【覇道】

 

<Act.5.5 『カノン街攻防戦』  第1話 『暁隊の初陣』>

 

 

 

 

 

「では、総隊長よりお言葉をいただきます」

 

各部隊の点呼も終了した頃、日の出も終わろうかとしていた

鳥の囀りでも聞こえてきそうな静かな街の朝

しかし、東門の前にだけは大勢の――200名に及ぶ人数が集まっていた

警備隊からは駿馬隊50名を中心とした180名

ま、各部隊から少しずつ人数を集めて形成された腕利き部隊

残りの20名は傭兵達が参加している

こちらもギルドカノン支部の選りすぐり、という話だけど……

 

「ねぇねぇ彼女〜♪ お名前は? 名前はなんていうの?」

「うるさいっ。総隊長のお言葉に耳を傾けんかっ」

 

後ろで小さな声やりとりする2人を見る

金色の髪を肩までのショートにしており、薄茶色の強化服を纏った女性――いや、少女かな?

名をアリス・L・マルヴィン

マルヴィンと言えばキー王国を支える大貴族の一つで名が挙がる血筋だ

その家の三女ということだけど、なぜか一介の警備隊員として所属している

詳細は謎

とりあえずは暁隊の副隊長を務めてもらっている

正義を第一として生真面目で真っ直ぐ過ぎる人

彼女を例えるならば誰もが口を揃えてそう言うはずだ

 

「六道。その方は恐れ多くも――」

「し・ず・か・に・し・ろ」

 

アリスさんの一言でなんとか相手も大人しくなった

相手の名は六道

僕でもその顔は知っている

カノン街ギルドの顔役となっている“流水の猛者ティール・デティール”という傭兵チームのリーダーだ

まぁ、女性に目がない、って点でも有名だけれど……

 

「オホン。皆、よく集まってくれた。ここに集いしは精鋭の証である。皆の常日頃の研鑽を、その目から私は感じ取れる」

 

総隊長の話が始まった

簡易的に用意した壇上には茶色の髪の40代前半の男性が立っている

遠くを見渡す黒瞳に穏やかそうながらも、芯がしっかりしていることを感じ取れる物腰

カノン街警備隊総隊長――麻宮あさみや 和寿かずとし

名門貴族、麻宮家の当主にして現役の警備隊総隊長

過去にとった武勲は多く、街の治安の第一人者と言える大御所の人物だ

もちろん、性格もいい人で僕を警備隊に迎え入れてくれた人でもある

 

「これから向かうは戦場だ。相手が魔物であれ、そこに潜む危険には変わりない。敵の数は500はくだらないだろう

 だが、我々は日々鍛え街の治安を守っている。日頃の鍛錬があればこの程度の数の差などあってないようなもの!

 皆で再びこの街に戻ってくることを心より願う。行こう、同胞達よ! 我等が家族を! 街を守るために!」

 

総隊長の言葉に皆が応え、声を挙げる

それは町中に響いていく……いい目覚まし代わりにはなったんじゃないかな?

力溢れるこの声で住民の人が少しでも不安を減らしてくれればいいんだけど……

僕は一度深く息を吸い込み、体の中をすっきりさせる

さて、気負いはしちゃいけない……ここからが、本番だ

 

「では! 駿馬隊より前進し、森の入り口まで行軍をおこ――――」

 

指揮官の命令の途中だった

その声を遮ったのは遠くから響いてきた遠吠え

それも、犬のものなんかではない

不安を、恐怖を滲ませる怒号の叫び

もちろん、人のものではない――――魔物だ

 

「――確認! 森より魔物が溢れてきています!」

 

警備櫓の上にいる見張り役から声が降って来る

それを聞いて浮き足立つものはここにはいない

各々が纏う空気を鋭敏にしていく中、指揮官が声を返した

 

「数は!?」

「――300は超えました! 魔物はいまだ森より溢れています! 巨大な魔物の姿も数体、確認!」

 

ざわめきは広がる

数は300を超えた、ということはこちらの人数を上回った、ということ

まぁ、これは事前に予想出来た事態なので誰も慌てない

巨大な魔物、か……オレルドさんの報告があった上級種、というところか

さて、どうしたものか……

 

「駿馬隊! 正面より切り込み敵の勢いを削げ! そして止めろ!」

 

総隊長の響き渡るいい声が聞こえる

その声に駿馬隊の面々の荒々しい返答が飛び交った

花形部隊であるだけの実力はもちろん、備えている

上級種がいようとも、個人の実力を追い求めた駿馬隊を簡単に撃退することは難しい

 

麒麟隊きりんたいは左翼へ展開! 牙流隊がりゅうたいは右翼へ展開! 駿馬隊が敵をいなす間に挟撃を実行せよ!」

 

麒麟隊は統率力に優れ、連携で言えば右に出る者がいない

また個人での派手さはかけるが、実務実績など平均的な結果を齎す万能部隊だ

一方の牙流隊は武闘派部隊

集団戦闘等の攻撃に関することに関してのみ考えている荒くれ部隊だ

駿馬隊50名 麒麟隊60名 牙流隊60名の3部隊で今回は構成されている

残りの10名は僕の暁隊5名と、衛生部隊である天音隊あまねたい5名

これで警備隊は180名となる

 

「傭兵部隊は駿馬隊の後ろに控え、各部隊の様子を見て応援する遊撃部隊として今は待機だ!」

 

その声に傭兵部隊はちょっと不満気味

まぁ、強いのはわかるのだけど、軍事的動きとなると連携が乱れてしまう

普段から訓練しているわけではないのだから

ゆえに総隊長のこの判断は正しい

ただの攻撃力なら傭兵部隊は圧倒的に強い

個人としての強さを生かすなら遊撃部隊が一番だからね

 

「では駿馬隊――――突撃ぃぃぃっ!!」

 

指揮官の声により、駿馬隊は門が開くと同時に突撃を開始する

僕等は最後尾に近いため、門の外の様子は全くわからない

そして凄まじい足音が少し遠ざかったかと思えば、次の麒麟隊と牙流隊が門の外へと続いていく

うん……保険はかけておいた方がいいね

 

「マーチスさん」

「? はい、隊長」

 

僕は隣で待機していたマーチスさんを呼ぶ

肩には届かない程度の少し長めの黒髪に丸い眼鏡が特徴的

どちらかと言うと内務向きなんだけど、人手不足なのである程度の戦闘能力は鍛えている

ま、今回ここに参加してもらったのは連絡係の意味合いが強いんだけどね

とても優しい人なのだが、少しコンプレックスを抱いている部分もあるみたい

 

「警舎に行って副長に防衛戦の準備を要請しておいて」

「エッ……副長に、ですか……?」

 

僕の指示にマーチスさんの顔が引き攣る

それは相手が副長――カノン警備隊副総隊長だからだろう

彼女は恐ろしい程の現実的で合理的主義者

全ての警備員を数字やデータで分析しており、その採点基準で能力を評価する

融通はまったく利かない人だけど、逆に数字に基づいていればどんなことでも実行する

この状況を伝えれば副長なら僕の進言だったとしても動いてくれる

 

「そ。副長に。よろしくね」

「……はい、わかりました」

 

マーチスさんは肩を落として後方へと下がっていく

マーチスさんは内務も優れているけれど、機械にも凄く詳しい

自分で作成したハヤルンデ1号は魔力の力を動力に動く

板にタイヤを付けたハンドル付きの乗り物なんだけど、あれで速度が馬並みなのだから驚きなんだよね

ハヤルンデで行けば10分ぐらいで警舎には付くだろうし、手遅れにはならないだろう

 

「隊長! 我々も早く行きましょう!」

 

アリスさんは僕にそう進言してくれる

前を見れば確かにそろそろ僕等が進む番になっていた

僕等の役目は傭兵部隊のまとめ役――ま、平たく言えばお守りかな

とはいえ、自由に動けるっていう点では他にはない最大の利点

どう動くも僕と傭兵達の意思が貫ける

 

「よし! それでは傭兵部隊、前進する!」

 

僕の号令にまぁそれぞれの返答が返って来る

とはいえ、仕事は仕事

そこはしっかりと踏まえ、傭兵達も動いてくれる

今回参加する傭兵のデータは一応、朝一番では貰ったけど……

 

「アリスちゃんって言うんだ♪ 可愛い名前だね♪」

「黙れ」

 

流水の猛者ティール・デティール

カノン街ギルドの顔役とも言える傭兵チーム

全員が水瀬流の門下生で構成されていて、女性に対して執着心のある者で構成されている

とはいえ実力は高く、特に戦闘に関しての実績は評価出来る

リーダーの六道さんはアリスさんに夢中みたいだけど……戦闘になれば大丈夫かな

 

「へぇ……あのちっこいのが隊長なのか」

「ちょっと浩之ちゃん。聞こえちゃうよ」

 

……聞こえてるけどね

ボサッとした黒髪に両手剣を背負った剣士

彼が最近名を挙げている“届け想いよトゥ・ハート”のリーダー――藤田 浩之

本当は東鳩王国の傭兵チームだけど、現在はたまたまカノンに逗留中だったみたい

先日の盗賊団“紅桜べにざくら”を壊滅に追い込んだ腕利きチームだ

噂には聞いていたけれど、本当に若手で構成されているみたいだね……

傭兵チームとしての参加はこの2つ

後はソロの人達ばかりだった……ただ、その中で目に付いた名前が2つ

 

「街を守るは傭兵の仕事、ってか。気合が入るぜ〜」

 

180cmを超える巨漢

背にはその背丈に見合う巨大な長斧――ハルバートが背負われている

白髪はオールバックにしてあり、ポケットの多い濃い緑のジャケットとズボンを穿いている

僕等と同じ強化服タイプみたいだ

彼の名は藤堂とうどう 比影ひかげ

カノン街でも名が売れている傭兵で、その明るさから町民からの信頼も篤い一流の傭兵だ

 

「……偽善だな藤堂。俺らは実力を金に換える職。綺麗事は耳障りだ」

 

そう語るのは藤堂の隣にいるアバネ・ダースロン

黒い髪は逆立っており、額にはヘアバンドがついている

つり目の鋭い黒瞳が特徴的で、口元は白い覆面で隠されている

一見すると賞金首に見えるのだが、あれでも腕利きの一流の傭兵だ

依頼には忠実だが、依頼でない場合は血も涙もない冷血漢として名を知らしめている

この2人は正直、かなり心強い

残りの9名は中堅傭兵から選りすぐった感じだった

……まぁ、気紛れな傭兵もいるし、一流を20名も揃えたら揉めそうだしね

バランスとしてはちょうどいいのかもしれない

 

「暁隊隊長。佐伯さえき 和人かずと

「あ、総隊長」

 

門の近くまで差し掛かると、総隊長が声を掛けてくれた

まだまだ小さな僕からでは大きく見える総隊長

――いや、身長だけじゃない

その身に纏う風格の大きさを感じれる人物

この僕の目から見ても大切な偉人だと感じ取ることができる人

 

「警備隊全体としての仕事には初参戦だ。君の手腕、見せてもらうよ」

「はい。街の平和のため、僕は僕に出来ることをしようと思います」

「……うん。いい目だ。期待している」

 

総隊長に礼をし、激励を受けて僕は門を潜った

冷たい空気に体の中が冷える

目に映るのは綺麗な雪原ではなく、人と魔物が入り乱れる戦場だった

普段の静かで、澄み渡る雪原はどこにもない

人と魔の怒号

そして雪面を朱に染めていく血みどろの戦闘が繰り広げられていた

初の戦場を目前にして、少し――身震いする

 

「ヒュ〜♪ やってんなぁ〜、皆」

 

様子を見に来たのだろう

僕の隣に六道さんが顔を出した

飄々とした態度はあまり好きではないのだけれど、この光景を前にしてもそれを続けれるのはさすがだと感じた

踏んでいる場数が違う

僕も負けまいと息を吐き、心の動揺を抑え頭の思考を広げていく

 

「駿馬隊の当たりはまぁまぁいいみたいだ。予定通り、駿馬隊の後ろで待機する!」

 

僕の指示に従い、僕等は急がずに歩きながら戦場の中へと踏み込んでいく

現状、魔物達は雪崩れ込むように町に向かって突撃しており、それを駿馬隊が真っ向から受け止めている

敵の動きを防ぐだけの攻撃力はさすが、としか言いようがない

その間に麒麟隊と牙流隊は左右へと部隊を展開

今のところ、こちらの思惑通りに事は運んでいる

 

「隊長。どう動きましょう?」

「待機だよ。戦況はまだ動いていない。切り札である僕等が動くにはまだ早いよ」

 

アリスさんは武者震いしているのか、気持ちが高揚しているのが顔に出ていた

アリスさんの剣技は目を見張るものがある

それ程の実力がある武人だ

その武を振るいたくて仕方がない、っといった感じかな?

僕としては少し力に目が行き過ぎていないか、心配なんだけどね

 

「……へぇ。子供のくせに戦況はちゃんと読めてるのか」

「暁隊隊長ですから、そのぐらい当然です」

「なるほど。お前があの子供隊長か」

 

六道さんに藤堂さんが僕の傍に来て感想を述べる

まぁ、色々と言われているのは知っているし、気にはならないけど……

指示を聞いてくれなくなると面倒だな……

そう思っていると藤堂さんが僕に向かって笑みを浮かべ、口を開いた

 

「んじゃま、お手並み拝見、ってところだな」

 

この人のこの一言は大きい

意識してかはわからないけれど、傭兵部隊でもトップに近い人の発言の影響力は存外に大きい

それこそ力で生きていく傭兵なら尚更に

僕に対しての不信感とかはあるかもしれないけど、この一言でわめくことも出来なくなった

正直、凄く助かる

 

「隊長。あの先頭の蠍……」

「あぁ。上級種だね」

 

オレルドさんが示唆したのは駿馬隊が切り結ぶ激戦区

そこに赤い肌をした大きな蠍が存在している

威圧感は他の魔物の比じゃない

そして駿馬隊の攻撃を持ってしても均衡を保っている理由がその蠍だった

 

「でっけぇ……ありゃ魔物というより、魔獣だな」

 

六道さんが見ても感嘆の声が漏れる

ベテランの傭兵陣の顔を窺ってもあの存在が異常であることは明らかだ

だが、先陣を切っているということはせいぜいあの蠍は切り込み隊長というところかな

他に数隊いるのなら他からも上級種が何かのタイミングで現れるはず……

僕は戦況を見渡しながら敵の動きに何か異常はないか、を探す

その時だった

 

ゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォォォ――――――

 

戦場

そう呼ぶべき場所が目前に広がっていた

普段の感覚とは明らかに違う、死が満ちる異空間

それはそんな異空間の時を止めてしまうかと思う程の轟音

いや――叫び声だった

全員の視線が音の出所である森の方へと向く

そこには森から突き出んばかりの巨大な牛の獣人――黒毛のミノタウロスがいた

見ただけでわかる

あいつがこの群れの――――ボスだ

 

「よぉ、ご機嫌だな。クソ以下の人間どもよ」

 

 

 

 

 

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