【覇道】

 

<Act.5 『騒乱の火種』  第2話 『人を捨てた人間』>

 

 

 

 

 

「ァん? なんだ、テメェ?」

 

俺の言葉に最初に返事をしたのはバッファローのボスだった

仲間が倒されたことで更に気が立っているようで、それは声色からも窺える

 

「ですから、通りすがりの者です。争い事をやめていただきたい、そう思っています」

 

女声で応対を続ける

俺の返答に対してボスはふんっ、と鼻息を鳴らして視線を青年へと戻した

その空気からは決して意見を覆すことがないだろう、というのは予測出来る

 

「関係ねーくせに出てくんじゃねェよ。テメェ等もブッ殺してやるから待っとけ!」

 

そう言い残してボスは青年達に向けて突進を繰り出す

ま、交渉は決裂か……

わかっていたことだったが、言葉で解決出来ない事実を少し歯痒く思う

だが、後悔をしている暇は俺にはない

すぐに思考を切り替え、手近のバッファローへと視線を――――

 

「っ!?」

 

殺気

冷たい視線が俺の背中を確実に射抜いた

矢でも刺さるかと思った

そういう死を予感させる視線

俺は咄嗟に後ろへと振り返り、民家の上へと視線を向けた

 

「……活き活きとしたいい目だ……」

 

呟くように喋ったのは屋根の上にいた人間だった

膝までありそうな無造作に伸びた黒髪のせいで性別はわからなかったが、声で確信する

男性……それもそれなりに歳を重ねていそうな声だった

腰には一振りの刀に体にはボロボロの鎧

とても町で生活している人間という雰囲気ではなかった

 

「……貴方だな。この場で貴方さえ止めれば問題はなくなる」

 

一度、村の様子を見渡してから男は跳び、静かに着地した

俺は迂闊に間合いに入れるのは危険と判断し、すぐにその場から走って距離をとる

幽鬼めいた感じを漂わせる男

そして肌で感じる

相当の――――手練だ

俺は夢幻を片手剣へと変化させ、男と対峙する

北川には悪いが、サポートしてやる余裕が一気になくなった

 

「貴方は魔物側なのですか?」

「……そうだ。なに、遠慮することはない。当の昔に人間は捨てた」

 

俺の問いかけに男は軽くそう言い返す

幽鬼めいた感じを醸し出している正体がわかった

絶望感

この男は絶望感に支配されてしまっている

つまり、心が死んでいるのだ

長い黒髪で表情はわからないが、声だけで十分わかる

この男がこの世界に絶望し、生きる意味を感じていないことなど……

 

「では、闘いましょう。話すのは時間の無駄ですから」

「……ふふふ。よい判断だ」

 

俺の提案に男は肩を揺らして笑い、腰の刀を抜いた

刃毀れも目立つそれは手入れがされていない

絶望を漂わせる男の得物に相応しいと言えた

 

「フッ――」

 

一瞬、左手を掲げて光の球を飛ばす

そして間髪入れずに踏み込み、男の間合いへと滑り込む

男は動かず、俺の動きを凝視している――と思う

顔が見えない相手というのは動きが読み難くやりずらい

 

ギィッ!!

 

刀の間合いを侵す瞬間、殺気が開放される

俺は殺気に反応するように片手剣を薙ぐと、刀とぶつかった

甲高くなり響く金属音

しかし、互いの刃は弾くことなく――俺の刃が刀の上を滑り出す

 

「――“祈りの光柱ティール・スン”ッ!」

 

頭上に展開させておいた光の球から円柱を生み出す

地面に落下する円柱を読んで男は後ろへと瞬時に飛び退いた

俺は目の前に落ちた円柱に男と遮られ、僅かに安堵する

今、俺は為す術もなく刀の刃で剣を“滑らされた”

あの瞬間、身動きがとれず恐怖を感じた……なんだ、あの動き……

俺は危険を感じながら、片手剣を両手で持ち刃に魔力を伝導させる

 

「――行くぞ」

 

静かな一言

それをその場に置き去りにするように男は俺に向かい駆けた

距離はほぼない

瞬く間に間合いへと侵入する男に対して俺は剣を構える

 

ギィッ――

 

振り上げる一太刀を剣を振り下ろして迎撃する

しかし、まるで魔法のように刀は俺の剣を滑らせ、俺の剣を受け流す

 

「っく!」

 

振り下ろしを受け流されて僅かに体勢がぐらつく

だが、予測していただけによろめくほどではなかった

男に視線を向ければ既に刀を――振り被っている

 

「――ッハ!」

 

前屈み気味なのを利用して更に姿勢を前に倒す

そして浮いた後ろ足を振り抜き、後ろ回し蹴りを繰り出した

俺の踵は刀の柄に直撃し、男の振り下ろしを防ぐことに成功する

 

「んぅ――セェィ!」

 

蹴り足をすぐに引き、代わりに上半身を起こして片手剣を切り上げる

威力は軸足が一本のため大したことはないが、切り傷を与えることぐらいは可能だ

しかし、男は再び後ろへと大きく飛び退くことで剣をかわす

が――逃がさん

 

――“斬光ザンコウ”――

 

剣戟の軌跡より光の刃が飛び出す

後ろへと跳んだ男に方向転換は不可能だ

確実にその一撃を受けねばならない

だが、油断はしない

男はそれだけの手練だと、この程度で倒せないと本能で感じていた

 

――バークランド王家 剣技 “断絶の刃ブレイス・ドスト”――

 

光の刃は男の振り下ろす刃に断ち切られた

原理はわからないが、魔法を斬るだけの技術をこの男は持ち合わせていた

それだけだ

俺は既に刃の切っ先を男に向けており、片手剣に魔力を流し込む

 

「伸びろっ!」

 

変換の速度を最大に高め、俺は夢幻の刃を伸ばした

刀を振り落としたばかりで体勢も悪く、伸びる刃への対処は難しいだろう

刃が伸びる、って発想もなかっただろうしな

俺は刃を伸ばすことだけに集中しようとするが、男の慌てない様子に嫌な予感を覚える

 

「“軍神の光縛鎖バイド・ケプチャッ!」

 

咄嗟の行動だった

男の切った光の刃の破片を媒体に“軍神の光縛鎖バイド・ケプチャ”を発動させる

後ろから伸びた光の触手は男の両手を捉え、動きを封じた

これでもう身動きはとれな――――っく!

 

「っと!」

 

男に集中し過ぎた

後方から走り寄る音に気づいて俺はその場から横へと飛び退く

俺は飛び退きながら剣を突き出し、そして刃の途中を切断した

切断した刃は鈍い動きだが、男の胸部に突き刺さる

俺は雪の上に落ちてそのまま転がり、受身を取ってすぐに起き上がる

 

「ふぅ…………」

「ブヒンッ! ……ゥゥゥゥ」

 

俺がいた場所を一匹のバッファローが駆けたのだ

男との勝負に集中し過ぎて今の状況を完全に忘れていた

危ないところだった……

俺は鼻を鳴らすバッファローを一瞥し、男へと視線を向けた

光の触手は既に四散しており、男はゆっくりと胸部に刺さった刃を引き抜く

 

「……惜しかったな。この程度では死なんよ」

 

男は刃を抜いて無造作に投げ捨てる

鎧を突き破ることは出来たが、どの程度刺さったのかは微妙なところだ

無論、貫通などしていない

出血量も見たところそれほどではない……致命傷ではないことは確かだろう

 

「うぉぉぉぉぉっ!!」

 

一度、停止した場に声が響く

声の出所は北川はだった

北川はバッファローを2匹同時に相手していた

しかし、竹刀であれだけ強靭なバッファローの肉体に対抗するのは辛いようだ

北川の竹刀が魔法を散らせる、とは言っても魔法を使わない魔物では効果がない

単純に竹刀で倒せ、と言っているのと同じこと

それでも一匹気絶させているあたりは、さすが北川、といったところか

手一杯という感じはするが、北川は攻撃をよく見てかわすことを重視している

やられる、という心配は体力が続く限り大丈夫だろう

 

「よい青年だな……貴方の彼氏か?」

「違いますっ!!」

 

ポツリと男は見当違いな発言をこぼすので、思わずムキになって返事してしまった

それでも女声を崩さなかったのは奇跡に近い

気持ち悪い発想をとりあえず忘れることにして、俺は戦闘へと思考を切り替える

 

「キキャッ!」

「キキキッキ!」

 

男と対峙したところで、どこからか魔物のモンキーが数匹現われた

しかも、どこで入手したのか木製の鎧を纏い、手にはそれぞれ武器を持っている

 

「すまないな。私も魔物の群れの長だ。このモンキー達は私の剣術指南を受けている」

「…………なるほど、ね」

 

分が悪い

つまりはそういうことだ

それを理解することはできた

そもそも人間なのに魔物の長、ってところにビックリだ

弱肉強食の世界とはいえ、種族――特に敵視され易い人間で長に上り詰めるなど相当のことだ

そしてこれだけ強い人に指南されたという精鋭のモンキー達

数は5匹……そしてバッファロー1匹

この人一人でも互角だというのに、これはさすがにヤバイ……

くそっ! こんなことならレンや美凪も連れてくるんだった

 

「…………しょうがない。事情はよくわからないけれど、本気で行かせてもらうわ」

「ほぅ」

 

少しだけ目を閉じて考える

状況は本当によくわかっていない

だが、このままでは敵の増援がまた来る可能性もある

となれば、一気に片付けてしまう方がいいだろう

魔力を最大限に使いまくるこの戦法

指輪を使う段階を除いて俺が最も強く闘える状態

それになる覚悟は――――できた

 

「十字架よっ!!」

 

俺は開始の合図など何もせず、夢幻に魔力を込めて一閃

すると刃から精製されたのは小さなペンダント程度の銀の十字架

銀の十字架は幾つも作られ、そして宙へと放たれる

俺の動きに危険を感じたのかモンキー達が俺へと走り出した

 

「“神に捧げし断罪の十字架ディネボクシリ・ディス・ロンド”」

 

遅い

そう言う暇もなく、俺は各十字架を媒体にして魔法を同時に発動

十字架より生まれた光の触手はそれぞれへと襲い掛かる

慌ててモンキー達も逃げようとするが、時既に遅し

四肢を光で拘束され、雪の上に寝転がるしか術はない

背中の中央に光を発している十字架がくっつき、解除することも出来ない

無論、光を斬ることも難しい

少しでも間合いを間違えればモンキー達を傷つけてしまうからだ

それに、俺はそんなことさせる隙は与えない

 

「“祈りの光柱ティール・スン”」

 

男の方へと走りながら不意をつくように光の球を投げる

そして光の円柱を展開

そうすることでバッファローは地面へと埋め込まれ、気絶する

これで邪魔者はいなくなった

俺は片手剣を携えて男へと駆ける

男も刀を構えて俺へと駆け出した

 

――“女神の拳骨ユー・ゲンコ――

 

左拳打を打ち出し、光の拳を飛ばす

距離は縮まっている

しかし、男は冷静に光の拳を見据え、半身になって光をかわした

理屈じゃない――強い!

そう実感しながら俺は再び男の間合いへと侵入した

 

ギギィィッ!!

 

薙ぎ払う一閃

それを反対側より流れた刀身が受ける

すぐに刃を引こうと思っていたが、それよりも早くに俺の剣は刀の上を滑り出す

 

――バークランド王家 剣技 “巻き風の強奪ドロップ・ブレード”――

 

剣は瞬く間に刀の巻き込みに呑まれ、俺の制御が出来なくなる

くるくると瞬時に刃を回されて最後には手から離れて剣を弾き飛ばされた

この男が剣の接触に強いのは一合目でわかった

そして俺の剣技では勝てない、というのも

だから俺は巻き込まれる前に剣の柄から手を――――離していた

 

「なっ――」

「――――吹き飛べ」

 

剣を手放したことに対する男の驚きの声

いや、息を呑み込んだ音かもしれない

だが、今ここに隙が生まれている

俺は剣を手放した右手で拳を作る

そして全身より魔力を開放し、光を生み出していた

右拳に光が集約していく

素手における俺の最大の攻撃魔法――いや、エクストリーム技

 

――“女神の鉄槌ユー・イカズチ”――

 

光は収束し、そして俺の拳打に乗って放たれる

その姿は――――巨大な光の拳

3m近い光の拳は目の前の敵へと容赦なく――打ち込まれる

 

「――っふ、はぁぁぁぁ…………」

 

止まっていた息を吐き出し、俺は少し肩の力が抜けた

光の拳打を受けた男はかわすことも、斬ることも出来ず後方へと吹き飛んだ

かなり無防備な状態で受けたため、村の外まで吹っ飛んだかもしれない

ま、この技は物理的破壊力に加え、拳そのものが発熱しているのも特徴だ

打ち込まれた衝撃に落下の衝撃

全身を襲う火傷……すぐに復帰するのは難しいだろう

 

「悪いけど、寝ててくれ――“祈りの光柱ティール・スン”」

 

俺は捕まえたままのモンキー達に向け、光の円柱を落として気絶させる

これで、なんとか俺が担当する嵌めになった連中は片付いたな

俺は北川が戦闘していた方へと視線を向ける

 

「――もらったっ!!」

 

北川はバッファローの突進を見切り、斜め前へと飛ぶ

そして瞬時に踵を返してバッファローの喉元を竹刀で突く

そう、それは1匹目を俺が倒したのと同じ倒し方だった

力強い突きはバッファローを転げ倒し、意識を奪う

今ので北川の周りには4匹のバッファローが倒れている

残るバッファローは2匹とボスのみ

 

「ガラッグ!!」

 

絶叫に近い声

それに俺も北川も視線が引き寄せられる

向けた先にはバッファローに行く手を遮られている黒髪の青年

そして、その青年は見つめる先は逆手でショートソードを持ち、ボスの突進を真っ向から受け止めた緑髪の青年がいた

突進を正面から受け止め、今は互いに力の押し合いが続いている

 

「ぅ、ぐ……」

「よくこのオレを止めたな。だが――」

 

声の感じを聞くにボスの方が余裕がある

俺は魔力を集めるが、同時にボスの魔力も高まった

ヤバイ! あいつ、魔法が使えるのか!!

俺が危険を察知するが、ここからでは遠い

北川も疾走するが距離がある

 

「――弱ェんだよォッ!!」

 

 

 

 

 

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