【覇道】

 

<Act.5 『騒乱の火種』  第1話 『ダーア村襲撃事件』>

 

 

 

 

 

「冬休み?」

「あぁ。年末年始って各家庭でも色々と行事があるだろ? だから学園も2週間位休みになるんだよ」

「へぇ……」

 

北川の話を聞いてここ最近、ちょくちょく耳にする冬休み、って言葉の意味がようやくわかった

まぁ、年末年始ってのは確かに行事事も多く、忙しいものだ

俺にはそーいうことはないけど……ま、休みがあたるのだから、有効に使いたいものだよな

……俺的には今が実際の休みに近いけど

 

「北川も実家に帰るのか?」

「ははっ。俺は家出みたいな状態だからな……帰るつもりはないよ」

「そうか」

 

家庭の事情もまた、様々あるものだ

北川の言葉に俺は態度を崩さず、普通に返事を返す

実際、苦笑いをして話す北川の真意はわからないが、深く聞くべきではないこともわかった

俺も聞かれても……困るしな

それがわかっているのか、北川もまた聞き返すことはしなかった

 

「それにしても、冷えるなぁ……」

「話によるとキー王国の森の中で一番寒いらしい」

「ゲッ……」

 

見渡しても静かな雪の景観が広がるだけ

不気味なほどの静けさは何かが潜んでいるのでは、と想像させる

俺の台詞に返す北川の言葉はより俺の感じる寒さを引き立ててくれた

 

「そのダーアってまだ着かないのか?」

「んー……街道沿いにあるはずだからな。もうすぐだろう」

 

俺達が目指すのはダーア村

カノン街から西を目指す時には街道が一本しかない

その街道沿いに最初に見えてくる村がダーア村

雪森ホルンの中に立てられており、小さな村、という話だ

一応、周辺での魔物を捜索して退治するため学園からは2泊3日の予定を言い渡されている

その間は村に唯一ある宿屋を使用する手筈になっているらしい

カノンに来てからの外泊は初めてなので少しドキドキする

……深夜徘徊はしょっちゅうしてるけど

 

「そういえば北川って竹刀を使ってるけど、なんで竹刀なんだ? 実戦だと不利だろ?」

 

正直、ずっと気になっていたことをせっかくなので聞いてみた

2人きりだし、北川も少しは話し易いと思ったのもある

ま、正直ずっと2人で歩いているので話題が底を尽き出している、という深刻な問題があるのだが

俺は北川の背中にある竹刀を見つめながら聞くと、北川は少し目を伏せ逡巡する

数秒して顔を上げると俺にその真っ直ぐな瞳を向けた

 

「昔の話なんだけど、竹刀を使う剣士に助けてもらったことがあるんだ。それが切欠かな?」

「へぇ……珍しい剣士もいるもんだな」

 

思い出しているのか、感慨深く語る北川に俺は素直な感想を述べた

正直、色々と話していない部分があるのはわかる

だが、今は話したくないのだろう

だからこそ北川はそこまでしか語らない

……いつかまた聞けることもあるだろう

 

「あぁ。後はこの竹刀、魔力を打ち払う効果がある特注品でさ。魔法を使えない俺としては大助かりなんだわ、これが」

「なるほど。それが実技試験の時、折原の魔法を斬れたわけか」

「まぁな。実際は“斬った”んじゃなくて“散らした”、が正しいな」

 

北川の言葉にようやく、辻褄が合ってきた

竹刀の剣士に助けられた北川が、そんないい竹刀と出会えたなら使っていても不思議ではない

そもそも、魔法に対して純粋な剣士というのはどうしても強く出れないことが多い

それだけ魔法ってのは厄介なんだ

それを竹刀が解消してくれる、となれば惹かれてもおかしくはないと思う

……ま、北川の目を見るにそれは理屈で、実際は思い出に起因していると俺は思うけど

 

「それは――――…………」

「ん? どうした、相沢?」

「静かに……耳を澄ませ……」

 

俺は僅かに何かが聞こえた

もちろん、周辺で聞こえたわけじゃない

どこからか遠くの音が僅かに掠れて聞こえた程度だ

しかし、聞き過ごせない空耳だった

なぜならそれは――――女性の悲鳴に聞こえたから

 

「…………悲鳴、だな」

「……俺には聞こえないけど」

「いや、間違いない。北川、走るぞ!」

「え? あ、おい!」

 

俺は北川の返事を待たず、すぐに街道を駆け出す

空耳かと思った悲鳴は進むごとにハッキリと聞こえ出す

更に戦闘でも行っているのか、何かの破壊音も聞こえてきた

近づくにつれ大きさを増す騒音

街道の先にあるのはダーア村

そこで間違いなく問題が――――起こっている!

 

「あれか!」

 

街道の先に僅かに民家が立ち並ぶのが見える

そして騒音はハッキリと聞こえるようになってきた

人間の声とは違い、魔物の鳴き声もしっかりと聞こえる

襲撃を受けているのか!?

俺は周囲の状況を見落とさないように視野を広く持ち、手近な民家の裏に身を潜める

街道の入り口ではなく、民家の裏を通じて反対側に回り込む

 

「はぁ……はぁ……」

 

追いついたのか北川も俺の後ろに続く

僅かに息は切れているが、状況は察しているようだ

静かに呼吸を整えつつ、気配を殺して静かに移動を開始する

 

ドドドドドドドドド――――

 

民家の間から村の中心を覗き込むと大きな角のある牛――バッファローが数匹、物凄い勢いで走り回っている

既に雪面にはバッファローの足跡だらけでどれだけ動き回っているかが窺える

そして、倒れている多くの人の死体も……

 

「っ……」

 

その光景を見て後ろで北川が息を呑んだのがわかった

依頼等はこなしたことがあるかもしれないが、魔物に侵略された村、ってのは初めてなのかもしれない

……いや、魔物に限らなくていい

侵略された町や村ってのは本当に、酷いものだから……な

少しだけ昔のことを思い出して憂鬱になるが、すぐに目の前のことへ意識を切り替える

僅かに逃げ惑う人々も見れるが、大方は建物の中に非難したようだ

動く人影はほとんど見当たらない

 

「おい、相沢。俺達でこの魔物を――」

 

我慢出来なくなったのか、少し怒気を孕んでいる北川の小声が耳に届く

だが、それも途中で聞こえない

なぜなら民家の一軒が突如、破壊音を盛大に鳴らしながら崩れ落ちたのだ

突然の轟音にバッファロー達や隠れている人々の視線が集中するのを感じる

雪煙の中から現われたのは屈強な肉体をした黒毛のバッファロー

北の大陸のためか走り回っていたバッファロー達の毛色は白かったが、このバッファローは黒い

そして他のバッファローよりも立派な角がある

空気でわかる

こいつがこの群れの――――ボスだ

 

「おい! クソの人間どもぉっ!! 隠れても無駄なんだよっ!!」

 

ボスはそこいらの民家に向けて怒鳴り散らす

その頭の角には人が突き刺さっていた

女性、だろうか

うつ伏せなのでよく見えないが、胸部を角で貫かれておりピクリとも動かない

――即死だろう

ボスは挑発でもしているのか、女性を角で刺したまま強調するように頭を揺らす

女性の死体はそれに伴い、ぶら下がる四肢は静かに揺れていた

後ろで怒気が強まる

俺は振り返らず、何も言わずただ制止の手だけを出して北川を抑えていた

 

「ッチ……おい! テメェら! ドアを突き破って柱をブッ壊せ! こんなシケた村をブッ潰せ!」

 

その号令と同時にバッファロー達はそれぞれ各家の民家のドアに向かって突撃を開始する

家の中で人々が動く気配を感じ取れた

おそらく、ドアを少しでも開かないようにバリケードを作っているのだろう

しかし、見たところ動いているバッファローは10匹程

群れと呼ぶには少ない人数だが……

 

「――待て!!」

 

人間の声が響く

声の出所は村の奥にある少し大きめの建物の前だった

そこには2人の男性が佇んでいる

声を出したのは背の低い方の黒髪の男性

手には両手剣を持ち、簡易の鎧を装備している

真っ直ぐな黒瞳はボスを睨み付け、殺気が迸っている

 

「あーぁ……警備隊の連中は全滅、か」

 

倒れる死体を見て隣の緑髪の男は肩を落とす

視線の先を追えば確かに警備隊の服を纏った死体が数体あった

……この村に駐屯していた警備隊は止めれなかった、ということ

事態が急であることを察するにまだ救援の知らせも出せていないだろう

 

「おい、バッファロー。これ以上俺の村を荒らすのはやめろ!」

「ァン? 先にオレ等の森を荒したのはテメェ等だろうが! 都合のいいこと言ってんじゃねェよ!」

 

青年の堂々たる発言に対してボスは怒りを吐き出しながら言葉を返す

その言葉を受けて青年の顔が怒りを出しながらも、苦痛に歪んだ

迷いが、ある……

その事実を知り、この襲撃が一方的ではないことを悟る

魔物とて棲家はある

もちろん、人間達からはそうは思われていない

だが、棲家を荒らされれば怒りとてする

そう、まさに今、この村がそうであるように……

 

「アキミチ。魔物と話し合いは無駄だ。上級種であることには、驚きだけどな」

「……あぁ。俺はこの道を選んだ。もう変えることも出来ないだろう」

 

背の高い男の発言を受け、青年は迷いを覚悟で断ち切り、黒瞳をボスに向ける

両手剣と逆手持ちのショートソード2本

それぞれの得物を構え、ボスと向かい合った

 

「テメェ等は続けてろ! このボケどもは――この俺様がブッ飛ばす!!」

 

事態の変化に民家を襲撃していたバッファロー達も様子を見ていたが、ボスの一声で攻撃を再開する

その様子を見て2人の男性は苛立ちを露にするが、目の前から迫るボスの存在に意識を集中させる

ふむ……ただの村の青年、ってわけじゃなさそうだ

構え方や武器を見てもそれなりに戦闘の経験は積んでいるように見える

となれば少しの間は大丈夫だろう

 

「北川。俺達はバッファロー達を止めよう」

「うしっ! その言葉を待ってたぜ」

 

俺の指示に北川は歓喜の声を上げる

元々、正義感の強い奴だ

今まで黙って堪えているだけでもけっこう頑張っただろう

だが、それが出来たのも――戦場に似たこの雰囲気に圧巻されていたからかもしれない

 

「ただ、バッファロー達の言い分も気になる。だから出来る限り殺さず、寝かせてくれ」

「……俺は竹刀だから別にいいけど、変わったこと言うよな」

「ふっ。あぁ、でもそれに合わせてくれる友を持って俺は嬉しいよ」

 

北川は不思議そうに俺の方を見るが、その程度の反応だったことが俺は嬉しかった

その喜びを言葉で返すと北川は少し恥ずかしかったのか、頭を掻いていた

俺は掌に魔力を集め、乱入する準備を整える

 

「俺が一発ブチかます。その隙に数匹、倒すぞ」

 

俺はそう言い残して広場へと飛び出す

そして大きな光の球を一つ上空へと放ち、魔力を展開させる

 

「――“邪を貫く光槍デリ・シルバ

 

光の球から幾つもの光の槍が地面に向かって放たれる

その眩さに辺りは白く輝き、地面に突き刺さる光の槍の脅威がバッファロー達の足を止めた

その隙に俺は手近なバッファローへと駆け、ブレスレッドになっている夢幻に魔力を込める

夢幻は瞬く間にその形を片手剣程度の長さの棒へと姿を変えた

 

「ハァッ!」

 

喉元を突く

突き倒す勢いで突いてバッファローを地面に転ばせた

しかし、突いて思ったのは――その強靭な肉体

生半可な突きではこのバッファローは耐え切っただろう

予想以上に鍛えられていて強い!

隣で仲間が倒れたことに気づき、こちらへと視線を向けるもう一匹

俺は棒を構え直すよりも早く右手をバッファローの上に向けて構える

 

「“祈りの光柱ティール・スン”ッ!」

 

少し距離はあるが、死角である頭上に光の膜を展開

膜から地面に向けて光の柱が伸び、バッファローを地面へと押し込んだ

その強力な威力にバッファローは為す術なく、気絶する

そしてここに来て最初に放った“邪を貫く光槍デリ・シルバ”が消え始め、辺りを包んだ光は喪失する

周囲を見渡せば俺と北川の出現に皆、足を止めていた

北川の方を見ると一匹は寝かせてくれたようで、北川の隣でバッファローが倒れていた

 

「通りすがりの者ですけど、両者その辺りでやめにしませんか?」

 

 

 

 

 

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