【覇道】
<Act.6 『黒き剣士との過去』 第9話 『折原の頼み事』>
「……ふぅ。やっと一息つけたな」
俺はコーヒーを一口喉に流し込む
熱く、渋いコーヒーの味が口の中に広がると同時にお腹に暖かさも生まれる
寒い外を駆け抜けたためにこの暖かさはありがたい
何よりイスに座り、やっと落ち着けたことが安堵感を感じさせる
「……相沢。おまえ、不良だな」
「人のことを言える立場か」
折原は周囲を少しキョロキョロとするが、手元にあるミルクコーヒーを口につける
今、俺達が来ているのはギルドの食堂
折原はギルドへの出入りに慣れていないようで、興味津々という感じだ
そわそわして落ち着いていないので一緒にいると少し恥ずかしいが、今日は人が少ないのでいいだろう
おそらく、討伐隊の絡みで出張っている人のせいだと思うが……
「それで折原。俺達は互いのことをある程度話しておいた方がいいと思うんだ。色々とあったわけだし」
「…………」
俺の言葉に折原は真剣な表情で口を噤む
まぁ、言い難いことなのはわかってはいた
こういう態度をとるだろうことも予想の範囲内だ
だが、あの折原はここまで頑なな態度をとると違和感を感じてしまう
「……とりあえず、俺のことを話しておく」
折原の返事はないが、俺は強制する気はない
話してくれた方が嬉しくはあるが、人にはそれぞれの事情ってものがある
俺とて今ここで何もかもを話してしまうわけではない
ある程度、までだ
だが俺は折原のことを友達と思っているし、ゆえに俺のこともわかってもらいたい
そう思うからこそ、俺は俺のことを少し話しておきたいのだから
「もうわかっていると思うが、俺は争いが嫌いだ。……いや、この言い方だと語弊があるかな
俺は種族とか、生まれとか、育ちとか……そういう偏見の見方が嫌いなんだ。正直、許せないと感じる程に」
話しながら今まで見てきた様々な情景を少し思い浮かべてしまい、語尻に力が入ってしまう
俺はコーヒーを一口飲み、熱くなった思考と心を落ち着かせる
一息吐いた時、沈黙を保っていた折原の口が開いた
「……それが魔物であっても、か」
「あぁ。俺は人間も魔物も変わらないと思っている。いい奴は魔物にだっているし、悪い奴は人間にだっている
俺はその人が何者なのか……どういう人なのかで判断する。これが俺の考え方であり行動理念だ」
何も間違っているとは思わない
ただ何もかもがこれで正しいとも思わない
俺の信じる道はこれで、俺はそれが一番いいと思っている
だからこそそのために動いているに過ぎない
堂々と言い放った言葉に折原は何も言わず、再び口を閉ざした
「だから、今回の討伐の件も放っておけなかった。俺では人間――警備隊を止める力はない
だから昨夜、魔物の群れに話をしに行ったんだ。……さっきのことも、同じだな」
昨夜の話で少しだけ折原の表情に翳りが出る
本人もまだ昨日のことだ……心の中で引きずるものがあるんだろう
俺も昨夜の話も、今の話もうまくいかなかったことはショックがある
……とはいえ、この程度のことでヘコたれていては平和の道へは進めない
こんなこと、ざらにあることだしな
「……相沢は、なんでそんなに強いんだ?」
「ん? んー……たくさん修行もしたし、鍛錬もした。それに経験も色々として来てるから、かな」
急な質問に思わず考えてしまう
今までのことを思い返せば正直、死地を隣り合わせな日々が多かった
強くなれた原因はそこだろう、と思う
もちろん強くなるために技も磨いたし魔法の勉強もした
体術の鍛錬も行っている
けれど、やはり修羅場が潜り抜けたことが一番だろう
だが、それらをやり遂げれたのは――――
「やっぱり、実戦の経験が一番大きいかな」
「ま、そうだよな……」
俺の返答に折原は肩を落としてそう答える
折原は言っていた
もっと経験を積まなければいけない。それだけの覚悟がある、と……
折原は強くなりたいのだ
理由はわからないが、何かのために……命を懸けるだけの理由がそこにはあると
これは友の悩みだ
ならばこそ、大切なことを伝えなければいけない
「……ただ、大切なのは何かを成し遂げようとする強い意志だ。それがなければ俺もこれだけ強くなれなかっただろう」
「強い、意志……か」
「あぁ。覚悟と意志は似て非なるものだ。覚悟とは物事に臨む心構えのこと。けれど、意志は目標に向かい積極的に取り組む姿勢を示す
覚悟があっても強い意志がなければ受身のままだ。もし強くなりたいのなら自ら動くだけの意志を持つべきだと、言っておく」
俺の言葉に折原は思い当たる節があるのか、軽く目を見開き声の出ない驚きの表情を浮かべる
その表情を見れば俺の言葉がどれだけ折原の心に響いたのかわかる
俺の言いたいことは折原に伝わってくれただろう
俺はそれが嬉しく、口元に笑みを浮かべコーヒーを飲み干した
「ま、話はここまでにしようか。折原のことについては、気が向いた時にでも――」
「――護りたい奴がいるんだ」
俺は気分が良いのでそのまま終わりにしようと声をかけるが、それを遮ったのは折原の真剣な声
呟きのようにこぼれた言葉だったが、その真剣味は俺にも伝わる
自然と顔つきは固くなり、俺も耳を澄まし折原の言葉に耳を傾けていた
「俺の命を懸けてでも、護りたい奴がいる。だから、俺は強くなりたい――どんなことをしても」
俺を見つめる黒瞳は恐ろしい程に真っ直ぐで真摯だった
純粋過ぎる眼差し……力への渇望がその目だけで伝わってくるかのようだ
強さへの憧れ等ではなく、必要としている……求めている
その貪欲なまでの意志は純粋過ぎて危険でもあった
強さへの渇望は道を一歩でも踏み外せば邪道か、修羅道に落ちる
そう予感させる程の想いが折原から伝わってくる
「だから、相沢。頼みがある」
「……え?」
何か話が続くのかと思った
ゆえに、突然の問いかけに俺は少し呆けてしまい、間の抜けた声を出してしまった
……恥ずかしい
「俺を鍛えてくれ!」
「……折原」
折原はテーブルに頭をぶつける程、俺に頭を下げる
必死だった
けれど、その言葉の内容に俺は戸惑ってしまう
折原を鍛える、って……俺が?
正直、寝耳に水……折原を鍛える俺の想像が全く出来ない
というか、何でこんなことになったんだ?
「頼む! 相沢っ!」
「あ、おい! こらっ! やめろっ!」
折原は俺の沈黙がまずいと思ったのか、イスから飛び降りて床に座った
そして頭を下げて必死に懇願する――つまり、土下座だ
人が少ないとはいえここは食堂
こんなことすれば目立ってしまう!
俺は慌てて折原に近づき、折原を起こそうとするが不思議と全く折原を立たせることが出来ない
まるで床にくっついてしまっているかのように
「あーもう! わかった。わかったから、もうやめてくれ」
「本当か!?」
「ホントにホントだ……だから、とりあえず座れ」
笑みを見せて顔を上げる折原
俺はその表情を見て安請け合いをしてしまったかなぁ……と頭の隅で後悔する
とにもかくにも折原を席に促して座らせ、周囲の状況を確認
……それほど目立ってはいないようで、とりあえず安堵する
「相沢。本当に――」
「くどいぞ。鍛錬はする。ただし、今日みたいに危険なことはさせないからな」
「あぁ……でも、俺でも着いて行っていいのなら、同行は出来るだけさせてくれ。その判断は相沢に任せるから」
言ってる傍からハッキリと返事してくる折原
こいつは本当にもう……
何か言い返そうかと思ったけどやめた
こいつの行動力を考えれば言い包めても結局は同じだ
俺に判断を任せるというならいいか……折原の意志に一枚噛んだわけだし、一蓮托生で行こう
「はぁ……わかったよ。ただし、その強くなりたい理由、いつか教えてもらうからな」
俺の返答を聞いて折原の顔が再び輝いた
本当に折原は子供みたいな笑顔を見せる
嬉しいという気持ちが真っ直ぐに伝わってくるそんな笑顔を……
「あぁ。いつか時が来たら話す」
*
「……大変なことになりましたね」
「あぁ……でも、後悔はそれ程していないかな」
部屋に戻り、美凪とレンに今あったことを話をした
ギガラントスのこと、折原のこと……確かにどちらも大変なことだ
しかし、不思議と折原のことにはそれ程後悔は感じていない
あいつが邪道に行かないように手助けすることができるから、だろうか
俺自身、この気持ちの理由はわかっていない
「今日の討伐隊の件は何か聞いているか?」
「……いいえ」
俺の問いかけに美凪は首を横に振る
まぁ、それもそうか……寮から出るのは秋子さんもよしとはしていない
殆どの寮生は寮から今日、出ていないだろう
勝手に飛び出した俺と折原も軽く注意を受けてぐらいだからな
かといってこの寮に情報が入ってくる仕組み等、ありはしない
さて、情報収集からか……どうしたものかな
「そういえば、舞はどうだ? 目を覚ましたか?」
「……まだです。倉田先輩もずっと付き添っています」
「そう、か」
舞のことも心配だが、もう俺に出来ることはない
舞の心は救われたはず――だ
後は舞が目を覚ますのを待つだけ……
だが、舞の心の傷は深く、大きかった
それを癒すための眠りだとすると、もしかして時間がかかるのかもしれない
不安に駆られるが何も出来ないのもまた事実
俺は不安を覆うように心に幕を張り、現状の問題へと意識を戻す
「まずは情報収集だな」
「……ギルドに行きますか?」
俺の話の切り出しに美凪はそう提案する
ギルドか……
確かに民間企業で唯一、国家に匹敵する情報収集能力があるのがギルド
この緊急事態とはいえ、ギルドは緊急事態にこそ真価を問われると言っても過言ではない
それに俺は一応、親愛なる傭兵として支部長のヘヴンさんにも認められている
行けば情報は手に入るだろう……
「そうだな。夜、ギルドに行くか」
少し考えてみるが俺が情報を得る方法はやはり少ない
ギルド
そして街の情報屋を見つけ出すこと
後は……フェイユかな
今、この街で俺が出来ることは決して多くはない
頼れるところには頼っていくしか、道はないのだ
「……ん?」
考えていると不意に階段を駆け上る凄い騒音が聞こえてくる
徐々に近づいてくるその音は、ここに来る、と俺に予感させる
……こんなことを感じさせる奴は唯一人――
バンッ!
「相沢! 号外が届いたぞ!」
「……ノックしろよな」
ドアを蹴破る勢いで開いたのは折原
少し息を切らしながらも、声は大きい
折原はそのままドアを閉めて部屋の中へと入ってくる
「お、おぉ。遠野もいたのか」
「……はい」
周りが見えていなかったのか、折原は床に座ったところでベッドの上にいる美凪に気づく
驚きで体を僅かに震わせる程だ
……そういえば折原は俺と美凪の関係はわからないから、謎なんだよな
このことは俺がユーであることへの説明も必要になるから、折原に説明は出来ない
……聞かれるまで知らんぷりしておこう
「それで、どうしたんだ?」
「あ、そうそう。今日の討伐隊のニュースが号外で各家に配られてるみたいでさ。この寮にも届いたんだ」
「へぇ……」
折原の言葉に俺は驚きと感嘆の意を覚える
各家に配布とは、相当な量だろうに……いったいどこの組織がやっているのだろうか
人々は家の中に閉じこもっているため、非常にありがたいことこの上ないのは確かだが……気が回る奴がいたものだ
「それで、号外は?」
「今はリビング皆が見てる。内容は覚えてきたから任せてくれ!」
自信満々の笑顔でそう宣言する折原だが、俺は不安を覚えずにはいられない
こいつの伝言を信用するのか……しかも真剣な顔つきでもない時に……
とはいえ、折原も今の状況はわかっているだろうし、大丈夫か
俺は折原の話に耳を傾けるため、静かに折原を見つめる
無論、ふざけるのはやめろよ、という視線を送りながら
「簡潔に言えば討伐隊が街を出発する直前、魔物の群れが街を襲撃しに来て、討伐隊はこの群れの迎撃に成功したって感じだ」
「っ……迎撃出来たのか」
思わず口にしてしまったが、今の状態を考えれば当然のことだろう
もし討伐隊が敗れていれば今頃この街は魔物の群れの襲撃を受けている
しかし、魔物の群れというのは昨夜戦闘したあのギュウマ率いる一派だ
上級種であるギュウマや蠍、コッケーの鳥人という強者揃い
いくら隊を為したとはいえ、よく迎撃出来たものだ……特に、あのギュウマを
「俺も驚いたが、ギュウマのことに関しては詳細が載ってたよ。群れのボスである巨大なミノタウロスを倒したのはあの子供隊長、ってな」
「……子供隊長?」
折原はその内容に納得しているようだが、俺はまだ納得は出来ない
特に聞き慣れないふざけた単語の意味がわからず、折原に問い返す
聞かれたことに驚く折原だが、何かに思い至ったようで納得した表情で口を開いた
「そっか。相沢は来て間もないし知らなくても仕方ないよな。子供隊長ってのは警備隊の暁隊っていう部隊の隊長さんのことだ
聞いて驚けよ。なんとその隊長さんの歳は14歳! 2年前に隊長に就任したから、齢12歳で警備隊の隊長に抜擢されたんだ!」
驚けと言われたので驚きたくはなかったが、その話の内容は驚愕に値した
声も出ず、驚きの声が僅かに口からこぼれたぐらいだ
12歳で警備隊の隊長とは……相当な人物なのだろう
どういう経緯でなったかは知らないが、周囲も認めなければ誰もついて来ない役職だ
「よく抜擢されたな……」
「俺も実際に会ったことはないんだが、相当な実力の持ち主らしい。所謂、天才君だ、って話だぜ」
「天才、ね……」
天才と呼ばれる人物に俺も会ったことはある
けれど、どのような天才も努力を欠かさない者ばかりだった
天才と周囲から呼ばれても当人の努力も相当なものだと思う
だが、14歳でギュウマを倒す、か……
そこまで考えて不意に自分のことを思い返す
俺も相当やんちゃなことをして来ているわけだし、そういう奴が他にいたとしてもおかしくないか
「どうだ? 少しは役に立ったか?」
「……あぁ。真っ先に知らせに来てくれて、ありがとな」
「そりゃよかった」
俺の礼の言葉に折原は笑みを浮かべ、そして立ち上がった
……もしかして、素直に礼を言われて少し照れるのか?
「明日の朝の鍛錬、楽しみにさせてもらうぜ」
「あぁ。準備しとけよ」
「おう!」
そう元気な一声を残して折原は俺の部屋を後にする
どうも騒がしい奴だな……折原が出て行くと台風が去った後のような空気になる
同時に少し気疲れも感じるが、決して嫌な気持ちにはなっていない
「よし。俺達も夜に備えて仮眠、少しとっておくか」
戻る?