【覇道】

 

<Act.6 『黒き剣士との過去』  第3話 『憧れた人』>

 

 

 

 

 

「……カノン、か」

 

次に映し出された風景はカノン街だった

建物の立ち並びや、雰囲気が今とは違うため、数年前なのはすぐにわかった

あの領主に追い出されたからの過去の光景を幾つも見た

ある街では魔女として人間に襲われたり……

生計を立てるために望んではいないが傭兵の仕事をしたり……

普通の傭兵の旅というにはあまりにも過酷で、酷い仕打ちだった

そして何より幼い少女を連れ、出来るだけ安全を確保しようとする舞の母――あやさんの想いに心を打たれる

 

「最初の光景……」

 

幾つもの過去を見てきたため、少し忘れていたが最初に見た光景

小さな俺と小さな舞が一緒に戯れていた、あの光景

俺の記憶にはない……それは今、思い返してみても変わらない

それから更に昔の過去に飛ばされ、今また……カノンに戻ってきた

その答えがこの先にあるのかもしれない

 

「ま、魔物が来たーーっ!!」

 

一言

穏やかな街の空気が一変する

声の出所は街中を駆ける1人の兵士――いや、警備隊員か

見張り番の1人なのだろう

そう叫びながらその後ろから住民の避難を促す警備隊員の姿も見える

俺はすぐに幽体化して姿を消し、事の様子を窺うことにした

 

「おまえは隊長に伝えてくれ! 俺は水瀬さんのところへ行く!」

「わかった!」

 

――ドクンッ

 

伝令として駆ける警備隊員の言葉に思わず、鼓動が強く鳴る

それは何に対する鼓動だったのだろうか

俺は自分が動揺しているのがわかった

過去のカノン街で、魔物が来て、水瀬へ連絡する

これは、これは――っ!!

 

「時貞さんっ!」

 

俺は駆けていた

今はもう亡き人――水瀬 時貞

俺が助けてあげれず、今でも後悔として残っている出来事

あの人は死ぬには早過ぎた……早過ぎたんだ!

当時のやるせない怒りを思い出しつつも、俺は走りながら街の外へと飛び出す

すると雪原より迫る魔物の群れを発見

種類は多種多様

ハクバウが一番多そうだが、インプもかなりの数がいる

またベアドやモンキー、ラビットの姿もしばしば……

その奥にいるのは緑の肌に黒い服を着た男

一目で魔族とわかるその姿、そしてその魔力

雑魚、ってわけじゃなさそうだ

 

「陣形を整えろ! 街へ魔物を入れるな!」

 

すぐに魔物に目が行ってしまったが、群れの先頭では警備隊が応戦している様子が窺えた

数は……40名前後、というところか

凡そ2部隊分程度

一方の魔物の群れは100はおり、また指揮をとっている魔族も考えれば……この戦力では厳しい

俺はその他に誰かいないか見渡すが、誰かいる様子はなかった

 

「時貞さんはまだ、か」

 

俺はそう呟くと姿は見えないが、一応邪魔にならないように街の壁際へと寄り壁に背を預ける

呆然と戦闘の光景を眺めながら、ふと思い出していた

カノンの街に来て、学園の編入試験でこの場所に来たっけ……

今の風景とは多少違うが、場所は同じ

今戦闘をしているあの辺りも俺が駆け抜けた場所と同じだ

あの時は白狼と話をするためにここを駆け抜けて、その途中で舞に鋭い一撃をもらったんだっけ

思えば俺と舞の出会いはあの時が最初だった

そう、幼い頃に出会っていたことは……ないはず、だ

 

「声を出せ! 一気に行くぞっ!」

 

それは、懐かしい声

空気を切り裂くような鋭さを秘めた一声の後に、呼応するような声が響く

俺は声に惹かれて視線を門へと向ければ、そこにはあの人がいた

短い黒髪

水瀬流の薄い紺色の拳法着を纏ったあの人――時貞さんが

 

「悪意のない魔物は倒すだけでいい! 狙うはあの――魔族だ!」

 

そう声を掛けて時貞さん達――自警団は警備隊を後押しするように戦場に加わった

時貞さんが結成した自警団は主に水瀬流の門下生が大半を占める

水瀬一刀流、小太刀一刀流、小太刀二刀流、柔術をそれぞれが扱える猛者ばかり

あの程度の魔物では手も足も出ない

戦況は一変し、一気に人間側が魔物を追い詰めていく

 

「わ。あっという間に行っちゃった……」

 

また声が聞こえる

聞き慣れたその声をもとへと視線を向ければ、そこには幼き日の俺がいた

7年前、になるのだろうか……ちょうど10歳位

白い長い髪に白いマントを羽織っている

中には身動きがとり易いように強化服を着ているはずだ

……まだ女言葉が抜け切っていないところが、ちょっと恥ずかしい

 

「だな。ま、総師範が入れば当然だろうけど」

 

その小さき俺の隣に佇むのは細身に長身の男性

彼の名は天野あまの みのる

水瀬流上師範役にまで上り詰めた才気溢れる若者

ま、言わば水瀬流のエースだ

赤茶の髪を隠すように頭にはいつもタオルを巻いており、それは今日も変わらない

戦場を見ても何も焦らず、冷静な表情で場を見つめていた

実さんはいつも俺のお守り担当だったからな……あぁやって退屈そうにしてたっけ

あぁ……本当に懐かしい……

 

「あ! あの人、手配書で見たよ!」

「ぁ? ぁ〜……なんだっけ。名前出てこねぇ」

 

小さき俺は魔族を見て指差し、声をあげる

その指の先を探すように実さんも視線を向けた

目を細め、かなり怖い顔になっているが……気にしてはいけない

あれはただ思い出せなくてちょっとだけ苛ついているだけだから

しかし、俺もあの魔族を見て少し頭の隅で記憶が蘇る

俺はこの光景を見たことがある

そしてあの魔族も……知って、いる

確か名前は……サ、サギ……サギバ――――

 

「サギバ・デスチェン。森の奥に砦を築いて貴族ごっこをしてる魔族だよ」

「あー、知ってるぜ。酔狂な奴は魔族にもいるんだなぁ、って思った奴だ」

 

説明出来て嬉しそうな顔を見せる小さき俺

そんな微笑ましい一間から視線を外し、俺は魔族――サギバを見る

さっき見た時は微塵も記憶には引っ掛からなかった

それが突然、ふとした拍子に思い出せた……

その気味の悪い感覚に俺の表情は硬い

記憶なんてそんなもの、と言われればそんなものかもしれない

確かに時貞さんと魔物の迎撃は数え切れない程こなしている

しかし、魔族がいたことなどそんなにない

忘れるとは思えないが……いや、仮に忘れてもこんなに思い出せないものだろうか?

渦巻く心中とは関係なく、戦況はどんどん変化していく

時貞さんは1人で駆け抜け、サギバのもとへ辿り着きそうだった

 

「サギバ。森の奥で大人しくしているならばこちらも干渉はしない。しかし、人に危害を加えるというならば容赦はしない」

 

小太刀二刀を逆手に持ち、時貞さんはサギバに語る

あの人は幼き俺の言葉に耳を傾け、魔物でも魔族でも悪戯に命を奪ったりはしなかった

先程の魔物の指示とてそう

今思えば、子供の言をあそこまで真面目に聞いてくれた時貞さんはやはり、凄い

時貞さんの言を受けたサギバは嘲笑うように時貞さんを見る

 

「バカ者めが。我が望むは若く、美しい女子の肉、そして血なり。低脳な猿が偉そうなことを申すな」

「――ならば、交渉は決裂だ」

 

サギバはおかしな喋りで話し出す

あれが貴族ごっこの果てに辿り着いた喋り方なのだろうか……?

貴族が聞いたらキレそうだな

時貞さんはそんなバカらしい喋りには気にも留めず、覚悟を決める

僅かな間をおいて一言

直後――時貞さんの姿が消える

 

ギィッ!

 

甲高く鳴る金属音

それはサギバが鞘より半分洋剣を抜き、時貞さんの一撃を受け止めた音

一瞬で動いた時貞さんの動きについていくとは……実力は侮れない

時貞さんはすぐに距離をとるようにサギバより離れ、サギバはそこで洋剣を抜き放つことができた

 

「猿にしてはいい動きをするではないか」

「それは褒め言葉として受け取ろう」

 

真面目だよ、時貞さん

思わずツッコミたくなる程の真面目な返答に声が出そうになる

あの人は真面目の真面目の真面目の真人間だ

おかしくなる程の真面目さを目の当たりにして思わず、口元に笑みが浮かぶ

 

「――なればこそ、我が暗黒剣を披露するには相応しかろう」

 

サギバはそう言うと右手には洋剣

左手には闇を纏い、臨戦態勢を整える

剣技と魔法を同時に扱うのか……性格はバカなのに本当に実力はあるな

エクストリームのような魔法を織り交ぜた格闘術とは違い、サギバは剣術と魔法を同時に使おうと言うのだ

魔法とはデリケートなもの

詠唱を唱え、精神を集中させ、そして魔力を魔法へと昇華させる

それを剣技を扱いながらこなすなど、ただのバカには決して出来ない芸当だ

 

「ならば俺も――容赦はせんっ!」

 

そう一言

瞬間――時貞さんの姿が再び消える

それに対してサギバは左手の闇を増幅させ、詞を一つ

 

「――“散りし闇雷の魔手ダリアヌ・ハンズー”ッ!」

 

闇より乱れる触手のように黒き雷光が迸る

それこそ無差別に飛ぶそれはいくら早く動こうともかわしきれるものではない

しかし、サギバの前に飛ぶ闇の雷が幾つか裂ける

それは時貞さんが小太刀で魔法を――切った証

 

「そこであるかっ!」

 

サギバもそれを見落としていなかったのが、時貞さんが迫る方向を特定する

そしてすかさず踏み込み、洋剣の鋭い一撃を振り下ろす

 

――ギッ!

 

しかし、再びその剣戟は止められる

だが今回は時貞さんは動きを止めない

洋剣の一撃を逆手で持つ小太刀一本で受け止めた

それを可能にしたのは峰を腕に添えた状態で受け止めたからだろう

時貞さんは小太刀で洋剣を払い流し、サギバに隙を作る

そしてよろけたサギバに向かい一歩を踏み込み、身を懐へと忍ばせて――

 

「ウギャァァァァァ――――」

 

勝負は一瞬

時貞さんはサギバの首もとを切り裂くと鮮血の雨が降り注ぐ

時貞さんはサギバを蹴り飛ばすと、サギバは雪の上にその身を滑らせて伏した

 

「……将は討たれた。戦意のない者は――退けぃっ!!」

 

暫くサギバを睨んだ時貞さんだが、死を確認すると戦場に向かい一言

鋭き一言は魔物には意味は理解できなくても、その雰囲気を感じ取ることはできたようだ

魔物の群れは戦うのを止め、森に向かい必死に逃げていく

戦い疲れた警備隊は追うことはせず、自警団は時貞さんの意思をわかっているため追おうとはしない

 

「さすが時貞さん……」

 

サギバは弱いわけではなかった

使用した魔法は下級だったと思うが、もっと強い魔法も使えただろう

時貞さんの得物は小太刀

武器としての攻撃力は高い方ではない

ゆえに時貞さんの戦闘スタイルは相手に実力を出させないこと

実力を出すことを防ぎ、その前に一撃必殺で倒してしまう

小手調べ、等していれば今のサギバのように一瞬で倒されることとなる

 

「あ!」

「! ――総師範!」

 

門の所にいた小さき俺の声に実さんも何かに気づき、すぐに時貞さんに向かい駆ける

俺も視線を向ければ死んだと思われたサギバがなおも血を流しながらもその身を起こしていた

まるでソンビ

不死者を思わせる起き上がり方は不気味でしかなかった

時貞さんは周囲を見渡しているため、サギバに気づいていない

あの人なら気づきそうなものだが……

サギバとはそれなりに距離もあるため、気づかなくても仕方ないかもしれない

サギバもそれを踏まえてか、剣ではなく闇を増幅させ魔法での攻撃を狙っている

 

「総師範っー!」

「!」

 

実さんの叫びが木霊する

時貞さんは実さんの姿を見ると異常に気づいたようですぐに振り返った

しかし、時既に遅し

サギバの闇は瞬間、一気に膨れ上がり強力な魔力を感じさせる

 

「オロかなり、サルよ」

「っく!」

 

放たれる

そう誰もが感じた瞬間、サギバの動きが止まった

一応、防御の構えをとっている時貞さんもサギバに動きがないため、怪訝にサギバを見つめた

しかし、この中で一番不思議そうな顔をしているのはサギバ自身に他ならない

体を動かそうとしているにも関わらず、動かすことが出来ないのだから

 

「人間を、なめ過ぎじゃないかしら」

 

戦場に聞こえる綺麗な声

それは森の方から聞こえてきた

皆の視線が向けられると、そこには旅の白いマントを羽織った黒髪の女性が1人佇む

右手をサギバに向けて突き出し、サギバの動きを止めている人物

漸く、登場か……

懐かしさに浮かれていたが、この夢は舞のもの

彼女――綾さんの登場は当たり前なのだ

 

「賞金首サギバ・デスチェン。その1700万の首、頂戴するわ」

 

 

 

 

 

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