【覇道】

 

<Act.6 『黒き剣士との過去』  第5話 『救われし過去』>

 

 

 

 

 

「あ、あ――祐! しっかりして!」

 

茂みより飛び出したのは小さき舞

落雷に打たれ、身動き一つとれない俺を舞は抱き起こした

しかし、全く反応はない

その様子を見て舞の顔色は青くなる

 

「祐…………っ!」

 

何か聞こえたのだろうか

突然何かに気づくと舞は俺の口元に耳を寄せる

俺も気になり小さき俺へと近づき、その聞こえた言葉に背筋が冷えた

 

コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス――――

 

声は小さい

けれど、その口は確実に動いていた

コロス

その単語だけをまるで壊れた人形のように繰り返している

俺は、こんなこと、知らない……

溢れ出る憎悪が俺を自身の心を壊しかけているのだろうか

常軌を逸した人間の醜態に俺は口元を思わず抑えてしまう

しかし、小さき舞は神妙な顔をして、優しく俺を抱きとめた

 

「大丈夫。大丈夫だよぉ、祐……大丈夫だから……」

 

どうすればいいのかわからなかったのだろう

舞は俺を強く抱き締めて、俺の呟きが消えるよう祈るように目を瞑る

続けること数十秒

残念なことに、俺の様子に変化はなかった

それを確認すると舞も落胆からか肩が落ちる

 

「……このままだと、祐が…………」

 

そう言葉を漏らした後、急に考え込む舞

真剣に俺を見つめ、何かを考えている

そして――覚悟を決めたかのような、強い煌きが黒瞳に宿る

 

「祐。もし、失敗したら……ごめん、ね」

 

そう苦笑を浮かべて微笑む

しかし、その目尻には涙が浮かんでいた

舞は何をするつもりだ……?

俺は意図がわからず、そのままこの光景を眺めるしかなかった

 

「舞はね、川澄の力を解放するの」

「っ! おまえ……」

 

急に声が聞こえたかと思えば、俺の隣に舞の力が佇んでいた

目の前の光景をじっ…と見つめながら、そう俺に話しかける

俺は色々と問い質したい衝動が生まれるが、悲しげに見つめる少女を見ると言葉が奥に戻っていった

 

「川澄の家系に引き継がれる力は様々なもの。人によって違うけれど、それは全て小さき精霊を身に宿すため」

「小さき精霊……?」

「そう。川澄は精霊の血を僅かに受け継ぐ家系。そのため、超能力の元となる精霊を身に宿す」

 

驚きの事実を無表情のまま、淡々と語る少女

精霊の血を受け継ぐ、って……精霊と人間で交わることができるのか?

色々な疑問が渦巻くが、俺は気になる一つを問いかけた

 

「つまり、超能力の力は精霊により引き起こされる、ってことか?」

「……人間が呼ぶ超能力は様々な種類がある。川澄は精霊による力を根源とするだけ」

 

俺の質問に少女は目を閉じてそう答えをくれる

つまり、超能力と呼ばれる力を得る方法は様々だ、ってことか……

現状でも超能力と呼ばれる力はまだまだ未知なことが多い

もっとも不思議なのは、なぜその力を意のままに操れるのか、ってことだ

俺もずっと不思議だっただけに、一例を聞けただけでもよかった

 

「川澄は人として生きるため、力を捨てる術をもっている」

「力って……精霊を、ってことか?」

「そう。そもそも、川澄は精霊の力が根源にあることを理解していない。私達の姿を具現されたこともない」

 

少女――舞の精霊はそう語る

川澄一族は精霊の存在を知らない……つまり、自身の力による超能力と思うわけか

それなら、不要と思い捨てるというのも理解できる

この少女のように姿と人格を知ればそれを捨てる等……普通は出来ないはずだ

 

「力を捨てると、力に関係する記憶が全て抹消される。普通の人間として生きていくために」

「………………」

 

語り続ける少女

その視線の向きは一度も、小さき舞と俺から外れない

俺も2人の様子を見てみると、舞は淡い光を掌より発し、俺の額に手を添えた

 

「舞は今、力を捨てる。力を捨てたいのではなく、記憶を消せる力を貴様に注ぐために」

「っ!!」

 

精霊の最後の言葉には憎しみが込められていた

淡々と語っているが、そこだけは強い怒りと憎しみが声に入っている

だが、それよりも俺はその事実に驚愕した

舞は、心が壊れそうな俺を助けるために、記憶を消そうとした……?

大切な自身に宿る力を自分のためではなく、俺のために使ったっていうのか……?

あまりの事態の大きさに理解が少し追いつかない

しかし、目の前の小さき舞は止まることなく、強い力を俺の頭に送りつけた

 

「っぅ!! ゆ、祐っ!!」

「ま、舞――――」

 

思わず呼びかけようとした瞬間、風景が再び渦を巻き始める

漆黒の闇が場を多い尽くし、再び明かりのような満月が暗闇の頭上に生まれた

目の前には先程まで隣にいた少女――舞の精霊が佇んでいる

真っ直ぐとこちらを見つめる黒瞳はとても冷たく、色がない

 

「力の解放をこんな使い方したことはない。結果、力が暴走するのは目に見えていた」

「…………」

 

淡々と語る精霊の言葉に俺は何も返す言葉がない

今はただ、この事実を理解し、受け止めようとするだけで精一杯だった

 

「舞は貴様の記憶を失い、大切な友を魔物に奪われたという記憶を宿した。今日に至るまで魔への復讐のみで生き抜いてきた」

「っ…・………」

 

先程の風景の後から何があったのか……詳しくはわからない

けれど、出会った舞へと結びつければ何もわからないことはなかった

あの明るく、活発だった性格は消え失せ、魔物への憎しみを糧に生きてきたという

そんな舞を歪んだ性格にしてしまった元凶はこの――

 

「そして貴様は……舞のことを忘れ、怒りと憎しみが緩和された……数多くの悲しみの出来事を忘却することで」

 

精霊は俺を強く、強く睨む

その視線を受け、俺は胸を痛めることしか出来ない

過ぎ去った過去を変えることなど、誰にもできはしない

後悔し、罪悪感を抱く俺に出来ることは何も……ないのだ

 

「私は貴様を許せない。舞を傷つけ、それを忘れた貴様を――許さないっ!」

「っぁ――」

 

精霊の叫びと同時にナニかが飛んだ

瞬間、気づけば俺の腹部には凄い衝撃が走り、為す術もなく後方へと吹き飛ばされる

思考を切り替え、俺は倒れないよう身を捻り片手をつくが無事に着地する

そして見上げる先の精霊の瞳は――憎しみの黒を宿していた

 

「なぜ私が貴様の悲しみを忘れさせるための力とならねばならなかった? なぜ! 舞のためではなく貴様にっ!!」

「…………その気持ちはわかる。そして俺は舞に――」

「黙れ!!」

 

気持ちが爆発したのだろうか

先程までの淡白な喋りをしていた存在とは思えない程、気持ちを露に叫ぶ

俺は感謝と罪悪念が心の中で渦巻いている

何を言えばいいのだろうか……

想いを語ろうとする言葉さえ、精霊は認めず話すことを許してはくれなかった

瞬間――見えないナニかが飛来する

 

「…………風、か?」

 

舞の力である精霊だ

何かしらの超能力の塊であるのだから油断は出来ない

肉眼では見えない何か

風が吹いたかのように俺の横を何かが通り抜ける

 

「償いだ。貴様の命を奪い、舞に与えよう。この7年間、貴様は舞のおかげで生きたのだから」

「――死をもって行う償いほど、安いものはない」

「ほざけっ!!」

 

交渉決裂

既に精霊は話す場を設けてはくれないだろう

俺は止む無しと判断し、ブレスレッドにしてある夢幻を棍に変化させる

俺が死ぬ――いや、生命力を舞に与えることが償いになるとは思えない

記憶を戻した舞

魔を滅する等、望んでもいなかった記憶を取り戻した時の舞を思えば――そこに誰かがいる必要がある

俺でなくてもいいのかもしれないが、事の顛末を知っているのは俺だけだ

そこに俺がいなくてどうするっ!

気持ちに乱れは少しある

しかし、精霊の言に従うつもりはないことは確か

ならばその気持ちをもって、思考を戦闘に――切り替える

 

「っと!」

 

精霊が右手をその場で薙ぐと風のようなものが3つ放たれた

俺は横に大きく移動して風をかわすが、精霊は風を放つと同時に俺に向かって駆け――いや、飛んでくる

飛行して瞬く間に距離を縮めた精霊は俺の間合いへと――踏み込む

 

「っは!」

 

棍を下より振り上げる

精霊もその動きは読んでいたのか、左側へと移動して一撃をかわす

攻撃直後で動きの止まる俺を狙うように、左手を振るう

 

――“祈りの光柱ティール・スン――

 

足のつま先より光の小さな球を既に忍ばせておいた

無詠唱で魔法を発動させ、精霊を死角より光の柱が打ち上げる

精霊も気づくが、時既に遅し

上へと伸びる光の柱に体を打ち据えられ、為す術もなく上空へと吹っ飛んだ

 

「と――っぁ!?」

 

俺は迫る風を棍をすぐに薙ぎ、ぶつける

直後、その風は弾け周囲に暴れるように吹き荒ぶ

俺は体の各所を打たれ、3歩後ろへとよろめいた

音は、しなかった……これは、風というよりも……

 

「衝撃……っ!」

 

体の芯にまで響くような痛みに風の正体がわかった

衝撃波

風ではなく衝撃を塊として放っているのか

となると、ヘタに受けると衝撃を俺も浴びることになってしまう

正直、風よりもかなり性質が悪い

その瞬間、前方より吹く風――否、衝撃を感じとる

俺はすぐに後ろへと飛び退くと足元に次々と衝撃波が撃ち込まれて行く

 

「――“邪を貫く光槍デリ・シルバッ!」

 

避けながら右手を上空へ向けて翳し、光の槍を飛ばす

暗闇の空間だからだろうか

俺の光魔法がやたら眩しく見え、そして目立つ

空に吸い込まれていくように光は小さくなっていくが、何かにぶつかった形跡はない

 

「――!」

 

僅かな沈黙

周囲へ気を張っていると、いつの間にか背後に気配を感じた

近づくのではなく、既に背後に佇んでいる気配を

既に間合いに入り込まれていた事実に冷や汗を覚えながらも、俺はすぐに振り返ろうとする

 

「遅いよ」

「っぁ――」

 

半身になったところだっただろうか

俺の動きは間に合わず、背中に強烈な衝撃が打ち込まれる

まるで心臓が体から飛び出そうな衝撃

俺の体は前へと仰け反るが、吹っ飛ぶことはなかった

衝撃は背中を中心に俺の体全体へと波紋を広げるのみ

俺の体を突き抜けることはなく、体の中へ隅々まで行き渡る

 

「衝撃と見抜いた目はさすが。けれど、真の衝撃は通り抜けず、打ち込まれるのみ」

「っ、ぁ……ぅぁっ!」

 

痺れる

痛い

そんな体の声を無視し、俺はふらつく足の一歩を力強く踏み込む

手から零れ落ちなかった棍を今一度、強く握り締め体を捻る

そして繰り出すは横薙ぎの一撃

見た目に惑わされるな

俺は今、この精霊に負けるわけには――いかないっ!

 

ビュゥッ――――

 

振り抜いた一撃は精霊の体をすり抜ける

まるでそこには誰もいなかった、とばかりに……

幻のように揺らめくわけでもなく、透明感があるわけでもない

まして存在感がないなんてことはない

けれど、その存在に棍をぶつけることは敵わない

 

「精霊に物理攻撃は当てれない」

 

冷淡な一言

俺はそれを耳で聞きながら動きは止まらない

振り抜いた棍はそのまま投げ捨て、全身より魔力を捻り出す

――いや、溢れさせる

 

「っ! 貴様――」

「知ってるよ。だから――こうするっ!」

 

満ちる魔力は光となりて俺の体に纏わりつく

精霊と昔、闘ったことがある

だから、精霊はその気になれば物理攻撃は一切当たらないことは知っていた

さっきの一撃は布石

この油断を誘い出すための

そして――必殺の一撃を打ち込むための!

 

――“女神の鉄槌ユー・イカズチ――

 

驚きで動きが一呼吸分、遅れる

そこへ巨大な光を巻き込んで放たれる俺の右拳打

巨大な光の拳は精霊を呑み込み、吹き飛ばす

闇の彼方へと消えていく光とともに、精霊の姿は消え去った

 

「っ、はぁ……はぁ……」

 

暫く気を張るが、何も変化はない

俺はそこで呼吸を荒げ、膝に手をついた

正直、強かった……

いまだに全身に残る衝撃の痺れはとれておらず、握る拳も小刻みに震えている

 

「ふぅ……女神の幻光浴ユー・シャラン

 

右手に白光を集め、それを頭上に投げる

白光は光の粒子となって降り注ぎ、俺はその光を全身に浴びた

女神の幻光浴ユー・シャラン

下級魔法に位置するが、簡単な治癒魔法だ

この光を浴びれば小さい傷とか、痺れとかの痛みを緩和、または治癒することが出来る

まぁ、本当に簡単な感じでだけど……この痺れをとるぐらいの効果は期待出来る

 

「……舞を、探そう」

 

 

 

 

 

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