【覇道】

 

<Act.7 『雷獣の騒乱』  第1話 『副総隊長との対談』>

 

 

 

 

 

「ふぅ……焦った」

 

俺は商店街まで辿り着き、今来た道へと振り返り誰もいないことを確認

そこでようやく一息を入れることが出来た

朝起きて、警舎に行く準備をしていたら北川が部屋に来て警備隊が来たことを知らせてくれた

例の白き少女捜索の手が及んだのだと思う

北川が機転を利かせてくれて話はしてくれたようだが、警備隊の人はそれでも俺に会う、と言ったらしい

そこまで疑惑を持たれていては顔を見られると後々にバレる可能性が高くなる

俺は今回は留守にすることにし、窓から外へと降りてそそくさと逃げてきたわけ

 

「……でも、大丈夫でしょうか?」

「折原か? あいつなら大丈夫だろう」

 

隣にいる美凪も息が整ったのか、そう俺に問いかける

窓から逃げる間、折原が時間稼ぎは任せろ、と言い部屋から出て行った

あいつも事情を少しは知っているとはいえ、協力してくれる姿勢は嬉しかった

まぁ、あいつの時間稼ぎがまともかどうか、というのは別だが……問題はないだろう

 

「美凪。警舎の場所はわかるか?」

「……はい。少し、大通りを避けて向かいますか?」

「あぁ。そうしてくれ」

 

魔物の迎撃戦は昨日、終了している

しかし、それで終わりではないことも町民は知っている

とはいえ、店なども一部開いており、僅かに人通りもある

さすがにずっと家に閉じ篭っているってわけにもいかないだろうからな

仕事に向かう人が殆どだとも思うが、もしもに備えた備品等を買いに来ている主婦らしき姿も見える

美凪はなるべく目立たぬように路地へと入り、俺もそれに続く

 

「しかし、まさか昨日の今日で居場所がバレるとはな……」

 

ヘヴンさんに指定されたのは本日の11時に警舎に訪れること

今は10時30分は回った頃だろうか?

ちょうど準備も終えた頃に警備隊が寮に訪問している

迎えに来た様子でもなかったし……2日足らずでここまで捜査の手がのびるとは正直、思っていなかった

 

「……多分、祐が白き少女、という断定にまで至っていないと思います」

「だな。確信があればおそらく、踏み込んできているだろうしな」

 

北川の話では情報収集をしているらしかった

その際、有力な情報を持っていそうな人物を手当たり次第にあたっている、ようなことを言っていたらしい

まぁ、学園の依頼等で動いた際にも目撃されているわけだし、相沢 祐一を訪ねたくなるのも無理ないか

とはいえ、そこまでをたったこれだけの時間で辿り着く警備隊に俺は驚いたけどな

 

「カノンの警備隊って優秀なんだな」

「……そうですね。他の国のものとを比べると力を入れているかもしれません」

 

カノンに来てしばらく経つが、警備隊という組織について少しわかってきた

国にはもちろん軍部と呼ばれる軍隊の組織がある

それと同様に治安維持のために結成されている組織が警備隊だ

国によっては軍部の下部組織扱いや、ほぼ軍部と混合になってしまっている部分も多い

しかし、カノンは警備隊という組織に大きく力を注ぎ込んでいるように思える

 

「……でも、祐。警備隊の捜索はどうするつもりですか?」

「ん? これから会うカノン警備隊副総隊長殿にお願いして捜索を中止してもらうよ」

「……気をつけてくださいね」

「あぁ」

 

俺の返答に美凪は静かにそう返事をくれた

心配する気持ちもわかる

俺も今朝、副総隊長――鉄さんの話を聞いて心しているつもりだ

カノン警備隊副総隊長 鉄 匁

とても合理的な人物で成果が上がるのならば手段は問わない、という謳われ文句がある程だそうだ

しかもあの有名な武家――鉄家の出身で武芸も達者らしい

生半可な話し合いでは向こうのいいようになっておしまい、ってこともありえる

俺は俺でしっかりと話をしていかないとな……

そう思っている間に幾つもの路地を渡り歩き、不意に大通りに出た

その正面に立つのは昨日来たばかりの警舎の姿がある

建て直しに着手はしているようで工夫らしき人の姿が見受けられる」

 

「……着きました」

「サンキュ、美凪。それじゃ……行くか」

 

俺は門の前に行く前に深呼吸を一つ

そしてここからは女としていく、と決めて警舎の敷地内へと足を踏み入れる

 

「あ、待ちなさい!」

 

壊れた門を通り抜けると、横手から飛ぶ声に足を止められる

壁の裏手にあって気づけなかったが、見張り番の小屋みたいな建物がありそこから警備隊の人が慌てて飛び出してきた

さすがに門番なし、という程手薄ではなかったらしい

このまま強引に進んでも追っかけられるのがオチなので、俺は隊員の到着を待った

 

「ここは警舎です。何か用事でも?」

「はい。警備隊の副総長さんに召還を命ぜられ、参りました」

 

意外と落ち着いた問い合わせだった

場所によっては用がないなら帰れ、と言わんばかりのところも多い

隊員の教育が行き届いている結果だろう

俺に声を掛けた人は30代半ばだろうか?

頬にガーゼ等がついており、軽傷ではあるが昨日のギガラントスの強襲被害を受けた1人かもしれない

 

「そうか……では、確認しますのでお名前を頂戴できますか?」

「はい。では――“白き少女”とお伝えください」

「っい!?」

 

俺の名乗りに隊員は変な声を口からあげた

余程驚いたのか俺の姿をまじまじと見つめ直してくる

……こらこら、ちょっと失礼じゃないか?

俺はそうは思いながらも伏目がちの視線にし、気にしていない風を装う

 

「え、えー……今、確認して来ますのでお待ちくださいね」

 

妙な笑顔を作り、そう言い残すと猛ダッシュで隊員の人は警舎へと走っていく

ふむ。待ってろと言うなら待つしかないか……

俺は見張り番の小屋にいる残りの隊員の視線を気にしながら美凪の方へと振り返る

 

「おもしろい反応だったな」

「……祐。気を抜いたらバレちゃいますよ」

「美凪も心配性だな。って……またか」

 

案の定残りの隊員達は俺達の方へと歩み出してきていた

また同じ説明しなければならんのか……

俺は少し気だるい気持ちを溜め息と一緒に吐き出し、今一度女性の表情を作る

愛想良くするってのも大変だよなぁ

そんなことをぼんやり考えながら隊員達の方へと体を向ける

 

「どうも、こんにちは」

 

 

 

 

「初めまして。カノン警備隊副総隊長 鉄 匁だ」

「相沢 悠と申します。こちらは友達の遠野 美凪です」

 

俺の紹介に美凪はぺこり、とキチンとお辞儀をする

相手の反応を見るに微笑が浮かんでいるので印象は悪くないようだ

しかし……噂通りの人物な雰囲気を感じさせる

長い紫の髪に軍服と思わせるような制服

突き刺すように鋭い黒瞳は彼女の強かさを感じさせる

 

「なるほど。君が噂の……ま、とりあえず腰を掛けてくれ」

「はい。失礼します」

 

妖しい眼差しで見つめられるが、ふと我に返ったように鉄さんはそう言った

俺と美凪はソファへと腰を下ろし、それに続くように鉄さんも座る

ここは応接室……だろうか?

部屋を見渡せば衝立でここは仕切られているが、向こう側には事務机のようなものも見えた

鉄さんの仕事部屋かもしれない

階段も上ってここは確か……5階ぐらいだったはず

ここからでは窓が見えないので判断出来ないが、高い場所なのは間違いない

 

「それで、私に話というのは何でしょうか?」

「ふむ。単刀直入で分かり易いな。ハッキリと言おう」

 

俺の申し出に鉄さんはニヤッと笑みを浮かべ、一度頷く

まぁ、捜索されて苛立っている俺の気持ちもあるのだが、こちらも警備隊を撒いているため何も言えない

まず知るべきは俺を捜したのはなぜか、ということ

そこを取っ掛かりに攻めていこうと思う

 

「明日、我々は少数精鋭の部隊でもって敵将ギガラントスを討つ」

 

真剣な表情に引き締まり、そう話し出す鉄さん

内容としては驚きだった

ギュウマ率いる部隊の猛攻で迎撃はしたとしても、被害はあっただろう

それに昨日のギガラントスが警舎を強襲した際の被害も少なくはないのを俺は見ている

そんな中で守りに徹さず、攻めに出るとは……中々出来たことではないだろう

 

「その少数精鋭部隊に是非、参加してもらいたい。これが君を捜した理由だ」

「……なぜ、私なのですか? 強い方なら他にもたくさんいらっしゃると思います」

 

鉄さんの言葉に対する疑問を俺はすぐにぶつける

俺を捜す理由はわかったが、なぜ俺なのか、という理由は不明だ

俺は警備隊の中で噂になっているのはヘヴンさんから聞いた

けど、そんな噂のみのあやふやな人物に部隊参加を求めるのは変だろう

俺の真摯な眼差しを受けながら、鉄さんは引き締まっていた表情を少し緩めて微笑む

 

「昨日、ギガラントスの襲撃を私はここから見ていた。その際、君の姿を見させてもらった」

 

少し動揺してしまったのか、体が僅かに跳ねた

しかし、あの光景を見られていたのはわかっているはずだ

警舎の前でのギガラントスとの一戦した直後に参入したのだ

警舎にいた人物に見られていたのは十分想定内のこと

なのに、動揺してしまうとは……情けない

 

「……すみません。何も手出しすることができなくて」

「謙遜はやめたまえ。君は手は出さずとも言葉は出していた。内容は聞こえずとも、両者の顔を見れば雰囲気は見て取れる」

 

体には出なかったが、心臓は強く鼓動する

彼女は俺を見て何を思っているのか

それが読めず、俺は些か不安を覚えている

自信に満ち、まるで心の中まで見透かしているような鋭い黒瞳

俺はその目を真っ直ぐ見つめ返すことが今、できない

 

「白き少女――いや、悠。君は魔物に対しての敵意を抱いていない。違うかい?」

「………………そうです。よく、気づきましたね」

 

真っ直ぐと向けられた視線に俺は戸惑い、悩んだ

葛藤はあったが、俺は小さく息を吐きそう返事を返した

彼女の真剣さに感化されたのだろうか

警備隊の副総隊長にこんなことを言うべきではないのだろうが、俺は言った

そしてそのことに後悔はない

 

「やはりか。ふむ。なぜそう思うに至ったのかは興味に尽きないが、話が逸れるため今はやめておこう」

「え……」

 

次の質問は何だろうか

そう考えていたところでの鉄さんの返答に思わず驚きの声が漏れた

俺の声に反応するように鉄さんは笑みを浮かべ、口を開く

 

「魔物に対する思想。そんなもの私にとっては大したことではない。私はギガラントスを仕留め、街の平和を守れればそれでよい」

「っ」

 

当然とばかりに胸を張って話す鉄さんを見て事前情報を思い出した

超合理主義

目的が達せられるのであれば手段は厭わない

まさにそれだ

だからこそ、俺のような曖昧な存在を呼んでまで確実に事を成そうとこの人は考えている

俺にとってはありがたい性格だが、恐ろしさを感じさせる考え方でもある

 

「また話が逸れたな。つまり、君はギガラントスと対等に話をしていた。あれだけの実力を持つ者を前にして、だ」

 

鉄さんは息を吐いて立ち上がり、窓際に向かい歩き出す

俺と美凪は鉄さんの背を視線で追いながら鉄さんの話に耳を傾ける

 

「正直、気に入った。そして私の推測上、君の実力は――」

「っ!」

 

鉄さんはそのまま棚の前に移動し、何か動きをした

掠れたような音

だが、俺はこの音を知っていた

撃鉄が挙がる、この音を――――

 

――バァン! バァンッ!

 

鳴り響く銃声

俺は咄嗟にブレスレッドにしていた夢幻を盾に変化させる

しかも跳弾が鉄さんに行かないように傾けて俺と美凪の前に展開させた

2つの銃弾は盾に弾かれ、反対側の壁へと埋没する

俺は盾を腕輪に戻し、鉄さんを睨みつけた

 

「見事だ。その奇抜な武器も君の戦闘を彩るのかな」

「ふざけないでくださいよ。話し合いの場で不意打ちで、銃を弾くなんて……」

「すまない。正直、君の実力を見るにこれが手っ取り早かった」

 

俺の睨みにも鉄さんはどこ吹く風

何も感じる程でもないのか先程のペースを保ったままだった

銃を棚に仕舞い、再び眼前のソファへと腰を下ろす

この人……本当に目的のためには手段を選ばない人だ……

 

「つまり実力は十分。胆力も十分だ。このような逸材、早急に見つけることなど容易ではない。ゆえに君を選んだ」

「なるほど……よく、わかりました」

 

俺は鉄さんの納得のいく返答を肯定する

この人に自身の要求を通すのは気をつけなくてはいけない

さっきまで味方だったとしても、目的次第では躊躇いなくこの人は敵に回る

俺は僅かな緊張を孕みながら、あたかも卓上の戦場の意気込みで口を開いた

 

「私は争いを好みません。今、この状況で被害を最小限にするにはギガラントスを倒すことでしょう

 ゆえに協力することはかまいません。ただし、私個人としての条件を付けさせいただきます」

「ほぅ。条件付き、か。……いいだろう、言ってみたまえ」

 

俺の申し出に鉄さんは興味深そうに俺を見る

僅かに思案した後、俺の話の続きを促す

言い難さとでも言えばいいのだろうか

彼女の持つ雰囲気が俺の言葉を喉に押し返すような錯覚を覚える

だが、俺は堂々と言葉を紡いだ

 

「まずは私の捜索をすぐに中止してください。そして基本的に私のことを調査する等はしないでください」

「ふむ……で、“まず”、ということは他にもあるのだろう?」

「えぇ。後は私は先程も述べた通り魔物に対して敵意は抱いておりません。ゆえに今後も私が警備隊の活動へ支障を及ぼす可能性があります

 その際、貴方と交渉する権利をいただきたい」

 

俺の申し出に対して鉄さんはどうしたのか、呆然と俺の方を見ていた

ずっと笑みを浮かべたりしても締まりのあった表情が今は弛緩している

かなり驚いている……のか?

俺はそんなに変なことを言っただろうか……?

俺は止まった場の空気をどうすればいいか困惑していると、鉄さんの黒瞳に光が戻る

 

「お、っと……すまない。貴方というのは私のことでいいのかな?」

「はい。カノン街警備隊副総隊長である貴方と交渉する権利をいただければ、無害な魔物の被害を少なくすることが出来ます」

「そうではない。この絶対合理主義の私との交渉権だけでよいのか、と聞いている」

 

その問いかけでこの人が何に驚いていたのか漸くわかった

絶対合理主義

この人の揺るぎない信念であることは会ったばかりの俺でもわかる

ゆえに他人に敬遠されたことも数多くあるのだろう

俺はこの人でもそういう自身の主義に対する周囲の反応を気にしているのがおかしく、笑みをこぼした

 

「えぇ。私が貴方を説得出来なければ私が正しくないのかもしれません。もしくは私の力不足でしかないでしょう」

「ほぅ。殊勝な心掛けだな」

「いえ。私は貴方を必ず説得できる、と確信していますから」

「ほほぅ。中々言うな、悠」

 

俺の余裕の笑みで言い放った台詞に鉄さんはおもしろい、と笑みを浮かべた

この人は限りなく平等で、正義を判断する目と心を持っている

絶対合理主義

情や情けに惑わされず、冷静に正しい方を判断できる力を彼女は有している

ゆえに俺も説得できる余地があるのだ

なにせ彼女は――魔物と人間すらも平等で見れるだけの目を持っているのだから

 

「ただし、貴様の条件はかなりの負担リスクを私が負いかねない。それ相応の働きをせねば認められんな」

 

微笑みを浮かべてそう語る鉄さんを俺はじっと見据えた

彼女の言葉には偽りはなさそう、というのが俺の感じた見解だ

後付の成果のため、こういう交渉は「なかったこと」というになりやすい

ゆえに事前での必ず実行されるだけの確証を得なければならない

この人は騙すためにそう言ったのではなく、本当にそれ相応の働きをしろ、という見解でいいだろう

 

「わかりました。私がいたからこそ、ギガラントスを倒せた……そう言えるだけの成果を挙げましょう」

「ふふん。実力の伴う自信家は好きだ。貴様が私の期待を裏切らぬように信じるとしよう」

「では、契約は成立ということで」

「いいだろう」

 

遠回しな言い方だったため、俺は結論をつけるようにそう切り出した

それに対して鉄さんも同意の返答を返し、右手を差し出した

俺も右手を差し出し、互いに手を握り握手を交わす

なんとか、俺の望むだけの交渉は出来たかな……

どっと疲れが肩に押し寄せるのを感じながら、笑みを見せる鉄さんとの握手は終わった

 

「では隣の部屋に行くといい。ギガラントス討伐隊のメンバーがちょうど会議をしている頃だ」

 

 

 

 

 

 

戻る?