【覇道】

 

<Act.6 『黒き剣士との過去』  第7話 『舞の親友』>

 

 

 

 

 

「舞……」

 

やっと傍に駆け寄ることが出来た

蹲る舞の背中の前に佇みむが、俺はその静謐な雰囲気に少し呑まれる

舞の悲しみが背中越しに伝わってくる

それは生半可なものではない……

俺は一度、戦闘で乱れた心を落ち着かせ、一歩舞の傍へと踏み込む

 

「舞。ごめんな……そして、ありがとう。舞のおかげで俺は今、こうして生きていられた」

 

感謝

俺が舞に抱くの気持ちはそれだった

あの当時の俺の心はアノ出来事に対して受け止めることが出来なかった

例え落ち着いてもそれは同じだっただろう

今でさえ、感情の抑制が外れそうになるというのだから……

俺はしゃがみ、舞により近づく

 

「舞。ごめんな……本当に、ごめん」

 

謝罪

それは感謝以上に湧き出てくる想い

俺は舞の長い時間を狂わせてしまった

それに関しては何も言い訳は出来ない

謝罪し、何か償わせてもらえれば幸いなぐらいだ……

俺の言葉を聞いて舞は初めて、俯いていた顔をあげた

その目は赤く充血し、目よりこぼれる涙は一筋の川となっていた

 

「ゆう、いち……」

 

俺の名を掠れた声で呼ぶ

そして首を左右に振った

それは先程の謝罪に対してだろうか

舞は俺を助けた結果を後悔等していない、という……

俺は感情の抑えが利かず、舞を抱き締める

 

「舞。何が悲しい? 何が辛い?」

 

抱き締めて耳元で囁く

俺の問いかけに対して返事がないまま数十秒過ぎた

その間も俺は健気な舞を離すことが出来なかった

どうすればいいのかわからない

けれど、これだけ悲しく、寂しさに塗れた舞を前に抱き締めずには入れなかった

俺は傍にいる

それだけでも伝えたくて……

 

「わか、らない……何が、なにで……」

「大丈夫。大丈夫だ……」

 

舞はまるで喉に何かが詰まっているかのように途切れて言葉を紡ぐ

感情の昂ぶりで話すことさえも辛いのだろう

膨らんだ想いが胸を突く苦しさ

それは俺にも痛い程わかるため、背中を撫でながら大丈夫と囁くことしか出来ない

 

「で、も……お母さんが、死んで……わ、わた、わたし……」

「舞! 大丈夫……大丈夫だから」

 

――1人

その言葉が消えるような細い声で俺の耳に届いた

それを聞いて俺はより一層、強く舞を抱き締める

1人なんかじゃない

俺がいる

友人もたくさんいるだろ

その想いを言葉に出来ず、心で叫びながら俺は舞を抱き締める

 

「……俺がいる。ここにいるだろ? それじゃ、足りないか?」

「……ゆう、いち……が、いる……?」

 

舞の肩を掴み、俺の顔の正面に舞の顔を持ってくる

舞は涙で顔を濡らしながら、震える黒瞳で俺を見ていた

俺はその黒瞳の奥を見つめるように真っ直ぐと舞を向き合う

 

「友達だっているだろ? 寮の皆もいる。舞は1人なんかじゃない」

「み、んな……」

 

黒瞳に優しい灯りがともった

俺はそれを見て安堵を覚え、舞を優しく抱きとめる

背中を撫で、頭を撫でて舞を落ち着かせるように腕の中に抱いた

 

「寂しくなれば俺のところに来ればいい。いつだって俺は舞の味方だから」

 

 

 

 

「――っ!」

 

眩い光が包んだかと思い、慌てて目を開ける

すると自分が横に倒れていることに気づき、体を起こした

広がる風景は部屋の中

あの暗闇の中ではない……

部屋の中に美凪とレンの姿を見つけて、俺は自然と安堵していた

 

「……美凪、レン」

「♪」

 

レンは俺の腕へと飛び込んでくる

俺はそれを抱きとめ、レンの後ろ頭を撫でながら立ち尽くす美凪と視線を合わせる

……心なしか不機嫌そうに見える

無言の圧力とでも言うのだろうか

急に場の空気が重くなった

 

「……祐、お疲れ様でした」

「あぁ。美凪も、ありがと」

 

カーテンが掛かっていて部屋の中は暗いが、木漏れ日までは隠せない

陽の力は強い……昼、とまではいかないぐらいか?

俺は寝惚けている時間感覚を取り戻すため、軽く頭を振り覚醒を求める

 

「っと……そっか。同じ布団だったのか」

 

立ち上がろうとふと横に視線を巡らせれば、傍に温もりがあった

舞が俺の隣で眠っている

安らかな寝顔で、見ているこっちも十分に安心出来るものだった

 

「……うまく、いったようですね」

「みたいだな」

 

最後は舞を抱きとめ、無我夢中の内に夢が終わっていた

舞が安心をし、心を取り戻せたから夢が終わった――と信じたい

まぁ、この寝顔を見ればその予想は確信へと変わったけど、な

俺は眠る舞の頭を軽く一撫でし、ベッドより降りる

もちろん、その際にレンも降ろした

 

「今は何時だ?」

「……12時10分です」

 

寝ていて固まっている体をほぐすために軽く柔軟

体を伸ばしながら美凪と情報交換を進めていく

 

「皆にはなんて言ったんだ?」

「……祐が川澄先輩をカウンセリングしている、と」

「フッ。あながち間違いでもないな」

 

美凪の返答に思わず笑みがこぼれる

確かにカウンセリングの一種と言えるだろう

他人の夢の中に入り直接心の中で話し合う、という常識外れな方法ではあるが

 

「外の様子は?」

「……寮生はお昼ごはん中です。後、川澄先輩の親友の倉田先輩がお見えになっています」

「倉田先輩?」

 

聞き慣れない名前に思わず美凪に問い返す

美凪が口を開こうとしたその時――

 

――グゥ……

 

可愛い音が部屋の中に小さく響いた

音の出所は美凪

美凪は開いた口があいたまま、頬を朱に染めてお腹を押さえる

俺はそんな仕草が可愛いな、と思いつつ美凪の傍に歩いていく頭を軽くポンポンと叩く

 

「俺もお腹空いたな。皆と一緒にごはん、食べるか」

「……はい」

「レン。行くぞ」

 

俺は舞を眺めているレンを呼ぶと、レンは小走りですぐにこっちへと駆け寄ってきた

俺は静かに眠る舞を見て、心の底より安堵する

舞……俺は傍にいるからな

そう心の中で一言残し、俺達は舞の部屋を出る

 

「きゃっ!?」

「え……?」

 

ドアを開けた直後、向こう側より可愛らしい悲鳴の声が上がる

誰かがいる、とは考えていなかったので普通にドアを開けてしまった

俺はすぐにドアを半開きで止める

……当たった感触はないから、大丈夫だったはず

とはいえ、驚かせたことにはかわりはなく、俺はそぉ〜っとドアより顔を出した

 

「ごめん。誰かいると思わなくて……」

 

ドアの前に立っていたのは長い亜麻色の髪に緑の大きなリボンをつけた女性

カノン学園の制服を着ているため、学生だとすぐにわかった

大きな茶色の瞳に細身の体

どこからどう見ても美人だと、言い切れる

それに立ち振る舞いも気品が感じられ、お嬢様って雰囲気がある

そんな女性は急にドアが開いたことでビックリしたからか、呆然と俺の顔を見ていた

 

「あ、あの! 舞は!? 舞は大丈夫なんですか!?」

「え、あ、あぁ。治療は終わったよ。舞なら、ほら」

 

俺の顔を見て急に真剣な顔に戻り、そう俺に詰め寄る

驚きから解放され、思考が回復したんだろう

俺は落ち着いて女性の問いに答え、ドアを全開にあけてベッドの上で眠る舞を見せる

女性は舞の姿を見るとすぐに部屋の中へと飛び込むように入った

 

「舞ー! 大丈夫!?」

 

女性はベッドの傍に駆け寄り、舞の安否を気遣うがどうしていいものかわからず、あたふたと手を動かすのみ

俺は横に佇む美凪へ視線を送ると、美凪はコクリと頷いた

どうやらあの女性が舞の親友である倉田先輩らしい

親友なら、舞の看病を任せても大丈夫だな……

俺は真剣に舞を前にあたふたしている女性――倉田さんを見る

俺から見ても、この人は舞のことを本当に心配している……

 

「倉田さん。舞、まだ眠っているので、後の看病任せてもいいですか?」

「え? あ、はい。佐祐理でよければ喜んでします」

 

俺の呼びかけに俺等の存在を思い出したかのように倉田さんの慌てぶりはおさまった

こちらへ振り返り、落ち着きを取り戻したのか笑顔を浮かべてそう返事をくれる

……綺麗な笑顔だけれど、少し固い……

気にする程ではないのだろうが、屈託の笑みとは違う笑みだった

まぁ、貴族であればその程度の社交辞令で十分身につくのだが……

俺は倉田さんの笑みには何か心に引っかかりを感じる

けれど、それが何かわからず俺はとりあえず、それを気のせいに済ませることにした

 

「それじゃ、お願いします。看病、って言っても舞が起きるまで傍にいれくれるだけでいいので」

「わかりました。後は佐祐理に任せてください」

 

倉田さんの笑顔を最後に俺はドアを閉める

そして美凪とレンと一緒に階段を下り、ダイニングへと向かう

リビングに入るとお昼を食べ終えたのか、ソファに折原が座っていた

しかし、俺の姿を見ると蒼白な顔をして急に立ち上がる

 

「あ、相沢! 川澄先輩は!?」

「大丈夫だ。うまくいったよ」

「そ――っか……よかった……」

 

俺の返事に安心したのか、折原は胸に手を当ててそのまま座り込んだ

ずっと心配と不安の間にいたんだろう……これだけ反省しているなら、もう大丈夫だな

俺は折原の様子を見てちゃんと弁えたバカに戻れると確信し、少し安堵する

俺はそのままダイニングの方へと向かうと皆が揃っていた

 

「あ、祐一」

「相沢君」

 

食器の片づけを手伝っているのか、長森さんと名雪がお皿を回収していた

俺の姿を見て不安そうな表情を浮かべる2人

……2人とも優しいからな、舞の安否が心配なんだろう

俺は2人を安心させるように笑顔を浮かべて口を開く

 

「もう大丈夫だ、舞は。バッチリだよ」

 

俺の言葉を聞いて安心した2人の表情は柔和なものに変わる

深い息を吐き、少し力の入っていた肩から力が抜け、僅かに下に落ちた

 

「お疲れ様でした、祐一さん」

 

今の話を聞いていたのか、秋子さんがキッチンから出てくる

いつもの笑顔を湛えてはいるが、それは舞の無事を知っての安堵感が強いのかより柔和な笑顔になっていた

俺は俺のに任せてくれた秋子さんの対応に再度感謝し、小さく会釈する

名雪や長森さんがいるので、言葉に出すと変に思われるからな

 

「今、お昼の支度をしますね。お腹、空いたでしょ?」

「あはは……お願いします」

 

俺達の状態をお見通しな秋子さんの台詞に苦笑を浮かべるしかない

俺達はそれぞれイスに座り、美味しいであろう秋子さんのお昼を待つことにした

 

「そう言えば、今日は警備隊が魔物討伐に出る日か」

 

舞のことで昨夜から頭がいっぱいだったが、イスに座り落ち着くと昨夜の出来事が蘇る

ギガラントス一味の強者――ギュウマ

あれは相当の手練だった……あいつが今日、このカノンに攻め込んでくる

警備隊が迎え撃つだろうが、あれほどの強さを持つギュウマを止めることが出来るだろうか……

そこまで考えた時、ふと藤田さんの姿が脳裏を横切る

届け想いよトゥ・ハート”の人達なら、もしかすると……

参加しているのかはわからないが、あの人達ならギュウマを止めることが出来るかもしれないとふと思った

 

「そうなんだよ〜、祐一。警備隊の人、朝にはもうカノンを出発したんだって」

 

俺の向かいの席に座り、話に加わる名雪

その表情は不安の色を隠しきれていない

まぁ、昨夜の話では警備隊の話では不安そうだった

戦闘時の冷たさの印象などまったくなく、1人のか弱い少女が目の前にいる

ふふ……やっぱり、名雪は名雪だな

 

「大丈夫じゃないか。精鋭200人って話なんだろ? 魔物も驚いて逃げ出すさ」

「そうかなぁ……警備隊の人も、無事ならいいけど……」

 

俺のおどけた言い方に対して名雪は幾分か安心したのか、そう言葉を漏らす

警備隊の身を案じれる名雪の優しさは秋子さん譲りだな、とその言葉を聞いて思う

そして、あの武術の才能は時貞さんの……

そこまで考えると先程の夢の中での出来事が少し、蘇る

しかし、悲しみの気持ちをここで出すわけにはいかず、軽く頭を振り思考を切り替える

 

「あの、相沢君。相沢君は治癒士の勉強をしていたの?」

 

長森さんは名雪の隣に座り、そう話を切り出した

なるほど。舞のカウンセリングをしていたのだから、そう思われても仕方がないのか

俺はその質問で妙に納得しつつ、返事を紡ぐ

 

「勉強、って感じじゃないけどな。元々回復魔法が得意でさ、治癒に関しては一通りなんでも出来る感じだよ」

「わっ。凄いなぁ……」

 

俺の返事に長森さんは純粋に驚き、感心してくれる

まぁ、俺の言ったこともあながち間違いではないが、本当のことはさすがに言えない

生まれつき魔力量が多く、更に治癒系の魔法の才能に俺は恵まれていた

それが切欠でいいことも、そして辛いこともたくさん……あった

また昔のことを思い出しそうになっているのに気づき、意識を再度ここに戻す

 

「でも、免許とか資格は持ってないから、モグリになるけどな」

 

俺の冗談に名雪も長森さんの笑みをこぼす

少しは和んだかな?

そう思ったところでいい匂いがキッチンより流れてくる

こう、ちょうど空腹の俺のお腹を刺激するい〜い感じの匂いが……

 

「お待たせしました、祐一さん」

 

そう言ってキッチンより登場する秋子さん

その手にあるお盆には美味しそうなスパゲッティが3つのせられていた

しかも、サラダ付き

俺は舞の夢の中に入っていた――つまり、寝てただけだが、疲れたものは疲れたし、お腹が減ったものは減ったのだ

俺達は空腹を満たすために目の前に置かれたフォークに手を掛ける

 

「それでは、いただきます」

 

 

 

 

 

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