【覇道】

 

<Act.5 『騒乱の火種』  第3話 『事の真相』>

 

 

 

 

 

「ガラァァァァッッグゥゥゥッッッ!!!!」

 

まさに絶叫だった

黒髪の青年の叫びはボスが纏った巨大な炎の中へと消えて行く

ボスは突如、全身より炎を放ってその勢いのまま民家へと緑髪の青年――ガラッグさんを押し込んだ

夥しい炎の量で距離のあるここまで肌が少しだけ焦がされるようにチリチリと感じる

まるで終焉の炎……至近距離であの炎を浴びたら……

 

「クソがっ!!」

 

青年は怒りに呑まれていた

剣で角を抑えていた手前のバッファローに蹴りを当てて顔を逸らす

その僅かの隙の間に両手剣をバッファローの脳天へと振り下ろした

 

「ッグァァァッ!?」

 

絶叫を上げるバッファローはそのままゆっくりと雪の上に身を落とした

赤く染まる雪

脳天に剣をブチ込まれたのだ――即死だ

 

「くたばれぇっ!! ――“炎神の怒りの涙ファイア・ボール”ッ!!

 

そのまま青年は左手を目前のバッファローへと翳し、瞬時に生み出した炎の球をブツける

バッファローはかわす暇もなく、その身を炎に焼かれ絶叫の悲鳴とともに地に倒れた

それはくしくも、横手の炎の中にいるガラッグさんと同じ状況だった

 

「やってくれたじゃねェか、テメェら」

 

巨大な炎は民家を焼いている

数分は消えることがないだろう大火事の勢いだ

その中から黒毛のバッファローは戻ってくる

この惨状を見渡せば確かに、向こうとしては全員やられているのだから当然だろう

もっとも、今の青年が殺した魔物以外は気絶しているだけだけど……

 

「キサマァァァァァッ!!」

「あ、おい!」

 

敵意を剥き出しにしたまま、黒髪の青年はボスへと駆け出す

それを近づいていた北川は止めようとするのだが、まだ距離があったため間に合わない

俺はこれ以上は見過ごせないと思い、左拳打を突き出した

 

――“女神の拳骨ユー・ゲンコ”――

 

「ァグゥッ!?」

 

飛んだ光の拳打は見事に青年の側頭部を直撃

傍目から見てもいい感じに決まった、というのがわかった

青年はそのままその場で倒れ込み、身動き一つとることはない

うむ、見事に眠ってくれたようだ

 

「テメェだな。テメェが来てからおかしくなったんだ」

 

ボスはようやく俺の方へと視線を向け、話し掛けた

ま、さっきは見事に話を切ってくれたので話しにならなかったからな

俺は少しは落ち着いた様子のボスに返事をする

 

「だから、争いは止めましょう。これで十分、双方痛い思いはしたはずよ」

「はんっ。魔物のオレに平然と話しかけるとは、テメェ変人だな」

「えぇ、変人よ。で、退いてもらえるのかしら?」

 

俺の言葉に返事ではない感想が返って来た

もうどう思われてもいい

とりあえず、この場に収拾をつけることが大切だ

正直、この状況ってのがイマイチ掴めていない

さっきの青年から色々と話を聞かないと……

 

「…………いいだろう。サドムラを倒したテメェと一対一サシでやっても勝ち目はねェしな」

 

その返答を聞いて安堵するが、気は抜かない

こちらの話に耳を傾けた瞬間の隙を策謀家は狙ってくる

まだこれは俺の問いかけに対する真の返答ではない

 

「……だが、これは始まりに過ぎねェ。これから眠れねェ夜を過ごすことだな、人間どもよ」

 

群れのボスはそう言い残し、ゆっくりと、しかし堂々と村を後にする

残された魔物のことなど歯牙にも掛けず、村をただ一匹で後にした

それを俺も、北川も、そして隠れている人々も静かに見送る

ボスがいなくなった後も、静寂がこの村を包んでいた

音がするのは燃え続ける民家のみ――って!

 

「北川! 火を消すぞ! 手伝え!」

 

 

 

 

「……疲れたぁ」

 

隣のベッドでパタンと倒れ込む北川

その意見に俺は激しく同意したい

あの後、火事を消化すればすれは既に14時

それから片付けを手伝ってみれば18時

そこでようやく食事を出してもらい、俺達は宿屋に泊めて貰えることとなった

もちろん、凄く感謝はされたのだが……それ以上に村の人達の心の傷は深い

そんなこんなで今はもう20時だ

 

「……北川。俺達、どうしたらいいと思う?」

 

俺も自分のベッドへ腰掛けて、やっとの一息をつく

村についてみれば戦闘に参加し、しかもあんな強敵と闘ったのだ

けっこう疲れる……その後の片付けも中々体にも、心にも疲れが来るものだった

 

「ん? そーだな……既に最初の依頼をしている場合、ってわけじゃなさそうだよなぁ」

 

俺の質問に北川は少し考えてからそう返事をくれた

まぁ、今は間違いなく非常事態だろう

村の誰かがカノン街の警備隊へ連絡を入れに行っている

今はもう夜だから早朝にでも一部隊やって来るだろう

……あんまり顔を合わせたくないな

 

「依頼の紙、見せてくれるか?」

「ん? ちょっと待ってな……はいよ」

 

北川はリュックから依頼のリストを俺に渡してくれる

疲れたと言いつつもまだまだ顔色は問題ないみたいだ

やはり、頼りになる男だ

俺はそう心の中で思いつつ、リストを受け取った

 

「サンキュ」

 

俺はリストに目を通すと、依頼人の欄は道具屋アプリの主人であるサガキ・ダイナモさんになっている

木の実等の商品を採集する際にベアドを見掛けたらしく、危険なので退治をお願いしたい、という内容だ

とりあえず、この依頼としてはこの依頼人の人に会ってどうするか話すのが筋だろう

また依頼がなくなってもこのベアドの処遇を俺はどうにかしたい

このまま放っておいたらまた誰かに退治の依頼が行くかもしれない

それはこのベアドにとってよくないことかも、しれないしな

 

「明日、依頼人の人を探そう。それで依頼をどうするのか、を決める」

「依頼は依頼、か……」

「あぁ。報酬が絡む以上、曖昧にするわけにはいかない」

 

俺の言葉に北川は何か思うところがあるように、含みを持って言葉を漏らす

もちろん、その感情を俺も感じてはいる

非常事態のとんでもない時に金の話かよ、と

だが、ここで曖昧にしてしまえば依頼をしていないのに報酬は払え、とかなっても変な話だろう

また俺達がここまで来ている費用を誰が出す?

報酬がない学園がそれを提供する程、馬鹿ではない

ここはどう思われてもハッキリしておかねばならないところだ

それが依頼であり、それが仕事というものだろう

 

「ところで、相沢。あの魔物が言った台詞……気にならないか?」

「あぁ。気にはなるが……」

 

バッファローのボスが最後に言った台詞

『これは始まりに過ぎない』

それは凄く気にかかっている……いや、あれを聞いた者全てが気にはなるだろう

この重苦しい空気を生み出したあの惨劇が始まりに過ぎない、と言っているのだ

憂鬱さに加え、不安を与えられた気持ちだ

 

「だけど、意味は全くわからないな。現状だと情報が少な過ぎる」

「だよなぁ……」

 

俺達は今、情報が不足している

あのバッファローの群れはどこから現われたのか

奴等は何者なのか

あの青年との関係は何なのか

わからないことだらけで、どうしようもない、というのが本音だ

肝心の黒髪の青年はまだ目を覚ましていない

話を聞こうにも聞けないのだ

それにもう一人のボスの炎に巻き込まれた青年は……骸となって見つかったし聞きようもない

 

「……相沢。ありがとな」

「ん? どうしたんだ、急に」

 

会話が途絶えていたのだが、不意に北川が口を開く

しかし、いきなりのお礼の台詞に俺はなんのことかわからなかった

 

「今日のことさ。相沢がいなかったら、俺は多分……死んでた」

 

ベッドで仰向けになり、天井をじっ…と見つめながら北川は語る

それはとても真剣味を帯びたもので、俺にはその心中はわからない

だが、自らの無力さを感じているならばそれは違うことだ

俺はそう思い、口を開く

 

「それは俺も同じだよ。北川がいてくれたから何とかなった。別に俺のおかげ、ってわけじゃない」

「いや……いいや、なんでもない。そういうことにしておこう」

 

俺の言葉に北川は言葉を挟もうとするが、苦笑を浮かべて言葉を濁らせる

そう、ここでそんな誰のせいで、誰がいたから、などと話しても意味はない

北川はそれに気づいたのだろう

もし、自分に無力感を感じるならば実力をつければいい

簡単に言えばそういう話なのだから

再び天井を見上げる北川の横顔は少しだけ、険がとれているように俺は見えた

 

コン、コン

 

静かだった部屋に音が響く

出所は入り口のドア

音から察するに、まぁ普通のノックだろう

特別殺気とかは感じない

 

「どうぞ」

「夜分に失礼するよ」

 

俺の返答でドアを開け、入ってきたのは例の――黒髪の青年だった

頬にガーゼを貼っているが、昼間とは別人のような穏やかな目つきをしている

とはいえ、疲労感は見ていて感じ取れる……いや、悲哀感、かな

妙な疲れ方をした顔をしており、少し青白く見える

 

「ちょっと話をしたいんだけど、いいかい?」

「えぇ。こちらも話をしたいと思っていました」

「そうか。それはよかった」

 

青年はそう微苦笑で答えると、手近なイスへと腰を下ろした

昼間のような鎧は纏っておらず、簡易なスーツみたいのを着ている

昼間の傭兵姿とは違い行政官という感じだ

そのイメージのギャップに驚きつつも、話を始めようとする青年に対して俺達は静かに耳を傾ける

 

「まず最初に……ありがとう。そして、申し訳なかった」

 

頭を深く下げて、下げて、下げて青年は謝罪を述べた

それはとても心に響くだけの想いを言葉にのせていた

あぁ、いい人なんだな……

そう直感で思わせるにはそれだけで十分だった

 

「君達のおかげで被害は最小限に抑えることが出来た。本当に感謝している」

 

面をあげて話す青年の顔には喜びは苦味で表現されていた

それはそうだろう

正直、俺達がいなければこの村は最悪の場合、壊滅していた、と言える

全員が死亡し、何も痕跡は残らない廃村になっていただろう

その現実を回避出来たことに俺も正直、ほっとしている

 

「被害はどんな感じなのですか?」

「この村の人口は凡そ300人。内、55人が死亡。怪我人は142人。行方不明が7名……となっている」

 

青年の話を聞いて予想以上に少ない被害に少しだけ安堵した

半分以上を超える人が生き延びたのだ……あの大惨事の中を……

それは喜ぶべきこと

しかし、それは数字の上での話だ

一度に55人もの人が亡くなればそこに伴う悲しみは計り知れない

ゆえに青年の顔色も曇っている

 

「今はやっと事態も収拾出来てきている。建物は半分以上が壊れているが、物は直せばいい。この村はまだやっていける」

 

そう話す青年に対して俺達はかける言葉がなかった

正直、何を言ってもこの村の者ではない俺達の言葉はあまりにも軽過ぎる

激励の言葉を送ったところで形式ばったものとしか感じれない

だからあえて何も言葉を返すことはしなかった

 

「あの、私どうしても聞きたいことがあるんです」

「あ、すまない。話が逸れたね」

 

俺の言葉に青年は部屋に入ってきた時の表情を取り戻す

おそらく、まだ情緒不安定なのだろう……

ガラッグと呼ばれた人との関係はわからないが、あれだけ憤怒していたのだ

親密ではあったんだろう……その心中は悲しみや怒りで満たされている、と思う

それでも感情に流されず、この部屋に来たのは話があるから

彼の強い責任感が彼をここで喋らせている

 

「君達には助けられ、そして巻き込んでしまった……だから、今回の事の顛末を説明しようと思う」

 

 

 

 

 

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