【覇道】
<Act.5.5 『カノン街攻防戦』 第5話 『攻防戦の終結』>
「生まれよ雷 起きろ風よ 我が右手には雷神の加護を受けし雷槍を 我が左手には風神より授けられし風槍を
相対すべき2つの槍を 我が願いによりて合わさん 唸る雷と風よ 螺旋を描きて怨敵を穿て――」
僕の視線の先にはボスさんの大きな背中
無人とも言える高原を1人で駆けている
眼下では手下のミノタウロス達はアリスさんや、合流した駿馬隊によって確実に数を減らされていた
僕の右手には雷が迸り、左手は風が唸る
僕の最強の攻撃魔法……これで倒せなければボスさんを止めることは難しい
眼下からでは僕の姿は視認出来ないが、この膨大な魔力を感じる者は少しはいるだろう
けれど、僕を止めることが出来る人は今この場所に誰も――いない
「――“
右手と左手を前へと突き出し、全魔力を放出するように風と雷を放つ
溜まりに溜まった勢いを解き放つように風と雷は疾風のように迸る
やがて互いが互いと交わうように円を描いて突き進み、やがては対となって絡み合う
螺旋を描く風と雷は決して交わらず、しかし1つとなってボスさんの背中へと突き進む
ドガァァァァァァ――――
狙いは逸れていない
確実にボスさんの背中へと当たった
ただ直後に地面が爆発し、雪煙が巻き起こる
そして豪快な爆発音
倒したか――そう思う余裕は僕にはなく、残る魔力で空を飛び、その現場へと翔けた
終わっていない
なんの確証もない僕の直感がそう語りかけてくる
おさまりつつある雪煙の中、大きな黒い影が――動いた
「ウガァァァァァァァァッッ!!!!」
今日何度目かの怒号
ボスさんは怒り狂うように身を暴れさせて雪煙より飛び出した
僕はその暴れ狂うボスさんを前に距離を置いて地面に降り立ち、彼と向かい合う
「ヤキは回っていなかったでしょ?」
「ふぅぅぅぅがぁぁぁぁぁ…………てめぇ、マジでやりやがるじゃねぇか」
僕と向き合ったボスさんの胸には風穴が1つ、あいていた
そこからは溢れ出る泉のように血がこぼれている
さすがのボスさんも僕の魔法には耐えれなかったようだ
だけど、それを受けてなお倒れないボスさんの生命力にはただただ脱帽する
「どうやったら倒れてくれるのかな?」
「さて、な。ま、てめぇを殺し、街のクソ連中を全員殺せば倒れるかもしれねぇな」
「はぁぁ……そうさせないように頑張ろうかな」
ボスさんは胸にあれだけのダメージを受けても、正気を保っていた
そのことにも驚嘆を覚える……色々な意味で強い人だ
僕はその強き相手に応えるように刀の柄に手をかける
魔力はけっこう使ってしまった……大魔法はこれ以上は使えない
「行くぞ、てめぇっ!」
わざわざ開始の合図を告げるとはどうゆうつもりなのだろうか
――そんなことを考えさせてくれる余裕等はない
ボスさんは斧を振り被り、瀕死の怪我を負っているとは思えない程の力強い動きを見せる
踏み込む
力強い一歩は地面を僅かに揺らす
けれど、その程度のことで僕の構えは崩れない
振り下ろされる超絶の一撃
僕はそれをしっかりと見極め、自分の間合いに入った時に足で地を――蹴る
――古流 桜一刀流 歩法 “
横の地面が爆砕する
振り下ろされた斧の一撃の威力がよくわかる
けれど、それはあくまで僕の横の話だ
少し飛び散る雪塊と、吹き上がる雪煙が邪魔だけど支障はない
僕は僅かに刀を弾き、居合いの構えとして腰を落とす
ここで――決める!
――“
抜く刃
抜いたと思った瞬間には一歩を踏み込み、そして刃を振り抜いている
そして放つ刃は振り下ろされたボスさんの腕を――断つ
「ン――ァァァァァガァァァァァァァァ――――」
悲痛の絶叫だった
放たれた刃は周囲の大気を峰より吸い込み、圧縮された風の刃となりて敵を断つ
この技は“
今、僕のもてる最大の居合い技と言える
あの巨大な幹のようなボスさんの腕は肘よりも腕の部分で切り離されていた
吹き出る血流
よろめくボスさん
悪いけど、追撃を――受けてもらう
僕は居合い直後の状態から、刃を上に切り返す
両手で柄を持ち、刃に風を纏わせながらその場で切り上げる
――“
振り上げる刃の切っ先より風が細い線となって伸びる
それはやがてボスさんの体を切り上げ、新たな傷を増やした
伸びる風の刃
それこそが“
後ろへとよろめくボスさん
しかし、その纏う空気はいまだ緩まらない
刀を振り上げつつ僕が見たのは、こちらへと睨むボスさんの鋭い眼光
「うらぁぁぁぁぁ――――」
血の雨が降る中、ボスさんが叫ぶ
残された左腕が僕へと伸びようと動く時――背後から誰かが飛び込んできた
ザシュッ――
黒い影
飛び出したのは黒い服に身を包んでいる人――アバネさん
その手には片手剣が2本握られており、ボスさんの左腕を切りつけた
鋭い斬撃はボスさんの硬い肌を容易く切り裂き、血を噴き出させる
「――ッガバッッ!!?」
そして次の瞬間、ボスさんの叫び口に銀のハルバートが刺し込まれた
凄い力で放たれたのだろう
あのボスさんが簡単に射抜かれ、頭の後ろからハルバートの先端が見えていた
それが止めとなったのか
ボスさんは白目を剥くとそのままゆっくりと、その巨躯を後ろへと倒していった
「はぁ…はぁ……大丈夫か、子供隊長」
「藤堂さん、アバネさん……助かりました」
後方から遅れて現われたのは藤堂さんだった
息を切らしているところを見ると走って駆けつけてくれたのかもしれない
自分の得物であるハルバートを投擲して見事、ボスさんを倒してくれた
正直、最後の反撃は止めることが出来そうになかったから、本当に助かった
僕は小さく頭を下げると藤堂さんは笑みを浮かべる
「いやぁ、こちらこそ、ってやつだ。な、アバネ」
「……ふんっ」
藤堂さんの言葉にアバネさんは鼻を鳴らすだけで返事はしない
手にある剣を腰の鞘へと戻しつつ、倒れたボスさんを見張るように睨んでいた
……僅かな動きも何もない
呼吸もしていないし、流れ出る血の量は助かるものではなかった
「それにしても、強いなぁ子供隊長」
「まぁ、それなりにですけど」
「はっはっは! 口も達者だぜ」
藤堂さんは豪快に笑う
本当にカラッとした性格の人だ
嫌味などなく、本当にそう思ったことを言っている
僕はボスさんとは反対方向に広がる戦況を見渡し直す
既にボスさんが倒れたことで向こうの戦意は落ちているようで、戦闘も終幕に向かっていた
残された敵の数も僅か
出来れば数人だけでいいので捕虜がほしいな……情報を引き出したい
「……大丈夫かな」
僕は刀を振り、血を落としてから刀を鞘に納める
頭脳派である麒麟隊がいればその辺りの漏れはないだろう
そう判断して僕は一度、息を吐き力を抜いた
正直、魔力は激減だし、体は疲れてるし……休憩したい
「よし。暁隊のメンバーを集めよう。状況確認を行いたい」
*
「あ、隊長」
各部隊の報告会から暁隊の待機場所へ戻ると、ランデルさんが僕に気づいた
その言葉で他の皆もこちらへと振り返り、僕は軽く手を挙げて応える
「やっ。ただいま」
「隊長、どうでしたか?」
戻って最初に僕の前に来たのはやはりアリスさんだった
今後の状態が気になるのか、開口一番のその台詞は実に彼女らしい
真っ直ぐな瞳を見ると口元が緩み、僕は話を始める
「各隊の報告は終了。総隊長の判断で麒麟隊はこの戦場の処理を担当し、他の隊は警舎へ戻ることになったよ」
「あ〜、俺達はどうしたらいいんだ?」
僕の台詞で暁隊の面々は一息吐く
戦場から出れるという事実が戦争の終了だと、感じ易いからかもしれない
警備隊ってのは中々気を抜く暇がないからね
逆に藤田さんは傭兵はどうすればいいのか、とすぐに声を挙げた
あまり活躍出来なかったので申し訳ない、とさっき謝られたことは記憶に新しい
「傭兵の皆さんはこの場で解散とします。今回の報酬は明日には振り込まれるように手配しておきます」
僕の台詞に傭兵の皆さんも一息吐けたようだ
まぁ、警備隊の警舎にはあまり来たくはないだろうね
揉め事とか起こしたらすぐに連行される場所だし……
今回の報酬はそれなりに用意している、とのことだったし報酬で顔が綻ぶ人も多い
なにしろ傭兵部隊では1人も死者を出すことがなかったのだから、喜びに集中出来るというもの
「それじゃ、みん――」
僕が声を掛けようとした瞬間、轟音が鳴り響いた
あまりの大きな音
そして突然の出来事ということで、まるで時が止まったかのような驚きが雪原を包む
すぐに音の出所――カノン街の方へと振り返ると、ここからでもハッキリと見える程の大きな火柱が立ち上っていた
まるで火山の噴火
そう思わせるほどの高さと太さ
灼熱の眩しさはここまでしっかりと届いている
「な、なんだ……ありゃ……」
オレルドさんも呆然と見上げてしまう
全員がそう心の中では思っているだろう
そして、同時に感じている
これは――緊急事態だ、と
「隊長!」
「暁隊はすぐに警舎へ直行する! 皆、ついてきて!」
アリスさんの即座の声に僕は迷わず指示を出す
それと同時に僕は走り出し、それに皆も続いてくれる
あの方角
そして目測でのあの位置は多分――警備隊の警舎
まさか他にも敵の部隊があったというのだろうか?
仮にあったとしても、街の中にある警舎の場所を把握していたというのか?
深まる謎
焦る気持ちを抑えながら、今の僕に出来るのは警舎を目指して走ることだけだった
「本当に想定外な強敵だ……」
他の部隊も動き出しているようだけど、少数の暁隊の機動力に勝るものはない
僕らは東門を駆け抜け、街中へと入る
その頃には見えている火柱も徐々に集束していき、小さくなっていった
けれど、あの方角、位置――間違いなく警舎だ
僕が確信を持ったその時、前方より人影が見えた
よくよく見ればそれは――マーチスさん
「隊長ーーっ!」
マーチスさんは珍しく大声をあげながらこちらへと走ってくる
走るとは言っても、ハヤルンデ1号に乗っているのだけど
ま、そのおかげであっという間に僕等の目前にまで迫っていた
「時間が惜しい! 併走して状況を報告して!」
「は、はい!」
僕のその指示に従うようにマーチスさんは見事にハンドルを捌き、走りながら後輪だけを振り回す
そして僕等と同じ向きに方向転換し、僕の横をハヤルンデ一号で走っている
相変わらず乗り物の操縦は上手だよね……
そんなことを言う余裕もないので、声には出せないけど
「副長への状況報告中、魔物の襲撃が警舎にありました。敵は巨大なゴーリキ1体のみだったのですが、圧倒的強さで警護部隊は壊滅寸前です!」
「警護部隊の所属部隊は? あと、凡そでいいから人数と被害状況も」
「浅葱隊、黒陽隊ともに壊滅状態。現在は鉄花隊が交戦にあたっていますが、時間の問題です」
マーチスさんの少し早口気味の報告の内容に、僕は冷静さを保ってはいるけれど内心は驚きの嵐だった
また、暁隊の他の人達もその報告内容に驚きの声をあげる
浅葱隊、黒陽隊が全滅ということは、40名はやられているのか……
副長の直下部隊である鉄花隊なら少しは時間は稼げるはずだろうけれど……
そこまで考えて先程の火柱が頭の中に映る
あんなもの、正直耐えれそうなのは副長ぐらいだろうね……
嫌な予想を掻き消すように僕は頭を振ると、警舎が遠くに見えてくる
黒煙が立ち昇る様子も見え、また静かな様子が嫌な予感を掻き立てる
「なっ!?」
オレルドさんが声をあげた
そう、僕も驚きで声が出ない
更に警舎へと駆け寄るとその警舎の半分が喪失していた
残された断片を見るに焼け焦げているため、先程の火柱のせいなのだと予想はつく
しかし、3F建築の警舎の半分を焼き消すなど上級炎魔法でも出来ないか、出来ても一流の魔法使いだけだろう
どれだけの攻撃を受けたのかを遠目にでも感じさせてくれる
「はぁ…………はぁ…………はぁ…………」
警舎へ到着
門前に辿り着き、そして足を漸く止めた
眼前の光景を見て、誰も声が出ない
訓練場のグラウンドを含め、各所で倒れ伏す警備隊の制服を纏った隊員達
その威厳ある景観を半分失った警舎
とても、いつもの警舎の様子と呼ぶには程遠く、また本拠である警舎がこんなことになるとは誰も思ったことがなかった
「暁隊! 息のある者を探し、至急救護にあたれ! 後で天音隊が来るから、怪我人は一度正門に集めること!」
呆然とする場で僕の強い口調の命令が飛ぶ
意識を取り戻したかのように皆、大きな声で返事をするとすぐに飛び出すように散っていく
さすがは警備隊
どんな状況でも普段の訓練の成果が出ているね
皆の後ろ姿を見て少しだけ心が和むが、すぐに眉間に皺が寄った
「…………戦争が、始まる」
戻る?