【覇道】
<Act.5 『騒乱の火種』 第11話 『懐深き聖母』>
「…………」
静かに口を噤むしかなかった
続く沈黙
深夜のリビングで俺は秋子さんと向かい合って座っている
何を話せばいいのだろうか……
耳鳴りが聞こえてきそうな静寂
声を発することができなかった
「……ありのままを話してもらえませんか?」
こうなることは予想出来たはずだった
秋子さんが舞の部屋に封じの札を貼る、ということは剥がされることも想定されているはず
無論、わかり難いところを選んだとは思うが、用心をすれば当然の処置
剥がされたことを即座に察知する仕組みを作るということは――
「……折原達が寮を抜け出すことに気づきました。それで心配になって後をつけたんです
すると折原達はレイソンで魔物と戦闘中でした。なんとか全員で逃げ出して今に至ります」
俺は無難な内容を選択し、秋子さんに返答する
まぁ、折原のせいにはしているが、折原には今夜の貸しがある
この程度の責任を被ってもらうことぐらいは容認してもらおう
俺の返答に秋子さんは小さく息を吐き、鋭い視線を俺に向けた
「わかりました。けれど、祐一さん。毎夜寮を抜け出していることを私が気づいていないとでも思っていますか?」
「っ!」
思わず息を呑んでしまった
鋭い視線もそうだが、なにより夜の抜け出しをバレていたことに……
これでもけっこうを気配を消して抜け出す時は気をつけてたんだけど……
秋子さんから何も言われない
その事実から気づいていない、と勝手に思い込んでいた
「……今回の件は不問にします。けれど、まだ夜に抜け出すつもりなら、私に話していただけませんか?」
これは――まずい
真実を話せば俺がユーであることも話さねばならない
何より魔物達に対する取り組みがバレた時、秋子さんはどう対応するのかが予想出来ない
かと言って夜の抜け出しを禁止にしても都合が悪い
ダダをこねて舞のように封じの札を貼られても困るし……
俺は俯きながら色々と考えるが、覚悟を決めて秋子さんと向き合う
小難しい顔をしている秋子さんはとても似合わない
もっと難しい顔にさせたら、ごめんなさい……
心の中で謝りながら俺は口を開いた
「すみません。夜のことはまだ言えません。けれど、それを許されないのであれば俺はこの寮を出ます」
「っ…………ずるい、ですね」
一言で言えば我侭
そして違う言い方をすれば――寂しい言い方
俺は秋子さんの心配を突っぱねたのだ
そもそも俺がこの寮にいるのは賃貸が安いから、という理由だけだ
今となっては同じ寮生や、秋子さんの作り出しているこの寮を気に入っているが……
それでもここに住み続けなければならない、という理由はない
出ようと思えばいつでも出れる
そう、秋子さんがどれだけ俺を束縛しようとしても、俺は出て行くことが可能なのだ
それならそれまで、と言えばいいのだが秋子さんはおそらく……
難しい顔から苦笑へと秋子さんの表情が変わる
「……わかりました。祐一さんが話してくれる時まで待ちます。でも、無茶はしないでくださいね」
「……すみません。ありがとうございます」
秋子さんの優しい台詞に俺は頭を下げて礼を述べるしかなかった
秋子さんの懐の広さに感謝する他ない
……ま、公認で今の生活を続けれるようになったのは嬉しいかな
コソコソするのは慣れているけど、好きな人達を騙すのは快くないからな
俺は少しスッキリした気持ちで再度、秋子さんと向かい合う
「それで、話は変わるんですけど……舞の魔物退治のこと、ってどうなってるんですか?」
「…………ごめんなさい。これは舞ちゃんの個人の事情も深く関わってくることなの。だから私の口からは言えません」
「そうですか……」
舞の魔物退治の件
秋子さんが対応していたのは折原から聞いた
俺も気になって――というか、心配なのだがそうか……舞の事情、か
そうなってくると勝手に秋子さんが話すわけにはいかないのもわかる
やはりこれは舞自身に問いかけてみるしかなさそうだな
「祐一さん。私からも一ついいかしら?」
「? はい。なんでしょう」
「レイソンでの出来事を詳しく教えてもらえませんか?」
その秋子さんの問いかけはある程度、予想していた範疇のものだった
相手の情報を得たい
敵の戦力や動向を知ることでこちらの動きも円滑になるからだ
俺が折原に対しての口止めの意味に含まれていた内容
俺がそれを語ることは――ない
「……すいません。暗い上に必死だったので、ちょっと詳しくはわかりません」
「そうですか……」
俺の返答に秋子さんは僅かに落胆の色を示す
だから、というわけではない
だが、俺のことを信じて夜のことを認めてくれた秋子さん
だからこそ、少しだけ俺は口を開いた
「ただ、明日にカノンへ攻め込む、とだけ聞こえました」
「明日、ですか」
あのレイソンにおけるギュウマ達の状態を見ればすぐにわかる
奴等は間違いなく明日、何時かはわからないが攻め込んで来るだろう
俺の発言に対して秋子さんは無言で頷き、また小さく息を吐いた
「ありがとう、ゆ――」
「相沢っ!」
秋子さんの言葉を遮るように階段を駆け下りる音が聞こえてきた
直後、リビングの入り口から顔を除かせたのは焦燥気味の折原だった
「どうした、折原?」
「川澄先輩が! すぐに来てくれ!」
「っ! わかった!」
慌てる折原に対して冷静に、そしてなるべく落ち着いた態度で問いかける
俺まで焦っては折原とて落ち着かないだろうからな
だが、折原の次の声を聞いて俺も顔が引き締まる
詳しくはわからないが焦った折原と舞、との言葉で察しはつく
舞がやばい
理由等、聞く前に見に行った方が早い
俺はソファから飛び起き、そのまま折原をかわして階段を駆け上る
そしてドアが開いたままの舞の部屋へと踏み込んだ
「舞!」
部屋は暗かった
意外と可愛いヌイグルミが少し置いてあるのも見える
だが、肝心の舞の姿は――あった
ベッドの上に座り、頭を抱えている舞を見つけた
「ア、ア、ア、ア、ア……」
「舞? 大丈夫か?」
嗚咽とも言える苦しそうな声を舞は漏らしていた
寡黙な舞とはとても思えない程に声も大きい
様子がおかしいのはわかる
俺は注意しながら舞へと近づくと――――
「ァ――ァアアッ!!」
「舞っ!」
舞はいきなり頭を振り上げ、絶叫の声をあげる
俺はあまりにも心配になり、舞を腕の中に力強く抱き締めた
舞は体を揺らして抵抗するが、俺はそれでも舞を腕の中から離さない
力任せに動いたところで俺の腕は絶対に離れはしない
「わ、わたしの……わたしのぉぉっ!!」
「落ち着け! 落ち着け舞!」
俺も大きな声で呼びかけるが、舞は何も反応を示さない
どこを見ているのかわからない虚空の黒瞳
そして苦しみの声をあげるように口は開かれたままだった
「けん! わたしの――けんっ!!!! わた、わたし! わたしの――――」
「――“
魔法の詞
その後には舞はいきなり動きを止め、静かにその頭を項垂れた
そして聞こえてくるのは静かな寝息
俺は大人しくなった舞を見て安堵の息を吐き、ドアの方へと視線を向ける
そこには折原、秋子さんに加え美凪、レンが集まっていた
様子を見るに魔法を唱えたのは秋子さんのようだった
「……とりあえず、これで今は大丈夫でしょう」
静寂に包まれたこの場を動かしたのは秋子さんだった
今の舞の様子はあまりにも常軌を逸していた
その様子を見て他の面々もさすがに呆然としている
舞……おまえ……
俺は腕の中で静かに眠る舞を見て、心配で仕方がなかった
あの様子はただ事ではない……
「あい、ざわ……」
「舞のことは誰にも言わないでくれ。皆も今夜はもう眠るんだ。明日が辛くなる」
折原の戸惑い切った顔を見て俺が動かなければならない、と感じた
俺はすぐに指示を出すと美凪が一歩、前へと出た
「……祐は?」
「俺は秋子さんとちょっと話がある。それが終わればすぐに寝るから心配するな」
「……わかりました」
俺の返答に美凪は納得していない感じではあったが、折原とレンを連れて廊下に出るとドアを閉めてくれる
何も言わないけれど秋子さんはそのまま部屋の中へと入り、俺のすぐ横まで来てベッドへと座った
「話というのは何でしょう?」
「惚けないでください。今の舞の様子ですよ。あれは明らかに普通じゃなかった」
「えぇ……そうですね」
秋子さんはそう言いながら舞の頭をゆっくりと撫でる
それは我が子を愛でる母親のようだった
心配ではあるが、今はゆっくりと休めている娘に送るそんな表情
俺は秋子さんの優しさを感じながらも、強く踏み入ることは揺るがない
「これでも癒しに関しては俺は専門です。舞のあの様子と、発言を考えると“
「……舞ちゃんの剣がありませんね」
「えぇ。今夜の魔物との戦闘の時に折られました」
「そう。舞ちゃんが剣を……」
そう相槌を打ちながら秋子さんは舞を静かに見つめるばかりだった
“
それは剣を志す騎士が陥り易い精神病の一種だ
剣に誓いをかけたりしてその誓いを守れなかった時、その騎士の心のダメージは計り知れない
それで廃人にまで陥る者も中には存在する
ようは心の折れた状態――それも、精神を普通に保っていることすら出来なくなるほどの衝撃を受けた状態のことをさす
舞は今夜の戦闘でギュウマに剣を折られた
俺はそれにどれ程の意味合いがあったかはわからない
ただ……思い出してみると舞は剣を折られた瞬間に気を失った
それ程のショックを感じていたのかもしれない……
「秋子さん。舞は剣に何を想っていたんですか? あの魔物退治の件と関係があるんじゃないですか?」
「…………それを知ってどうするつもりですか?」
秋子さんは俺の質問に返事ではなく、新たに問い返してきた
舞に向けていた視線を俺へと移し、真剣な眼差しで見つめてくる
だが俺は生半可な気持ちで聞いているわけではない
少しも臆さずに秋子さんの視線を見つめ返し、言葉を返した
「心の病は長引かせると癖になる。だから治すつもりです」
「治すって……」
「確実に治せるかはわかりません。けど、俺は治せる可能性があるんです。だから、教えてください」
俺はそう言い切ると秋子さんに頭を下げて頼み込む
精神の病というのは治療法というのは特には存在しない
やはり薬で治るとか、そういう話ではないからだ
ゆえに安静と静養を第一とした生活が一番の治療法だとされている
だが、俺はそれとは別の方法での治療が可能だ
無論、通常の医師がする方法ではないが……
常軌を逸するやり方のため、秋子さんに詳しく説明は出来ない
ゆえに信じてくれ、と頼むしかなかった
「…………わかりました。祐一さん、責任は私が持ちます。舞ちゃんを……治してあげてください」
秋子さんは逡巡した後、重大なことをハッキリと言ってくれた
人一人の命
しかも、家族ではないのに責任を持つ、とそう言ってくれた
それは秋子さんの判断でさえ責任を取りきれるかわからないこと
俺を信じて言ってくれたその台詞が何より嬉しく、また舞を治療出来ることへの感謝が尽きなかった
「……ありがとうございます」
「でも、無理はダメですよ。無茶もダメですからね」
「はい。わかってます」
何も言わない
けれども、笑みを浮かべてくれる
人を信じてくれるその強さを秋子さんは確かに持っている
やっぱり、この人の優しさには敵わないな……
小さな頃から変わらない優しさは少しだけ子供の頃を思い出させてくれる
あの頃の秋子さんも今と変わらず、優しかった
「それじゃ、早速ですけど話……聞かせてもらえますか?」
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