【覇道】

 

<Act.5 『騒乱の火種』  第5話 『風来坊のベアド』>

 

 

 

 

 

「おぉ! 街道だぁ!」

 

隣の北川が視線の先に道が見えたことで歓喜の声を上げる

俺はそれを苦い思いで見つめるしかなかった

駆け出す北川に俺も続く

 

「ふぅぁ……さてさて、ここはどの辺りだ?」

「……ちょうどカノン街とダーア村の中間、って感じだな」

 

道の前後を見て枝の折れた幹を見つける

ダーア村に向かう最中に見た覚えるのある幹だった

凄い遠回りをしたが、結果として予定通りになれたことに内心、安堵する

 

「よし。それじゃカノンを目指そうぜ」

「あぁ」

 

あの後、森の中に入った俺達はなんと迷った

方角は太陽で判断していたのだが、途中でなんと曇り空に……

方角はなんとなくわかっていたが、それでも街道に出れず迷うこと迷うこと……

途中、3回ほど魔物と遭遇して倒したが、いずれもベアドではなかった

さすがに今からベアドを探す、ってのは難しい

……夜にでも抜け出して探してみようかな

 

「なぁ、相沢。お腹空いてこないか?」

「まぁ、ちょうど昼頃だし……少しは」

 

その会話の後、沈黙が続く

急ぎ足で村を出たために食料の買い溜めとかしていなかった

まぁ、歩けば夕方頃にはカノンに着くのだし、もう少しの辛抱というところ

それがわかっているからこそ、北川も俺も何も言わない

……言ったところで食料が出てくるわけでもないし

 

「……ん?」

 

少し直線が続くところで出ると、道の先に人影が見えた

遠くてハッキリとは見えないが、背丈の高い人と低い人の2人のようだ

なにやら道の真ん中で立ち尽くしており、何をしているのやら……

 

「……なぁ、相沢。あれって戦ってないか?」

 

近づくに連れて徐々に人影の姿が見えてくる

手前にいて背中を向けているのは制服を見るにカノンの警備隊のようだ

そして向かい合う人物は灰色のコートに黒のサングラス

頭にはコートと同じ色のハットを被っている

背丈は2m程はあるだろうか?

警備隊の人が小さいのではなく、向かい合っている人が高いだけだった

 

「確かに……あ!」

 

警備隊の人は剣を抜いており、構えているように見える

判断しかねていると、不意に大男が動き瞬時に蹴りを繰り出した

その動きは速い

しかも威力も相当あるのか、蹴りを食らった警備隊の人は後ろ――俺達の方へと吹き飛んだ

 

「大丈夫ですか!?」

 

北川がすぐに駆け出し、俺もそれに続く

なぜ警備隊の人が一人でこんなところにいるのか……

俺は疑問を抱きながら北川に起こされた人を見る

肩よりも少し長い黒髪に黒瞳

中肉中背というところだが、やはり警備隊……しっかり鍛えられている体つきをしている

 

「ぁ、ぁぁ……君達は……?」

 

今の蹴りの衝撃のせいか、少し気を失いかけていたようだ

北川の呼び声で意識を手放さずに済んだ、というところだろう

俺はこの人は北川に任せ、道の真ん中に立ち尽くす大男の方へと向かい合う

俺はそこでこの大男の正体に気づいた

 

「! ……北川。ベアドよ」

「なに!?」

 

人間と思っていた大男

しかし、向かい合ってみると首や顔に茶色の毛が生えていた

大きな熊

そして先程の格闘技である蹴り

間違いなくベアド……それも人間の服を着ている、な

 

「ま、待て! そいつはけっこう強い。俺が……」

「大丈夫です。俺達も、けっこう強いですから」

 

警備隊の人の言葉を北川は遮り、傍の幹へと運んで行く

一方で俺と向かい合うベアドは全く動かずに俺の挙動を見つめていた

 

「どう? 人語は話せるかしら?」

「ブグルゥ……」

「そう。話せないけど、理解は出来るみたいね」

 

警備隊の人がいるため女性で行くことにした

女声で言葉をかけるとベアドは喉を唸らせて答える

会話は出来ないが、俺の問いかけに的確なタイミングで声を出した

俺の言葉の理解は出来る、ととっても大丈夫だろう

 

「私達、この先に行きたいの。通してくれないかしら?」

「グルルゥ」

 

俺の質問にベアドは喉を唸らせ、そして右手を上向きにして手招きする

つまり、勝負しろよ、ってことか……

どういうつもりかはわからないが、襲うことが目的ではないようだ

先程の警備隊の人を倒した時も全く動こうとしなかった

腕試しが目的なのだろうか……?

俺はベアドの意図が掴めないまま、夢幻を変化させて短い棒を2本生み出す

 

「いいでしょう。勝負、ってわけね」

「ガルグルゥ」

 

俺は棒を持ち、構えをとる

それに呼応するようにベアドも僅かに腰を落として構えをとった

ベアドは格闘技を覚える位の身軽な熊

そして先程の蹴り……かなりの熟練者だろう

気は抜けない

 

「っ!」

 

それは急な動きだった

ずっと立ち尽くしていたベアドが不意に動く

だが、動くのだが俺はそれを見ているだけで反応が遅れた

なぜか

それはこのベアド――殺気も闘気も滲ませず動いたからだ

 

ビュッ――

 

太い腕の右拳打が放たれる

俺は横へと一歩分跳び、拳打をかわす

俺の隣を豪風が唸りをあげて吹き抜けた

動きが速く、更に拳打の引きも速い

俺は懐へと潜り込もうと接近するが――

 

「っ!」

 

瞬間、嫌な予感を覚えてすぐに後ろへと飛び退く

見てみればベアドの右足の踵が僅かに浮いている

……蹴り、か

巨体の死角になりがちな足元を狙おうにもあの瞬速の蹴りがある

こりゃ、迂闊に攻め込めないぞ……

 

「ルガァッ!」

 

ベアドは一度吼え、俺に向かい駆け出す

鈍い走りではなく、洗練された走り

そう、それは踏み込みのように俺との距離を滑るように縮める

そしてベアドは前傾に構えをとり、なんと――飛び込んできた

俺はその瞬間、ベアドに向けて駆け出し、ベアドの背中を目前にして脇を潜り抜ける

 

ドガァッ!

 

地面の悲鳴が轟く

ベアドは飛び込んでそのまま前転し、なんと踵落しをしてきたのだ

あの巨体で身軽な動き

だが、威力のある一撃を叩き込む

俺は咄嗟の自分の行動を褒めつつ、俺に背中を向けているベアドへと攻め寄る

 

「フゥッ――っ!」

 

右手の棒を薙ぎ払う

狙うは後頭部

しかし、次の瞬間――目の前を豪風が吹いた

風に右手の棒は奪われ、俺は気づかぬ内に手から棒が抜けていた

一瞬、頭の中が真っ白になる

だが、俺は目前の光景をしっかりと認識し直した

左腕を振り抜いているベアドの姿を――今は隙だらけ!

 

「せぇい!」

 

残された左手の棒で左脇下を突く

強烈な突きにベアドは苦悶の声を上げるが、この巨体だ

俺の棒の一突きが致命傷になるなどありえない

俺はすぐに後ろへと飛び退くと、左腕を払い戻す一撃がその場を吹き抜けた

 

「グルルゥ……」

 

正直、速い

俺はベアドの動きの速さ、そしてその巨体の誇るパワーに戦慄を覚える

むぅ……棒じゃ、無理だな……

俺は起き上がるベアドを見つめながら棒になっている夢幻を手甲へと変化させる

両腕を覆う銀の甲を纏い、俺は再び向き合うベアドと対峙する

 

「よし――行くよ!」

 

俺は手甲に魔力――光を伝導させる

光を媒体とした魔闘術――エクストリームだ

正直、地力ではこのベアドに俺は敵わない

刃物とか有利になる武器を使わない限りは、だが

だが、このベアドが望むのは勝負

打撃においてならばこの位使わせてもらわないと――勝負になりそうにない

 

――“女神の拳骨ユー・ゲンコ――

 

左拳打をその場で打ち、光の拳を飛ばす

それを見てベアドは驚きで息を呑むのがわかった

俺自身も光の拳に続くようにベアドへと駆ける

 

「ブルゥッ!」

 

ベアドは光の拳打をかわせないと判断し、腕で防御の構えをとり受け止めた

……まぁ、威力は俺の拳打程度なのでベアド自身には耐えれるだけの体がある

受け止めたことは予想外だったが、それでも動きが止まっていることには変わらない

俺は拳を再度構え、光を集約させつつベアドへと肉薄する

 

ガァッ――

 

一瞬の判断だった

右足が僅かに動いた

それを見た瞬間、俺は手甲を左側へ両腕とも構えをとる

次の瞬間には凄まじい音と衝撃が俺を襲った

蹴りが来ると予想出来ていたので、衝撃をくらう前に僅かに後ろへと跳んでいた

だから俺は衝撃を受け止めず、受け流すことが出来たのだ

地面に降りると同時にベアドへと踏み込み、右拳打をベアドの腹部へと突き出す

 

――“女神の鉄槌ユー・イカズチ”――

 

溜め込んだ光は俺の右拳打より大きな光の拳打を生み出す

それをベアドは全身でくらい、後方へと吹っ飛んだ

 

「ァ――グゥッ!?」

 

街道から飛び出し、近くの幹に背中を打ち据えるベアド

苦鳴が口よりこぼれたかと思えば、そのままズルズルと雪の上に身を倒した

ピクリとも動かない……どうやら気絶しているようだ

俺は勝負に決着が着いたことに安堵し、思わず息を吐く

 

「ふぅ……」

「さすがだ。お見事、相沢」

 

俺はそこで幹を背に座っている警備隊の人と北川の方へと向き直る

警備隊の人は俺がベアドを倒したことが信じられないのか、茫然とした目で俺を見ていた

……まぁ、ショックか

警備隊で鍛えている自分が敵わなかった相手を年下の女性に倒されたのだから……

俺は夢幻をブレスレッドに戻して北川の方へと歩み寄った

 

「あのベアドのことは後で考えましょ。それより……」

「……え?」

 

俺は警備隊の人を見つめると、俺の視線に気づいたのか警備隊の人から声がこぼれる

ま、いつまでも呆然とされていても困る

このままこの人をここに放置していくわけにもいかない

状況を確認することがまずは必要だろう

俺は警備隊の人を見ながら話を続ける

 

「貴方はどうして一人でここにいたのですか?」

「あー……えっと、オホン」

 

俺の質問に対してどうしよう、という感じで声を出す警備隊の人

しかし、わざとらしく咳払いをすると話が始まった

 

「俺の名はナム・ライズ。カノン警備隊 蝶月隊に所属している。現在はダーア村に来ていたというカノン学園生徒を捜索中だ」

「っ」

 

その説明に俺は心の中で驚き、北川は息を呑んだ

その様子を見て警備隊の人――ナムさんは北川を見つめる

北川は苦笑いしながらナムさんを見つめ返すが……まぁ、勘付かれただろうな

動揺しない黒瞳のままナムさんの話は続く

 

「おま――君達2人がそうだね? 隊長が話を聞きたがっている。ダーア村まで同行を願おうか」

 

その一言で思わず俺は目を伏せた

はぁ……結局、こうなるのか……

この状態でこの人を無視して通り過ぎれば公務執行妨害になってしまう

ここまで、だな……ま、元は俺の我侭なわけだし、問題があるわけじゃない――多分

 

「あの、すみません。俺達、急いでカノンに戻らないといけなくて……」

 

さっきの責任でも感じているのか、北川はナムさんに食い下がる

ナムさんも北川の方へと向き直り、返事を返した

 

「まぁ、レイソンがあんなことになったんだ……早く戻りたい気持ちもわかる」

 

しかし、ナムさんの返事は俺と北川には意味がわからないものだった

俺は思わず北川を見るが、北川も驚いた顔でこっちを見ていた

……なんのことなんだ?

レイソンと言えばカノンの東にある村だ

 

「あの、レイソンで何かあったんですか?」

「ん? まだ聞いてないのか?」

 

俺の問いかけにナムさんは振り返る

なぜかその後の静かな間で、緊張が走った

なぜだろう……嫌な予感がするのは……

 

「昨夜、魔物の群れに襲われてレイソンは壊滅したんだ」

 

 

 

 

 

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