【覇道】
<Act.6 『黒き剣士との過去』 第4話 『戻り出す記憶』>
「ふ〜ん。あなたが有名な“カノンの水瀬”か」
そう言って綾さんは運ばれてきたコーヒーに口をつける
音も立てず、静かに飲むその姿は凛としていて目を見張る
自然にしているんだろうけど、姿勢もいいし……目に留まってしまう
しかし、それを気にしているのはこの場で俺だけらしく、時貞さんは普通に緑茶を一口飲んだ
「まぁ、その水瀬です。それであなたは?」
そう問い返す時貞さん
驚くなかれ
時貞さんはサギバを捕縛後、警備隊に身柄を引き渡しなんと綾さんをお茶に誘ったのだ
一応、助けてもらったお礼をしたい、とのこと
綾さんも警備隊が賞金支払いの手続きを終えるまで時間があるとのことで、この喫茶店に足を運んだ
「――“
「あぁ、あなたが……道理で強いわけだ」
わざと悪い笑みを浮かべて名乗る綾さんに対して時貞さんは純粋に納得していた
その素直な反応に綾さんは驚き、呆然と時貞さんを見ている
“
その名はこの時期、世界中に名が広まっていた
綾さんが世界を流浪する上で、傭兵としての活躍、そしてその強さを恐れられたからだ
それと同時に、魔女ということで良からぬ噂も勝手に蔓延っている
ゆえに傭兵として強い、という意味と恐ろしい存在、という意味がこの二つ名には込められている
だからだろう
わざと悪ぶろうとした綾さんの態度は
しかし、時貞さんは全く意に介さない
この人はそういう情報で人の真意を決め付けたりはしない
「……ふふっ。おもしろわね、あなた」
「そうですか? まぁ、そう言われて悪い気はしないですね」
その返答に綾さんは微笑を浮かべた
この長い流浪生活の中でもこの笑みは中々見れたものではなかったと思う
心の底から素直に綾さんは笑みを浮かべれていた
時貞さんは――ちょっと意味はわかってないけど、つられるように笑みを浮かべている
「あなたは誰かわかったんですけど、なんて呼べば……」
「綾――川澄 綾よ。綾って呼んでくれてけっこうよ」
何かを喋ろうとして時貞さんは息を呑む
そして名前を確認
……なんて呼べばいいかわからなかったんだな
ひとしきり笑った綾さんは目尻に浮かんだ涙を指で拭い、そう名乗る
「それでは綾さん。綾さんはこのカノンに何か用でも?」
「別に用って程のことはないかしら。世界中をふらふらーっとしてるから、たまたま来ただけよ」
「そうですか」
それは大人の世間話
他愛のない話だが、お昼のご飯を待つ時間があるのだから話すのは必然か
互いにコーヒーとお茶を飲みながら話は続く
「でも、いい街ね、ここ……歩く人の表情が豊かだわ」
そう言いながら窓越しに歩く人々の顔を見る綾さん
外を見つめる黒瞳はどこか羨望と寂しさが混ざったような複雑な色を浮かべている
「それはどうも。嬉しい言葉です」
「あら。別にあなたを褒めたわけじゃないのだけれど?」
「いえ。俺もこの街に貢献し、よくしようと思っている一人ですから。自分の街を褒められたら、嬉しいものですよ」
「自分の街、ね……」
そう語る時貞さんの表情は笑顔で満ちている
時貞さんは本当に家族を、そしてこの街を愛していた
英雄と後に呼ばれたぐらいだ……それぐらい、この人はこの街のために頑張った
それは誰もが認めている
ただ、その愛する気持ちが時貞さんを……
「どうです? 綾さんも住みますか――カノンに」
「…………なぜ、私を誘うのかしら?」
「この街はまだまだ発展中なんです。住む人、けっこう募集しているのでどうかな、と」
時貞さんは笑みを浮かべながらそう語る
確かにこの時期のカノンは街が出来て間もなく、発展途上中だった
住居を先に建ててしまい、住民を求める募集も決して少なくない
ただ発展途上中という未来への不確定要素
深い自然に囲まれた立地による交通の不便
何よりもこの雪……雪国としての生活における負担
これらを踏まえると二の足を踏んでしまう人は決して少なくはない
ただそれだけの不安要素があるからこそ、多くの住民が結束しなければこの街の繁栄はありえない
「……自分の街、って響きはいいわね。あたしも好きで世界中ふらついているわけじゃないし」
「あ、なら俺がいい家を――」
本音と思われる呟きを漏らす綾さん
時貞さんが話す途中、綾さんは手を突き出して言葉を遮る
それに驚く時貞さんが見たのは、鋭い顔つきをした綾さんだった
「もう一度だけ聞くわよ。――なぜ、私なのかしら?」
鋭い剣幕と嘘を許されない真っ直ぐな声
それに時貞さんは苦笑を浮かべ、お茶を一口
そして静かに口を開いた
「正直、あなたの強さはこのカノンに居てくれると嬉しい、という気持ちもあります」
「…………そう」
「ただ、それよりも――自分の街を求める綾さんにはこの街が似合っている、と思ったからです」
そう語る時貞さんの純粋な言葉を聞いて綾さんは表情を緩めた
綾さん――いや、“
しかし、綾さんは気づいたのだ
時貞さんは“
そしてこの人は本当に自分の街を誇っているからこそ、綾さんを誘っているということに
「……ま、その件は考えておこうかしら」
そう返答する綾さん表情はまんざらでもなかった
微笑みを少し浮かべ、残りのコーヒーを一口
そこで店員が昼食であるチャーハンとランチセットを持ってきた
それぞれ自身の昼食に手をつけ、ようやくご飯が始まる
「もしカノンに住むなら、俺の道場を訪ねてください」
「道場?」
「えぇ。水瀬道場、っていうところです」
「へぇ。道場してるんだ……ま、縁があれば訪ねることにしようかしら」
こうして大人達の昼食は進んでいく
話の区切りもよかったようで、互いに少し昼食に集中し出した
そこで俺も漸く一息吐き、もうひとつのテーブルへ目を向ける
そこでは大人ではなく子供同士――俺と舞が同じテーブルに座って話をしていた
これも、俺の記憶にはない光景だ
「へぇ。じゃぁ、舞は世界を旅してきたんだ」
「うんっ。暑いところから寒いところまで、どこでも行ってきたんだよ!」
「凄いなぁ……でも、私も少し世界を回ってるんだよ」
「祐一も! ねぇねぇ、どこに――」
子供同士
いつの間にやらすっかり打ち解けて話に夢中になっている
だが……この光景、やはり俺には記憶がない
無邪気に楽しそうに話す2人を見ながら、俺の思案は続く
しかし、ふと光景が渦を巻いて崩れていく
また場面が変わるらしい……
『ほら、思い出してきたよ』
「っ! 誰だっ!?」
声
空耳ではない
少女ぐらいの声だった
ハッキリと聞こえ、俺は臨戦態勢をとり周囲を警戒する
俺の一声に反応するように風景は渦を巻いて着え、残ったのは漆黒の闇
ただ、薄っすらと明るい光が頭上より降り注ぐ
「……月?」
空を見上げると、そこにはなぜか満月が浮かんでいる
夜空ではない
漆黒の闇の中、突如明かりのためとでも言わんばかりに満月が置かれている感じだ
「こんばんわ」
「っ!」
不意に正面から声が聞こえ、見上げていた視線を前へと戻す
薄暗くて見え難いが、そこには少女の姿があった
白いワンピースに長い黒髪
表情は全く色がなく、無表情を見せる少女
それは幼き日の舞そのものの姿だ
「……誰だ?」
「わたし? わたしは舞の力」
そう語る少女
俺の質問に答えてはくれるが、イマイチ意味を掴めない
マイノチカラという名前なわけはない
舞の力……力ということは、あの魔女の力――超能力のことだろうか?
舞の力は小さな舞を生み出すことだというのか?
――いや、何か違うな
「なぜ、ここにいる……」
「わたしはいま、あなたの頭の中にいる」
「なに?」
警戒は怠らない
俺の再度の質問に対して少女の答えは驚きだった
俺の頭の中に舞の力がいる
意味がわからない
俺の自然にこぼれた声にも少女は反応せず、淡々と話を続けた
「じきにわかる。ほら、いまのことも――おもいだした」
「え――っ!!」
その直後――俺の頭に頭痛が走った
あまりの痛さに目を瞑り、片膝が崩れ落ちる
呼吸も一瞬止まり、痛みが治まり気づいた時には少女の姿は目の前にはなかった
「はぁ……はぁ……は――え……」
不意に、気づく
俺の思い返そうとすると、今の喫茶店の光景を俺は知っていた
今、見たから知っているのではない
ちゃんと、過去の記憶として俺の中より思い出すことができる
なんだ。なんだ。なんだ――なんなんだっ!!?
気持ちの悪い感覚に嫌悪感を抱き、俺はえも知れぬ不安を抱く
この記憶は、本当に俺のものなのだろうか――と
『次が最後。よく思い出して』
「待て!」
姿は見えないがまた声だけは聞こえた
俺はまだ聞きたいことがあり暗闇の中を叫ぶが、声は空しく響くだけで返事は何もない
俺は混乱している頭の中を整理させようと深呼吸を続ける
いったい、何がどうなっているんだ……
状況の把握が出来ない
とりあえず、今思い出すとたくさんの舞との思い出がちゃんと出てくる
元気で、活発で、表情豊かな、あの小さい頃の舞との思い出が……
俺はなぜこんな大切なことを忘れてしまっていたのか
そう思う気持ち同時に、これは本当に俺の記憶なのか、と疑う思考が存在していた
「……次が最後」
風景がまた渦を巻いて歪み出す
新たな場面を作られていく光景を見て、少女の言葉を思い出した
次が最後
何がどうなっているのかはサッパリだが、少女はそう言った
ならば、次の出来事を見て考えて答えを出せばいい
それだけの何かを次に見せてもらえるはずなのだから
そう思考を切り替えると心が一時的に楽になる
目前の光景を睨むように見つめ、次の瞬間――新たな風景が完成した
――ドクンッ
鼓動が跳ねる
目の前の光景を俺は知っていた
それはもう、何もかもが終わった状態
何も出来なかった自分の結果が映し出された残酷な風景
それは忘れることが出来ない、光景
「…………さすがは時貞。この俺に、ここまでの手傷を負わすとは……」
雪の森の中
誰もいないこの場所に上半身裸で、剣を片手に持つ男が語る
黒い髪
左目には飾りなのか、金の縁取りのようなものをつけている
忘れもしない
こいつこそ時貞さんの仇――バラン
「と…と……――ときさださんっ!!!」
傷だらけの少女――否、小さき俺が叫び駆ける
その先には雪面を赤く染めていく倒れる男の姿が一人――時貞さん
「と、とき! ときさ――ときさだ――さ、んっ!」
涙をボロボロに流しながら俺は時貞さんを仰向けに起こす
瞼一つすら動かない姿を見て、溢れる感情が制御出来なくなって行く
既に喋ることすら高まった感情のせいで出来なくなっている
そんな光景をバランは眺め、表情一つ変えない
「……小娘。時貞の願いだ。我等はこれで退こう」
回復の光を作ろうとするが、高まる感情でうまく制御出来ていない
だが、例え出来ていたとしても当時の俺ではここまで瀕死となっている人を救うだけの力量はなかった
――いや、落ち着いて一つ一つしっかりと治癒していけば可能性はあったかもしれない
……自分の膨大な魔力を扱う術を、今ここで覚えていれば俺は間違いなく時貞さんを……
今でも消えない後悔を小さき俺の必死な姿を見て深く思い出す
涙がどうしても止まらなくて、ここが自分のいる世界なのかもわからなくなっていた
あの、今目の前で泣いている俺がわかっているのは――時貞さんを引き留めれない恐怖のみ
「き、きさ――きさ、ま……きさ、きさまきさまきさまきさまきさまきさま――貴様ァッ!!!!」
鼓動が完全に停止していることに気づいた俺
冷たくなっていく時貞さんを前に静かに立ち上がる
そして立ち去ろうとするバランに向かい、悲しみの直後に湧き起こった膨大な怒り――殺意がバランの背中を射抜く
「っ……小娘、どういうつもりだ?」
「――貴様ぁぁぁぁああああああっっっ!!」
強い殺意だったのだろうか
あのバランがその殺気で僅かに体が跳ねる
静かに振り返れば冷たき黒瞳が俺の体を射抜いた
だが、小さき俺はそんなもの今は何も感じてはいない
自身の奥底より湧き起こる怒り、殺意、憎しみが全てを感じさせなくしていた
無謀にもバランに向けて駆ける俺
魔力を手にただ集めているが、バランにはその程度――効くはずもない
「時貞が与えた命を――無駄にする気かっ!!」
「っぁ――」
バランの一喝の直後、天の暗雲より強き落雷が俺に落ちる
あまりの落雷の大きさに眩い閃光が周囲を包み込み、雪面は熱さで蒸発し土に穴すらも穿つ
その地面の上を落雷の直撃を受けた俺は気絶し、倒れ込んだ
バランは暫くその倒れた俺の様子を見て森の奥へと静かに歩き出す
誰もいなくなったこの場には静寂が舞い戻る
それと同時に一人の少女の姿が、茂みより現われた
「――ゆ、祐っ!!」
戻る?