【覇道】

 

<Act.6 『黒き剣士との過去』  第8話 『平和への道程』>

 

 

 

 

 

「…………」

 

お昼を食べ終え、俺達は俺の部屋に一度戻ることにした

俺自身、今後どう動いていこうか、というものが決まらなかったからだ

後、美凪とレンは寝不足という面も気になる

2人とも、俺のベッドで仮眠をとるよう指示すると、横になってすぐに可愛い2人の寝顔が見れた

2人とも何も言わなかったが、疲れてたんだな……ありがとう

 

「…………終わった、かな」

 

窓から外を見るが、警備隊や魔物の群れが見えるわけもない

見えるのは静かな街の風景だけ

皆、魔物の討伐の行方が不明なため、家に閉じ篭っているのだろう

もし、ヘタをすれば魔物が街に押し寄せる可能性もあるのだから

静か過ぎる町並みが今は普通ではない、ということを如実に感じさせる

 

「…………」

 

静かに俺は思考を巡らせて考える

けれど、どうすればいいのだろうか……答えは出ない

一学生である俺には人間――特に警備隊に抑止力をかける動きは出来ない

また、魔物に関して昨夜はギガラントスへの接触を試みたが、かわりにギュウマという強者に出遭った

ギュウマは人間をゴミとしか思っていない……そんな感じだった

ギュウマと今一度、話をしてみても結果は変わらないだろう

やはり、親玉であるギガラントスを説得しなければ……

 

「……まずはそこ、だな」

 

ォォォォ――――

 

そう考えたところで、遠くから聞こえる轟音が耳朶を打つ

また僅かではあるが家が揺れる振動も感じ取った

慌てて窓の外に視線を向ければ街の中に立ち昇る火柱が見える

ただごとじゃない!

瞬時にそう判断した俺はドアに向けて駆け出す

 

「ん……祐……?」

 

俺の足音か、それとも轟音でかはわからないが美凪が体を起こす

その眼はまだまだ眠そうで半分ぐらいしか開いていない

必死に焦点を合わそうと目を擦る美凪を見て、俺は苦笑を浮かべる

 

「ちょっと出てくる。美凪とレンはまだ休んでてくれ」

「………………はい。いってらっしゃい」

 

俺の言葉に美凪は少し考えたようだが、俺にそう挨拶すると布団に入ったままお辞儀をする

轟音には気づいていないみたいだな……

それと同時についていきたいが、それに勝る程の眠たさが美凪にはあるのだろう

昨夜、頑張ってくれたことに関して俺は再度、心の中で感謝の言葉を述べる

 

「いってくるよ」

 

そう言い残して静かにドアを閉め、急いで階段を駆け下りる

方角は覚えている……しかし、あっちには何があるのかは俺は知らない

まだこの街に来て間もない……地理の把握には努めてるがまだまだわかっていない部分は多い

1階まで辿り着き、玄関に向かってそのまま外へと出ようとする

リビングから聞こえるざわつきは今の地震に対してだろうか

俺はあえて顔を出さず、気づかれないままにドアを開けて外へ飛び出した

 

「あ……」

「待ってたぜ。行こうか、相沢」

 

外に出て門の前に待つ人物が1人

茶色の髪に黒瞳の少年――折原 浩平その人が待ち構えていた

腰には剣を佩き、戦闘準備も整っている

いかにも俺を待っていたとばかりにそう声をかけ、道路を示唆して腕を振るう

 

「……どうしてそこにいる?」

「おまえを待ってたんだよ。おまえなら必ず現場に行くと思ってさ」

「……いい読みだな。けれど、おまえと一緒に行くとは限らないだろう?」

 

俺の返答に折原は不敵な笑みを崩し、わざとらしく肩を異常に落とす

昨日の今日だってのに、もう調子を取り戻してきたらしい

それがいいことなのかよろしくないのかは俺自身、判断に困るところだ

 

「おいおい。そう連れないこと言うなよ」

「俺は行く。行きたければ着いて来い」

「あ、お――」

 

俺は一方的にそう言い残すと、不意に全速力で駆け出す

折原の言葉を振り切り、道に飛び出し火柱の上がった方角へと駆ける

折原も諦めなかったようで、すぐに俺の後を追うように駆けて来た

討伐隊の関係でなのか、走る道なりには人々の姿はほぼない

おかげで走りやすいことこの上ないが……何かあった時、目立ちそうだな

俺はたまに後ろを振り返ると、少し引き離されているが折原が懸命についてきていた

走ることに関してはそこそこ自信がある

それに遅れながらも着いてこれるということは、鍛錬は怠っていないという証拠

色々と危険なことをしているが、何か理由があるのかもしれないな……

とは思うものの、俺は走るスピードは緩めずに目的地に向かう

だいぶ近づいたようで白煙が立ち昇る建物の通りにまでさしかかった

 

「っ!」

 

大きな建物だ

塀で周囲を囲まれているが、その中に潜む大きな建物の半分が焼失しているのが見える

石材の建築物を焼け焦がすとは……どれだけの温度の炎だったのか

しかも、遠くから見えたあの大きな火柱が落ちたと実感させるだけの被害

正直、背筋が冷える

 

「はぁっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ!」

 

塀の前で建物様子を窺っていると、折原も息を切らしながらも追いついた

目的地に着くだけで疲れているのは問題だが、まぁ……着いてこれたことに及第点、ってところか

折原は俺の隣に並ぶとふざける余裕もないのか、膝に手をつき地面に息をこぼしている

 

「はぁ……はぁ……はや、っふぅ……すぎ、だろ……っ」

「もっと鍛えておくんだな。それより、行くぞ」

 

汗を垂らしながら俺に文句をつける折原

俺はそんな折原に見向きもせず、ゆっくりと門構えの方へと歩き出す

耳を澄ませば聞こえるのだ

人の悲鳴と獣の咆哮

そしてなにより――身が震える程の巨大な魔力を

 

「っ!」

 

戦慄が走った

門より中の様子を窺えばそこは戦場と化していた

中央に立ち尽くすのは黒い毛皮に覆われた3mはあろうかというゴリラ――ゴーリキ

ゴーリキは通常2m程と考えればどれだけ巨大なのかは一目瞭然

そして纏う空気も圧倒的な濃厚さを秘めている

それは奴自身が持つ巨大な魔力量のせいだろうか

 

「囲め! 囲め!」

 

そのゴーリキの周囲には50名前後の警備隊員が闘っていた

指揮官の指示に従いゴーリキを取り囲むが、それが意味を成すとは思えない

既に多くの仲間も倒されているようで、倒れている人の姿も決して少なくない

取り囲んではいるが恐怖で持っている剣が震えている人もいるぐらいだ

ここは撤退だろうに……

 

「この街はワシ、ギガラントスがいただく! 不要な人間どもは皆殺しにするまで!」

「ふ、ふざけるなっ!」

 

ギガラントス

その名前が俺の耳の奥に届いた

探し求めていた人物がまさかここにいるとは……

その事実に驚愕を覚えている間に1人の青年が剣を振り翳しギガラントスに迫る

瞬間――巨躯とは思えぬ素早い動きで小回りし、旋回の勢いをのせた拳打が放たれた

 

「っぶ――」

 

声がその場に落ちていく

そんな表現が似合うだろうか

青年は体に匹敵する巨大な拳打を体に打ち込まれ、まるで玩具のように十数mは吹き飛ばされる

遠くで転がる青年が生きているとは、とても思えない……

 

「さぁ、人間よ。まだワシに歯向かうか?」

「っく! ま、魔法を放て!」

 

余裕

油断とも思える程の余裕の笑みでギガラントスは警備隊員を見下ろす

その笑みに怒りを覚える者は僅か

大抵は今の青年の姿を見て体が固まっている

だが、その気持ちはわからないでもない

あまりにも通常を逸しているのだ、ギガラントスは

端から見ている俺でも畏怖の気持ちを抱かざるえない

そう言えばフェイユが言っていた

かつてギュウマはギガラントスと互角に渡り合っていた、と

最終的にはギュウマを下している程の猛者

それが――ギガラントス

 

「っふん!」

 

放たれた炎の球をギガラントスは裏拳で破砕する

そして爆煙の中に飛び込み、その巨躯で拳を振り回す

それだけで警備隊員は吹き飛び、倒れていく

為す術がない、とはこのことだろうか……

このままでは、まずい!

 

「うわぁ……凄いことになってるな」

 

折原は呼吸が整ったのか、俺の隣から警舎の様子を覗き込む

そうこぼす声色には戦慄もあるが、それでも余裕が感じ取れる

こいつ……本当に度胸は据わってるよな

妙なところでいつも感心させられると思いながら、俺は言葉を投げかける

 

「俺は行く。折原、おまえはここで待ってろ」

「嫌だ。俺も行くぜ。何かの役に立つかもしれないだろ?」

「昨夜のこと、忘れたのか?」

 

いつもの調子で返事をしてくる折原に少し苛立ちを覚える

真剣に、そして忘れていないはずのことを問いかけた

すると折原は真剣な表情で力強く、口を開く

 

「もしもの時は見捨ててくれ。俺はもっと経験を積まなきゃならない。それだけの覚悟が俺にはある」

 

真っ直ぐに俺を見る目には虚勢も、偽りもなかった

自らの命を懸けるだけの覚悟が折原の目から伝わってくる

いったい何が折原をここまで覚悟させ、突き動かすのか……

普通の学生では為しえない覚悟

それを俺は確かに感じ取った

だから、俺にはこう返事するしか出来ない

 

「…………わかった。それだけの覚悟があるならいい。行くぞ」

「おう」

 

俺の言葉に折原は力強く返事をし、俺と折原は警舎の敷地へと飛び込む

状況は悪く、警備隊員はギガラントスの一振りでちょうど全員倒れたところだった

先手必勝――と、言いたいところだが俺の目的は倒すことではない

ある程度駆けて近寄ると、俺はゆっくりと歩く

折原もそれに伴い俺の斜め後ろを歩き出す

ギガラントスは近づく俺達の気配に気づいたのか、こちらへと振り返った

 

「どうも、初めましてギガラントスさん。私、貴方にお話があって参上した者です」

「ほぅ。ワシの名を知っているのか」

 

俺は会釈程度に礼をし、女声で挨拶をする

その突然の変わり身に驚いたのか、後ろで折原が息を呑む音が聞こえた

だが、折原ならすぐに意味を理解し合わせてくれるだろう

俺の挨拶にギガラントスは興味深そうな目で俺を見る

 

「はい。御身の名は轟いておりますので……」

「まだ何もしていないと思うがな」

 

一応、話には応じてくれそうなので少しほっとした

けれど、今のギガラントスの返答で嫌な予感が高まる

“まだ”何もしていない、という発言が気になる

 

「私は平和を重んじる者です。人と魔の争いを止めたい、そう思っております」

「ほぅ……変なことを口走る。種が違い、同じ天を抱くことなどワシは叶うとは思えんがな」

「そんなことはありません。話し合えれば必ず――」

 

ドォンッ!

 

俺の言葉を遮るように轟音が鳴る

それはギガラントスが自分の拳を地面に叩きつけたため

そのあまりの威力に地は凹み、土塊を周囲に飛ばす

折原は思わず剣の柄に手を掛けるが、俺は手でその動きを制止する

 

「現状を見ろ、娘。これだけの惨状を受け、人間が黙っていると思うか?」

「…………」

「仮に黙らせるとして、ワシ達は人間に何か侘びをしなければならないのではないか? 虐げられているワシ達が、だ」

 

僅かな怒りの色が声に含まれていた

正直、このギガラントスの発言に俺は何も返す言葉がない

警備隊がこれだけの攻撃を受けて何もしないとは思えない

ただでさえ、何もしていない魔物の討伐隊を組んだところなのだから……

それに加えて続けられたギガラントスの台詞には耳が痛い

人間達の身勝手な行動そのものだからであり、これに関しては何も言い訳が出来ない

 

「…………もし、侘びをなしにして話を出来れば、和平を考えていただけますか?」

 

俺に返事出来るのはこれで精一杯だった

もし、ギガラントスがこの話にのってくれるならば誠心誠意で人間の説得を試みよう

それだけの覚悟をした上でこの台詞を吐いた

真っ直ぐにギガラントスの瞳を見つめ、ギガラントスの返事を待つ

 

「…………手遅れだ。オマエの考えはおもしろいが、もう、手遅れだ」

「! 手遅れ等ということはありません! ギガラントスさんさえ考え直してもらえれば私は人間を――――」

 

ギガラントスの心には人との共存を思う気持ちは僅かにでもある

それを感じさせるには十分な返答だった

俺は必死にギガラントスへと呼びかけるが、その声も巨大な掌で遮られる

 

「ワシは決めたのだ。人を排し、ワシ達の住処を得ると。何があろうとも、決してやめるわけにはいかぬ」

 

力強い叫び

一体何があってこうなったのかはわからない

けれど、ギガラントスの並々ならぬ覚悟はその声を、感情を感じるだけで理解できる

理解は出来るが、納得は出来ない……もっと早い段階で出会えていれば、止めれたかもしれないのだから

俺は言葉も出ず、歯痒い気持ちを拳を握り耐え、必死にかける言葉を頭の中で探していた

 

「……オマエ、名はなんと言う?」

 

不意にかけられた言葉で顔を上げる

するとギガラントスは静謐な黒瞳で俺を見つめていた

……優しい瞳……

思わず、そう思ってしまうほど、人間と思う程に優しさが黒瞳の奥に満ちている

 

「……ユーと申します」

「そうか。ユー……残念だが、ワシはオマエの誘いにのれぬ。止めたくば、ワシを――殺してみろ」

 

――ブワァッ!!

 

不意に空が暗くなる

瞬間、ギガラントスは左手を天に掲げた

すると突風が上空より降り注ぎ、俺は折原とともに後ろへと飛び退く

受身をとって正面へと向き直れば、ギガラントスは宙へと舞い上がっていた

掲げた左腕を掴むのは赤色の大きな鳥

朱の羽に細い首と長い嘴

細身の体に見えるが、巨躯のギガラントスを持ち上げて飛ぶとは……けっこう力はあるのかもしれない

 

「人間どもよ! もうすぐワシ達がオマエ等の街を奪う! 覚悟しておけっ!」

 

大地が震えるような怒号を撒き散らし、ギガラントスは悠々と空の彼方へと消えていく

それを追いかけるだけの速さを持つ者も、気力のある者もこの場にはいなかった

そして、もうこの戦いが止めれないものになりつつあると、俺自身……感じていた

その事実が何よりも悲しく、虚しく……俺の心を締め付ける

 

「大変なことになったな……相沢」

 

俺のことをよく知らない折原だ

だが、魔物との共存を願っている、というのは昨夜と今のことを通して理解は出来ただろう

それでも普通に接してくる……折原はちゃんとわかってくれる

そういう人物だというのは俺もわかっている

けれど……なぜかな、自分のことを説明しようという気になれないのは……

ギガラントスの去った方向を見て呟く折原の言葉に俺は返事を返せなかった

 

「……っ! 折原、逃げるぞ!」

「えっ! ――なるほど」

 

俺は警舎の方の騒ぎの声を聞きつけ、人が集まると予期する

折原には一声かけてすぐに警舎を背にして駆け出した

驚きの折原の声も一瞬

すぐになぜ逃げるのかを理解した折原は俺の後に続き走り出した

 

「折原! 話がある! 俺の後に着いて来てくれ!」

 

 

 

 

 

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