【覇道】

 

<Act.5 『騒乱の火種』  第6話 『嵐の前の静けさ』>

 

 

 

 

 

「こりゃ、マジみたいだな……

 

カノン街の様子を見て北川は言葉を漏らす

俺もその意見には同意せざる得なかった

街の門を守る警備の人も空気も重かったが、街の中の雰囲気もいつもと違っていた

いつもなら賑わっている往来も行き交う人の数は少ない

変わりにいつもの警備とは違い、物々しい空気を撒き散らす警備隊の人が多い

街の空気の緊張感は高まっている

 

「寮に急ごう」

「あぁ」

 

俺と北川は寮に向かって歩き出す

まだ隣村のレイソンでしか襲撃はない、という感じみたいだ

カノン街で襲撃等あればもう少し騒がしくなっていてもおかしくない

しかし、魔物の襲撃か……

昨日起きたダーア村での襲撃事件

あれは村長の秋田さんが魔物の寝床を荒らしたのが原因だった

レイソンを襲撃した事件との関連性はないかもしれない

だが、俺の脳裏にはバッファローのボスの台詞が浮かんでくる

これは始まりに過ぎない、と……

 

「あ……」

 

互いに無言のまま寮まで辿り着くと門の前に人影があった

それは美凪とレン

2人はどうやら俺を待っていたのか、こちらに気づくとすぐに小走りで寄って来た

 

「……祐、おかえりなさい」

「ただいま、美凪」

「相沢。俺、ちょっと秋子さんのところ行ってくるわ」

「あぁ、頼む」

 

気を遣ったのか、北川はそう言いながら寮の方へと走って行った

まぁ、学園に報告するのが先なんだろうが状況が状況だ

自分の親しい人達が無事なのか、をまず確認したいところだろう

そしてそれは俺も同じ

目の前の2人が無事だったことに安堵して肩の力が少し抜けた

レンは寂しかったのか俺の足に抱きついている

俺はレンの頭を撫でながら美凪へと視線を向けた

 

「それでレイソンが壊滅した、ってのは本当なのか?」

「……はい。昨夜、魔物の襲撃を受けて壊滅だそうです。村の人もカノンに逃げて来れたのは7名と聞いています」

 

美凪の説明に思わず、生唾を飲み込んだ

小さな村であるダーア村でさえ人口は300人

レイソンもそれ以上の人数がいただろう

まだどこかに隠れている人や、行方不明の人を考えてもその人数は少な過ぎた

カノン街が緊張感に包まれるのは当然のことだろう

 

「……ダーアとのことを考えると、2つの襲撃は同じことのように思います」

「……美凪もそう思うか」

「……はい」

 

正直、考えたくない話だった

寝床が荒らされて大森メロウスノーからダーア村まで追撃をさせるような魔物

そんな奴がその程度のことで満足するだろうか?

それも主犯を殺さずに終えた結果で……

その怒りの矛先がレイソンに向いたと考えれば辻褄は合う

考えたくはないが、魔物の群れが組織立って人間と闘うつもりなのだろう、ということを感じる

 

「……ん? そういえば、ダーア村のことはもう知ってるのか?」

「……はい。昨夜の夢で」

「なるほど」

 

会話が成り立っていて気づくのが遅れたが、ダーア村でのことはまだ誰も知らない

なのになぜ美凪は知っている?

俺だってまだ話をしていないのに――と思ったが、美凪は俺の出来事を夢で毎晩視るんだったな

今更ながらにその夢が真実であると実感しつつ、話す上では便利だなぁ、と不謹慎にも感じてしまった

 

「……村長さんは大きなゴリラみたいな魔物、と仰っていましたよね?」

「…………ギガラントス、か」

「……と、思います」

 

美凪の言葉で単語が思い浮かぶ

ギガラントス

大森メロウスノーにある二大勢力の内の一つ

大きな猿のような姿から“巨猿きょざる”と異名をつけられている魔物――いや、魔獣だな

そういえばベドムラさんの話では群れを統率する力が凄く、傘下となっていて組織となっている、という話だった

あのバッファローの群れ……そして人間を捨てた人間――サドムラ

彼等がその傘下となっている群れ、と考えれば辻褄が合ってくる気がする

別々の群れなのに一緒に行動していたのも、今思えばおかしい

群れが馴れ合って一緒に動くことは滅多にない

そもそもボスを2人作ることに意味はないからだ

となると…………間違いはないのかもしれない

 

「……まずいな」

 

魔物討伐部隊の結成を心配している場合ではない

状況を整理し、理解して思ったことは手遅れ、という感想

既にギガラントス一味はダーア村とレイソンに手をかけている

こうなってしまうと人間達――カノン街だって放っておくわけがない

今夜や翌日にでも部隊が出動するだろう

もうそれを俺が止める術はない――人間の方は、だ

 

「美凪、レン。部屋に戻って作戦会議だ」

 

 

 

 

「おいおい、そりゃマジかよ折原」

「マジもマジ。大マジだ。確かな筋の情報なんだからな」

 

夕食後、レイソンの件のためか皆してリビングで寛いでいた

不安からそうさせるのか、自然と今日はリビングに集まっている

俺もなんとなくの流れでこの場にいる――わけではなく、折原に捕まった感じだ

だが、いい情報を聞けたので今回ばかりは感謝している

魔物に対する警備隊の動きの情報だったのだ

 

「切り込み部隊と名高い駿馬隊50名を中心にして警備隊からは180名が参加するみたいだ」

「180って……相当な人数だな」

「だよね〜。魔獣退治とかだって100人は超えないもんね」

 

斉藤の呟きに名雪が反応した

確かに魔獣退治でも100人もの人員は動員しないだろうが、それは一匹が主だからだ

今回のように組織立って動けばこの位の数は必要だろう

まぁ、普段の討伐隊等で遠征する人数ではない

警備隊がどれだけ本気なのか、というのも窺える

 

「それでギルドから傭兵部隊として20名が参加して総勢200名でレイソンに向かうらしい」

「あれ? 久瀬家からは出ないのか?」

「みたいだ。理由までは知らん」

 

北川の問いかけに折原は無情にも突き放すような返事を返す

だが、久瀬家が動かないのはまぁ謎だな

どういう家柄なのかも俺にはわからないし……

可能性も話をするなら自分の兵を減らしたくない、とかだろうか?

それとも急な話で対応が遅れている

もしくは警備隊に信頼を置いているのでそれ以上は必要ないと考えている、とかもありえるか

ま、理由はどうあれ動かないのは事実だ

あくまで折原の話が全部真実だった、とすればだが……

 

「200人も行ったら、きっと大丈夫だよね」

 

長森さんの言葉に誰もが言葉を失う

まぁ、このような事態はそうそうあるものではない

何をもって大丈夫と言えるのかは誰にもわからないのだから……

だが、だからこそこういう時バカが必要になってくる

 

「おう。もし警備隊で無理ならこの俺様直々に相手をしてやるから、心配すんな」

「……うんっ」

 

折原は長森さんの頭に手を置き、ふざけながらも力強く宣誓する

結果がわからない以上、ここは心の強さを持つしかない

そして信じること

更には――信じ込んで自分で出来ることを忘れないこと

これが大切になってくるのだと俺は思う

 

「あらあら、頼もしいわね」

「あ、お母さん」

 

話を聞きつけてか、食事の片付けを終えた秋子さんがリビングに来ていた

正直、ちょっと珍しい……

だからだろう

皆も少し驚いた感じになっているのは……

 

「浩平さん。どこからその話を聞いたのかしら?」

「折原ネットワークです。詳細は企業秘密ってことで」

「あらあら♪」

 

折原のふざけた感じに秋子さんは笑顔で対応する

大人だ……

俺がもしそれを言われようものなら蹴りでも放ってそうだ

秋子さんは笑みを湛えたままソファへと座る

 

「皆さん。わかっているとは思うけれど、今は外が少し危ないです。夕方になったら外に出ることは禁止します」

「…………」

 

自由が制限される

だが、それをする意味を皆、わかっているからこそ何も言わない

いや、何も言えないのか

秋子さんの静かな宣言に俺達は沈黙のまま、同意するしかなかった

 

「そういえば、水瀬道場には依頼来てないんですか?」

 

話題を変えるように折原が秋子さんに尋ねる

そう言えば時貞さんの頃はよく警備隊に行くような依頼が道場にも来ていた

むしろその勇名さもあって警備隊からも依頼が来る程だったのだ

今もその風習は残っているのだろうか?

折原の問いかけに秋子さんは小さく笑い、口を開く

 

「いいえ、来ていないわ。それにもし来るとしても領主が動いてからになるのが筋じゃないかしら」

「ふむ。確かに」

「ん? ってことは学園にも依頼が来てるかもしれない、ってことか?」

「ありえるな……」

 

斉藤の発言に北川が頷く

まぁ、編入試験の時は警備隊と学園、それにギルドが連携して魔物の迎撃を行っていた

関係はそれなりに協力的なのだろう

となればギルドに話がいっている以上、学園にはいっていると思ってもいいな

確かにあそこの学園の教師陣の戦闘能力は高い……絶対に元傭兵とか曲者ばかりだ

 

「明日から冬休みなのに……」

 

愚痴をこぼすのは名雪

本来は3日後に予定されていた冬休みだったが、魔物襲撃事件のこともあり急遽明日からに変更になったらしい

北川と俺は学園の依頼で休みだったので、なんか実感が湧かないが……

まぁ、学園が休みになってもこんな状態じゃ外に出て遊ぶぞー、って感じにもならない

もっとも、俺としては自由になる時間が増えたので好都合だったが

 

「皆さん、夜も更けて来ましたよ。そろそろおやすみしましょうか」

 

 

 

 

「やっぱり、そうなるよな……」

 

俺の部屋では美凪を招いて対策会議を練られていた

レンも参加しているが、基本は傍聴役に徹する

 

「……はい。今の祐は人間側では何の権限もありませんから」

 

美凪の言葉は実に心に響く

ユーであった俺は力があった

それこそユーグという組織もあったし、ユー教という宗教としての力もあった

だが、ここでは何もない

カノン学園の一人の学生である相沢 祐一でしかないのだ

……いかにユーという存在は力があり、国の戦に関われたのかを痛感する

 

「……今からレイソンに向かおう」

 

俺の発言に美凪もレンも特別驚いたりはしない

俺がそう言うだろう、ということはもうわかっていたのだろう

……よくよく俺のことをよくわかっている

俺は頼もしいパートナー2人を前に嬉しくて笑みがこぼれた

 

「……レイソンは徒歩で30分程で着きます」

「朝までには帰って来れそうだな」

 

時計を見ると今は夜の22時

徹夜になるだろうが、ギリギリ寮には戻って来れそうだ

出来る限り夜中に抜け出していることは秘密にしたい

秋子さんに心配させてしまうからな……

 

「よし。それじゃ――ん?」

 

俺は立ち上がろうとすると、裾を引っ張られる感触を覚える

隣を見てみるとレンが心配そうな目で俺を見つめていた

レンが何を言いたいのか

俺はそれがわかり、笑みを浮かべてレンの頭に手を置いた

 

「……大丈夫だよ、レン。俺なら大丈夫」

「……でも、祐も連戦続きです。私も心配です」

「美凪……」

 

レンを宥めようとすると、美凪もレンの味方となって追い討ちをかける

とはいえ、俺がどのような人物かを理解しているので諦めてはいるだろうが……

無論、今夜の行動をなしには出来ない

俺も出来れば明日にしたいところだが、急を要する事態は待ってはくれない

俺がこの人間と魔物の戦を止めるために干渉するには今夜しかないのだから

 

「俺なら大丈夫だって。こうやってレンにも――癒してもらえるしなぁっ♪」

「っ!?」

 

俺は不意をつくようにレンを抱き締める

そしてそのまま胸の中にレンをおさめ、抱き上げた

力いっぱい抱き締める

驚いたレンは少しだけもがくが、すぐに大人しくなり俺を抱き返してくれた

 

「……ずるいです」

「美凪は帰ってからな。順番だ」

「♪〜」

 

急にご機嫌なレンと妬むような視線を俺に送る美凪

ま、場の雰囲気も少しは和んだみたいでよかった

 

「美凪はもう準備出来てるのか?」

「……はい。こうなると思ってましたので」

 

少しだけ棘を感じさせる言い方に頬が引き攣る

……むぅ。意外と俺の抱き締めは好評なのかもしれん

少し自分の行動の評価を見直すことを考えながら俺はレンの方へと振り返る

するとレンは皮袋を持ち、既に立ち上がっていた

 

「♪」

「……こっちも準備は万端、っと」

 

さすがは相棒

俺の行動も理解して準備まで万全というわけか

……なんかどう動くか悩んでいた俺がバカみたいだな

俺は左手の4本の指に嵌められた4つの指輪を見る

……相手はまさしく強敵

指輪の力に頼らないとダメになるかもしれないな

 

「よし。レイソンに向けて出発だ」

 

 

 

 

 

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