【覇道】

 

<Act.5.5 『カノン街攻防戦』  第2話 『天才少年現る』>

 

 

 

 

 

「なんと……」

 

後ろでアリスさんの驚きの声が漏れた

いや、アリスさんが代表して皆の心を代弁した、とでも言うべきかな

巨大なミノタウロス

背丈は3mは超えている……規格外の魔物

まさに魔獣

しかも立派な知能に人語も解している

更に手には両刃の大斧……あの一撃を受け止めることなど至難の業

 

「まさか森の奥にあんなのがいたなんて……驚きだ」

 

僕の隣にいるオレルドさんはさすがに真剣な表情で丘の上のミノタウロスを睨む

そう、驚きだろう

戦闘中の者達でさえ動きが止まってしまう程に

だが、魔物は待ってくれない

奴は登場だけでその情勢を――崩そうとしてくる

 

「あちゃー。しかも、おまけ付きか……」

 

六道さんが後ろで愚痴をこぼす

ミノタウロスの登場後、更に森から魔物が現れてくる

それこそミノタウロスの部下と言わんばかりに装備バッチリのミノタウロスの姿も少なくない

あれじゃもう兵士だ……魔物と言える相手ではない

徐々に質の利で優勢を誇っていたこちらが不利になっていく

……だが、僕の頭は冷静だ

ここまで戦況をコントロールしているとさえ思える向こうの采配は少し、異常だ

そう、ただの魔物と断定するにはあまりにも策略的

僕が解せないのはどうしてもこのタイミング……あの巨大なミノタウロスが現れるそのタイミング

絶妙過ぎて違和感を覚える

 

「六道さん。“流水の猛者ティール・デティール”で右翼の牙流隊の支援に向かってください。やり方は一任します」

「りょーかい! ――んで、任せた以上、責任は覚悟しといてくれよっ」

 

六道さんは軽く手を振ると仲間とともにあっという間に右翼へと向かっていく

ふふ……軽く言ってくれるね

軽く喋る割りにあの迅速対応……伊達に顔役傭兵というわけじゃなさそうだ

 

「藤堂さんとアバネさんは前方の駿馬隊に混ざり、あの赤い蠍を撃退してください」

「了解だ」

「……任された」

 

2人は何も言わず、その返事だけを残すと前方の乱戦へと歩を進めて行く

駿馬隊はあの蠍さえどうにか出来ればその攻撃力で新手のミノタウロス軍団も止めれるはずだ

あの蠍もよく駿馬隊を抑えていると思うが、あの2人が相手ではさすがに分が悪いだろうね

さて、問題はここからだ……

 

「“届け想いよトゥ・ハート”リーダー藤田さん。ここまで来てください」

「おう。俺等はどうすればいいんだ?」

 

この戦場を前にしても出陣前と表情が全く変わっていないことに少し驚く

焦りも、気負いも、戸惑いすらも感じられない……凄く、肝が据わっている人みたいだ

まぁ、見方を変えるとやる気も感じられない気もするけど……

僕は藤田さんに近くに寄ってもらい、戦場を見ながら一つ訊ねる

 

「あのミノタウロス……倒せますか?」

 

その質問の意図はある程度、わかるだろう

藤田さんは数秒、沈黙した後に僕の方へと振り向いた

 

「あぁ。俺達5人で相手があいつ1人だったら勝てる」

 

自信満々に、そして無理さを感じさせないその表情と言葉を僕は信じた

そこからの僕の思考の回転は速い

後ろへと振り返り、すぐに指示を飛ばす

 

「オレルドさん。傭兵を5人、藤田さんにつけてください」

「了解」

「今からオレルドさんに選ばれた人は“届け想いよトゥ・ハート”とあの巨大なミノタウロスが一騎討ちできるように周囲の敵を蹴散らしてください」

「お、おい……」

 

オレルドさんは中堅傭兵の中から5人を選んでいる

それを待つ暇はなく、僕は全員に聞こえるように指示を飛ばす

その隣で藤田さんは突然の出来事に戸惑っているようで僕に呼びかけた

 

「藤田さん。今からオレルドさんが敵の裏側へあなた方を気づかれないように敵の後方へと案内します」

「気づかれないように、って……」

「詳しくはオレルドさんに聞いてください。ただ、僕はこの戦いの勝利を藤田さんに託します……頼みましたよ」

「――――おう。任せとけ」

 

藤田さんは僕の真っ直ぐな視線に真っ直ぐで見つめ返してきた

そしてゆっくりと安心出来るだけの一言を言ってくれる

僕は彼の不思議な空気に思わず、懐かしい人と重ねてしまった

あの人のことを思い出せたことが嬉しくてか、笑みをこぼしてしまう

 

「では、オレルドさん。藤田さん達への案内、お願いします」

「了解しました、隊長」

 

オレルドさんは5人の傭兵を引き連れ、藤田さん達と一度門の方へと戻って行く

後はオレルドさんに任せれば後方までは気づかれずに藤田さん達を案内してくれるだろう

問題はその後、だけどね……それまでにあのミノタウロスの周囲から敵を減らさなければならない

そして藤田さん達が登場しても、敵があいつの傍にすぐに戻れないようにしないといけない

ここからが僕の手腕の見せ所なのかな?

 

「た、隊長……あそこに敵がいます」

「え?」

 

そう僕に教えてくれたのは同じ暁隊所属の巨漢の男性――ランデルさん

身長はあのミンタウロスには及ばないけど、2m30cmという大きさを誇る

体格は本当にいいんだけど、とても優しい性格をしている

……キレると怖いんだけどね

そのランデルさんが指差したのは敵のいる正面とは全く違う左の――っ!

 

「雪煙! 敵です!」

「アリスさん。見える?」

「はいっ――先頭は獣人のコッケー! それに続くように獣人と魔物が駆けています! 狙いはおそらく、東門です!」

 

アリスさんは双眼鏡を覗き、敵の情報を報告

まだ距離はあるけれど、あの勢いだとあっという間に来るだろう

ま、相手の意表を突く伏兵部隊、ってところかな?

戦場ではよく使われる常套手段

魔物が相手だとこちらもそんなこと考えてなかったかもしれないけど、僕は違う

 

「数は?」

「はっ。およそ――――70です!」

 

撃退可能数だ

アリスさんの返答で僕は笑みが思わずこぼれた

逆に残されている傭兵さん達は顔が少し強張っている人もいるみたいだけど……

ま、その予想どおりここにいる7人であの一部隊を迎撃するつもりなんだけどね

 

「僕等であの部隊は壊滅させるよ。1人10体撃破を目標にして敵を倒すこと」

 

僕の一言で何かを思う傭兵もいたかもしれないけど、幸い悪い返事は返って来なかった

まぁ、逆にいい返事も返っては来なかったんだけど……

静かに沈黙する場でも、僕のやり方を熟知している暁隊のアリスさんとランデルさんは落ち着いている

そう、あの程度の数では僕等、暁隊では大したことはない

今までそんな任務を幾つもこなしてきたのだから……

 

「相手のリーダー格のコッケーは僕が相手します。後は乱戦になるでしょうけど、腕の見せ所です。――さぁ、行きましょう」

 

僕はその言葉を残すように敵に向かって駆ける

突然のその行動に多くの人が出遅れたのを気配で感じた

ただ――暁隊である2人はそんなことはなかったけれどね

僕は駆けつつ手に魔力を集め、詠唱を始める

 

「たゆたいし中に潜む不可視の鎌よ 我が呼び声に応えその御力を顕現せよ」

 

風が吹く

手の中の魔力は風の力へと変換されて行き、魔力は膨らんでいく

駆ける僕の姿とその魔力でコッケー達もこちらに気づいた

そして――コッケーのみ速度を上げて僕の方へと疾走を始める

ふふ、いい勘してるね

 

「暴風神フェルシの刃となりし風よ 我が敵を裂くためにここに来たれ――“暴風神の乱舞宴フェルシーダンシング

 

風は渦となる

そして僕は渦となった風を眼前へと放つとそれは竜巻となりて敵を襲う

規模は小さい

だが、超圧縮された風の力を纏った竜巻を破ることは困難だ

上級風魔法なのだからね

それに風の攻撃を司る暴風神の系列の魔法は特に――過激だし

 

「ッケー!」

 

3m程の高さを誇る竜巻は敵の部隊に正面から突き進む

コッケーはそれを跳躍で飛び越えてかわした

さすがは獣人

並外れた身体能力を持っている

だが、その後ろに控える魔物はそうもいかない

左右に隊を分断して回避を試みるが、隊列の動きが鈍く避けれ切れない者もいる

ま、これで少しは皆が楽になったかな?

僕はそのまま意識を迫るコッケーに移し、刀の柄に手を掛ける

 

「――斬るよ」

「っ! ――ッケー!」

 

駆けながら居合いのタイミングを計る

そして殺気を瞬時に開放

僕の間合いへの踏み込みを危険を悟るものの、コッケーは物怖じせずに手にある槍を繰り出す

僕はその槍の穂先を睨みつけ、動きを見切る

――まだまだだね

 

ビュッ――

 

左腕のすぐ横を槍が通過する

いい突きだ

紙一重でかわされたことでコッケーは目を見開く

だが、それでもすぐに槍を引くあたりは凄く鍛錬されているのが窺えて素晴らしい

けれども、残念なことに――相手が悪かった

 

「っふ――」

 

気負いはしない

滑り込むように僕はコッケーの間合いへと踏み込む

槍の引きと同じタイミング、同じスピード

新たに突かせる程の余裕は与えない

僕の接近に対してコッケーは焦るが、左膝が僅かに浮く

 

ブゥッ――

 

右手で槍を引きながら、反対側の左足を蹴り上げる

なるほど。バランスは崩さないで出来るいい対応だ

けれど、僕は既に右側に動いて蹴りをかわしている

コッケーの左側へと周り、隙だらけのコッケーを前にして柄を握る右腕に力を込める

 

「なっ――」

「さよなら」

 

それは一瞬

繰り出す銀閃の一撃は刃渡りが長くはないとはいえ、必殺の一撃だった

しかし、コッケーは直前で上半身を逸らし、引いた槍の柄を地面へと落とす

そして槍を押すようにして体を僕とは反対側の方へと無理矢理運び、剣閃の外へと逃れた

さすがは隊長格なだけはあるね

咄嗟に僕の居合いを掠るだけに留めたのだから

コッケーはバランスを崩しながら地面へと倒れ込むが、その目は一瞬たりとも僕から離れない

 

「凄いね。でも、相手が悪かったよ」

「そ、某方――」

 

居合いは繰り出した後、硬直時間が存在する

元々は一撃必殺を起因としている技のため、二ノ太刀は存在しない

命を懸けた重い踏み込みと、必殺の一太刀に懸けるからだ

とはいえ、僕は小柄で子供だからそこまで硬直は酷くないんだけどさ

僕は靴の裏に展開させている風魔法――“風精霊の息吹ウィンディ・ブレス”で足を踏み込むことなく体を前進させる

そして刃を切り返して構え、コッケーの首を狙う

 

「それじゃ、もう一度――さよなら」

 

薙ぐ一閃

居合いではないけれど、それでも鋭く空気を裂く

だが、コッケーは僅かに地を手と足で蹴ると空中へと飛び上がった

ジャンプとかじゃない

彼も魔法で空を飛べるのか

ちょっと予想外の出来事だったので対応できず、剣閃は空振りに終わる

慌てて飛び上がった様子はもう明らかに逃げてるね

僅かに恐怖を映したその瞳を僕は見逃していないし、大切な槍も置きっ放しだ

 

「――“暴風神を鎮静する鎖フェルシー・ダウチェーン

 

左手を逃げるコッケーへと翳し、風で練った鎖を高速展開させる

伸びる鎖の速度に僅かに後ろを見ながら飛んでいたコッケーは驚き、正面を見て速度を上げようとする

――が、その時には鎖がコッケーの左足首を捕らえていた

 

「ッガ――」

「――“雷帝の愛の手先バルグ・デビット

 

次に風の鎖に雷を流し込む

風に流れた雷は一瞬でコッケーに迫り、コッケーを感電させる

絶叫が木霊する

まぁ、確実に気絶するように強めのを流したからね……効いてるみたいでよかった

やがてコッケーは力尽きたように動きを止め、地面に向けて落下を開始する

意識はとんだみたいだけど……

止めを刺しにいこうにも、正面には既に魔物の群れが迫っていた

はぁ……落とす場所失敗したかなぁ……

僕は風の鎖を消し、正面の魔物に向けて刃を構える

 

「ハァァァッ!!」

 

銀閃が走った

僕の横を駆け抜けて先陣を切ったのは金髪の女剣士――アリスさんだった

巧みなる剣技は瞬時に繰り出された剣閃の二振りが教えてくれる

銀閃の餌食となったのはウサギの魔物――ラビットだった

ウサギとの違いは額にある角

また知能も低く凶暴で、肉食であることも特徴的

ま、危険性のある魔物としては下の下――つまりは下っ端だけどね

 

「ランデルさん。無理せず、1体ずつでいいですからね」

「は、はいっ」

 

実戦はいつも緊張してしまうランデルさん

今でも少しだけ震えていそうだ

本当に優しい人なんだけどね……悲しいかな

今の時代、その体格ではどうしても現場で求められてしまうだろう

実際、彼の腕力は相当なものだ

 

「では――切り込みます」

 

 

 

 

 

 

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