【覇道】

 

<Act.5.5 『カノン街攻防戦』  第4話 『ミノタウロス軍団』>

 

 

 

 

 

「僕の左右に並び、横一列で迎え撃つ! 正面は僕だけを残し、左右へ散り三方向の攻撃で敵を止める!

 敵軍の足止めは僕の魔法で抑えるからそのつもりでいるように!」

 

僕の指示に皆はそれぞれ僕の左右横一直線に均等に並ぶ

まぁ、それなりの距離をとるために3歩分程の間隔はあけている

正面にいるミノタウロス達は駿馬隊と交戦が既に始まっていた

さすがは駿馬隊

あの大きなミノタウロスの勢いを僅かにだが止めている

藤堂さんとアバネさんの効果もあるのかもしれない

けれど――大きなミノタウロスは駿馬隊の壁を突破した

後方では既に後ろから現われた藤田さん達が戦闘を開始している

牙流隊と麒麟隊に加え、藤田さん達が入れば後方の部隊は完全に寸断されており、逃げ場もない

もう少しすれば全滅するだろう

残る問題はこのミノタウロス軍団だけだ

 

「たゆたいし中に潜む不可視の鎌よ 我が呼び声に応えその御力を顕現せよ

 暴風神フェルシの刃となりし風よ 我が敵を裂くためにここに来たれ――“暴風神の乱舞宴フェルシーダンシング”ッッ!!

 

手に風を集め、そして前方へと放つ

大きさは大きなミノタウロスと同じ程度で3m

今回は幅を増やして半径2m程の渦にアレンジしている

前方より迫る竜巻をどうするのか

それはわからないが、まぁ、僕の予想では大した効果はないだろう

 

「皆。僕の合図で左右に10mはすぐに離れて。時間はないから理由は言わないけど、お願い」

 

前方を見つめながらそう左右に並ぶ仲間に声を掛ける

先に動いては意味がなくなる

ゆえにギリギリのタイミングでなければならない

そこまで説明している暇はないけれど、皆はそのまま佇んでいてくれる

必ず最初の一発目を決めてみせる

その気合を皆の対応は僕に与えてくれた

 

「小賢しいってんだぁっ!!」

 

徐々に丘を駆け上ってくるミノタウロス達

地響きを足に感じる

数は……40、ってところか

しかし、先程の魔物の部隊の5倍は強そうだ

殺気の燈った瞳がこちらに向けられているのが肌で感じ取れる

 

「うわ……」

 

ランデルさんは目の前の光景を見て思わず声が漏れた

大きなミノタウロスは斧を横に薙ぎ、なんと力任せで僕の魔法を四散させた

まぁ、その巨躯ならそれも可能かもしれないね――けれど、甘い

 

「さて、と……次だね」

 

斬られた竜巻から風の刃が四方八方へと飛び出した

突然の出来事に対応できず、ミノタウロス達は足並みが乱れる

そして同時に何人かは至近距離でくらったため、鎧でも防ぎ切れず膝が崩れる

けれど、最も至近距離にいた大きなミノタウロスはその重厚な鎧によって傷は負わなかった

 

「怯む奴は寝てろっ! 行くぞてめぇら!」

 

大きな声はここまで聞こえる

凄まじい大きさ……それが奴の巨躯を更に大きく感じさせる

僕は刀に風の力を込めて、そして鞘に納めた

風の力を圧縮し、研ぎ、鋭くする

一度だけ瞼を閉じて精神を集中させ、居合いの構えをとった

 

――“風斬かぜきり――

 

居合いを行う

振るわれる銀閃の軌跡からは巨大な風の刃が放たれる

迫る風の刃

それに大して大きなミノタウロスは大斧を大きく振り被り、そして風の刃に向けて振り下ろす

 

「しゃらくせぇぇぇぇっ!!!!」

 

――ドォォォ……

 

ここまで地面が揺れた

それ程の強力な一撃が振り下ろされ、風の刃は拉げるように散った

まさかあれほど見事に壊されるとは、ね……

その強さを目の当たりにして驚きと同時に、高揚感が高まる

 

「やろぉぉぉっ!!」

 

しかし、今の一撃で大きなミノタウロスは動きが止まり、後ろの連中が駆け出した

よし。陣形が乱れたな。それにこっちの人数が少ないのでなめている

僕はほくそ笑み、ミノタウロス達を見た

ミノタウロス達は武器を手に持ち、真っ直ぐ僕等の元へと駆けて来る

ただ、そんな中、ミノタウロスのボスだけは僕を真っ直ぐと見つめていた

 

「いまだ! 散れ!」

 

一言

それだけ皆は真っ直ぐに左右へを駆けてくれる

ふふ、その信頼が今はとても嬉しくて、ありがたいよ

僕は刀を鞘に納めると両手に魔力を瞬時に掻き集める

ちょっと本気で魔法を使わないとね

 

――“天を目指す風柱アマ・ディ・テラス

 

両手を広げ、魔力を飛ばす

既に地中に寝かせておいた魔力の塊に当てるため

僕の詞で発生する魔法

それは下級風魔法“天を目指す風柱アマ・ディ・テラス

それを30は地中に展開させておいた

それは何もない地面から突如、突風という罠で牙を剥く

次々と打ち上げられるミノタウロス達

それは為す術もない一瞬の出来事

中空に高々と舞い上がったミノタウロス達だが、そのまま落下のみの攻撃を狙っているわけじゃない

 

「さぁ、いくよ」

 

パチン、と指を鳴らす

すると僕の頭上の空が急に滲み出し、その向こう側より小さな黒い雲が無数に展開されている

中級風魔法“天神の天幕デイ・ヴェール

風を濃厚に展開させることにより見えない幕を展開させることが出来る

とはいえ、背景が空でなければ使えないという凄い限定的な魔法だけどね……

出現した無数の黒雲を見てミノタウロス達から様々な声があがる

もうその声の内容に耳を傾ける必要は――ない

 

「落ちろ――“雷神達の鉄槌雨ヴォルツ・ゲヘナ”ッ!!」

 

落ちる落雷は空中で身動きのとれないミノタウロスに確実に命中する

また落雷の数の方が多過ぎて地上にいる者へも襲い掛かる

他には1人で3つ浴びている者等、眼前は雷雨の地獄と化した

さすがにこの光景を見てまだ領域に達していなかったミノタウロス達は足を止め、難を逃れている

とはいえ、半数は減ったかな

雷雨が収束を見せた一瞬

巨大な影が雷光の中より飛び出した

 

「やるな小僧ぉっ!」

「――来たか」

 

僕の魔法で他のミノタウロスは着いてこれていない

ボスは大斧を振り上げて僕の方へと踏み込んでくる

正直――大きい

間近で見るとその大きさに拍車がかかっており、圧倒的存在感を嫌でも感じさせてくれる

僕はボスの足元を狙い、“風精霊の息吹ウィンディ・ブレス”を靴裏に展開させて潜り込むことを試みる

 

「おせぇっ!」

 

だが、それでもタイミングを逸せず、その巨躯には不釣合いな程のスピードで斧を振り下ろす

けれど、それだけの対応をすることは予測済み

左手に集めた魔力を天へと掲げ、詞を紡ぐ

 

「――“世界を押す風神の腕ヒッテリ・アームド・バンズ”ッ!

 

風の腕を形成

風の腕で大斧を受けるが、そのあまりの衝撃に僕は体を吹き飛ばされた

しかし、僅かに軌道も逸らすことができ、ボスは思惑とは違う場所に斧を振り下ろして体勢を崩す

僕はその光景を見て空中で体勢を取り直し、靴裏に風を展開させて体勢を直した

そして構えるは居合いの姿

 

――“風斬かぜきり――

 

これは決して弱い技じゃない

僕は風の刃はボスへと飛ばし、地面へと降りる

ボスは斧を振り下ろした状態なので今度こそ防ぐ術はないはずだ

けれどそうは思うが、これで倒れる等という発想はまったくもって浮かばなかった

 

「ふぬ――おりゃぁぁぁぁっっ!!」

 

ボスは空いている左手で拳を作り、力を込める

そして渾身の力で裏拳を繰り出した

しかもそれで風の刃は散らされたのだから、相当ショックなんだけど……

僕はそうは思いながらも僅かに口元に笑みがこぼれる

強敵だ

それも滅多にお目にかかれない程の……だから、手は抜かない!

既に両手より僕の左右には雷の球が展開されている

 

「飛べ――“翔ける雷鳥の欠片サンダーバード・フェイク”ッ!」

 

僕の詞で雷の球は1m程の雷の鳥へと姿を模す

そして雷光の如き速さで自らを武器としてボスへと飛ぶ

それに対してボスは大斧を横に一薙ぎ

 

「無駄だぜっ!!」

 

一振りで雷鳥は何体か破壊される

しかし、何も真っ直ぐ飛ぶわけじゃない

僕の意思一つで旋回等簡単に出来る

背後、左右、上空

隙だらけのその死角を――つく!

僕の意思で雷鳥達は隙だらけのボスへと身を突っ込ませた

 

「――効かねぇな」

 

その身を雷光で包まれながら、雷鳥の突撃で身を少し焦がしながらも、ボスはそう言ってのける

確かに足取り、顔つき、どれを見ても変わりがない

やせ我慢、の類かな……まぁあれだけの体格で重厚な鎧

スタミナと防御力も相当あるんだろうね

 

「小僧。ガキのくせに中々やるじゃねぇーか」

「お褒めに預かり光栄だよ。でも、休憩にはまだ――早いよ」

 

僕は刀の柄を握り、その構えのままボスに向けて駆ける

今の攻撃でわかった

超強力な一撃を当てるか、それともダメージを蓄積させていくか、しか倒しようがない、ということを

魔法で強力な奴を使えばいけるかもしれないが、時間を稼ぐとか、耐えられた時、とか考えるとタイミングが重要だ

今は手当たり次第に攻撃してダメージを蓄積させていく

それが必要だと僕は感じた

 

「近接戦たぁ、おもしれぇころするじゃねぇか!」

 

ボスは凶悪な笑みを浮かべて迫る僕を見る

手には大斧を構え、必殺の一撃を振るうタイミングを計っていた

けれど僕は構わずそのまま神経を研ぎ澄ませてボスの領域へと――侵入する

 

「ぬらぁっ!」

 

薙がれる斧

その太刀筋をしっかりと見極めて身を屈めた

迫る豪風と殺気を纏った銀閃

この人、ただの怪物じゃない

この研ぎ澄まされ洗練された闘志は紛れもなく――戦士の空気

 

「あめぇ!」

 

過ぎる斧

僕は懐を目指そうと思えば斧の影が過ぎ、目の前に広がった光景は振り上げられる左拳打

大丈夫。それも――予測の範囲

 

ドガァッ!!

 

突き出された拳打は一撃で僕を殺すだけの威力を秘めている

だが、それも見切り紙一重でかわして僕はボスへと駆けて、そして跳ぶ

狙うは――顔面

 

――“風斬かぜきり――

 

至近距離

かわすことは不可能

繰り出される居合いと風の刃は確実にボスの顔へと放たれた

 

「ガァァァァッ!!?」

 

怪我を確認する余裕はない

僕は靴の裏に風を展開させてそのまま頭上へと飛び上がる

だけどその途中――右側より凄い衝撃を受けて吹き飛ばされた

 

「ぁっ――ぅっぐ!!」

 

なんとか靴裏の風で調整して中空でバランスを取り直す

だが、凄い衝撃だ……正直、体の芯まで響いてくる……

僕は痛む右腕により顔を苦痛で歪めつつも、刀を鞘に納める

 

「イテェな……あー、イテェ」

「……余裕って、わけか」

 

ボスは右頬に風の刃を受けたようで、血を顔から流していた

しかし、そんな痛みなど感じないようにボスは愉しそうに笑う

声にも余裕があり、あんな傷はダメージを削る一つでしかない、と語っているようだ

まぁ、致命傷にすらならないか……そもそも、そんなに深く切れてなさそうだ

出血量を見ても死を予感させる程じゃない

僅かに身を逸らしたこともあるんだろうけど、あの硬い肌のおかげなのかもね……

 

「さぁ、どんどん続けるぜ――小僧っ!」

「っ!」

 

今度はこっちの番だ

そう言わんばかりにボスは僕に向かって駆け出す

踏み込みが力強く、そして思っていたよりも早い

体が大きいってだけで別に鈍いというわけではないのだから、当たり前か

 

「っぅ」

 

動こうとした瞬間、右横腹に痛みが走る

まずい! さっきので少し痛めたのか!?

僕は動き出しが遅れ、すぐに上昇を開始する

その間にボスは僕の眼下へと近づき、その身で――跳んだ

 

「っぅ――ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお――――」

 

ジャンプ力は凄い

逃がすまいと大斧も振るうが、僕の上昇の方が早い

思わず痛み右腹を手で押さえながら、落下を始めるボスを見下ろす

そして右手を下に向け、魔力を展開

 

「生まれよ雷 我が怒りを糧にして現世に雷臨せよ 望むは力 求めるは槍

 我が手に集いし雷を印として 汝の力の具現を我 ここに望む者なり」

 

詠唱をしながら右手に魔力を集合させ、雷が飛び散っている

雷光の集合体

これを次の詞で形に昇華させ、落下しているボスにぶつけてやる

雷を更に集め、出力を高めて詞を紡ぐ

 

「我が手より放たれよ ――“激怒による雷王の槍ラゴウ・デ・ジランスッッ!!」

 

轟く

弾けるような雷光は砲撃となりて地上へ放たれた

その熱すらも大気に伝導し、肌に熱さを感じる

眩い光が天より落ちる

それはまさに天の怒りのよう

雷撃が強すぎてボスの姿を視認出来ないが、僕は次の準備を始める

 

「“天神の天幕デイ・ヴェール”」

 

右手を払い僕の下に風の見えない壁を展開させる

これで向こう側からは僕の姿が見えなくなる

使い所の難しい限定魔法だけど、空を飛べる僕からすれば使い勝手がいい魔法だ

今もずっと靴裏に風を展開させて飛んでいる

これでも飛行魔法の訓練だけは凄い頑張って来たから、こうも自然と飛び続けることが出来る

 

「ぅぅぅらぁぁぁぁぁぁあああああ――――」

 

雷音が静まる頃、舞い上がっていた雪煙も落ち着いてきた

その中から現われたのは巨大なミノタウロス

怒号を張り上げて元気に起き上がってくれた

……どうやら咄嗟に大斧を盾代わりにして直撃を防いだみたいだ

けっこう攻撃力のある魔法だったんだけど……さすが、ってことかな

こちらを見ているけれど、その目の焦点は僕を捉え切れていない

ボスの目には何もない空が見えるだけなのだから

 

「……皆も大丈夫そうだね」

 

周囲の戦闘も見てみると僕の最初の魔法攻撃の効果もあるみたいだけど、ミノタウロス達は次々と地に倒れて行く

特に顕著なのはアリスさんの活躍かな

大きなミノタウロスに対して剣技で勝り、確実に急所を狙って倒していく

ランデルさんは僕の指導したエクストリームを交えながら、その巨躯を生かして体術で渡り合ってるみたいだ

前方を見れば一度は散らされた駿馬隊も隊列を組み終えたようで、こちらに向けて前進を開始している

流れは完全にこちらのものだ

僕は勝利を確信はするが、油断はしない

眼下にいるボスを見下ろし、ボスの動きを窺うと……

 

「いねぇならいねぇでいいぞ、小僧! だが、ヤキが回ったなっ!!」

 

そう叫ぶとボスは周囲に目も向けず、正面に視点を定める

そして迷わずに駆け出した

その向かう先は――東門

僕はそれを見て右手と左手に魔力を掻き集め、口の端を吊り上げる

 

「大丈夫。ヤキは回ってないよ、ボスさん」

 

 

 

 

 

 

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