【覇道】
<Act.7 『雷獣の騒乱』 最終話 『先を見つめる瞳』>
「………………」
静かに暗闇の部屋の中、遠くに聞こえる騒音を遠ざけるように思考を止める
頭の中で幾つもの情報をイメージとして浮かべ、画として捉える
焦点がずれる視界を認識するが、気にせずにそのままにしておく
イメージとなった画を半ば無意識の中、頭の中で動かし、バラし、組み立てていく
「…………ふぅ」
頭の中の整理は出来た
そして、やはり不可解な点が出て来ている
現在の状況も予定通りに運んでおらず、かなりよろしくない近況だ
その中で合理的な考え方のみを採用していき、今執るべき方向性を導き出していく
「…………防衛ラインの確保。市街戦の準備が必要か」
カノン街の四方にある門での戦況は全て私の手元に届いている
南門の魔物の群れに関しては水瀬道場師範代の助力もあり、駆逐済み
門自体は損壊しているが、既に大工による仮設修理は着工している
西門については久瀬家の次男が善戦しており、撃退には至っていないがそれも時間の問題だろう
戦況を聞くに久瀬家側が負ける要因はもうなかった
問題は東門と北門だ
東門は総長が指揮しているからこそまだもっているが、有利とも不利とも言えない状態
かなり手強いイエティがいるらしく、そいつの吹雪による攻撃が門の損壊を引き起こしているという
魔法戦の色が濃い敵に対して警備隊は正直、得意ではない
堪えることは出来たとしても巻き返すことは難しいだろう
つまり、増援を持って巻き返すか、撤退するかのどちらかしか道は残されていない
「……向かわせる手駒もなし。つまり、撤退しか道はない……ないんだ……っ」
頭の中では理解出来ている
それは私自身、わかっているし問題ない
けれど、拳を握り強く力を入れてしまう激情もまた私の中に内包されている
事実はわかるが認識はできない
他に打つ手はないことは悔しいまでに私が一番よくわかっているからだ
「………………」
静かに考え、そして気持ちを落ち着ける
そこから先程の考えの続きへと思考を突き進める
北門は傭兵達がギガラントスとの一戦を交えている
とはいえ、奇襲を仕掛けられ戦線はバラバラ
門の外での野外戦を展開しており、横に伸びきった戦線は攻めには不向き
かといって態勢を立て直すことは私にとてもう無理な状況だ
東門と同じで守りに徹することしかできまい
それも……侵入を防ぐことは確実に不可能な、な
「……………………」
座っていた壁際の椅子から立ち上がり、部屋の中央部のテーブルへと歩み寄る
煩雑に散らばった紙を1枚掴み取り、頭の中のイメージを叩きつけるように殴り書く
走るペン先には丁寧さは求めず、溢れ出す情熱を迸らせるかのようだ
指だけが別の生き物にでもなったのか?
頭の片隅で自問する自分の気持ちを感じつつ、私は1枚の見取り図を完成させた
「……リオン。ここへ」
「…………はい」
部屋の壁の隅に静かに、沈黙を守るように佇んでいた影が私の声に呼応して動き出す
いるのにいないとこの私にすら感じさせる気配の消し方
出自はどこか知れないが、超合理主義の私にそのような考えは不要
黒い髪に髪玉が左右に2つ
強かな、けれど生気が薄れたその双眸が印象深い少女
鉄花隊の近衛長――リオン
「これを総長に渡してくれ」
「……わかりました」
静かに頷き、リオンは音もない足取りで見取り図を懐に入れつつ入口の方へと消えていった
武術とは違う匂いのする動き……そのひとつひとつが質の高さを感じさせる
だが、同時にあの暗さは不安定さも感じさせている
先日出会った光の満ち溢れた少女とは正反対だな
「………………」
脳裏に過ぎった彼女の顔を思い出し、思わず苦笑する
年端も行かない彼女に私は何を期待しているんだろうか
けれど、あいつは何かを期待させる
正直、こんな気持ちにさせられるのは初めてで戸惑いが自身の中である
だが、何よりも困るのは――何も悪い気がしない、ということだろうか
「この状況をどうにかしたなら、本当に悠――貴様の成果だよ」
状況は芳しくない
北門の戦況も辛い状態だし、前回の戦の功績者――佐伯は炎の鳥と交戦中だ
あの天才が悠といれば……
そう考えが過るが、そんな都合のいいことばかり言っていられるはずもない
挫けることなかれ
考える頭があるならば体を動かせ
私が動くだけで救える人の数は――確実に増やせるのだから
「行くか」
私は立ち上がり、リオンが出たであろうドアへと向かう
弱音は全てここに置いてきた
私は規律、整然、潔白
超合理主義者――鉄 匁
私のこの信念という刃が折れるわけにはいかないのだ
「あ、終わりましたか〜?」
ドアを開けてすぐに声が飛ぶ
間延びしたその声の持ち主は薄い赤茶の髪を二束、旋毛に向かって髪輪へと通している
明るいその声は性格の現れなのだろうが、どこか空元気にいつも聞こえてしまうのはなぜだろう
あのリオンと共に現れた少女
その心中にはどのような想いが秘められているのか……少なくとも、私が踏み込む必要はないのだろう
「すまんな。すぐに動くぞ」
「は〜い」
その一言を落として私はすぐに路地を歩き出す
その後ろを当然のように歩く近衛副長――ミアキス
「また事態が少し動きましたね。警舎が襲撃されました」
「なに? 魔物か?」
「はい。バッファローの上級種ですね。自身を炎で包み警舎に特攻をかけました」
バッファッローという言葉に殲滅した幾つかのバッファロー部隊が脳裏に浮かぶ
私が探し当てたかったのはそのボスがいる部隊だったが、残念ながら捕まえることが出来なかった
未だに違和感を忘れられない
土地勘はもちろん、我々の方があるに決まっている
それなのに情報が奴を捉えても、追いつくことができなかった
まるで、我々の動きを予測しているのかのような動き……気色悪さは際立った
その結果が、警舎への襲撃……果たしてそれは偶然だろうか?
「被害は?」
「牢獄塔の地下を半壊。名立たる犯罪者が脱獄しました」
「っ! 地下だとっ!?」
ミアキスの返答は私の想像を遥かに超えた
驚きの衝撃が脳内で響き、思わず動揺が口調を荒げる
牢獄塔は犯罪者を収容する警舎最大秘匿の区域
正面の大きな警舎には繋がらず、左手奥の鬱蒼とした中にある小さな3F建ての見張り小屋
それが牢獄塔
見た目はただの監視塔でカモフラージュしている
実際はその地下に広がる牢獄には重犯罪者を収監している
このキー王国においても隠された監獄として重要拠点の一つとなっている場所
情報は警備隊でも極々一部のものしか知らない
そこを魔物が的確に?
一気に敵の胡散臭さが際立ったな
「状況は?」
「今は脱獄者を確認しているところです。後は暴動を企てようとしているようで、そちらの鎮圧にも……」
「人は足りているのか?」
「正直、キツイです。ですが、なんとかします」
「……わかった。とりあえずそちらの件は任せる。好きに動け」
「りょ〜かいです!」
私の指示にミアキスは元気な返答を残し、すかさず路地を駆け出した
その一言を待ってました、って感じだったな
相変わらず、ストレートとで言わず遠回しなやつだ
駆け抜ける後ろ姿を見送り、私は足を止めて少し状況を再整理する
とりあえず、牢獄塔の件は魔物の襲撃と同等レベルの重要問題だ
看過するわけにはいかないが、防衛線の立て直しも後には回せない
直接害のある方ならば魔物を優先し、防衛線が最重要事項
けれど、どう転ぶかわからない牢獄塔――いや、脱獄者の動きが不安を駆り立てる
いつか爆弾となるのではないか、と危惧はしていたが……
「不幸というのは重なるものだ、な」
教訓としての台詞としてなら共感もしよう
しかし、この状況下でそのようなお勉強なことを言おうものなら殴り飛ばしたくなる
手が足りない
焦る思考の隅で言葉が駆け抜けた
――二兎を追う者は一兎も得ず――
「……防衛線を予定の半時で完成させる。まずはそこからだな」