【覇道】

 

<Act.6 『黒き剣士との過去』  第6話 『7年間の苦渋』>

 

 

 

 

 

「…………」

 

暗闇の中を俺はずっと1人で歩いている

そして考えていた……

思い出した記憶

最初は何か理解は出来なかったが、悲しみの記憶

俺は7年前に時貞さんを失い、舞に助けられた

そしてその後に起こした幾つもの過ちも……思い出せた

舞は俺の心が壊れてしまわないように自らの大切な力を使ってくれた

そして、舞自身の記憶も捻じ曲がり――舞は7年間、苦渋の時を過ごしてしまった

舞の精霊が言っていたことは本当に最もな話

けれど、今の俺に出来ることは死ぬことではない

俺もこの7年間に力をつけた

悲しみを少しでも防ぎ、減らすために――っ!

 

「舞っ!」

 

掠れた声が聞こえた

それはすすり泣くような、小さな泣き声

周囲の暗闇に視線を巡らせると、闇の中蹲っている少女――舞を見つける

膝を抱えて座っており、こちらに振り向きもしないがあれは舞の背中

間違いない!

俺はすぐに舞のもとへと駆けるが、俺の目の前で光が1つ弾けた

 

「行かせない」

「おまえ……」

 

弾けた光の中より現われたのは舞の精霊

さっきの一撃で死んだとは思わなかったが……待ち伏せ、か

俺は両手に魔力を集めながら、精霊に対しての臨戦態勢をとる

 

「私は舞と一心同体。私が舞の中で死ぬことなど、ありはしない」

「なるほど……けど、俺も退くわけにはいかない」

 

精霊も俺を強く睨み、身構える

俺はブレスレッドに戻した夢幻を再度、棍へと変化させる

舞の力の源なわけだから、この舞の夢の中で死ぬわけはないか

まぁ、大切な舞の力なのだから死んでもらっても困るわけだけど……倒せない、ってのは困ったな

対応策はない

けれど、退くわけにもいかない

漸く舞を見つけたんだ

しかも、泣いている舞を……ここで舞を助けなければ、なんのためにここまで来たのかわからない

7年前、俺を助けてくれた舞をここで助けなくて――どうするっ!!

 

「はぁっ!!」

 

合図もなく、俺は踏み込み棍を突く

しかし、精霊はかわす素振りも見せず棍の動きを無視して右手を翳す

衝撃波を繰り出すつもりか――だが、甘いっ!

俺はこんの先に込めておいた魔力を解放する

 

「――“邪を貫く光槍デリ・シルバ”ッ!」

「っふはぁっ!」

 

棍の先より放たれるは光の槍

その奇襲攻撃に対して精霊は翳した右手を盾にして、集めていた衝撃波をぶつけた

砕ける衝撃波は周囲へ飛び散る、無差別に衝撃を撒き散らす

俺も、精霊もその衝撃に巻き込まれ体を打たれるが、倒れる程ではなく互いに後退した程度

俺は左手を精霊に向け、魔法を唱える

 

「“邪を貫く光槍デリ・シルバ”ッ!」

 

再度、光の槍を放つ

しかし、今度は3つ同時だ

放たれた光の槍は精霊に向かい飛来するが、それを迎え撃つために精霊は衝撃波を同じ数だけ放った

 

「っ!」

 

衝撃波によって光の槍は砕け散る

弾け飛ぶ光の粒子が周囲に撒き散らされ、少し目を細める

目を閉じたつもりはないのだが、気づけば視界の中に精霊の姿がなかった

この、パターンは――っ!

 

「せやっ!」

 

やはり背後に気配が生まれる

今度は先読みしていたため、最初は背後にいないことを確認済み

しかし、その場所にまるで滲み出て来るかのように気配が生まれ出した

空間転移でも出来るっていうのか!!

心の中で不条理さを叫ぶが、声に出す余裕などあるはずもない

振り返りながら再び棍を薙ぐ

 

「褒めよう。避けなくてよい攻撃を避けさせた貴様に」

 

精霊は物理攻撃が効かない、という慢心はなかった

俺の棍をかわすために上へと飛び上がり、棍の一撃をかわす

ッチ。いい勘している

俺は棍から左手だけを離し、俺の顔目掛けて近づく精霊の腹部に向けて掌底を打つ

 

「っぅ――」

「ぁっ――」

 

俺の掌底を打ち込まれた精霊は体を折り曲げ、後方へと吹き飛ぶ

しかし、衝撃を持つ左手を俺の腕にぶつけ、俺の左腕にも衝撃が迸る

互いの苦鳴を残して俺達は距離をあけた

地面の上に倒れる精霊に向けて俺は痛む左腕を無視し、右手より棍を手放す

右の拳を握り締めると同時に魔力を帯び、精霊に向けて拳打を打つ

 

「――っぁ」

 

――が、直前で俺は魔力を四散させた

無理に拳打の動きを止めようとしたため、右腕まで痛めてしまう

はぁ……痛い……

率直な感想を心の中でこぼし、遣る瀬なさが俺の肩を僅かに落とす

 

「……どういうつもりだ?」

 

そんなことをしている内に精霊は立ち上がっていた

そして今の出来事を見ていたのだろう

冷淡な顔のまま、また俺のことを見ている――いや、睨んでいる

その眼差しを受けて俺は苦笑を浮かべ、口を開いた

 

「俺は争うことが好きじゃない。それに、俺の目的はおまえを殺すことじゃない」

「……いまさらな台詞だな」

「あぁ。けど、そんな理由で話をしないなんてことを俺はしない」

 

俺の心の言葉を精霊は一笑に付す

まぁ、さっき豪快な一撃を放っているわけで、いまさらな話なのは俺も認める

けれど、そんな過去に拘って話をする機会を設けないのは言い訳だ

いつ、どんな時からでも話し合いの場は設けることができる

もちろん、手遅れなことだってあるが……今が手遅れかなど、まだわかりはしない

俺の真っ直ぐな視線を見て、だろうか

精霊は嘲笑をやめ、静かに俺の目を見返してくる

 

「俺は舞と話がしたい。もし、俺が今の舞を救うことが出来ないのであれば俺の命を奪ってくれてかまわない」

「――断る」

 

俺の申し出を四の五の言わせず、即答で返事された

まさに全くもって話をする余地がない、と十分に伝えてくれる行動だったと言える

だが、俺はそんなことでへこたれるほど柔じゃない

和平や平和ってのはとんでもない努力の上に成り立つ

言わば一つの奇跡

それをするっていうのだから、こんな些細なことで躓いてなんていられない

 

「どうしてだ? どっちになっても舞を救うことができるはずだろ?」

「貴様と接触することで舞が更に傷つく可能性がある。最終的に舞を救えても、貴様の傷を上塗りされてたまるか」

 

俺の説得にこれまた可能性の話でしっかりと返事を頂けた

まぁ、俺としては救うつもりがあるから、という主観があるためつい反論したくなる内容だな

しかし、可能性の話だけですれば精霊の言い分ももっともだろう

ゆえに、困った……利害を説く手段では精霊は納得しない

かと言って強引にやろうとするのはさっきと同じ

さて、どうしたものか……

俺は思考を巡らせていると、不意に精霊が右手を俺に向ける

 

「お喋りは終わりだ。貴様の呆けた7年間の舞の苦渋、その身で味わえ」

「な! お、おい! ちょっと待――」

 

突然の言葉に俺は焦り、声を出すがそれもすぐに止まる

俺の背後に膨れ上がる気配を感じ取ったからだ

それも、闇――とでも呼べばいいのだろうか

膨れ上がるそれは殺意、憎しみ、怒りが内包されたモノ

気配を感じ取るだけで背筋に寒気を覚える、そんな存在

俺はすぐに落ちている棍を拾い、後ろへと振り返り身構える

 

「っな……ま、舞……?」

「…………」

 

振り返ったその先にいたのは全身が薄っすらと黒く染められているが、この街で出会った舞の姿そのものだった

カノン学園の制服を纏い、頭には大きめのリボンで髪をまとめている

手に構えられるは洋剣

その切っ先は俺に向けられ、感情のない漆黒の瞳が俺を射抜く

その視線を向けられるだけで僅かに腕に鳥肌が浮かんだ

 

「っ!」

 

どうすればいい?

そう自身に問いかけると、まるで返答の如く舞は動く

大きく踏み込み、躊躇いのない一太刀が振り下ろされる

俺はそれをかわすため後ろへと飛び退き、一撃をかわす

 

「舞! やめてくれ!」

「…………」

 

――ギィッ!

 

俺の制止の言葉にまったく意に介さず、舞は逃げる俺を追って横薙ぎの一撃を繰り出す

その一撃を棍を縦に構えて受け止めるが、さすがは舞の一撃か

鋭き一撃は重く、受け止めた俺の腕への負担が大きい

 

「っく!」

 

舞は動きを止めず、刃を引きながら左側へと足を滑らせる

引きながら次の一撃への攻撃に移っていっている

俺もそれに対応するべく、腕を捻り棍を回して迫る一撃へと棍を振り上げる

 

ギィィ――

 

甲高い金属音が鳴り響く

それはまるで寂しさの慟哭のような虚しさがあった

互いに弾き合う剣と棍

俺はこれ以上の近接戦は危険と判断し、後方へと飛ぶ

しかし、舞は逃さないとばかりに俺を見つめ、更に踏み込もうとするが――

 

「“祈りの光柱ティール・スン”」

 

足元に残した光の球が俺の詞で反応し、光の柱を生み出す

その柱に打ち上げられ、舞は上空へと誘われた

奇襲の攻撃

けれど、倒すことが狙いではない

これは一瞬の時間稼ぎ

高い頭上に運ばれた舞――いや、舞の姿をした闇は戻ってくるのに時間がかかるだろう

俺はすぐに背後へと振り返り、精霊の方へと視線を向ける

 

「どういうつもりだ?」

「あれは7年間、魔に対する憎しみの心。あれ程の闇が貴様のせいで舞の中で生み出された」

 

質問に対する明確な返答ではなかった

しかし、要するに精霊は俺を殺し、その命を舞に与えるという意思を変えるつもりはない、ってことはわかった

それに……あれ程の闇を舞を心に……

自分への罪悪感が増す

それと同時に早く舞と話がしたい、という想いも高まる

視線の遥か先に蹲ったまま動かない舞の背中姿

俺はただ、あそこに行き舞と話がしたいだけだというのに……

俺の視線は再び、立ちふさがる精霊へと戻る

精霊の俺を見るその目は、やはり侮蔑と憎しみが込められている

俺は一度目を閉じ、そして息を吸い込む

 

「ぅぅぅ――――舞ぃーーっ!! 話をさせてくれっ!!」

 

奥にいる舞に呼びかけた

利害で精霊を説得させることは不可能

強引に突破するのも選びたくはない

俺から行けないなら、舞に協力してもらうまで

俺の叫びは漆黒の世界に轟くが、蹲る舞が動く様子はない

 

「無駄なことを」

「っ!」

 

精霊の呆れた一言

直後、頭上より殺気

俺はすぐにその場より飛び退き、殺気の出所――闇へと視線を向ける

闇は高い頭上から飛び降りたにも関わらず、音もなく普通に地面の上に着地した

……ここは舞の中であり夢の中

舞に属する存在は何でもあり、ってか……

俺は手にある棍を構えつつ、闇に対する警戒を怠らない

 

「舞! 俺はこんなのが舞だなんて思わない!」

 

声を出す

今の俺に出来るのは舞い呼びかけることだけだ

俺は迫る闇に対して棍を振り上げる

闇は棍の軌跡を読み、一度後ろへ小さく跳んでタイミングを外す

棍が空振ると同時に身を低くして俺へと肉迫する

 

「はぁっ!!」

 

腕を捻り、棍を振り上げから横薙ぎの一太刀へと繋げる

闇は迫る棍を鋭き剣の一撃にて弾き飛ばした

 

「っ!」

 

闇はそのまま自身を俺へと近づけ、剣を持つ右腕の肘を俺に突き立てる

しかし、俺も棍より右手を離し、その肘を掌で受け止めた

逃がすか、と思い肘を掌で握り、俺は再度足元へ光の球を送り込む

 

「“祈りの光柱ティール・スン”」

 

再度、光の柱によって頭上へと攫われる闇

俺はそれを見送り、すぐに舞の方へと振り返る

 

「舞! 7年前のこと、本当に感謝している!! そしてその7年間、舞を苦しめてしまったことを俺は謝りたい!!」

「――静かにしろっ!」

 

今まで傍観していた精霊が俺に向かい飛来する

手には肉眼では見えないが衝撃を持っているのだろう

右手を俺に翳すと、何かが飛来する気配を感じる

 

「盾よっ!」

 

手にある棍を衝撃へと翳し、盾に変化させる

飛来する衝撃波は夢幻の盾にぶつかり、衝撃を打ち込まれる

――が、盾に衝撃を打ち込まれても夢幻はビクともしない

俺は掌に残した夢幻の球を十字架へと変化させ、精霊の出現を待つ

 

「ぬぁぁぁっ!!」

「なっ!?」

 

盾をかわして出現する精霊を待ったのだが、精霊は来なかった

盾の前に鎮座し、強力な衝撃でも打ち込んだのだろうか

盾ごと吹き飛ばされ、俺も後方へと吹っ飛んだ

予想外の出来事に対応が遅れ、俺は盾とともに地面を転がってしまう

 

「っぅ〜――っ!」

 

すぐに起き上がろうとするが、空を見上げる視界に闇の姿が映る

咄嗟に手元にある盾を眼前に構えると、容赦ない一撃が振り下ろされる

強烈な一撃に手首に痺れを覚えるが、俺は盾を後ろから蹴り上げ闇へと飛ばす

その間に横へと転がって間合いをとり、そのまま身を起こした

 

「終わりだ!」

「っ!」

 

頭上に精霊がいつの間にか佇んでいた

手には魔力の渦巻きを感じる

強力な衝撃が集まっているのだろう

俺は右手の中に握っていた十字架を頭上に向かって掲げる

 

「――“軍神の光縛鎖バイド・ケプチャッ!」

 

銀の十字架より放たれるは光の触手

それはあっという間に精霊の手足を拘束し、その身を十字架に引き寄せてしまう

突然の出来事に精霊は驚愕の表情を隠せない

 

「ぬっ、ぅー!」

「悪いが、少しじっとしててくれ」

 

身を捩るが精霊が拘束より逃れることは敵わない

闇も同じく、と思い振り返ったがなぜか闇も身動き一つしなかった

……もしかして、この精霊が操っていたのか?

確証はないが動かないならそれでいい

俺はすぐに舞のもとに向かって駆けた

 

「舞ーっ!!」

 

 

 

 

 

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