【覇道】
<Act.6 『黒き剣士との過去』 第10話 『交渉勝負』>
「はい、お待たせ〜♪」
ドアが開いたと思えば陽気な挨拶でヘヴンさんが登場する
俺と美凪はドアの前に気配が来たことがわかったので、一応立ち上がってヘヴンさんを出迎えた
傭兵とギルド長
雇用主さんに対する態度というのは大切だからな
「すいません。夜分に押しかけてしまって」
「いいわよ。0時までなら基本的に起きてるから。ま、いいから座っちゃって」
会釈程度に頭を下げ、そう挨拶する
今は夜の22時過ぎぐらいだろうか
寮を抜け出すならこのぐらいの時間がちょうどいいからな
俺と美凪はヘヴンさんの言葉に甘えてイスへと座り直す
「それで、用件っていうのは何かしら?」
「魔物の動向と、警備隊やギルドの今後の動きについてですかね。教えてもらいたいんです」
俺の言葉にヘヴンさんは一気に表情は引き締まり、真剣な眼差しで俺を見る
いや、もう睨むと言ってもいいだろうか
まぁ、それも当然だろう
討伐隊と魔物の群れの激突
それがあった後の情報をくれ、と言うのだ……最重要機密であるとも言えることを、だ
「……あのさ、そんなこと言えると思う?」
「はい。ヘヴンさんの俺に対する信用を考えれば言えると思いまして」
「……言ってくれるわね」
俺の堂々とした言葉にヘヴンさんは苦笑し、そう語る
まぁ、自分でもずうずうしいことがよく言えるな、と思うぐらいだからな
ここはヘヴンさんが俺を親愛なる傭兵に欲した事実を逆手にとってみた攻め方だ
もちろん、リスクは大きい
特にこの人の性格だと何か条件が出てきそうだが……今は情報収集が最優先だ
「それで、討伐隊の件はどこまで知ってるのかしら?」
「今日、配布された号外の情報ぐらいです」
「あ、見てくれた? 中々、いい出来だったでしょ」
俺の返答でヘヴンさんはまた気を良くしたしたのか、笑みを見せる
なるほど……折原が教えてくれた号外の出所はギルドだったのか
そういえば夕食の時にでも確かめようと思って確認するのを忘れていた
「号外そのものは見れてないんですけど、取り組みは素晴らしいと思いましたよ。それに内容も細部までありましたし」
「でしょ〜♪ 我ながら地域貢献のためになったと思ってるのよね♪」
号外を見れていない、という部分で明らかに不機嫌そうな顔をするが、感想を聞くと笑みに戻る
ころころと表情がすぐに変わる人だなぁ……分かりやすい上に、明るいので不快感を与えないところも凄い
っと、妙なところで感心していて肝心の話題から逸れていっている
隣にいる美凪も視線を俺に送り、話題が逸れていることを教えてくれた
「あの、ヘヴンさん……」
「あ、話が少し逸れたわね……それで、わかっているのはそれだけ?」
ヘヴンさんはそう俺の瞳を覗くように真っ直ぐと見つめてくる
俺は警舎の襲撃の件まで言うべきかどうか、少し迷う
けれど、ヘヴンさんはこの若さでギルドの支部長にまで上り詰めた敏腕だ
長けているのは人との交渉力
ヘタに嘘を吐くのはよくないだろう
俺はある程度の覚悟を決めて素直に話すことにする
「後、昼間に警舎が襲撃されましたよね? 凄い音だったので現場を見に行きました」
「…………なるほどね。漸く合点がいったわ」
「?」
俺の発言に対してヘヴンさんはそう言葉を漏らす
合点がいった?
意味がわからず、俺は首を傾げるしかない
隣の美凪にも視線を送るが、美凪も俺と同じようで顔を横に振る
「あなた“
「…………は?」
ヘヴンさんは自信満々に俺を指差してそう宣言する
しかし、俺には何のことだかサッパリで少しの間呆けてしまった
な、なんだって?
ホワ、ホワイト・エンジェル……?
俺の困惑の態度を見てヘヴンさんの自信に満ちた表情が徐々に崩れ出す
「あ、あれ……? もしかして、私……スベった?」
「……あの、“
俺の問いかけに対してヘヴンさんは納得いかないのか、俺を睨むように見ながらぶつぶつと独り言を呟いている
思考に集中しているようで俺の問いかけは無視されてしまった
それにしても、少しだけドキッと内心してしまった
“
天使って単語に少しだけ焦りを感じてしまった……
「……そうか。警備隊での噂だから、本人が知らない可能性もあるわけね」
「あの……」
「ごめんなさいね。けれど、正直に話してくれたからにはこちらも情報提供にはある程度協力しましょう」
ヘヴンさんは考えがまとまったようで、キリッとした顔つきになり姿勢を正して座り直した
その姿を見て思わず息を呑む
これがギルドの支部長の姿……ヘヴンさんの仕事に真面目に取り組んだ姿なのだろう
その姿につられるように俺も美凪も、姿勢を正して座り直した
「まず、“
「噂、ですか」
「えぇ。最近の事件に出没する謎の白髪の美少女について、ね」
「っ……そういう、ことですか」
そこまで話してもらって俺も先程のヘヴンさんの言葉の意味を理解した
最近の事件と言えば俺が関与してきたものも数多いだろう
ハクバウの子の事件に始まり、“白き辻斬り”や“赤鬼”に関しては警備隊は絡んでないが、ギルドを活用している
ヘブンさんが把握する分には十分だろう
後は藤田さん達と協力して行った“紅桜”壊滅に天狗の襲来
噂になるには十分ではあるよな……そしてものの見事に女性として認識されたわけだ
まぁ、もしもの場合に備えての女装なのだし、それについては問題ないが……もうそんなに目立ってるのか
「警備隊はこの少女の捜索を開始したらしいわ」
「え゛……」
しれっ、と何事でもないように言われた言葉に俺は思わず固まる
警備隊に捜索される、ということは行動がかなりし難くなる
それにもし俺だと判明されれば学生を続けることも難しくなるかもしれない
これはまずいな……
俺は苦い表情を浮かべつつ、冷静に考えて知りたいことをヘヴンさんに問いかける
「ちなみに、なぜ警備隊は捜索を?」
「カノン警備隊の副長が指示を出したのよ。ちなみにギルドにも――というか、私にも打診があったわよ」
絶句
もう何も言う言葉がない
俺のことを捜している人が目の前にいるとは……どうしようもない
例えここで逃げたとしても素性はバレる
カノンに留まることは叶わないだろう……それは困る
しかし……
「まぁ、そう焦らないで。私はギルドの支部長として、傭兵を売ったりはしないわよ」
「……本当ですか?」
「えぇ。私がそういう人に見えるかしら?」
「……いえ、見せません」
「うんうん。よろしい」
疑われたことがちょっと苛立ったのか、眉根が寄ったヘヴンさん
しかし、俺の返答を聞いて機嫌が直ったのか笑みを見せてくれる
ちょっとおちゃらけたところはあるけれど、凄く真面目な性格してるんだな
俺はそれを深々と感じ、少しだけこの人の見方を改めることにする
「ま、それで警備隊は貴方の捜索と同時に残った戦力を集めているわ。魔物の討伐に対する意志は挫けていないみたいよ」
「そうですか……」
その台詞に淡い期待は見事に砕け散る
ギュウマとの戦いで警備隊への被害も少ないわけではないはず
しかし、それでも攻撃する姿勢を止めないとは……
俺はそこまで考えた時、昼間の警舎で見たギガラントスの姿を思い出す
あの光景を見れば守りに徹しても意味はない、な
守っていればギガラントスは自身の都合のいいタイミングで襲撃して来るだろう
それならばこちらの体勢が整ったタイミングで攻撃した方がまだ優勢だ
それに街に対しての被害を出さずに済む
警備隊のその判断は正しいと言えるだろう
「では、ギルドも警備隊とまた協力するんですか?」
「そうなるわね。魔物への襲撃に対する応援要請も夕方、既に届いているわ」
戦力の掻き集め
警備隊への被害は間違いなくある
それをカバーするには応援要請を各組織に出すしかない
ギルドだけではなく、学園にも何かしらいっているんだろうな……
そうなると、今回の件で動くと俺のことがバレる可能性が高まるわけだ
はぁ……ギュウマの時みたいに単独行動で行くしかないかな?
そこまで考えた時、ヘヴンさんが妙に作ったような笑みを浮かべ口を開いた
「そ・こ・で。親愛なる傭兵に依頼を出させてもらうわ」
「…………なんでしょう?」
正直、嫌な予感しかしなかった
この時点で拒否の言葉を言おうかと思ってしまい、言葉が喉に詰まる
さすがにそれは失礼だろう
嫌な予感しかしていないだけで、もしかしたら俺の勘違いかもしれないのだ
そう、勘違いかも……しれないのだから
「1つ目は今回の討伐隊に傭兵として参加すること。2つ目は警備隊の副長にギルドを通して会うこと」
ハッキリと言われた内容に申し訳ないがハッキリと嫌な表情を浮かべてしまう
どっちも嫌だ……
返事の言葉は出ずとも、俺の表情を汲み取るだけで真意を知ることは出来だろう
ゆえにヘヴンさんも苦笑を浮かべながら言葉を続けた
「そう嫌な顔はしないで。ね? よく考えてみればこれはある意味、チャンスとも言えるはずよ」
「……チャンス?」
何がどうチャンスなのだ!
という言葉は心の中に押し殺して俺は問い返してみた
まぁ、俺が嫌がるのは予期していたようなので、俺を納得させるだけの何かを持っているのかもしれない
俺は今しばらく、ヘヴンさんの話に耳を傾ける
「そう。貴方が何が目的で様々な事件に関与したのかは私は知らない。けれど、今回の魔物のことについても情報収集をしにここに来た
つまり、関与するつもりが今回の件にもあるのよね。なら、ギルドを通して介入するのも悪くはないんじゃないかしら?」
ヘヴンさんの説明に俺は押し黙る
確かにギルドというほぼ公認された組織に入って動けば利点もある
何かあったとしてもギルドは傭兵を守ってくれるだろう
特にこのヘヴンさんならなお更に……
しかし、逆にギルドの命令には従わなければならない
それを天秤にかけた場合、どうなのだろうか……
「副長の件に関しては会うだけでいいわ。話の内容については一切、こちらは触れない。好きなことを話してもらえればいいわよ」
「……つまり、ギルドとしては警備隊に恩を売るため、ですね」
「えぇ。物分りがいい子は好きよ♪」
ヘヴンさんの言葉に俺は表情を渋くする
先程のヘヴンさんが提示した依頼で強調されたのは“ギルド”という言葉
警備隊が求めるのは俺と会うこと
身柄の拘束ではないだろう……仮にそうだとしても、ギルドを通して会うのならばある程度の安全は保障される
それと同時に警備隊の探し人をギルドが提供することにより、警備隊に対して恩も売れる
確かに両者に利がある話だ……
俺も会いたくはないが、このまま放置していてもずっと捜索されるだけ
逃げるのは得策ではない
どうせ話をするならばこの話に乗った方が楽かもしれないな……
「あ、そうそう。もしこの依頼を呑んでくれるなら、貴方が知りたがっている魔物の情報をもう少し教えてあげるわ」
「……さすがですね」
「何のことかしら♪」
絶妙なタイミングだった
と感嘆の言葉を言わずにはいれないだろう
相手の心理を読み、ここぞという時に切り札を切る
なるほど……この交渉術は確かにギルドの支部長にまで上り詰めただけはある、と感じさせる
ヘヴンさんのいいように話が持っていかれてる気はする
だが、この人の恐ろしいところは俺にも利があり、俺のことを思った上での話ともとれるところだろう
「……わかりました。その依頼、受けます」
「ほんとっ!? よかったわ〜。これで私の肩の荷もおりた、ってものよ」
そう言って自身の肩を軽く叩く動作をするヘヴンさん
……急に年寄りくさく見えた、っていう感想は心の内に秘めておこう
俺は歓喜の表情を浮かべるヘヴンさんに対し、苦笑するしかない
けれど、俺の話はまだ終わってはいない
「ただ、一つだけ俺の我侭を聞いてください」
「……一筋縄ではいかせてくれないのかしら?」
「すみません」
笑顔も続きの言葉を出させないための手腕だったのでは?
そう思う程に続けた俺の言葉に対するヘヴンさんの声は冷たい
けれど、俺もここで引っ込むわけにもいかず、言葉を続けた
「俺のギルド登録名を相沢 悠という名前で、女性に変更させてください」
「…………随分な我侭じゃないの。登録を偽名で偽装しろ、っていうの?」
俺の申し出に対してヘヴンさんは険しい表情と、怒気を孕んだ声で問い返してくる
まぁ、嘘をつけ、と管理者に申し出ているのだからおかしな話だろう
けれど、今回の件で警備隊や学園も絡んで来た時のことを考えるなら、この登録を変えておく効果は大きい
そう。ありえないからこそ、ありえないことをすることで効果は大きくなるのだ
しかし、ありえないからこそ、させるわけにはいかない
それはヘヴンさんの表情が物語っている
「悪いけど、私。仕事は真面目にするタイプなのよ」
「知ってます。知っていて、頼んでます」
圧力をかけるようなヘヴンさんの雰囲気
だが、俺はそれに屈せずに頭を下げて頼む
そのまま沈黙が十数秒は続いただろうか
不意にヘヴンさんの空気が和らぎ、声が紡がれる
「ぅぅ、はぁぁ……わかったわ。余程の事情があると見て、私の責任で変えてあげるわよ」
「すみません」
俺は感謝の気持ちを伝えることしか出来ない
ヘヴンさんは疲れたように溜め息を吐き、苦笑している
「た・だ・し! この貸しは相当大きいから、覚悟してなさいよ!」
「えぇ。我侭きいてくれて、ありがとうございます」
「ほとにもう……」
俺の感謝の言葉にヘヴンさんは腕を組んでため息を一つ
俺としては大満足のいく話し合いになったので大成功だった
ヘヴンさんとしても概ね予定通り話が進んだはずだ
にしても……この人との話し合いは気疲れする
「まぁいいわ。それじゃ、魔物の情報について教えてあげる」
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