【覇道】

 

<Act.4 『実技試験』  第9話 『ギルドの支配人』>

 

 

 

 

 

「おぉ……ちょっと暗いな」

 

美凪の美味しい弁当を食べた俺達はいざ、帰るべく昇降口へと訪れた

外に出ると少し暗みがかった曇り空が出迎えてくれた

年末も近い

日中の短さが冬である、ということを如実に感じさせる

 

「あ……」

「ん?」

 

隣に並んだ美凪からふと、声がこぼれた

俺は何を見たのかと思い、美凪の視線の先を辿るとそこには校門

そして見慣れた顔の連中が屯しているのが見えた

 

「何してるんだ、あいつら……」

 

顔を見ていくと名雪、香里、北川、長森さん、バカ、アホ、それと……今日の試合で見た良い久瀬の姿もある

ほぼ同じ寮生ばかりの事実に何事か、と思う

だが、俺はそれよりもバカとアホがなんか騒いでいるのが気になった

 

「……皆さん、祐のこと心配していました」

「え?」

「……先に帰るようにと促したんですけど」

 

美凪の言葉に思わず、驚く

心配してくれていた、というのはとても嬉しいことだ

だが、わざわざあそこでずっと待っていてくれたのか……?

なんか暢気に弁当食べていて申し訳ない気持ちになる

だけど…………凄く温かいものが心の中に満ちていくのを感じた

 

「行こう、美凪」

「……はい」

 

俺と美凪は並んで校門の方へと歩み寄っていく

徐々にはっきりと聞こえてくる喧騒の声

そして俺達の姿に最初に気づいたのは――名雪だった

 

「あ!」

 

俺の姿を見つけて名雪が声を挙げる

俺は片手を挙げてそれに応えるが、名雪は一目散に俺に向かって駆けた

試合の時程ではないが、やはり足は速い

あっという間に俺の前に辿り着き口を開いた

 

「祐一! 大丈夫だった!? ね? ね? 大丈夫っ!?」

「あーもう、そんな心配するなよ。ただの気絶なんだから」

「でも…………」

 

俺の言葉に勢いを失くしてその場で項垂れる名雪

あぁもう……せっかく俺との試合で勝ったのに、そんな顔をするなよ……

俺は試合の時とは違い、表情と感情豊かないつもの名雪に安堵しつつ名雪の頭に手を乗せる

 

「あ……」

「強くなったな、名雪。完敗だったよ」

 

頭を2回だけ撫でる

柔らかな髪の感触を手に残しつつ、俺は手を下ろした

かわりに名雪の顔を上がる

その顔は歓喜を浮かべた笑顔だった

 

「うんっ! 約束、忘れないでよね、祐一」

「うっ……わかってるよ」

 

笑顔で言うのはそのことなのか、と思うのはちょっとだけ

いつもの名雪の姿を見れたことに俺は何よりもほっとしている

名雪が元気を取り戻す頃には他の面子も俺の許へとやって来ていた

 

「よっ。大丈夫か?」

「あぁ。名雪もいい感じに手加減してくれたみたいだからな」

 

最初に声を掛けたのは北川だった

俺は軽く頭を横に振り、大丈夫であることをアピールする

それを見て北川は安堵の笑みを浮かべた

 

「あら。さっきまで名雪、『やり過ぎちゃったよぉ〜』って、言ってたわよ」

「か、香里〜。それは言わないでよぉ……」

 

香里の発言に俺はおかしくて笑みをこぼす

何がおかしいかって?

慌てる名雪の姿が面白い

ま、香里も名雪をからかっているだけ、ってのは見ていてもわかるので楽しめるわけだが

 

「無事だったか、アイ子ちゃ――っと!」

「っち」

 

次にやって来た折原のふざけた態度に対して俺は皮袋を振り上げる

しかし、折原も慣れてきたもので後ろに僅かに下がることでそれを軽々とかわした

かわされたことに思わず舌打ちするが、こいつ……人を鍛錬の道具とでも思ってないか?

よくなり過ぎている動きが少しだけ気になる

 

「チッチッチ。俺も成長したんだぜ」

「……ムカツク」

 

指を振って俺に宣言する折原が非常にムカツク

が、人も密集している上に折原は俺とある程度の距離をとって攻撃に備えている

くそっ……いつか何かで復讐してやる

俺の心の中の叫びによる折原を見る視線を動かしたのは、灰色の髪をしたアホが近づいてきたことだった

 

「美しさも損なわれていないようで何よりだ。男とはいえ、その美貌は失うには惜しい」

「……マジメに何を言ってんだ、斉藤」

 

斉藤の隣に並んでいるのは良い久瀬だった

俺は良い久瀬の言葉に激しく同意したい

マジメな顔をしているので冗談でもなさそうなところがより気持ち悪い

俺はアホを無視することに決め、良い久瀬へと視線を向けた

 

「どうも、初めまして。相沢 祐一です」

「あ、どうも。久瀬 誠だ。気軽に誠って呼んでくれ」

「じゃぁ、俺も祐一で」

 

初めての顔合わせ、ということで俺は先に挨拶を交わす

向こうも常識を持ち合わせているようでしっかりとした挨拶を返してきた

差し出された手を掴み、互いに握手を交わす

美凪の話によると自分の家のやり方が嫌い、ってことだったな

そういう意味でも苗字では呼ばれたくないのかもしれない

 

「今日の試合見たよ。とてもよかった」

「あぁ。ありがとう……とはいえ、見事に負けたんだけどな」

「えぇ。見事に勝たせてもらったわ」

 

俺の褒め言葉に返す誠の表情は苦笑だった

そこで堂々と会話に入ってきたのはその誠に勝利を飾った香里だった

自信満々の表情を見せる香里に対して誠の眉が僅かに動く

 

「言ってくれるな。いつも俺に負けてるくせに」

「えぇ。だから、今回見事に勝てたことをたっぷりと喜ばせてもらうわ」

「〜〜〜っ!」

 

香里の余裕の発言に誠は言葉を返せないのか、声にならない声を挙げる

香里はここまで言うような奴じゃないから、本当にかなり嬉しいのかもしれない

ま、言い合いはしているが互いに認め合っているのは感じる

香里と誠は美凪が言っていたように本当にいいライバルみたいだ

 

「っくしょん! ……なぁ、主役も来たしそろそろ行こうぜ?」

「あ。俺のこと待っててくれたのか?」

 

寒がりの男――折原はくしゃみで場の話を止めた

ある意味、絶妙なタイミングで割り込んでくる才能は凄いかもしれない

とはいえ、本当に寒いようで自らを抱えるように両腕で抱いていた

 

「当たり前だろ。皆、心配してたんだぞ」

「そっか……ありがとな」

「ま、元気そうで何よりね」

 

俺のお礼に返って来る表情は皆、柔らかい

俺はこの北の大地に来て、とてもよい友達に巡り合えたのだ、ということを実感する

……最初は学生気分なんて、と思っていたけれど悪くないかもしれない

そんなことを感じながら、俺達は帰路へと歩き出す

 

「よーし! 目立つように皆の者! 群れて歩くのだーっ!!」

 

 

 

 

「すいません」

「はい?」

 

俺の呼び声に不意をつかれたのか、受付の女性は不思議そうにこちらへと振り向いた

長い灰色の髪につり目――というか、無表情気味な顔の女性だった

冷たいイメージを感じさせるが、応対は実に事務的な、というだけ

 

「今朝、ここでちょっと騒動を起こした者ですけど、支配人の方に面会をしたくて参りました」

「はい、わかりました。支配人へ確認をとりますので少々お待ちください」

 

今朝のトラブルについては一切触れず、女性はそう述べると受付の奥へと姿を消した

うむ。凄く事務的な対応だ

好奇心丸出しで話されても困るけどな……

俺は周囲を見渡して、差ほど人がいないことを確認する

人が少なそうな時間帯を選んだだけあっていい感じに少ない

目立つのは勘弁したいからな……

 

「……祐。どうするのですか?」

 

隣にいる美凪がそう尋ねてくる

俺は折原達と別れてギルドへと足を運んだのだ

理由は今朝の騒動についての謝罪

傭兵がギルド内での揉め事は基本的に御法度だ

もちろん、そんな条例や決まりがあるわけじゃない

だが、ギルドは傭兵達が仕事をもらう感謝すべき場所

もしギルドに愛想つかされようものならそこのギルドを使えなくなることだってありえる

こーいうところはキチッとしておかないと後々の災厄になる恐れもある

 

「とりあえず、会ってみて……だな。どういう人物かを見てみたい」

 

俺は率直な気持ちを美凪に伝える

話し方は色々とあるが、基本的に相手に合わせるつもりだ

ま、一応被害に見合うだけの金も準備してある

俺は一応、女性と間違われぬようにマントを羽織り、髪はポニーで纏めてみた

長髪よりは男に見えるだろう

 

「では、3Fの階段を上って右手に見える支配人室へお通りください。相沢様のギルドカードでセキュリティは通るようになっております」

「あ、どうもありがとう」

 

戻ってきた女性の丁寧な説明にお礼を述べ、俺と美凪は階段へと向かった

 

「それにしても、カードによるセキュリティ管理は凄いな……」

「……そうですね。これだけ立派なギルドの建物もそうそうないと思います」

 

改めてここのギルドの凄さを感じながら俺達は階段を上がる

2Fを通り越えて踊り場をも抜けると、シャッターで閉められた行き止まりが現れる

その横手の壁にはカードを通す機械が設置されていた

 

「これだな」

 

俺は懐に入れておいたギルドカードを取り出し、機械に通す

機械音である「ピッ」と音が鳴るとシャッターが幻だったように消えた

……どうやら魔法の仕掛けだったらしい

俺と美凪は階段を上り切ると綺麗な内装の廊下が広がった

赤い絨毯に白い壁

天井には洒落た灯りのガラス細工がつけられている

そして何より――暖かい

 

「……暑いです」

「あぁ」

 

美凪はマントを脱ぎ、手で持つことを選んだようだ

だが、俺は耐える……

なぜならマントの下は女生徒の制服を着ているからだ

さすがに謝罪する、っていうのに女装では会いたくない……

暑さはとりあえず気にしないことにして、受付の人に言われた通り右側へと進み出す

 

「……静か、だな」

「……はい。誰もいないのでしょうか?」

「……かもな。気配も感じない」

 

廊下の途中でドアがあるが、声や音などは一切聞こえてこない

ギルドとは思えない程の静寂さがここにはあった

しかも、気配を感じようとしてみても何も感じない

無人の部屋ばかり……廊下を歩いていても人が通っている感じがしない

ゆえに無機質で綺麗過ぎる、という印象を感じる

 

コン、コン

 

突き当たりのドアにノックをする

いい音がするドアはいい材質を使っているな、と感じさせる

しばらくして中から声が聞こえてきた

聞こえた声は予想に反して若い女性の声だった

 

「失礼します」

 

ドアを開けて中へと入り、軽く会釈程度に頭を下げる

中の部屋は書斎のような状態になっていた

壁際には棚がビッシリと並び、奥は壁ではなくテラスへと続く窓になっている

テラスの前には大きな机が置かれ、机の前には応接用のテーブルとソファが置いてある

素っ気無いがビジネスの部屋という印象を強く与えてくれる部屋だった

机のイスに座る女性

金髪に赤いドレスのような派手な服を着ている女性がいた

他に誰もいないところを見るとこの女性が支配人なのだろう

 

「よく来たわね。とりあえず、そちらへどうぞ」

「……失礼します」

 

女性の紅い瞳はとても活力に溢れ、何を考えているのか読めない

俺は勧められるままにソファへと腰掛け、美凪も俺の隣に座った

女性は机からソファへと移動し、足を組んで俺と対峙する

……さっきは気づかなかったが、胸元を強調するドレスみたいで大きな胸が目立っていた

しかもヘソも出てるし…………こんな寒い冬にえらい格好をするもんだ

 

「傭兵の相沢君ね。隣はガールフレンドかしら?」

「えぇ。そんなところです」

「あら。動揺しないのね」

 

俺の返答にクスクスと笑みをこぼす女性

からかおうとしたことは嫌だったが、とりあえず怒ってはなさそうだ

俺は少しだけ気が抜けそうになるが、油断は禁物、と言い聞かせ気を引き締め直す

 

「今朝の騒動の件は申し訳ありませんでした」

「……すみませんでした」

 

俺の謝罪に続き、美凪も頭を下げた

このあたりのことをよくわかってくれているので、美凪は本当によくデキた女性だと思う

俺と美凪の謝罪を見て支配人が息を呑むのが空気でわかった

 

「気持ちはわかったわ。だから面をあげて話をしましょう」

「…………」

 

その言葉で俺と美凪は下げていた頭を上げ、女性と向き合う

子供の喧嘩ではないので謝ってはい、おしまい、とはいかない

社会人としての謝罪というものがやはり必要なのだろう

女性も真剣な表情で俺達を見ている

……器量でも図ろうというのか?

女性の思惑が読めないまま、俺は懐から札束――100万ベルを机の上に置いた

 

「これが誠意です。受け取ってください」

「……なるほど。悪くはないわね」

 

女性は100万ベルを手に取り、確認するように札を捲る

偽札とかフェイクではないかの確認だろうか

無論、このギルドで貰ったお金なのでそんなことはないから大丈夫だろう

もし偽札だったらこのギルドの不手際だ

女性は納得したのか、100万ベルを机の上に置き直して口を開いた

 

「話は聞いているわ。どちらかと言えば巻き込まれたのにこうして謝罪に来るなんて、偉いじゃない」

「……切欠はどうあれ、騒いだのは事実ですから」

 

女性の台詞は確かにそうだろうが、だがギルド内で騒いだのは同じだ

冷静になれば外で争う等も出来たわけだし、俺に非が無いわけじゃない

それに魔法をブッ放す覚悟もしたのだ

ここまですることも覚悟した上での騒動なのだから、俺としてはこの100万を引っ込めるつもりはない

 

「……いいわ。これで今朝の件はなしにしてあげる」

「……ありがとうございます」

 

女性の許しの発言に俺は感謝として頭を下げ、礼を述べる

これでもう今朝の件は気にしなくていいわけだ

俺は心の中がスッキリし、さて早く寮に戻ろうと思った時、女性の変わらぬ視線を見つけ心が引き締まる

 

「ところで、これとは別の件で話があるの」

「別の件……?」

 

俺は立ち上がろうとした腰を再度、下ろして女性と向き合う

俺には他のことなど心当たりはないのだが……

女性の不敵な笑みに少し嫌な予感を感じながら言葉を待った

 

「そ、別の件♪」

 

 

 

 

 

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