【覇道】

 

<Act.6 『黒き剣士との過去』  第1話 『夢魔の能力』>

 

 

 

 

 

「………………」

 

静かな部屋

静寂が場を支配していると言っていい

俺は床に座り込みながら、静かに眠る舞の寝顔を眺めていた

静かに眠るその表情はとても安らかで、とても魔法で強引に眠らされたものとは思えない

 

「……魔を、滅する者…か……」

 

秋子さんからの舞の話

それはそれ程、舞のことを深く知れるものではなかった

秋子さんも舞から聞き出せた情報自体、少ないものだったからだ

舞は自らのことを“魔を滅する者”と称したらしい

舞が剣に誓った想いとは――魔なる者を滅すること

なぜ、その願いに至ったかは決して話してはくれなかったそうだ

理由はどうあれ、魔を滅する……その種族で捉えた思想は俺の考えとは相反するもの

だからと言って舞を見捨てるわけではない

ただ、身近な人が反する考えてあることが悲しく思えるだけ……

 

コン、コン

 

不意にノックがなる

返事はしないが、静かにドアを開けて部屋に入ってきた

俺はそれが誰だか知っているため、振り返ったりはしない

 

「……お待たせしました」

「悪いな。寝ていい、って言ったのに結局起こしちゃって」

「……いえ。祐のためですから、お気になさらず」

 

美凪は謙虚にそう言うと、部屋の鍵をかける

治療中、誰であろうとこの部屋の侵入を許すわけにはいかないからだ

美凪はその監視役として来てもらった

 

「♪」

「レンもありがとな」

 

美凪と一緒に入って来たレンは俺の顔に頬擦りをする

俺はそんな愛しいレンの頭を撫でてから、立ち上がった

 

「それじゃ、早速で悪いがレン。俺を舞の夢の中へ連れてってくれ」

 

俺の問いかけにレンはコクリと頷く

レンは夢魔――つまり、夢や幻を扱うことに長けた一族だ

難易度は高いが、他人を他人の夢に連れて行くこともレンは可能になった

無論、それ相応のレンの努力があったらこそ、だが……

俺はベッドを背に預けて凭れ掛かり、ゆっくりと瞼を閉じる

それとともに急速に襲い掛かってくる眠気

魔力の干渉を感じるが、あえて無防備にして流れに身を任せる

 

「それじゃ、2人とも。あとは、た…のん、だ……ぞ」

 

 

 

 

「……ん。久しぶり、だな」

 

目を開けると俺は雪原の中に立っていた

実態はあるが、どこか夢見心地的な不安定さも感じる

夢の中の実体の感覚だ

無論、夢にもよるが俺が死を感じれば精神的に死ぬことになる

夢の中だと言って自由に何でもしていいわけではない

 

「……カノン、か」

 

見渡す雪原に見覚えはあった

カノン街付近にある丘陵のどこかだろう

遠くに見下ろす街の姿を覗けばまだ規模は小さい

5年――いや、もっと前か

かなり前の街の姿のようだ

 

「しかし、過去の夢でよかった」

 

俺が望んだ夢のタイプだったことに安堵を覚える

もしファンシーな夢の中とか、地獄のような幻想の中だったら軽く死ねる

夢っていうのは本当に人それぞれで、その日で様々だからなぁ

少しばかり過去の出来事を思い出して背筋が冷えた

 

「ん?」

 

僅かに声が聞こえた

俺は少し先の雪原に目を向けると、そこには雪原を駆ける小さな子供の姿がある

 

――ドクンッ

 

「っ!?」

 

子供の姿を見て驚愕を覚えると同時に俺の胸の鼓動が強く脈打つ

あまりの強さに思わず手で胸を抑えてしまった

けれど、どういうことだ……?

俺は今一度、雪原を駆ける子供を見る

そこにいたのは――笑顔に包まれた幼き日の“俺”

それと屈託のない笑みを見せる黒髪の少女――おそらく、舞なんだろう

今と違い満面の笑みで表情豊かそうなイメージを抱かせるだけにギャップがあるのが驚きだが……

 

「俺は、知らない……」

 

思わず、口から漏れる呟きは俺の心の声

そう。俺の記憶のどこを探してもこんな記憶はない

あの黒髪の少女に見覚えもないのだ

全く覚えていない、なんてことはないだろう

俺はこの光景を――知らない

 

「となると、舞の幻想……?」

 

舞がこのような風景を望んでいる――という結論も納得がいかない

そもそも舞は俺の子供の姿をこれほど如実に知っているだろうか?

仮に知っていたとしても、なぜこんな光景を望む?

わけがわからないことだらけだが、俺は意識を弱めて夢の中の実体化を薄める

夢の中では自身の仮初の肉体の具現が基本だが、慣れれば幽体化というか、見えなくなることも可能だ

俺は自身の姿を消し、少年と少女の傍へと近づく

 

「ほら、祐! こっちだよーっ!」

「ちょ、ちょっと早いよ〜!」

 

活発な少女は雪原を雪などないかのように颯爽と駆け回る

対して少女のように見える少年――俺は少女を追いかけるが、その速さでは追いつくことはできないだろう

……っていうか、小さい頃のなよなよしい喋り方がそのまんま……恥ずかしい

女の子として育てられたため、まだその癖が抜け切れてない頃だな

自分が男と気づいて頑張っていた、あの頃……

懐かしさを思い出すと同時にこれは過去の出来事なのだ、と確信を抱く

この事実を知っているのは間違いなく、この頃の俺と出会っているからだ

恥ずかしいから滅多なことで人に話したりはしないからな

 

「もうっ。祐ってばだらしないなぁ」

「はぁ…はぁ……だって舞、早いんだもん」

 

舞は立ち止まり、小さき俺に膨れっ面で抗議する

立ち止まってくれたので小さき俺は舞に追いつき、息切れしながら膝に手をつき安堵していた

あまったれるなっ!

――と、一喝してやりたくなるが、今はそんな場合ではないのでやめておく

 

「あーもぅ、疲れたぁ……」

「ははっ。祐〜♪」

「うわっ」

 

心底疲れたらしく、小さき俺は雪原に仰向けに倒れ込む

舞はそんな俺を見て目を輝かせて飛び乗った

急なことで驚く俺だが、笑顔で抱きつく舞を見て微笑み、静かに舞を抱き止める

それからしばらく僅かな沈黙が続くと、俺の表情は真剣味を帯びて引き締まった

 

「……舞。明日は危ないから、お家から出ちゃダメだよ?」

 

――ドクンッ

 

その一言で舞の笑顔は消え、同時に俺の胸の鼓動も高まる

嫌な予感が過ぎり、俺の背中に冷たさを感じた

 

「……祐。祐は子供なんだし、行くことないよっ!」

「……心配してくれるの? ありがと、舞」

 

俺の上に乗り、怒ったような顔で抗議する舞

そんな舞の顔を見て苦笑し、俺はそう呟いている

心配してくれた舞の頭を撫でると、舞の眉根はどんどん下がっていく

 

「だ、だって……祐と会えなくなるのなんて、やだもん!!」

 

目尻に涙を浮かべ、舞は叫ぶ

そして俺の胸に飛び込んだ

腕の中で震える舞を小さき俺は微笑みながら抱き止め、頭を優しく撫でる

 

「大丈夫。私が担当するのは皆のケガを治すこと。危ないことはないから」

 

そう語る俺を見て、俺は胸が締め付けられる思いだった

俺はこの光景を知らない

けれど、俺が言っていることが何かは知っている

俺の中にある暗い、暗い思い出

決して忘れようがなく、今でも後悔が尽きないアノ日の出来事

自分で自分を許せない、アノ日のことで間違いがない

それがわかるから、俺は今、胸が苦しくなっている

 

『――そう、もっとよく思い出して』

 

「っ!?」

 

急に聞こえた声に俺は周囲を見渡す

しかし、そこには誰もいなかった

……空耳? しかし、それにしてはハッキリと聞こえたが……

俺は自分の意識の中に溺れていたことに気づく

もしかして集中し過ぎていたから、空耳を聞いたのかもしれない

背中に冷たいものを感じながら、俺は周囲を警戒しつつ深呼吸をひとつ

 

「っ、はぁぁぁぁ……落ち着け」

 

見知らぬ光景

アノ日のことを語る小さき俺

気のせいの空耳

状況をよく整理して考えれば自分で混乱していたのがよくわかる

わからないものはわからないのだから、もっとこの光景の原因を考えるべきだろう

 

「あ」

 

そう思った時、突如目の前の風景が蜃気楼のように揺らぎ消えていく

色を帯びた風が渦巻くように風景は消え、そして新たな風景を作り出す

この光景は夢が切り替わる時に行われるものだ

まるで演劇のシーン切替のようでちょっとおもしろい

俺は静かに立ち尽くし、次は何が映し出されるのかを静かに待つ

色の流れが止まり出し、徐々に風景が仕上がってくる

 

「街、か」

 

仕上がる風景は街だった

けれど、雪もなく俺も見覚えがない街だ

さっきの状況とは全く違う場所になったみたいだな……

建物が仕上がり、往来を行き交う人々も生まれた

俺は幽体化を解かないまま、喧騒が生まれる街を歩き出す

 

「お、おい。遂に領主様が動いたらしいぞ!」

 

往来を行き交う人の流れが――変わった

緩やかな雰囲気は乱され、緊張感が流れ込む

人の動きも慌しいものに変わり、傍にいた一人の男が声をあげる

その言葉に反応し、顔を向けるはもう一人の男

 

「本当か……やっと領主様も俺達の願いを聞き届けてくれたのか」

「あぁ。今、城から兵士が森に向かっているらしい。見にいこうぜ!」

「あぁ!」

 

嫌な空気

それが街を覆い出していた

感じるのは何かを迫害する、人間の意識

それを言葉の中に含まれた声色で感じたので嫌悪感を抱いた

俺が人間の中でも醜いと感じる部分の一つだ……

動き出す群衆の後を追うように俺も駆ける

 

「っふ……っふ……っふ……ふぅっ!」

 

街の中を駆け抜けるとすぐに郊外に続く森が見える

群集は街の出口で兵士に動きを止められているが、俺の姿は見えていないのでそのまま駆け抜ける

森の中をどんどん駆け抜けていく

兵士の行軍も目の当たりにするが、気にせずにその先頭を目指して駆けた

明るく、自然も活き活きとしているいい森だ

見える風景に思わずそんなことを考えていると、目前にある場所が見えてくる

湖――というよりは池だろうか

小さな規模の池の傍に立つのは木造作りの小屋のような小さな家

その家を取り囲もうとする大勢の兵士の姿

俺の嫌な予感はそこで――最高潮に高まった

 

「――出て来い! 漆黒の魔女よ!」

 

 

 

 

 

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