【覇道】

 

<Act.5 『騒乱の火種』  第7話 『和解の使者が参る』>

 

 

 

 

 

「不気味だな……」

 

俺は美凪とレンを連れて寮を抜け出し、警備も厳しかったカノン街も抜けた

さすがに外側に対しての警備は厳しいが、内側に関してはまだまだ甘い

……まぁ、自ら外に出ようとする奴なんてほとんどいないだろうからな

レンは猫の姿になり俺の肩に乗っているので、見た感じ2人しかいないように見える

 

「……祐。空が……」

「あぁ」

 

静まり返っている街道は正直、不気味だった

魔物の気配すらも感じない……本当の無人状態

それがどれだけ異質なことなのか、というのを体感させてくれる

美凪は前方の空を指差した

そこを見ると――赤い光が立ち昇っているのが見える

方角はレイソン

そしてそこに灯りということは――誰かいる

 

「美凪。最初は俺が行く。予定通りで行くぞ」

「……はい」

 

寮を出る前にどう動くか、というのは先に決めておいた

美凪とレンはそれぞれ付近に隠れて機を窺う役割

俺は堂々と突っ込んで話をする役だ

ま、俺のピンチに戦闘参加で美凪、逃亡参加でレンって感じだ

美凪は最初、自分の闘うと主張したが奇襲の方が効果が大きいと説得

それに割り込むタイミングは美凪やレン自身が決めるようになっている

自分の判断でいつでも参加可能なのだから、と言えば納得せざる得ないだろう

 

「っ!」

「ん?」

 

不意にレンが俺の肩を叩く

何かを伝えようと必死の様子に俺は何かがあると察知

レンが向こうの茂みを手で示す

俺は美凪の手を掴み、茂みの方へと移動した

 

「祐。どう――」

 

驚く美凪に向かって指を立てて静かにするよう示す

美凪はそれを見た瞬間に声を止め、息を殺して身を潜めた

しばらくすると足音が聞こえてくる

レイソンの方角から……それも、この足音……

俺は人とは違う重量感のある音に耳を澄ませる

 

「!」

 

近づく足音

そしてその足音の正体が姿を見せる

重厚間のある鎧を纏い、腰には大きな刃の幅がある曲刀を佩いている

しかし、その体は人間ではなく茶色の短い毛で覆われている

頭には角が2本あり、その背丈は2mを越える巨漢

牛の獣人――ミノタウロスだ

手先が器用なため武器の扱いが上手く、そして獣人特有のパワーを持つ種族

その実力は獣人の中でもかなり上位に食い込んでくる強者だ

まさか、メロウスノーに棲んでいるとは……

 

「……ん?」

 

大きな体の癖にしっかりと道に残された足跡をこいつは見つけてくれた

まずいな……このままだと見つかってしまう

俺は美凪の方を見て、すぐにレンを美凪へと受け渡す

その行動を見て2人とも俺がどうするかをすぐに理解してくれたようだ

 

「こんばんわ、ミノタウロスさん」

「っ! 人間っ!!」

 

茂みから立ち上がり、気さくに声をかけて挨拶する

その突然の出来事に驚きながらも、刀の柄に手を掛けて俺を睨んだ

凄いな……俺の居場所を一瞬で特定して、構えまでとっている

相当鍛えられていることがわかる

 

「まぁまぁ、そう構えないで。私、貴方方のリーダーとお話をしたくて来ました」

「…………話? ボスと話すことなど、人間にはない」

「あら。魔物は話をしにきた相手を話も聞かずに襲うのが礼儀なのかしら? だとしたら、随分と野蛮ね」

「なぁんだとっ!!?」

 

俺の挑発にミノタウロスは易々と引っかかり怒号を吼える

さっきまであれほど慎重に俺を見て、挙動に気を配っていた者とは思えない変貌振りだ

俺は今にも襲い掛かってきそうなミノタウロスを手を突き出して制止するよう伝える

ミノタウロスはまだ理性も残っているようで怒りの表情を見せるがその場からは動かない

 

「話をするだけでいいの。させていただけないかしら?」

「………………いいだろう。オレについて来い」

「ありがと!」

 

俺の問いかけに長いこと考えてからミノタウロスはそう返事をした

もちろん、俺の話に心打たれて、の行動ではない

賛同を示した時のミノタウロスの表情は邪悪な色を俺に見せていた

俺を嵌めるための策が思いついたという、そんな顔だった

だが、あえて今は突っ込まない

どのような策であれ連れて行ってもらえればそれでいい

そこから先は俺の器量の見せ所だ

 

「ん?」

 

街道を進む先で灯りが徐々に大きく見えてくる

だが、それと同時に金属音が耳に届いてきた

魔物同士で闘う必要はないのだから、何の音かと小首を傾げる

その俺の声を聞いて前方を歩くミノタウロスは口を開いた

 

「今、てめぇら人間が数人だけ攻めて来やがったんだよ。だからボス達が遊んでる」

「へぇ……そうなの」

「あぁ。ま、てめぇも気をつけな」

 

そう言うとミノタウロスは喉を鳴らして笑う

まさしくバカにされているので少しムッとするが、今は気にしないでおく

しかし、数人だけで攻め込むとは……どういう連中なのだろう?

まだ魔物の群れには賞金等も懸かっていないので賞金稼ぎというわけでもないだろう

なら、傭兵?

そんな依頼を出すわけない……それに警備隊が部隊を組んでいる時点で傭兵なら危険性がわかっている

数人で突っ込むバカはいない

なら、一体誰が……

俺は疑問を解消出来ないまま、街道を歩き村が見えてきた

 

「ほぅ。まだ生きてやがったか」

 

ミノタウロスの驚きの声が聞こえる

その先を見れば村の入り口付近の広場で篝火が焚かれていた

その周囲に集まるのは様々な魔物、獣人達

そしてその魔物達が見つめる先には――――

 

「っ!!」

 

正直、息を呑んだ

驚きで

なぜ、あいつらがここにいる……?

俺は動揺して思わず、足が止まっていた

俺の目前で繰り広げられるのは、俺の知り合いと魔物との死闘だった

 

「ほれほれほれーっ!!」

「っく!!」

 

鶏の獣人――コッケーは槍を持ち、素早い連続の突きを繰り出す

それに対して剣一本で剣士――舞は槍を捌くが、その突進力に押され後退させられる

しかし、あのコッケー……あの舞を相手に攻め切るとはかなりの手練

 

「くそっ! 折原! なんとかしろ!!」

 

舞とは別の場所にはアホ――斉藤と折原が戦闘を繰り広げていた

2人の相手は巨大な赤いさそり

大きさは3m近くはあるんじゃないだろうか

その巨大な蠍は尻尾を立てて針を揺らしながら、手にある鋏で2人を攻撃する

既に2人とも満身創痍といった感じだろうか

疲労の色が見てわかる

 

ギィッ!

 

折原は手にある片手剣で薙がれる鋏を迎撃するが、その威力を前に押し返すことなどできない

剣が吹き飛ばされないようにすぐに引き、後ろへと跳ぶことで直撃を凌ぐ

普段のバカさがまったくない、真剣味を帯びた表情で蠍を見つめる

あいつ……本気でやってるみたいだな……

状況のヤバさを理解しているようで、苦渋の表情を浮かべていた

 

「ほーほっほっほ! コゾウがイキがってもム〜ダ!」

「ぅぐ――」

 

蠍は言うと同時に右の鋏を突き出した

素早い動きだ

前進しながらの突き出しに折原は剣を構えるのが精一杯で、鋏の攻撃を受ける

が、止めれるわけもなく鋏に吹き飛ばされて後方へと飛んだ

 

「折原!」

「ヨソミはダ〜メ!」

 

急の出来事に斉藤は折原の方へと振り返るが、隙だらけだ

蠍はもう一方の鋏で斉藤を上から叩く

 

「ゥ、ガァッ!?」

「あら、ガンジョウね〜」

 

斉藤は簡単に地に伏せられ、苦鳴を上げた

相当の重みがあるだろう

斉藤はもがく力もなく、そのまま静かに横になった

どうやら気絶したらしい

 

「――“迫り来る雷神の御手ベルガルド・サンダー”ッ!」

 

茂みから迸るのは雷光

伸びる2つの雷光は赤い蠍へと真っ直ぐ進む

蠍は雷光を見つめるが、何も動こうとせずそのまま雷光を身に浴びた

 

「あはははっ! マホウはワタシにはダ〜メよ」

「はぁ……はぁ……」

 

茂みから現われた吹き飛んだばかりの折原

おそらく、体を打ったのだろう

立つ姿勢に少し違和感を感じる

それに額から流血しているのが見える

 

「こっちのヤサオトコクンでわかってたでしょ〜? それとも、ホノオだからキかないとか思ったぁ〜?」

「……っくそ!」

 

折原は歩きながらも剣を持ち、蠍へと歩み寄る

その視線は鋏の下敷きになっている斉藤を捉えていた

動かない友を見て折原は何を思っているのか

いつもと違い口数も少なく、向かい合う蠍を集中して見つめて――いや、睨んでいた

 

「ぁぁぁぁっ!!」

 

突如、場に響き渡る悲鳴

その声は――舞

俺は舞の方へと視線を向けるとコッケーの槍によって舞は腹部を貫かれていた

あれは――やばい

 

「先輩!!」

「ヨソミはダ〜メよ。コロしちゃうからヤめてね〜」

「っく」

 

舞の状態を見て折原は動揺し、視線を蠍から外す

しかし、それは蠍も言ったように自殺行為だ

だが、蠍は攻撃せずに殺気だけで折原の視線を呼び戻す

その凄まじい殺気に当てられて折原は少し顔が青褪めていた

…………絶体絶命、ってところか

なぜこいつらがここにいるのか、っていうのは後で問い質すことにしよう

俺は覚悟を決めると傍観しているミノタウロスを追い越し、広場へと歩み寄る

 

「いいところで失礼します。この群れのリーダーであるギガラントス様はどなたでしょうか?」

 

俺の一言で魔物達の視線が一斉にこちらへと振り返る

そして俺の発言による驚きでざわめきが魔物達の間で広がった

なぜ、ボスの名前を知っているのか

ま、そんなところだろう

ギガラントスという名はまだ正式には出ていない

人間でギガラントスという名前を知っているのは異常なことなのだ

 

「あ――」

「あら、折原さん。こんなところで何をしてますの?」

 

折原は不用意に俺の名前を呼ぼうとしたので、先に喋り出すことで遮る

俺の女性の声と喋り方に面食らうものの、折原は再度口を開いた

こいつ、冷静な判断力を失ってるな……

 

「相沢! 先輩が! 川澄先輩がっ!」

 

折原の必死の表情と言葉が俺に届く

あぁ、わかっている……だから名前を連呼するのはやめてくれ……

俺は折原の指が示す舞を見ると、腹部を押さえて蹲っていた

槍はもう抜かれているようだが、怪我は深い

その姿を見ると激情が心の中に芽生えるが、俺はそれを抑える

俺は話をしに来たのだ

殺し合いをしに来たわけじゃない

 

「へぇ〜。アナタ、このザコちゃんの知り合いなんだ〜」

「えぇ。まぁ、一応」

 

蠍の愉快な声色に嫌な雰囲気を感じ取る

俺は冷静に、そして冷徹に言葉を表情を作り話して行く

その様子を見て折原も声を荒げるのは止めてくれた

 

「なぜボスの名前を知っているのでアル?」

「こちらも色々とあるのですよ。それで、ギガラントス様はいらっしゃいますか?」

 

コッケーの問いかけにも俺は受け流す

無論、厳しい殺気を孕んだ目で俺を睨み付けているが……

俺はわざとらしく周囲を見渡すと不意に村の奥の闇が動いた

 

「おぅおぅおぅ。なぁ〜に小娘一匹にビビッてんだ、てめぇ等」

「な……」

 

闇の中から聞こえてきた声に俺は思わず、言葉を失った

闇が動いたかに見えたそれは黒毛のミノタウロスが起き上がったからだった

それも、民家よりも大きいその姿は圧巻

背は3mを超えているだろう……見上げねばならないその高さに俺は驚く

大きな角に重厚間のある鎧

そして両刃の斧を手に持つそれはまさに怪獣の戦士

 

「よぅ、グルゾ。てめぇがこの小娘連れて来たのか?」

「えぇ。せっかく遊戯をしてたんで増やそうと思いまして」

 

大きなミノタウロスは俺をここまで案内したミノタウロス――グルゾへと問いかける

グルゾのボスなのだろう、この大きなミノタウロスは

かしこまった喋り方で返事をする様子を感じてそう察する

だが、どう見てもゴリラではない……ギガラントスではないのだろう

ギガラントス以外にもこんな化け物がいたなんて……マジでヤバイだろ、カノンは……

 

「ケッ。こんなイジメの何ぁにが遊戯だ。くだらねぇ」

 

その一言だけで僅かに楽しんで雰囲気のある魔物達は一斉に顔を下に向ける

その光景を見ただけでこのミノタウロスがどれだけの力を有しているのかを感じ取れた

 

「しかし、ギュウマ殿。我輩の勝負を遊戯とはこれは――」

「うるせぇぞチダン! てめぇ、この俺様と遊戯する度胸はあんのか、ァン!?」

「………………」

 

舞を倒したコッケーの男――チダンの言葉に対してギュウマはキレる

その言葉にチダンは黙るしかなく、地面へと視線を伏せた

あのチダンとかいう人が押し黙るだけの相手って……どれだけ強いんだ……?

俺は大きなミノタウロス――ギュウマへと視線を向け、平然とした顔で話を切り出した

 

「どうも、初めましてギュウマさん。私は貴方方のリーダーであるギガラントスに話があって来ました」

「はんっ。ギガラントスに何の用だ。俺様が代わりに聞いてやるよ」

 

ギュウマは俺を見下ろし、そう言い返してくる

まぁ、漂う空気も濃厚なのである意味、魔王と呼んでも違和感がない

そんな存在に見下されても別に気にはならない

ま、俺様主義なのはよくわかった

ここは逆撫でするとよくないと判断し、俺は言葉を選んだ

 

「では、お願いします。私は人間と争うのを今すぐに止めていただきたく思い、参った次第です」

 

俺の一言で場が今度は別の意味で静寂を迎えた

静か過ぎる場はこれだけの生物がいるため余計に異様に思える

だが、赤い蠍が喋ると場の雰囲気は崩れた

 

「ップ。このコムスメはナニをイっているのかしら〜?」

 

その一言で周囲の魔物達も笑い出す

だが、俺はそんな場など気にせずにギュウマの目を真っ直ぐに見続けた

そしてギュウマは――――より見下した目で俺を見た

 

「バカか、てめぇ? 俺様達はカノンのクソ虫どもをブッ殺すためにここにいんだよ。わかってんのか?」

「えぇ、わかっています。わかっていて言っています」

 

静かな言葉の返しに笑っていた魔物達から声が消える

そして赤い蠍は気づかれないようにしているつもりだろうが、周囲の様子を見て俺を殺す機会を窺っていた

あぁ……マズイなぁ……

状況を察するにここにギガラントスはいないようだ

なおかつ、柄の悪いギュウマに付き従う連中が集まっているようで、非常に好戦的っぽい

話をする相手を――間違えたな

 

「話は終わりだ。その首――置いてけや」

 

 

 

 

 

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