【覇道】

 

<Act.7 『雷獣の騒乱』  第10話 『討伐チーム結成』>

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

――まずい

藤堂さんのもとに駆けているのだが、とりあえず息が上がっている

全力で走っているが、別に息切れする程のものではない

ならばなぜか?

……さっきの極大魔法が効いているかな?

このままじゃまずい……

 

「――――“右腕の解放ウー・ミッタム”」

 

斜め後ろを併走する折原に聞こえないように小声で詞を唱える

左手で右腕の部分を瞬間、魔力を当てて擦る

服の上からだけでも十分だ

俺の全身に施された“五つの白円式封呪フィフス・ホワイト・ノース”の一つの封印を解除する

一つ解除しただけで、俺自身の溢れる魔力の一部が解放された

全身に魔力が満ちると同時に活力が宿るのがわかる

 

「――よし。このまま突っ込むよ」

「――――イエス!」

 

俺が突然、気力を持ち直したことに折原が驚くのが空気でわかる

けれど、それを確認する暇がないのも奴はわかっていた

俺達の視線の先には既に藤堂さん達が繰り広げる戦況を捉えている

それは既に間合いの一部に入ると言っても過言ではない

 

「うらぁっ!」

 

人間にしては大きな巨躯も、ゴクリキを前にすると一回り小さく見える

灰色の髪をオールバックにし、灰色の瞳は鋭く敵を睨みつけていた

手にある大きな得物――ハルバートを一閃

ゴクリキの振り下ろす粗悪な大きな剣を弾くように打ち返した

 

ビュッ――

 

それは瞬間だったと言っていい

互いの得物が動作の後の静の状態で、藤堂さんのハルバートだけ姿がブレた

次の瞬間、ハルバートの先端にある槍の刃がゴクリキの喉元に突き刺さっている

あの重たい重量武器を片手で瞬時にあそこまで動かせるものなのか

刃を抜かれたゴクリキの喉からは鮮血が雨のように噴き出し、絶命した体は膝から頽れた

 

「――“邪を焼き尽くす聖炎デリ・ガンド・ラン”!」

 

右手に魔力を集め、大きな光の球を左方向へと投げる

光の球はその身を砲撃のような太い光線に変え、前進して突き進んでいく

 

「フォックス。話をする時間を稼いで」

「フォス!」

 

俺の意図が読めたのか、折原は手に黒釵を握り締め光線を追うように疾走していく

俺はそのまま直進して駆け抜け、目指すは藤堂さん

邪を焼き尽くす聖炎デリ・ガンド・ラン”は傭兵達とゴクリキの間の境界を作るように突き抜ける

突然の光の攻撃に両者ともに後ろへと一歩下がった

 

「藤堂さん! お話があります!」

「んぁ?」

 

動きの止まったところで声を張り上げて呼びかける

すると急に目の鋭さが薄れ、気の抜けた声の返事が戻ってきた

……うん。優しい性格している人なんだな

そんな感想を抱く間に“邪を焼き尽くす聖炎デリ・ガンド・ラン”は光の粒子へとその身を変えていく

けれど、その光の粒子の合い間から影のように飛び出す男が1人

――フォックスマンこと折原

 

「フォースッ!」

 

掛け声は阿呆だが、ゴクリキの足元から隙をついて脇腹を釵で刺し込む

動脈を刺したのか、瞬時に引き抜くと鮮血がすぐに噴き出した

そのまま後方へと回り込み姿が見えなくなる

あの手際のよさならしばらくは大丈夫だろう

 

「皆さんすいません! 作戦について藤堂さんと話す時間を私にください!」

 

俺の呼び声に何者か、と視線が集中している

藤堂さんを中心に陣形を組んでいるところを見ると、仲間なのは予想出来る

俺の言葉に皆戸惑う中、藤堂さんだけは真剣味を帯びた表情に戻っていた

 

「うしっ。副長の秘密兵器さんだ。皆、少し踏ん張ってくれ」

 

藤堂さんの一言で、雰囲気が変わる

元気な返答を残し、チームと思われる皆さんはゴクリキに向かい弾けるように向かって行った

リーダーが抜けてもある程度、稼動するようにしっかりとコンビネーションがとれているんだな

一切の迷いがなく、それぞれの立ち位置を微妙に修正してゴクリキに突っ込んでいく姿はさすが傭兵と思わされる

 

「んで、勝つ方法でも見つかったのか?」

「はい。敵将、ギガラントスを少数精鋭で討ち取ります。藤堂さんにはその主軸となっていただきたいです」

「……ま、妥当な線だな。それで面子は?」

「藤堂さん。後は“届け想いよトゥ・ハート”の佐藤さん。それと私です」

「………………」

 

俺の説明に対して藤堂さんの集束していた闘気が霧散した

ギガラントス戦を想定して高めていっていた張り詰めた空気がなくなったのだ

それの意味するところは――作戦への不納得

それを示すかのように藤堂さんの眉根は寄せられ、俺の方に視線が向いた

 

「……本気で言ってるのか?」

「はい。実力の程は、一緒に戦ってもらえればわかります」

 

少し呆れたような声に対しては俺は僅かも怯まずに、自信満々に返答を返す

藤堂さんの灰色の瞳を真っ向から見つめ直し、僅かも揺らがない

灰色の瞳は動き、視線を泳がせている

思考が揺らいでいるのが伝わってくる

けれど、俺はそんな打算は考えないように努め続けた

俺の想いに偽りはないのだ、と伝わるように……

 

「…………わかった。戦況を立て直したのは間違いなく、おまえだ。その功績は認めなくちゃな」

 

苦笑を浮かべ、そう最後には言ってくれた

そう言って手にあるハルバートを肩に担ぎ上げると、その穏やかな目が鋭く研ぎ澄まされた

もし、正面から見つめられれば底冷えするだろう程の視線

その視線の先にいるのは――ギガラントスの姿

 

「このまま突っ込む。問題はあるか?」

「――ないです。佐藤さんは“届け想いよトゥ・ハート”のチームが突撃をかけています。突破後は“届け想いよトゥ・ハート”が後衛を護衛します」

「そうか。なら――着いて来い!」

 

その言葉を最後に、藤堂さんは前だけを見て突き進む

前方で仲間達が繰り広げる戦場を前にしても、見つめる先はずっと先

藤堂さんの動きに気づいた仲間達は一瞬だけ驚きの表情を見せるが、すぐに正面に向き直った

藤堂さんの表情、そして行動だけで彼の意思を汲んだのだろう

うん。いいチームだ

 

「後は頼む! 一発、勝負してくるぜ!」

「フォス! 無理しないで動くのよ!」

 

駆け抜けざまの一言をそれぞれに言い残していく

フォックスマンこと折原は俺の言葉を受けてどう思っただろうか

狐の仮面が奴の表情を覆い隠し、真意は見えないがついてくる余裕はない状況だった

折原のことを俺は信用している

バカだが、もう本当のバカなことはしないはずだ

俺はそこで意識を前方に集中させ、藤堂さんと戦場を駆け抜ける

魔物達は俺達の突撃に目を向けるが、後方から魔法が飛来し攻撃するタイミングを憚れている

さすがは一流傭兵の仲間。応援体制は抜群だ

 

「ッチ! 一気にいくぞ!」

 

応援体制は抜群といえども、限界はある

前方に広がるのはゴクリキを中心とした魔物の群れ

人間が踏み込んでいない領域なのだから、敵ばかりなのは当然

しかも、最奥であるギガラントスのもとを目指せば嫌でも敵はたくさんだ

支援の魔法も届かない距離になってくると、藤堂さんからの言葉が漏れた

そう、一気に行くしか方法はないのだが、それでは疲弊してしまう

 

「――“邪を焼き尽くす聖炎デリ・ガンド・ラン”ッ!」

 

俺は両手を左右に広げると同時に光の球を放つ

放たれた光の球は光の砲撃となりて前方へと突き進む

それは光の砲撃という名の防護柵に守られた1本の道を作り出す

 

「お、やるな!」

「えぇ。一気にいきましょう!」

 

これがどれだけの防御力を発揮するかはわからない

けれど、普通に切り合いをしていくよりは早く到着できるのは間違いないはず

俺と藤堂さんは更に疾走するスピードを早め光の道を駆け抜ける

 

「グォォォ――ガァッ!?」

 

俺達を狙いゴクリキが光の道に踏み込もうとするが、阻む光の砲撃の熱にやられて後ずさる

魔法にしてはスピードが遅いが、威力は十分なのが“邪を焼き尽くす聖炎デリ・ガンド・ラン”だ

そんじょそこらのゴクリキに止められる程、俺の魔法は甘くはない

 

「へっ。身軽な奴もいるんだな」

 

前方には光の砲撃を跳びこえたゴクリキが1匹立ちはだかる

木の鎧と盾を持ち、手には反り返った巨大な木剣

なるほど。ただのゴクリキと呼ぶには出で立ちが違う

こちらを静謐だが、獰猛な眼で見つめるゴクリキ

向かって来ようとはせず、俺達が近づいてくるのを静かに待ち構えている

 

「――“邪を貫く光槍デリ・シルバ”ッ!」

 

距離はまだある

俺は掌を翳し光の槍を放つ

逃げ場のないここでどう動くのか

それを見ようと思ったのだがゴクリキがピクリとも動く気配を見せない

訝しげにその様子を見ていると、光の槍が間合いに入った時――ゴクリキは動いた

 

――ザンッ!

 

旋回しての横薙ぎで一閃

それで光の槍は引き裂かれ、粒子を霧散させて散っていった

なるほど。本当にただのゴクリキってわけじゃないってことか

俺は手にある片手剣を強く握り、藤堂さんもハルバートで構えをとる

 

「悠。俺に合わせてみな!」

 

その一言を置き去りにして藤堂さんは勢いを走るから踏み込むに変える

ゴクリキも間合いに踏み込む寸前の状態で構えから威圧が溢れていた

藤堂さんが踏み込む

左肩に担ぐようにしてのせているハルバートの柄が弾かれる

直後、藤堂さんの背中より弧を描き浮き上がるハルバートの刃

相手の目にはまるでギロチンの刃が突如現れたように見えるのだろうか

――とりあえず今は、そんな観察をしている場合ではない

 

「“軍神の光縛鎖バイド・ケプチャ”」

 

両脇に伸びた光の砲撃に干渉し、光の触手を発生させる

伸びる光の触手はゴクリキの足を絡め取り、動きを封じる

藤堂さんの影にいるためわかりにくいが、ゴクリキは藤堂さんの攻撃を受けるか、よけるかしかない

そして俺ならこのごっつい人の攻撃を受け止める気はおきない

何よりゴクリキの盾は藤堂さんの攻撃を受け止めることが出来ないのは見れば明らか

 

ズバァッ――

 

豪快な一閃の後、肉を裂く音と出血の噴く音が鳴る

咲くように血飛沫が飛ぶ

その中を藤堂さんが突き進み、俺もその影を追うように走る

 

「場数は踏んでるんだな」

「それなりに、と言っておきます」

「ははっ。なるほど。期待したくなるのがわかるぜ」

 

今の攻防で俺の実力をある程度、図るつもりだったらしい

こちらに振り返りはせず、小さな声で喋る藤堂さん

光の砲撃の外では俺達の進行を止めねばと思いつつも、動けていない魔物ばかり

今のゴクリキがそれなりの強者だったのかな?

迅速な進行もあるが、同時に同じ手も通用しないことも見せた

そしてその通用しない相手がそれなりの強者なら混乱しても仕方ないだろう

俺と藤堂さんは互いに声もかけないが、この状況を活かして一気に駆け抜ける

 

ドォォォ――――

 

前方で光が弾けると同時に爆音

俺の“邪を焼き尽くす聖炎デリ・ガンド・ラン”ら弾け飛んだ音だ

ぶつかったのはギガラントス――なわけがない

ギガラントスの親衛隊っぽいゴクリキ2匹がそれぞれ光の砲撃を盾で受け止めていた

まぁ、これだけ距離があれば威力も、速度も落ちるけど……真正面から止めて無傷、ってのも嫌だな

 

「どうする? やるか!?」

 

前方の親衛隊に対しての対応の確認要請がかかる

出来れば瞬殺――だが、さっきとは違いそう簡単にいきそうな相手には見えない

俺は疾走しつつ周囲の状況を横目で確認

光の砲撃が四散し、俺達を守るものはなくなった

周囲のゴクリキ達は俺達を囲むように動き出している

――そんな中、左方で展開する砂埃を発見

間違いなくあれは――藤田さん達だ

 

「――止めます! そのまま突っ切りましょう!」

「よっしゃ! 任せた!」

 

僅かに身をかがめ、ハルバートを持つ手に力を込めていた藤堂さん

けれど、俺の一言を聞いた途端に臨戦態勢を疾走態勢に戻す

突き進む先には明らかに手強そうなゴクリキ2体が間合いに踏み込む瞬間を待ち構えている

だが、藤堂さんは少しも気にしていない

見つめているのはその2体の後ろに佇む、巨大なゴクリキ――ギガラントスのみ

その恐ろしいと思える程の信頼の現れが俺にはとても嬉しかった

 

「――“神に捧げし断罪の十字架ディネボクシリ・ディス・ロンド”!」

 

前方に夢幻の一部を掌サイズに小さくした十字架を2つ投げつける

そして俺の詞と同時に込められた魔力が解き放たれ、光の触手がゴクリキに襲いかかった

それぞれ手にある斧と剣で応対するが、残念ながらそんな剣戟ではこの魔法は止められない

四肢を拘束され、身動きがとれずゴクリキ達は苦鳴とともにその場に組み伏すしかなかった

 

「うしっ! 作戦通り、突っ込むぞ!」

 

 

 

 

 

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