【覇道】

 

<Act.5 『騒乱の火種』  第10話 『折原の過ち』>

 

 

 

 

 

「“女神の浸透する祈りユー・リフテイト”」

 

俺は手に光を集め、その光を斉藤の腰に添える

癒しの力を持つ光はゆっくりと体内へと染み込んでいき、患部を治療する

主に骨折などの打ち身に有効な治療魔法だ

斉藤は蠍の鋏に挟まれたため外傷はないが、体内の打ち身が酷い

特に腰は……ハッキリとはわからないが、かなり負担がかかっていただろう

 

「ぁ、ぐ……」

「斉藤……」

 

治しているとはいえ、体内での変化はある

ゆえに痛みはどうしても伴うものだ

斉藤は気絶してはいるが、その痛みからか呻き声がこぼれた

その様子を折原は後ろで見守っている

見たこともないほど、弱々しい表情をして……

 

「ま、これで大体治っただろう。数日ほど腰に無理のかかる動きをしなければ大丈夫だ」

 

俺は治療を終え、そう誰にでもなく説明する

ま、振り返ってはいないが折原に言ったのだが

暗にその後の面倒はおまえが看ろよ、っと言っているのだ

 

「……ありがとう、相沢」

「礼はいい。それよりどうしておまえ達があそこにいた?」

 

頭を下げて俺を言う折原に対して俺は厳しい声で言葉を返す

そう問い質されて折原は少し逡巡するが、俺の目を見て話し出した

 

「……川澄先輩が夜中に魔物退治をしていた、って話は知ってるか?」

「魔物退治? いや、知らない」

 

折原の話は唐突なものだった

舞が夜中に魔物退治を?

言葉のフレーズとしては俺の好むものではなかったが、今は関係ない

それにしてもそんな話は聞いたことがなかった

 

「相沢が来る前のことなんだけどな。川澄先輩の夜中の魔物退治ってけっこう噂になっててな

 先生達とも話をしたみたいなんだが、結局川澄先輩はやめなかったんだ」

「なぜそんなことを?」

「わからない。ただ秋子さんが川澄先輩の部屋に封じの術をかけて夜は部屋から出れないようにしているんだ

 それで一応、この件は解決したような状態になっている」

 

話を聞いていても不思議だ、の一言に尽きるものだった

なぜ舞は魔物退治を止めないのか

その理由はわからない……だが、誰にも止めれない程の理由があるのだろう

それを強制的にやめさせるため閉じ込めているわけだ

ある意味、監禁

だが、聞いている限りでは緊急措置というところか

あの秋子さんが自分の寮生をそのままにするなんてことはないだろう

今も誰も知らないところで舞と話をしているのかもしれない

 

「それで、なぜその舞が今夜ここにいる?」

「それは…………」

 

言い淀む折原

その折原を見て大体、想像がついた

俺はため息を一つこぼすと、急に真っ直ぐな目を俺に向けて話し出した

 

「……俺だ。俺と斉藤が噂の魔物を見に行こう、って話をしたんだ。それで腕の立つ川澄先輩への協力を頼んだ

 封じの術とさっきは言ったが、封じの札を使っているだけで誰でも剥がすことができる」

「で、その札を貼ってある場所は事前に調査済み、ってわけだな」

「うっ……その通りだ」

 

俺の質問に折原は呻く

あの秋子さんがそんな重要なものをわかる場所に貼るわけがない

誰にもわからない場所を考慮して貼ってくれるはずだ

それを知っている、ということはこいつが調べたのは明白

言うならちゃんと全部言えっての……

俺は呆れて何も言えず、ただおどおどとしている折原を見ていた

 

「今回は悪ふざけにも程がある。おまえはその辺のこと弁えていると思っていたんだが……」

「……すまん。全部、俺の責任だ」

「責任とれないことはするな。俺がいなかったら舞と斉藤……いや、おまえも皆死んでいたぞ」

「あぁ、わかってる……本当にありがとう、相沢」

 

折原が反省しているのは十分わかっていた

だが、それでもこれは注意しなければいけない

本来なら手遅れとなる過ちだった

折原のふざけた一面は性格として悪くはない

だが、弁えないふざけはただのふざけだ

俺はこいつにそんなただのバカにはなってほしくない

それにこいつなら……ちゃんとわかってくれるはずだから……

人は過ちをする

繰り返すこともある

だが、気をつければいいのだ

何度でも何度でも……人の歴史はそうして作られていく

俺は苦笑を浮かべ、折原に声を掛ける

 

「次はもうないからな」

「あぁ……わかってる……」

 

折原は顔を上げなかった

僅かに震える声

呻く喉

折原は独りで……泣いていた……

俺はその姿を見て安堵を覚え、立ち上がる

 

「折原、今夜のことを俺は誰にも言わない。だから折原、おまえも誰にも言うな」

 

俺の今の言葉には色々な意味が込められている

折原もそれは理解しているだろう

なぜ俺や美凪がレイソンに現われたのか

なぜ魔物と話をしようとしたのか

それらも言うな、と言っているのだ

そして同時に魔物達の戦力情報も言うな、と言っている

人と魔での争いが明日にでも始まるだろう

だが、それは起こるべくして起こったのだ

止めれなかった以上、俺はどちらにも加担はしたくない……

いや、両方を止める手立てを考えていくが、どちらか一方だけの味方にはならない

今夜、レイソンで死んでいただろう3人

イレギュラーである俺によって生き延びたのならその情報を使うべきではない、と俺は思う

ゆえに誰にも言うな……そう言ったのだ

俺の言葉に折原は俯きながらも頷き、俺はそれを信じた

 

「美凪、レン。2人は3人を連れて寮に戻ってくれ」

 

俺の言葉に美凪とレンは頷いてくれる

斉藤は折原に担がせたとしても、舞を美凪とレンで運んで貰うことになる

それがわかっているからこその返答だろう

ただ美凪は心配そうに俺の方を見て問いかけた

 

「……祐は?」

「俺は……こいつを連れて行く」

 

ルベック森の南東の端

そこに俺達は今いる

そしてその場所で待ち合わせをしていた人物がいた

俺はコートを羽織り、サングラスを掛けているベアドを指差して美凪に話す

今も静かに遠くを眺めて立ち尽くしている

本当に変わり者だよなぁ……

昼間、カノン街へ戻る途中でベアドを倒した

一見、そのままにしたかに見えるが俺は魔法を残しておいたのだ

覚える言霊リピート・ロード

下級の光の精霊に言霊を与え、話した言葉を代理として伝える魔法

俺はそれに尚且つ遅延魔法を掛けた

ベアドが起きた時に発動するように設定したので俺の言葉を伝えてくれた

今夜、ルベック森――北の森の南東で待つ、と

ここに来てくれた以上、何かしら俺と話すつもりはあるのだろう

 

「……わかりました」

「あぁ。頼んだぞ、2人とも」

 

俺はまだ少し涙を見せる折原達を見送り、後ろで待たせてあるベアドへと振り返る

 

「すまない。待たせたな」

「…………グルゥ」

 

俺の謝罪にベアドは軽く首を横に振り答えてくれる

しかし、本当に変わってるよな……特に服装とか

灰色のコートにハット帽子

目には黒いサングラス……遠目だと大男にしか見えない

 

「俺は相沢 祐一。人と魔の共存を願い動いている」

「…………」

 

このベアドは人語を理解しているのはわかっている

ただどれほどの理解力があるのかはわからない

ただ俺は想いをぶつけるように話すのみ

 

「おまえは強い。だから人間達に今、目をつけられていて危ない状態だ。そこで群れを紹介したいと思っている。どうかな?」

 

なるべく簡潔に分かり易く

そう心掛けて言葉を選び、話してみた

ベアドは考えるように静かに、そして身動き一つしない

数秒待つとベアドはゆっくりと頭を下げた

 

「紹介する、でいいのかな?」

「……グルルゥ」

 

俺の確認の問いかけにベアドは首を縦に振る

俺の願っていた結果だったことに少し嬉しくなり、俺はベアドの手をとって歩き出す

 

「ありがとう。それじゃ、早速群れのところに行こう!」

 

 

 

 

「――と、いうわけなんだ」

 

俺は盟友――フェイユに事情を説明し終えた

このベアドは悪い奴ではないのでこの群れで面倒見てやってほしい、と

俺の説明を聞き終えたフェイユは少しだけ眉根を寄せて溜め息を一つ

 

「ふぅ……ここは託児所ではないのだぞ?」

「わかってる。でも、俺は見捨てておくことができなかった」

 

真っ直ぐと見つめるフェイユの金色の瞳を見つめ返す

数秒、言葉も無く見詰め合っていたが不意にフェイユは瞼を閉じて口を開いた

 

「……わかった。今回は我が面倒をみよう」

「! ありがとう、フェイユ」

「……今後は事前に相談せよ。ユーなら群れというものをわかっておるだろう?」

「あぁ。次からはそうする」

 

俺は苦笑で答えつつフェイユにごめん、と頭を下げる

フェイユも魔物を憂う者だ

俺の気持ちもわかってくれる

そして逆に俺はフェイユの気持ちもわかっている

群れとはつまり、大きな家族であり組織だ

大勢の生物がいるということは食と住を考えなければならない

つまり食糧の管理等も行っているわけで、今回の話は食い扶持を増やすという話なのだ

群れの長に許可なく決めれることではない

つまり、今回の俺のやり方は客観的に言うならば卑怯な感じだ

先に話をしておいて、しかも群れの棲家に連れて来たわけだしな……

まぁ、事態が事態だったので免除してもらえた、って感じかな

 

「では、ガルド。後のことは任せる」

「はっ。ではベアド、俺の後について来い」

「グルゥ」

「あぁ。またな」

 

側近のように佇んでいたガルドはフェイユの命を受けると素直にベアドを連れて行った

ベアドは俺とフェイユに頭を下げて礼をしてからガルドに着いて行く

……あぁいう礼儀はどこで覚えたのだろう?

まさしく不思議だらけのまま変わり者のベアドと別れることとなった

 

「……ガルドの奴。珍しく素直だったな」

 

神殿を後にしたガルドのことを思い出して思わす疑問点が残る

あの規則には口うるさそうなガルドが今回のベアドの件で何も言わないのが違和感なのだろうか

俺は閉まった扉から正面のフェイユへと向き直ると、フェイユは笑みを湛えていた

 

「ふふっ。噂のベアドが来てガルドは嬉しかったのだろう」

「噂の?」

「そうだ。人間の間ではまだ聞かぬのか?」

「みたいだ。出来れば教えてくれるか?」

「ホルンになにやら強いベアドがいるというだけのこと。まぁ、人間かぶれ、とも言われていたが……あの風貌ではな」

「なるほどね」

 

フェイユの話を聞いて心のもやもやに決着がついた

しかし、さすがにあれだけの実力があると魔物の間だと噂になるのか

……まぁ、強さ以上に印象深い部分があるせいかもしれないけど

俺はベアドの件が片付いたことで気が楽になったが、向かい合うフェイユは逆に眉間に皺を寄せる

 

「ところで、ギガラントスの話だが……まことなのだな?」

「あぁ。レイソンは完全にギガラントス一味に占領されていた。人の姿はもう……なかった」

「ギュウマ、か……」

 

先程のことを思い出して思わず、言葉が濁る

だが、フェイユはギュウマの名を口にすると虚空を見つめた

何かを思い返すような口振りに俺は便乗してみた

 

「知ってるのか?」

「以前はギガラントスと引き分けに持ち込んだ程の強者だ。ギガラントス一味の1番群れを率いていたはずだが……」

「1番群れ?」

 

ギュウマがギガラントスと同等の実力がある、と聞けただけでも収穫だった

まぁギュウマより強いからあんな暴れん坊を従えていれるのはわかっている

だが、少なくとも同等に近い実力ならまだ希望は持てる

ギュウマを片手であしらうような奴だったら、マジでカノン街周辺の人間は滅ぶ

そんな恐ろしい思いも、聞いたことのない単語が耳に入り思考が切り替わる

 

「ふむ。ギガラントスは人間のように群れを組織化することを行っていた

 現状はどうなっているかはわからんが、実力のある者に数百の魔物を部下に付けて群れを持たせる

 我が知っている時は5番程まであったが……今はもうわからんな」

「なるほど……そういう仕組みだったのか」

 

フェイユから貰った新たな情報で少し謎が解けた

ダーア村で出会ったバッファローのボス

人間を捨てた人間――サドムラ

今夜レイソンで出会った巨大なミノタウロス――ギュウマ

コッケーの武人――チダン

巨大な赤い蠍――サマキ

既にこれで5人だが、まだ増えていると思った方がいいだろうな……

そして群れ1つに対して数百の魔物が付くというなら、ギガラントスの分を考えると1000は超えるわけだ

とんでもない数だ……カノン街の闘える人間を集めてもやっとな人数だろう

警備隊のチームだけでは……危険だろうな

 

「フェイユはどうするんだ?」

「……ユーには悪いが、観戦とさせてもらおう。我等が関与する意味はない」

 

フェイユの返答は至極当然のことで、何も返す言葉はない

俺もフェイユに助けを求めにここに来たわけではない

状況を見れば争いの種を撒いたのは明らかに人間だ

例えそれがどんな理由があろうとも、その事実は変わらない

フェイユ率いる白狼一族としては今回の争いは何の関係もないのだ

むしろ魔物というだけで人間に襲われないようにじっ…としていなくてはいけない被害者と言える

 

「謝る必要なんてないさ。フェイユは本当に関係ないんだからさ」

「……それを言えば、ユーとてそうであろう?」

 

フェイユのその台詞に俺は苦笑を返すことしか出来なかった

確かに俺自身としては関係ないのかもしれない

……まぁ、さっきギュウマと一戦したので当事者に仲間入りしたけど

けれど、俺の目指すものはその先にある

無視する生き方を俺は捨てたのだ

関係なくなんてない

俺が言葉を紡ぐ前にフェイユが更に問いかけてきた

 

「それで、ユーはどうするつもりだ?」

 

俺はその問いかけに思わず、口端がつり上がる

自分でもよくわらかないが、俺はここで笑みを浮かべるらしい

自分でも理解出来ていない自分の反応にすら面白みを感じていた

 

「俺は御節介を両方にしてくるよ」

 

 

 

 

 

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