の頭を撫でる

それに少し驚いた様子の美凪だったが、静かに俺に頭を撫でられていた

まるで撫でられて喜ぶ子猫のように……

長く、柔らかい美凪の黒髪を俺は優しく、ゆっくりと撫でる

 

「美凪は物分りがよくて助かるよ」

「……祐は頑固です」

「ははっ。案外そうかもな」

 

俺の言葉に美凪は少し拗ねたように言葉を返した

そのささやかな抵抗ぶりがまた可愛く、頭を撫でてやる

 

「俺は折原の覚悟を認めた。だから、協力してやりたいんだ」

 

俺は天に広がる空を見つめ、そう言葉を紡ぐ

美凪は静かに俺の言葉に耳を傾けてくれた

その空気が気持ち良く、美凪が俺のことを理解してくれているのだと実感する

そう。理解してくれているからこそ、折原の件が気がかりになるのも当然だ

俺自身、連れて行くことを決めたが気がかりで仕方ないのだから

 

「それにあいつはギガラントスに会った時も気後れしていなかった。正直、あの歳であの胆力は凄いと思う」

 

昨日、警舎に共に行った時のことを思い出す

他にもギュウマの時のことや……あいつは決して恐怖で動かなくはならなかった

その場で自分が出来ることを最大限やろうとしていた

その姿勢があったのと、後は頼まれたこと……そして俺に協力しようとしてくれたところ、かな

号外が配られた時に真っ先に俺に伝えに来てくれた

俺の力になろうとあいつはあいつなりの最善を尽くしてくれた

だからこそ、俺も礼を尽くそうと思う……俺なりの出来ることをしてやりたい

あいつはバカだが俺の友だから

 

「……でも、不安です」

「あぁ。だから、力を貸してくれ」

「…………ズルイ、です」

 

俺は美凪を真っ直ぐに見つめ、そう頼む

美凪は少しだけ頬を赤らめて反対の方へと目を逸らした

照れる姿がやっぱり可愛いな、美凪は……

そう思って美凪を見ていると、不意に前方に視線を向け立ち止まる

 

「あ。ここを左です」

「お。じゃぁ、もうすぐか」

 

ギガラントスの強襲があってか、街道の人並みは少ない印象を受ける

そんな中、美凪が示した道は大通りに面する小道

まぁ、見た感じ薄暗くもなく、普通の小道だ

人通りは少なそうだが、今の俺にとっては都合がいい

 

「店の名前はなんだったっけ?」

「……“忘れられた剣屋フォーゲ・ソーディン”。錆び付いた剣から骨董品まで、がモットーの老舗店です」

「…………」

 

美凪の説明に思わず言葉を失う

正直、どのような店なのかイメージができない……

錆び付いた剣を置く意味はあるのか?

いや、ツッコムのはそこじゃない……うーん……

手広く商売している、と言いたいのか?

にしても、忘れられた剣屋って……しかも武器屋ではなく剣屋って始めて聞いた

剣専門店なのだろうか……いや、でも手広くしているって……

少し矛盾な思考に入っていると感じた時、不意に美凪の足が止まった

そこで思考の渦から抜け出し、美凪の方へと振り返ると手をある建物に向けた

 

「……ここが“忘れられた剣屋フォーゲ・ソーディン”。通称、“忘れた店”です」

「……意外と綺麗だな」

 

閉店した店通りにもなる中に小綺麗な店が一件建っている

見たらそんなイメージだろう

店の前にはカゴの中に入れられた剣、槍、弓等がまとめて置いてある

手書きで書かれた紙には『激安! 粗悪な武器達』と書かれていた

確かに値段は激安だ

無言で一本剣をとってみるが、確かに粗悪

しかし……

 

「……祐?」

「……中に入ろうか」

 

静かに剣を見つめる俺を不思議に思ったのか、背中から美凪の声がかかる

俺はそこで意識を切り替え、剣をカゴに戻す

粗悪な剣だったが、手入れはされていた

しかも丁寧な手入れだ

粗悪と書いてあるが、おそらく中古品等もあるのだろう

だから粗悪なのは仕方ない

けれど、その武器に対して出来るだけのことをしている

そう感じれる綺麗さがあった

開放されている扉を潜ると中は物で溢れていた

店の広さ以上に物がある

棚も置けるだけ置いてあり、通路は1人分の広さのみ

もちろん見易く広々と置いてあるわけではないが、取り出し易いようにはされているようだ

 

「武器の種類はある、な」

 

店内を見渡していると様々な種類の武器、防具が置いてあった

棚には種類別で入れてあるのか、横に武器の種類名が書かれた紙が張ってある

ふむ……これだけの種類と数があればいいのが見つかるかもしれない

俺は予想以上の良店に期待が膨らむ

正直、間に合わせだけでもあればと思っていたが、本格的な武器が見つかるかも

 

「……それで祐。どのような武器にしますか?」

「うーん……素手の体術を生かせる系統の武器、だな」

 

美凪の質問でいまいち曖昧なままのイメージの現状をそのまま告げる

折原は使用武器を特定しない

それは本人も言っていたし、その戦いぶりを見ていてもそう思う

まぁ、自分の使用武器を決める、っていうのは簡単なようで難しい

生活環境等にもよるだろうし、何が自分に向いているのか、なんて使ってみないとわからない

俺なんてある程度の武器には絞り込んでいるが、何が一番得意なのかはわからないしな

折原は俺に鍛えてくれ、と頼んできた

武器を固定化していないのは弱みでもあり、強みでもある

なんでも使えるというのはどのような状況でも戦える、ということでもある

もちろん、そうなれば基本は体術。そして実戦の場では体術を生かせる武器がいい

名雪が使っている小太刀とかも、防御の刀、と呼ばれている

なぜなら剣戟を防ぐ武道家からも重宝されており、懐刀としても常備している人も多い

つまり、刃物等を防ぐことができ、出来れば尚且つ簡単に攻撃に転じれるもの

この武器が今の折原の強みになるし、今後俺が鍛えていく方針にもなる

そこから先、どうしていくかは折原自身で決めることだ

 

「……これはどうでしょう?」

「うーん……鎌はちょっと難しいかな」

 

美凪と手分けして武器の棚を見て回る

美凪が提示してくれたのは手頃なサイズの鎌

確かに小さく、刃物を止めることも出来そうだが扱いが難しいだろう

逆手の返しとなっている刃で刃物を捌くのは一朝一夕で出来るものじゃない

特に逆手で受けるなんて難しいし、刃物を狩るように軌道をズラすのは一歩間違えれば空振り

空振りは直撃となり、死に至る

俺の返答を聞いても美凪は嫌な顔ひとつせず、鎌を棚に戻す

そしてまた次に見つけた武器を見つけては俺のところに持って来てくれた

しかし、中々いい武器が見つからず俺は中々頷くことが出来ない

もちろん、その間に俺も棚を見ては見繕っているが、中々しっくりとくる武器が見つからない

短剣、両手棒、ナイフ、ダガー、小太刀、ナックル、盾、刀……

 

「今のところ、これが一番近いかな」

 

俺が手に持ったのは緑色の手甲

中々の軽さを誇り、デザイン――というか、形もそんなに悪くない

手に当ててみても使い勝手は良さそうな印象を受ける

それにこの緑色と硬質感――“守りの緑石グリーン・ストーン”に間違いない

防具としては上級な鉱石である“守りの緑石グリーン・ストーン”を手甲のサイズで加工してあるのだ

中々お目にかかれないのではないだろうか……いいもの置いてある

 

「おや、客がいたのかい」

 

不意に聞こえた声に思わず驚きで体が跳ねてしまった

物の溢れる店内の奥からその声は聞こえた

声の出所に視線を向けると物の密集した場所にカウンターがあることに気がついた

溢れかえる物の山の中、そこに人がいた

茶色のニット帽子を目深にかぶり、目が見えないぐらいになっている

顔の感じを見ると初老の男性……ってところか?

深みのあるしがれた声は年季を感じさせる

 

「あ、失礼――って、わけでもないですね」

 

何か邪魔をしてしまった

そんなふうに感じてしまったが、別にお客として店に入っている以上変なわけではない

まぁ、少し物色してしまった感はあるが……武器屋なら普通だろう

ふと漏らした台詞でもキチンと女用の声に切り替えてあるあたりは我ながらさすがと思う

 

「ふぉ。めんこい嬢ちゃん達じゃの」

「お言葉、ありがとうございます」

 

営業用のスマイルでお世辞の言葉を返す

美凪もぺこりと頭を下げて返事をしていた

俺は手にある手甲を持ち、おじいさんの元に歩み寄る

 

「すみません。この手甲はおいくらですか?」

「ふぉ。いい眼をお持ちだ。はてさて、誰が使うのですかの?」

 

俺の質問に返答は返さず、新たな質問で返答された

はぐらかされたのか?

そう半分思いつつも、おじいさんの柔らかな物言いに気のせいだと思い直す

何か考えがあっての問いかけ

そう思い至った俺は言葉を紡いでいた

 

「友人が体術を扱っているのですが、実戦に赴く際には真剣が飛び交うので武器が必要です

 けれど、武器はさほど手につくものがなかったので、体術使いの方が扱い易い武器を、と思っています」

「ふぉ。なるほどのぅ。ふーむ……」

 

おじいさんは俺の目を覗き込むように見上げてきた

目深に帽子を被るので目が見えなかったのだが、綺麗な緑瞳をしている

まるで目の奥を覗かれたような錯覚を感じた時、入り込んでくるその視線が外される

 

「……あんた、いい縁をもっとるの」

「?」

 

おじいさんはそう呟くと静かに腰をあげ、店の奥の部屋へと入っていった

俺は意味がわからず小首を傾げるばかり

美凪の方へ振り返るが、美凪も意図が掴めないらしく顔を小さく横に振る

うーん……とりあえず、待つか

状況がイマイチ飲み込めないまま、待つこと数分

店の奥で物音がしたと思い視線を向けると、ゆっくりとおじいさんが戻ってきた

 

「よっこいせ、っとな」

 

手にあった木箱を狭いカウンターの上に置く

上品そうないい木材を使った木箱であることは一目見れば明らかだ

俺はその木箱の中身への期待が高まった時、おじいさんが口を開く

 

「加工に適しながらも硬さを誇る“黒龍の零れ泪石メイカル・ディナ・クロ”を使い、新進気鋭の若手の名工ロン・イーエン作の新作じゃ」

「っ」

 

決して早口ではないが、少し自慢げそうに口上を述べながらおじいさんは箱の蓋を開ける

開かれると同時に中身を見て思わず息を呑んだ

白い柔らかな布の上に鎮座するように置かれていたのは黒光する三又の武器――さい

深みのある光沢を放つ材質で出来ているのか、鈍く輝いている

上から下までその全てが単色とは言えない黒の姿をする武器に視線が思わず奪われてしまう

おじいさんの言った口上の意味はよくわからないが、なんとなく凄いのだ、というのは伝わる

けれど、そんなものはこの武器を見ればどれだけ凄いのかはわかったつもりだ

 

「……どうして私にこれを?」

 

――これにしよう

それは一目見て思ったことだ

武器としても体術を扱うものに向いているし、出来栄えで言うなら文句等ない

ただ、なぜおじいさんが急にこれを出したのかが謎だ

確かに俺の条件を満たすものなのだが、これだけの良物をなぜ俺に?

俺の問いかけにおじいさんは口元に笑みを浮かべる

 

「ふぉ。言うたじゃろ。縁じゃよ」

「縁?」

「儂は武器の求める声を聞いておるだけじゃ」

 

嬉しそうに話すおじいさんの言葉は難しい

武器の声が聞こえる

普通に聞いていれば何を言っているのか、と思うが俺は否定はしたくない

俺の使う夢幻もそうだが、武器だって作り手の想いが強ければ魂が宿るとも言う

それに名器と呼ばれる武器は持ち主を選ぶとも言われているしな

俺は嬉しそうに話すおじいさんの空気に水を差したくないため、この気持ちをありがたく頂戴することにした

 

「では、この釵をください」

 

 

 

 

 

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