【覇道】

 

<Act.6 『黒き剣士との過去』  第0話 『反省ツートップ』>

 

 

 

 

 

「……ん、ぁ……」

 

頭の中が覚醒する

その感覚を自覚しつつも、この温もりの中に留まりたい、という意思を感じていた

起きるか?

その問いかけが頭の中で浮かび上がる

起きない程度に思考を回し、今日は何日だったかを思い出し――――っ!

 

「っぁ!!」

 

浮かび上がった情景を見て、俺は迷わず飛び起きた

そして周囲を確認

そこには見慣れた風景――俺の部屋だった

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

突然起きたからか、心拍が早い

息も荒く、気づけば嫌な汗が噴出していることにも気づく

張り付くシャツに嫌悪感を感じつつ、布団をよけようとした時――

 

「……おり、はら」

 

俺の布団の上に頭を乗せて眠っている折原がいた

現状は不明だが、どうやら俺達は……助かったらしい

俺が思い出した情景とは、夜中のレイソン――巨大な赤い蠍の姿だ

俺は確か、蠍の鋏に殴られて…………

思い出そうとしても、そこから先の記憶は何も出て来ない

 

「――っぅ〜」

 

思い出そうとすると腰に痛みが走り、思わず手を添えてしまう

そういえば、激痛に襲われた気がするけど……ケガとか、どうなんだ?

俺は半身を起こした状態のまま、軽く体を捻る

多少の違和感は感じるが、折れているとか皹とか大きなケガにはなっていないようだ

……あの巨大な鋏の一撃を受けてひ弱な俺がケガをしないわけがない

誰かが治療してくれたのは明白だった

 

「ん、ん……」

「あ、おはよう。折原」

 

俺が身動きをとったからか、折原はもぞもぞと動き出す

聞きたいことも山ほどあるため、悪いが起きて貰おう

そう決めた俺は挨拶の声をかけると、折原は眼を指で擦りながら体を起こす

 

「ん…ぅ……――っ! 斉藤!!」

「っ〜〜……大きい声を出すな、っての」

 

やっと頭が覚醒したのか、突如折原は目を見開き大声をあげる

俺も寝起きだ……大声は耳の音に響く

俺が眉根を寄せる表情をしているのも気に掛けず、折原は真っ直ぐと俺の目を見る

 

「大丈夫か? 痛いところとかないか?」

「あー……腰に少し違和感があるが、ケガはないみたいだな」

「そうか……」

 

俺の言葉に折原はなんとも言えない表情を浮かべる

悲しむような、寂しさを孕んだような、無表情のような……

反応を見るに折原は状況を把握出来ているようだ

俺は沈痛な面持ちの折原には悪いが、気になっていることを問い質す

 

「ところで、あの後どうなったんだ? 俺は確かあの蠍に……」

「あぁ。鋏でおまえは潰された。そして腰に大怪我を負った」

 

――ドクンッ

 

わかってはいたが、真剣な表情で語られるとなぜか心臓が跳ねた

そして腰の部分が疼くようなむず痒さのような痛みを感じる

ケガをしているぞ、というアピールだろうか

俺は軽く頭を振り、意識過剰だと自分に言い聞かせる

 

「もう絶体絶命、ってところだったんだ……そこに――あの“白き美天使ホワイト・エンジェル”が現われた」

「………………は?」

 

予想外の単語が飛び出して、思わず思考が停止する

えーと、えーと、えーと……ちょっと待てよ

白き美天使ホワイト・エンジェル”ってあの最近噂になっている謎の白き美少女のことだよな……?

事件や魔物退治等で目撃されている、っていうあの……

 

「そして“白き美天使ホワイト・エンジェル”のおかげで俺達はあの場から逃げ延び、ケガの治療をしてもらったんだ」

「…………折原、おまえそれマジで言ってるのか?」

 

真剣に、そして淡々と話を進める折原

決してその目は冗談を言っているようなものではない

しかし、マジか?

これはマジなのか?

白き美天使ホワイト・エンジェル”は実在するっていうのかっ!!?

俺の問いかけに折原は静かに、だが確実に首を縦に振った

 

「――――ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!!!」

 

――瞬間、俺の心の堤防は破綻した

止めようのない込み上げる激情が俺の口から飛び出る

叫びを止めることなどできはしない

突然の叫びにあの折原さえ驚き、飛ぶように立った

だが、今はそんな些細なことはどうでもいい!

俺は悔しさを拳に込め、布団に叩きつける

 

「くそぉぉっっ!!」

 

悔しさが込み上げて堪らない

歯を食いしばり、目を瞑る

シーツを握り締める握力は弱いかもしれないが全力だ

あの噂の少女の姿をこの目で見ることができなかったとは!! 自分で自分が許せんっ!!

 

「……なぁ、斉藤。生きてるだけでよしとしようぜ」

「それは――ある。確かにそうだ……そうだな。動転してどうかしていた」

 

激情の渦巻く心中を抑え込み、折原の言葉で我を取り戻す

そうだ

生死の狭間を行き交っていた時だ

助かっただけでもよしとしなければ……それに、噂の少女が実在していることも判明したんだ

生きている限り少女と遭遇する可能性は十分ある

フフ、フフフフ……楽しくなってきたじゃないか

 

「後、秋子さんには事情を話した。そしてかなり怒られたことも言っておく」

「うっ……ま、まぁしょうがないな」

 

真剣な表情の続く折原の言葉に思わず呻く

わかってはいたが、実際に事実を聞くと思わず心が苦しくなる

……そもそも、俺がきっちりと折原を止めていればよかった話だからな

俺自身、何がよくないことで反省しなくてはいけないのかはわかっているつもりだ

 

「それと、川澄先輩だがショックがでかくてな……今は相沢が治療している」

「相沢が?」

「あぁ。意外とカウンセリングも出来るらしい」

「へぇ……」

 

あの無表情で端的な川澄先輩がショックでカウンセリングか……余程のことなのかもしれない

俺達が巻き込んだだけに申し訳がなく、問題なければ謝罪をしなくてはいけないだろう

しかし、相沢がカウンセリングって……治療系を専攻してるのか?

相沢という存在にまた謎が増える

どんどん不思議な存在になっていくな、相沢は……既に折原級かもしれない

 

「とりあえず、無事でよかった……すまなかったな、斉藤」

 

折原はそこまで話して漸く、苦笑ではあるが笑みを浮かべた

そして俺に向かいキッチリと腰を折り、頭を下げる

その折原の姿を見て俺は居た堪れない――のだろうか

こいつにはそんなことさせたくない

その感情が込み上げた

 

「別にいいって。でも、この経験を生かしてくれよな」

「っ……サンキュ、斉藤。俺は同じ過ちは繰り返さない。――おまえに誓って言えるぜ」

 

そう言い放つ折原の不敵な笑みに俺は安堵を覚える

そうそう、こいつはこうでなくっちゃな

折原流の半分冗談に聞こえる本当の台詞も飛び出て、らしさが出てきている

女性にしか興味がなかった俺が、初めて他の事に興味を覚えた存在――折原

今回みたいなとんでもない無茶をする時もあるが、こいつはいつだって一生懸命だ

……まぁ、歪んでいると言えば歪んでいるのかもしれないが

しかし、そんなおまえだからこそ俺は心から親友と呼べるだろう

 

「そうか。なら安心だな」

「おいおい。そこは神に誓うだろっ! とかツッコミがほしいところだぞ」

「そんな知らない神より俺に誓ってくれた方が効果ありそうだから、これでいい」

「……さすが斉藤。よく俺のことをわかってるじゃないか」

「まぁな」

 

反省した

俺は見ていないが、あの真剣に話をする折原を見れば折原がどれ程、今回のことを思い詰めているかわかる

あんな謝罪まで見せられちゃ、な……

川澄先輩への謝罪は考えなきゃだが、いつまでもくよくよしているわけにもいかない

今回のも成長の糧としてどんどん邁進していかないとな

 

「よし。それじゃ今日から早速“白き美天使ホワイト・エンジェル”を探そうぜ」

 

 

 

 

 

 

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