【覇道】

 

<Act.6 『黒き剣士との過去』  第2話 『魔女狩り』>

 

 

 

 

 

「……今日はこんなに大勢で、何か用かしら?」

 

兵隊長と思われる男の一喝の後、僅かな沈黙を経て小屋のドアが開く

その中から出てきたのは若い女性

長く綺麗な黒髪は膝程まであり、照らされる陽光できらきらと輝いている

また細く、長身なのが非常に似合っており目を惹かれた

取り囲む兵士達がその美貌にか、息を呑んだ

 

「見ればわかるだろう。領主アーク様の命により、漆黒の魔女――貴様は本日、現時刻をもってして国外追放とする!」

 

銀の鎧に身を包む赤髪のおっさん――もとい、兵隊長は女性に指を指して高らかに宣告する

だが、女性はそんな宣告を受けても無表情は変えず、その漆黒の瞳で兵隊長を睨むように見続ける

その気負いだからだろうか

思わず兵隊長は言葉を喉に詰まらせたように唸り、口を塞いでしまう

 

「領主でありながら、“国外”追放とは……そんな権力を持ち合わせていたかしらね?」

「黙れ! これはこの街の住民、全ての総意でもある! 従わぬならば武力行使も厭わんぞ!」

 

挑発するかのような女性の発言に兵隊長は怒りを露にして叫ぶ

しかし、対する女性はどのような言葉を浴びて、視線を受けてもまったく表情一つ変えない

黒髪にあの無表情

俺の直感はあれが間違いなく舞の母親だ、ということを告げている

そしてそれは間違いないだろう

 

「ふーん。武力行使、ね。カッコつけて言ってるけど、結局は暴力振るうってことでしょうが」

「違う! 我等の刃は漆黒の魔女という悪魔を裂くために振るうのだ。この正義の刃が暴力なわけあるかっ!」

 

そう叫びながら兵隊長は腰に佩いていた洋剣を抜き放つ

それに伴い、取り囲む兵士達も腰を落として臨戦態勢に変わる

ここで初めて女性の表情が変わった

無表情なものから、嫌悪感を抱く汚物を見るような目で兵隊長を見る

俺はその様子を見て強く共感を覚えた

なぜなら俺も――今の発言は反吐が出そうな程、苛立ちを感じたからな

 

「ぁん? 人間を殺す刃が正義とは、哂わせるね」

「貴様は人でありながらにして魔女――魔に属する者。命に従わねば刃を振るうしかあるまい!」

 

平行線

埋めようのない溝が互いの間にある

剣を構える兵士達を一度見渡してから、女性は体の中の何かを吐き出すように俯いて深い溜め息をこぼす

瞬間――風を切る音が鳴る

 

「――下を見ているから、気づかないとでも思ったのかしら?」

 

そう言いながら顔を上げ、女性は左側の兵士を睨む

――いや、具体的にはその付近にある幹の上の葉の茂み

そこから飛び出したのは一本の矢

女性を殺す殺意が込められた一撃は間違いなく女性の頭を狙ってあった

しかし、女性は矢に撃たれてはいない

なぜならばその矢は――池の上で静止しているのだから

 

「魔女め……悪魔の力で矢を止めたか」

「悪魔、ね。隠れて矢を放つ連中が正義を語るよりはマシだと思うけれど?」

「黙れ! これ以上、貴様と語る言葉はないわっ!!」

 

兵隊長はそう叫ぶと手を振るう

それに呼応するように兵士達は鬨の声をあげて女性に向かい駆ける

女性はその光景を見て一瞬、悲しげな、寂しげな表情を浮かべるがすぐに無表情に戻った

俺の見間違いか?

そう思ってしまうほどの一瞬だったため、確証はない

 

「――なら、私は魔力行使でいかせてもらおうかしらっ!」

 

そう叫ぶと女性は両手を兵士達に向けて突き出す

瞬間――夥しい量の魔力が渦巻いた

そのあまりの強力さに俺の背筋に寒気が走る

 

「か、体…が……」

「う、動けっ! 動けぇーっ!」

 

兵士達は突如、その動きを止めた

――いや、止めさせられた

走る途中の無理な格好であっても動きが止められている

この人数の人間を魔力で止めた……これは魔法ではなく、超能力

届け想いよトゥ・ハート”にいた姫川さんと同じような力かもしれない

人間の動きを止めている、というよりは鎧や武器等の物質を止めているようだ

 

「これでわかったかしら? 貴方達では私をどうこうするのは無理、ってことが」

「くっ!」

 

女性の言葉に兵隊長は悔しげに呻く

しかし、凄い……この大人数の人間を止めるだけの力の行使力

この力がもし自分に向けられたら……と考えるだけでぞっ、とする

俺は夢の中とはいえ乱入しようかと思い握っていた拳は、いつの間にか解けていた

彼女の力があればこれだけ兵士がいようと問題ない、というのを本能で感じたからだろうか

 

「そこまでだ。アーリス。川澄」

 

硬直したこの場に落ち着き払った声が響く

声の出所は街へと続く道から兵士を連れて現われた茶髪の男性

馬に跨り、高そうな白銀の鎧を纏った人物だった

年の頃は40代、ぐらいだろうか

この場を静かに見つめる青き瞳は冷静な色を見せる

 

「アーク……」

「川澄。すまないが、こうなった以上君にはこの国を出てもらいたい」

 

顔見知り、なのだろうか

女性――川澄さんはアークと呼ばれた男性を見て、無表情を崩す

困ったような、寂しげなような……幾つもの想いを内包した表情だ

 

「アーク。前にも言ったけど私は――」

「君自身が何もしていないことは知っている。しかし、君の存在はこの国の不安要素となっている」

「つまり、存在することが罪、ってことかしら?」

 

アークさんは表情をわざと消したかのように無表情で淡々と語る

その言葉を聞いた川澄さんは明らかに動揺していた

無表情を装ってはいるが、訊ねる声が僅かに震えている

質問を受けたアークさんは悲痛を隠すように眉根を寄せ、下を向き答えた

 

「――止む無し、だ」

「っ!」

 

その返答に川澄さんは乱れた

それは超能力の制御を乱し、兵士達は動けるようになったのか数名転ぶ者もいた

突然のことに戸惑いを見せるが、自由になった兵士達は――命に従い川澄さんに向かう

一方の川澄さんはあれ程気丈に振舞っていたのに、溢れる感情を止められないのか口元を手で覆っていた

ダメだ。川澄さんは間に合わない!

そう感じると俺は力強く地面を蹴り、駆ける

夢の中の出来事

俺が助けても過去は変わらないのはわかっている

けれど! 何もせずこの光景を見ていることは俺には出来ない!

 

――ブワッ!

 

「え――」

 

突然の出来事だった

小屋に向かい駆ける兵士達

もう川澄さんの間合いに入ってしまう

その瞬間だった

まるで信じられない突風でも吹いたかのように兵士達が吹き飛ぶ

俺の耳が聞こえたのは風の音だけ

後は――吹き飛ばされた兵士達の苦痛の叫びだった

 

「な、なんだ!? 何が起こった!!?」

 

兵隊長――アーリスさんは目の前の光景が信じられず、混乱の声をあげる

確かに、変な光景だった

風で吹き飛んだ、とは言うが兵士達はまるで腹部を打たれたかのような吹き飛び方をした

それは見ていて酷く不自然で、本来はありえない出来事

それは本能で認知しているからこそ、動揺は大きい

 

「おかーさん。いじめるな」

「っ! ま、舞!」

 

小さな声だった

その声の主は川澄さんのズボンを掴みながら、兵士達を睨むように見る

小さな少女だった

5歳ぐらいだろうか

長い黒髪に白いワンピース姿

一目でわかった

あれは――舞だ

 

「こ、子供だとっ!?」

 

アーリスさんの驚きの声が響く

その声で少女の存在に兵士達も気づいたのか、舞に視線が集まっていく

そして聞こえるのは――魔女の子、という囁き声

こいつら……

怒りで拳を握ってしまう

こういう理由なき差別を見ていると怒りで身が張り裂けそうになる

 

「川澄。その子とともに国を出ろ。出なければこの森を――焼く」

 

舞の登場にもアークさんは乱れず、そう言葉を発した

この人は川澄さんに対する悪意があまり感じられない

寧ろ、自身で手にかけねばならない事態を恐れ、逃がそうとしている意思が伝わってくる

それは川澄さんもわかっているだろう

アークさんが右手をあげると、後方より十数名の兵士が現れた

松明を持ち、背には壷を背負った兵士達が……

 

「アーク……そこまでのこと、なの……」

「この問いかけを最後とする。川澄よ、国外へ出よ」

 

松明部隊を見て川澄さんは愕然とした

森を焼いてまで追い出したい、と言われたのだ

ショックだろう……

アークさんのその問いかけに川澄さんは俯き、静かに舞を抱き上げた

 

「? おかーさん?」

「……さようなら、アーク」

 

状況がわからず、小首を傾げる舞

一方、川澄さんは俯いた顔を上げないままそう呟くと、兵士達に背を向けて森の奥へと歩き出す

その背中はあまりにも寂し過ぎた

沈黙のまま、兵士達の視線をその背に浴びて川澄さんは森の奥へと消えていく

 

「領主様! 逃がしてよいのですか!?」

「……よい。魔女とはいえ人でもあるのだ。この位の容赦はしてやろう」

「……はっ」

 

アーリスさんの訴えにアークさんは静かにそう答えた

少し不満そうだが、アークさんの弁にアーリスさんは静かに引き下がる

そしてアークさんの指示で松明部隊は小屋に火をかけた

燃え盛る炎

木々の割れる音が静かに響き渡る

俺はその光景を背に街の方へと歩き出した

 

「こんなの、間違っている……」

 

理由なき差別

それは俺がなくしたいものの一つ

そしてこのような現実を俺はユーの頃に幾つも見てきた

こんな光景を世界からなくしたい……

歯痒い想いからか、俺は強く拳を握り締め歯を噛み締める

 

『これが、始まり……』

 

「っ!?」

 

突如聞こえた声に俺は後ろを振り返る

しかし、そこには誰もいない

周囲を見渡しても誰もいない……気配も感じない

また空耳?

しかも、こんなにハッキリと……?

不可解な出来事を目の当たりにして思わず、鳥肌が浮かぶ

 

「………………」

 

暫く立ち止まって耳を澄ませるが、何も聞こえない

……気にしても、仕方ないか

俺は再び歩き出すその瞬間、再び風景が乱れ始めた

新たな夢を俺に見せてくれるらしい

 

「……舞。おまえは剣に何を誓ったんだ?」

 

 

 

 

 

戻る?