【覇道】

 

<Act.7 『雷獣の騒乱』  第2話 『精鋭部隊会議』>

 

 

 

 

 

「失礼しま――あ」

 

鉄さん――いや、副長の指示に従い隣の部屋に移動

ドアを開けて見ると部屋の中は会議室のようだった

前面には黒板が設置された壁があり、長い机が四角形を描くように4つ配置されている

そこに座る面々に俺は見覚えのある人がいた

 

「よぉ。また逢えたな、悠」

 

届け想いよトゥ・ハート”のリーダー、藤田さんが笑みを浮かべて挨拶をしてくれる

それに続いて神岸さん、前原さん、姫川さん、佐藤さんの挨拶が続く

全く予想していないわけではなかったが、この再会に俺も少し驚きを覚えた

別れ方が別れ方だったために多少気まずい気持ちもあるが、今はそういうことを思っている時ではない

 

「では、こちら失礼しますね」

「おう。座りな、嬢ちゃん達」

 

窓側の机には藤田さん達が座り、廊下側に座る方に俺も加わった

俺の隣に座っていたのは白い髪をオールバックにしてある巨躯な男性

左頬に傷跡があるが、それ以上に本人の笑顔が眩しいと思うくらい明るい人

服装を見ても強化服――警備隊というよりは傭兵だろう

 

「なるほど。悠なら確かにとっておき、と呼ばれても十分だな」

「え?」

 

席に着いて開口一番に出た藤田さんの言葉に俺は戸惑う

いったい今はどういう状況なのだろうか

それを訊ねようとしたタイミングを逸したのもそうだが、とっておきって……何だ?

俺の戸惑いを他所に今度は隣の男性が言葉を続ける

 

「ほぅ。藤田がそこまで豪語するとは、かなりの猛者ってわけか」

「あぁ。この間、盗賊団“紅桜”の壊滅を手伝ってもらったんだ。その時に悠はルイ・ダニアンを――」

「1人で倒しちゃったんです〜っ!」

 

藤田さんの言葉を横から奪ったのは前原さん

目を輝かせ、興奮しているのか無意識の内に席から立ち上がっている

うぅ……出来れば言ってほしくはなかったかも……

俺は肩身が狭くなる気持ちを抱きながら視線を伏せた

 

「へぇ。あのルイ・ダニアンを1人で……やるな、あんた」

「ど、どうも……」

 

隣の男性の明るい言葉に俺は生返事を返すしかなかった

その時、俺はふとある視線に気づく

部屋の正面に立ち、図などを記した黒板の前で立ち尽くす少年

あどけない顔立ちに黒髪

警備隊の制服を着ているのでちょっと疑問に思ったが、すぐに思い至る

これが話に聞いた――子供隊長か

なぜか俺の方を見て呆然としている

……俺、何か変か?

 

「ん? どうした、佐伯隊長」

「ふぇ――えっ、あ、っと。はい」

 

俺の隣の隣に座る男性の言葉に子供隊長は我を取り戻したように変な声をあげた

その様子を見て俺も含め、全員小首を傾げるしかない

しかし、今、子供隊長に声をかけた男性の格好も風変わりだ

全身を漆黒の服で統一し、なぜか口に白い覆面をつけている

髪も黒髪で目も黒瞳なので、白い覆面が異様に目立つ

だが、纏う空気は鋭く並みの傭兵ではないことも感じ取れる

 

「えーと、貴女が副長が言っていたとっておき、でいいんですね」

「何の話かわかりませんけど……ギガラントス討伐において多大な功績を挙げろ、と副長には言われました」

 

俺の返答に他の面々から「ほぅ」と息がこぼれる

まぁ、間違ったことは言ってないのでどう思われてもいいんだけど……

しかし、とっておき、って……勝手に高いハードルを設定されたものだ

プライドの高い傭兵を刺激しなきゃいいけど……

 

「なら問題ないです。申し訳ないですけど、自己紹介は終わったので省かせてもらいます。お名前だけ、よろしいですか?」

「えっと、私は相沢 悠。隣は私のパートナーの遠野 美凪です」

「……皆さん、よろしくお願いします」

 

立ち上がり俺の挨拶に続き美凪もお辞儀をする

小さな拍手がまばらに鳴った直後、子供隊長の口が開く

 

「では、作戦の話に戻します。相沢さん達も何か意見があればすぐに言ってください」

「わかりました」

 

子供隊長の問いかけに返事を返す

子供隊長は微笑みを一瞬浮かべると、黒板の方へ棒を指した

よくよく見るとそこにはこの近辺の地図が描かれており、☆マークがついている部分がある

 

「カノン街の北にあるルベック森。そこにギガラントスの姿を目撃しています。おそらく、ここからギガラントスが動くことはないと思われます」

「ん? なんでそう言い切れるんだ?」

 

隣の巨躯の男性が律儀に手を挙げて質問をする

その問いかけに対して子供隊長の切り返しは早かった

 

「他の上級種――つまり、ボスクラスですが、カノン街の周囲に移動しているのを目撃しています」

「……つまり、敵はカノンを囲むつもり、ってわけか」

「ですね。四方からの同時攻撃。戦力の減退した今、これをされると街を守り切れない可能性もあります」

 

上級種や、ギガラントスの登場で魔物側に知恵があることはわかった

ゆえにこの場では誰も魔物が戦略的な動きをしていても疑問を抱くようなことはしないのだろう

本来、魔物討伐等では戦略を用いることはない

せいぜい倒し方の戦術程度だろう

話し方を聞いていても“魔物”ではなく“敵”と表現されている

狩るのではなく戦うという対等な立場の認識に変わった証拠だ

悲しくはあるが、この戦いという場においては魔物も人間と同等に扱われている

俺の目指す対等はこのような形ではないが、虚しさを感じずにはいられない

 

「攻める方針なのはわかったけど、街を守れなかったら意味ないだろ?」

 

先程の副長とも話はしたが、攻勢に出るつもりなのは変わらないようだ

その発想はいいのだが、結局のところ藤田さんが言うように街を守れなければ意味がない

この攻めは街を守る手段であって、目的ではない

目的を達成できなければ“攻める”という手段は下作にしかならない

子供隊長――は、失礼か――佐伯隊長は藤田さんの問いに微笑を浮かべ口を開く

 

「藤田さんの言う通りです。よって我々は四門の守護と同時に攻めに転じます」

「相当な人手がいるな……ここにいる面子を分散させるのか?」

 

巨躯の男――自己紹介ないので仕方ない――は顎に手を掛け、考える様子のまま口を開く

佐伯隊長は今度はこちらに振り返り、間も空けず返答を返す

 

「我々の目的はあくまでもギガラントス――敵大将の御首を獲ることです。ただし、護衛にメンバーを分けることも必要です」

「…………もったいぶらず、本題に入ってくれ」

 

白い覆面の男は呆れたように溜め息をつき、そうバッサリ一言を言い放つ

まぁ、返答はすぐにはしているが本題に切り込んでないのはあからさまだしな

佐伯隊長は微笑みを崩さずに小さく咳払いをした後、黒板に描かれているカノン街図を指差した

 

「四門の守りの内、2つは警備隊、1つは久瀬家が担当します」

 

そう言って西門に久瀬家、東門と南門に警備隊の文字が書き込まれる

そしてそのまま佐伯隊長の持つチョークは北の門へと向かっていく

 

「――そして我々は傭兵隊を率い、北門にてギガラントスの首を獲ります」

 

深く息を吸い込んだ後、ゆっくりと、けれどとても覚悟の決まった声で言われた

その言葉に込められた覚悟が伝わるからこそ、この場の空気は張り詰める

なるほど。弱冠14歳の警備隊長……名ばかりでは決してない

そう納得できるだけの空気を、知識をこの佐伯隊長は見せ付けてくれる

 

「なるほど。参加者の割合と役割はわかったが、北門にギガラントスが来る保障はあるのか?」

「80%〜90%の確率で間違いないとは思いますが、もし違ったとしても対応策は考えてあります」

 

藤田さんの質問に佐伯隊長は答えながら、街の中心部――ここ警舎の位置に文字を書き込む

書き込まれた文字は――本隊

それを見ただけでこの場にいる者のほとんどは佐伯隊長の考えを察した

空気でわかる……ゆえに、この場にいる傭兵がどれだけ精鋭なのかを実感できる

あの副長が“攻める”と思えるだけの力がここにある、と俺も納得できるほどの、な

 

「今回の作戦では警備隊総隊長が遊撃部隊を務めます。北門の敵にギガラントスがいない場合は速やかに総隊長が駆けつけ

 傭兵部隊と交代します。そして手の空いた傭兵部隊はギガラントスの姿がある門に向かってもらいます」

「……ふっ。さすがは佐伯隊長。――いや、副長殿の案かな?」

 

白い覆面の男はそう言って口端を吊り上げる

さっきも感じたのだが、この人の佐伯隊長に対する信頼を感じる

これほどの実力がある傭兵から信頼を得るのはそうそう簡単なことではない

それこそ、見た感じ気難しそうなタイプの人だし……

号外でも見たが、先のギュウマとの一戦の時にでも何かあっただろうか?

……いや、ギュウマを倒した実績の意味がわかっていれば、信頼もできるか

眼前で説明をする佐伯隊長を見ても、とてもあのギュウマを倒せる程の猛者とは到底思えない

 

「合作、と言わせてもらえれば幸いです。後、四門には伝令兵を配備し、ギガラントスの情報はすぐに入手可能になっています」

「抜かりなし……さすがだな」

「作戦はそれでいいとして、そのギガラントスの情報ってのはないのかい?」

 

藤田さんの同意に続き、巨躯の男は体に似合わず小さく手を挙げて質問する

その質問を受けて佐伯隊長は小さく頷くと、黒板の空いている場所に絵を描き出した

絵を……そう、絵を……絵……?

描かれたのは大きなゴリラ風に見えるなにか

おそらく、ギガラントスのつもりなんだろうが……わからんでもない、って感じだ

しかも、それは俺がギガラントスを見たことがあるからこそわかる範囲のレベル

 

「絵は苦手なのですが、気持ちこんな感じです。大きなゴリラをイメージしていただけるといいかと思います」

「ははっ。天才子供隊長でも苦手なものはあるんだな」

「ちょっと、浩之ちゃん」

 

佐伯隊長は苦手であることはいい意味で肯定しており、場の雰囲気は和やか

少しは照れや恥じらいがあるかと思いきや、そういう童心はなく胆力はあるようだ

正直、凄いと思う……その一方で子供らしさがないことが心配でもある

隊長としては問題ないが、佐伯隊長自身としてはどうなのだろうか

……まぁ、そこまで俺が考えることではない、か

 

「皆さんはギュウマを見ているので、ギュウマの元をゴリラにしていただければいいかと思います

 でも、相沢さんはこの絵じゃイメージつきにくいですね……」

「いえ、大丈夫です。昨日、この警舎がギガラントスに襲撃された際、ギガラントスを見たので」

「っ!」

 

俺の返答に室内にいる全員の表情が驚愕で引き締まる

佐伯隊長もそのことは知らなかったのか、驚きの表情を浮かべていた

……もしここで、ギュウマも知っているとか言ったらえらいことになるだろうなぁ

もちろん、そんなバカなことは言わないが

俺は出来るだけ澄ました顔で全員の視線を受け止めつつ、今一度口を開く

 

「後、佐伯隊長。私のことは悠と呼んでください。苗字で呼ばれるのはあまり好きじゃないので」

「え、あ、そうですか。……では、そうさせてもらいます」

 

俺の申し出に佐伯隊長は少し逡巡した様子だったが、快い返答を返してくれた

そして今の俺の発言で場の張り詰めた空気が緩む

ま、話を少しズラしたからな……もし何か質問されて追及されるのも好ましくない

佐伯隊長も話が止まっていることに気づいたのか、小さく深呼吸してから場を見渡した

 

「今、悠さんも言ったように昨日、ギガラントスによりここ警舎を襲撃されました。その際の目撃情報をもとに特記点を説明します

 体長は凡そ3m強。魔物のゴクリキが巨大化した魔獣と推測されます。人語を解しており、上級種であることは間違いありません

 近接戦が主と見られ、昨日の襲撃の際は武器は使用せず自身の肉体――特に鍛えられた豪腕を武器にしていました

 並みの兵士であれば拳打一撃で瀕死――もしくは死亡も考えられる程です」

 

豪腕という説明で昨日の襲撃が思い出される

相対した警備兵はその拳打ひとつで吹き飛び、即死してもおかしくなかった

ただの力任せの拳打だけではそうはならない

拳を打つ。その意味を少しは理解している証拠だろう

無論、あの体格が恵まれていることも事実だが

 

「ただし、それだけが全てとは思わないでください。敵は四門から攻め込む戦術を使う程の相手です

 豪腕とはいえ、それひとつだけが切り札とはどうも思えないので……」

 

追記とばかりに佐伯隊長は言葉を付け足す

だがそれはこの場にいる者は全員同意であり、言われなくても思っていたことだ

俺もあの強さは目にしているが、それではギュウマと然程かわらないと言える

あの荒くれたギュウマが下についた程の相手――それがギガラントス

とはいえ、元は互角の実力だった、という話もフェイユから聞いている

切り札があるのか、ないのか……真相はどちらにしろ、心の準備をしておいて損はない

 

「佐伯隊長。ギガラントスは私達で相手にするとして、昨日はギガラントスと炎の鳥がいました

 あの炎の鳥は警舎を半分焼失させたとも聞いています。空から来るこの鳥はどうするつもりですか?」

「それについては僕が担当します。空を飛ぶ魔法が得意なので、空中戦の敵は任せてください」

 

俺の質問に他の人が驚きに息を呑むが、佐伯隊長は事前に聞いていたのか驚きはない

それどころかそれについても対応策は練っているようですぐに返答が帰ってきた

俺としてはその返答に驚きだ

空を飛ぶ魔法が得意とは……浮遊魔法はかなり難易度が高い上に常に魔力を消費する浪費魔法でもある

それをこの歳で、空中戦が出来る程に扱えるとは……信じられない

 

「説明としては以上になります。対ギガラントスに対しての闘い方は傭兵である皆さんに話をする必要はないでしょう」

 

佐伯隊長の一言に傭兵の皆は笑みを見せる

戦場の達人である傭兵に軍のような訓練された動きはない

戦場の空気を読み、合わせ、闘うべき術を知っている

もちろん、仲違いとかあれば別だが、ここにいるメンバーでそんな必要はないだろう

後は……ギガラントスとの戦いに全てを懸けるだけだ

 

「今回の戦いは敵の襲撃を逆手にとる戦法です。よって戦いのタイミングがわからない状況にあります

 集合は本日の19時北門陣営としますが、その間に敵の襲撃があった際は即座に北門に集合してください」

 

 

 

 

 

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