【覇道】

 

<Act.5.5 『カノン街攻防戦』  第6話 『次の一手』>

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

いつものイスに座りながら考え事に集中すると、口から苦悩の声が漏れていく

昨日の魔物と行われたカノン街攻防戦

そちら事態でも被害は確かに多かった

200名の討伐隊の内、34名が死亡。20名が重傷という結果だった

軽症者は70名程いるが、大した怪我なので問題はない

だが、それ以上に警舎を襲撃された被害が大きかったと言える

死亡者は27名。重傷者は32名にのぼる結果だ

決して看過出来ることではない

 

「敵は、僕の予想を超えていく……か」

 

僕は手元にある今回の対魔物における被害状況の紙を見て思わず肩が落ちた

実は被害はカノン街攻防戦、警舎襲撃に加えてまだまだある

敵――魔物達はカノン街を襲撃するのと時を同じくして周辺の町や村に襲撃をかけていたのだ

警備隊の大本である警舎すら襲撃されており、急な事態に対応できず村々の被害は大きい

駐屯していた警備隊員が可能な限り応戦したが、魔物の群れを倒せるだけの戦力はどの村にもない

そちらの被害状況はまだ調査すら済んでおらず、正確な数字は出ていないが……想像を絶する数字になるだろうね

 

「同時襲撃……」

 

僕すらもそこまでは予測にはなかった

天才と自負し、また他からも言われた僕が気づけなかった

それに対する落胆はないが、未然に防げなかった怒りを僕は感じているらしい

瞼を閉じると襲撃された村の様子が想像出来る

思わず握り締める拳

その拳を向ける相手すら、今の僕には見えていない……

 

「…………どうぞ」

 

思わず額に皺が寄ってしまった

けれど、ドアの向こうに気配を感じて意識が戻る

ドアの向こうに誰かいる

そう、息を殺すが決して忍び寄っているわけではない

普段からそうしているみたいだ

周囲の空気に紛れていきそうな程の自然な気配

けれど、その気配の主から感じる実力はかなりのもの

警備隊の中でこれほどの気配を感じさせるとなると限られてくる

 

「…………さすがだ。暁隊隊長 佐伯 和人」

「っ! 副長」

 

静かに開かれるドアを凝視していると、そこに現われたのは長い紫色の髪をした女性

凛としたつり目にスラリと伸びる細い手足

警備隊の制服なれど、指揮官達が着るちょっと高級な制服を着ている

彼女こそカノン街警備隊副総隊長を務める女傑――くろがね もんめ

僕の予想の中でも最も確率の低い人がいるとは思わなかったので、驚きで声が出た

慌てて反射のままイスから立ち上がり、呆然と副長を見つめる

 

「座るがいい。少し、話がある」

「は、はい」

 

副長は後ろ手でドアを閉めると僕にそう促した

僕はまだ少し動揺しており、言われたままに腰を下ろす

副長は手近なイスを1つ掴むと僕の机の前にイスを置いて座る

近くに来ると全く動じない黒瞳の視線がちょっとだけ痛く感じる

 

「単刀直入に聞く。今後、我々警備隊は何を真っ先にするべきか、自分の意見を述べよ」

 

質問など全く受け付けてくれないとわかるほどスッパリと副長は言った

そして誤魔化しなど許されないとわかるほど真っ直ぐに僕の目を見てくる

僕は少しだけ戸惑うけれど、冷静に状況を考えて言葉を選んでいく

正直、不思議だった

先程、あれほど激情に揺らいでいた心が嘘のように落ち着いている

冷静な思考で導き出した結論を自信をもって口に出した

 

「第一に警備隊本部へ応援を要請するべきです。第二に敵である魔物を退治することだと思います」

 

僕の返答に副長は表情を全く変えず、そのまま口を開いた

 

「ならば問う。本部へは何を要請するつもりだ?」

「敵の退治のため討伐隊を要請します。今のカノン街警備隊では攻撃の要は残っていますが数に不安がありますから」

「なるほど。では数の少ない我々が魔物の退治へ数を割けば街の守備はどうする?」

「久瀬家に任せます。どういうつもりか知りませんが、町や村の復興には兵をすぐに出しました。街の守備もしてくれるでしょう」

 

矢継ぎ早な副長の質問は僕に考える暇を与えないつもりなのか、それとも気持ちが早っているのかわからない

ただそこまで答えると副長は唸るように喉を鳴らし、顎に手を当てて深くイスに座った

少し思案に耽っているようで僕からは視線を外している

あの黒瞳から逃れれたので思わず僕も肩の力が抜けた

……というか、肩に力が入っていることに気づかなかった

 

「……なるほど。総隊長が買っているだけのことはあるな」

「え?」

 

思案がまとまったのだろうか

副長は顎から手を離すと僕の方へと視線を戻し、そう呟きを漏らした

スパルタ方針がモットーの副長から褒め言葉が出ると思わず、驚きに声が漏れた

 

「私は各部隊長に同じ質問を行ってきた。その中で私と同じ結論を言ったものは貴様だけだった」

「……まぁ、警備隊の本来の仕事は守衛ですから。僕の意見が風変わりなのかもしれません」

「それは表面上の話だな。本当に守るべきならば今は攻めるべきだ。相手の出方を窺っていて、防げる相手とも私は思えん」

 

そう言い切ると副長は小さく息を吐き、目を瞑った

そこで僕もまた一息を吐く

……けれど、まさか僕が副長と同じ結論に至っていたなんて、ね

その事実が少しおもしろく、また嬉しくもあった

なにしろ、副長の優秀さは誰もが認めるものであったから

 

「……佐伯 和人。――いや、暁隊隊長 佐伯 和人。暁隊へ極秘任務を授ける」

「はっ」

 

突如、目を開いたかと思えば副長はそう口火を切った

警備隊として即座に返事はするが、正直頭の中は?でいっぱいだ

極秘任務って……なんだろう?

僕の怪訝をよそに副長は言葉を続けた

 

「巷で噂になっている白い少女を連れてくること。3日以内に、だ」

「っ!」

 

僕の予想にはなかった言葉に思わず息を呑む

白い少女

それはオレルドさんの報告にも出ていた謎の美少女

なぜその少女の話が今、ここで出てくるのか

最初は疑問に感じたが数秒の間に僕の思考は整理され、答えに至る

その様相を見ていた副長の表情も満足げなものへと変わっていった

 

「やはり聡いな、貴様は」

「……副長はどこまで情報を収集出来ているのですか?」

「フフッ。大人の女性とは秘密をいくつか持っているものだ」

 

僕の質問を副長は受け流す

……正直、少し笑いそうになったけれど、笑ったら命がなくなるような気がする

なので、深くは気にしないでおく

けれど、副長の情報収集力を末恐ろしく感じる部分もある

僕はオレルドさん協力のもと、白い少女がここ最近の一連の出来事に関与している事実を掴んでいる

昨日のカノン攻防戦の前夜、魔物の群れの中に姿を現したことも……

少なくとも魔物と、事件と何らかの繋がりがあるのは間違いない

 

「一つ、聞かせてください」

「いいだろう。言え」

 

イスから立ち上がり、退室しようと動き出す副長を引き止める

副長は足を止め、鋭く一言

けれど、今の僕はそんなことよりも好奇心の気持ちが勝っていた

 

「白い少女……彼女をどうするつもりですか?」

「私の得ている情報から見て、少女の実力は相当なものだ。戦力の一つとして是非、入れておきたい」

「……後は、魔物の情報を得られるかもしれない、ということですか?」

「フッ。任務は伝えた。成果を期待する」

 

僕の再度の質問には答えず、副長は笑みを残してそう言い残すと部屋を後にした

本当に自分の用事しか話をしない人だ……実に合理的な性格を表す行動と言えるね

しかし、少し意外だった

計算高い副長が外部の力――それも、どのような人物かわからないのに戦力に加えようとする姿勢が……

仮に少女の実力が高かったとしよう

けれど、その性格はどうなのだろう?

魔物との絡みでの目撃証言は多いが、それは魔物を殲滅するため?

それとも、魔物を――…………

 

「……それはそれ、か。戦力が不足しているのは事実。手駒は多いに越したことはない、ってことかな」

 

今、この街の警備隊の戦力は不足している

領主の久瀬家は滅多なことでは動かない

現状、領民を守るために私兵を動かしたことすら驚愕出来るのだから

つまり、攻撃に手を貸すなどありえない

傭兵を加えても戦力にはなるだろうけれど、ギュウマのような敵を見ればもっと戦力は欲しい

本部への要請は通るだろうけれど、それに見合う強者が来るかは不明

ならば確実に強者を得るための行動を僕達もしなければならない

不確定要素はあるけれど、こちらの希望通りなら大きな力となる存在――白い少女

不安要素を踏まえても、副長の計算では少女を加えた方がいい、って結果が出たんだろうね……

 

「とはいえ、簡単に3日なんて言ってくれるよね……ま、見つけるけどね」

 

 

 

 

 

 

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