【覇道】

 

<Act.4 『実技試験』  第8話 『速さの果て』>

 

 

 

 

 

「本気、だと……」

 

俺は名雪の台詞に美凪の言葉を思い出した

 

『……水瀬さんが本気になったら、頭を気をつけてください』

 

試合前に時間のない中、美凪が俺に伝えてくれた一言だ

俺は名雪のことを本当に何もわかっていなかった

だが、この一言で俺は名雪のあの蹴りをかわすことが出来たのかもしれない

ただ……本気というのがまだこれからだったとしたら……

俺は生唾を飲み込み、名雪の方へと集中する

 

「……祐一。行くよ、私の本気……」

 

俺は魔力をどんどん高める

目立つのであまり無詠唱で大魔法は使いたくなかったが、仕方ない

名雪の本気を受け止めるだけの準備を――俺はする!

 

「行くよ――――」

「っ!」

 

名雪のその一言の直後、俺に向けて駆け出した名雪の姿が――消えた

いや、慌てるな

先程のことも踏まえ俺は視野を広げ、左右を広く捉える

――いない

空も見るが、もちろん飛び上がったわけではない

そう、俺の耳に聞こえてくるのはとんでもない速さの足音

名雪は駆けているのだ常軌を逸したスピードで

俺は音と感覚を頼りにし、名雪の動きを待つ

幾ら大魔法でも相手の位置を捉えなければ放つことすらできない

俺は近づく足音を捉え、魔法を展開する

 

「――“守神の還し光風デリアル・イユッフー”」

 

慌てずに俺は静かに魔法を唱える

俺を囲むように光のカーテンが薄く展開される

こいつは魔法も物理攻撃も受け止めることが出来る上級防御魔法

もちろん、名雪の一撃とて――例外ではない

 

――水瀬流 斬術 “魔破斬まはざん――

 

名雪の小太刀はカーテンを裂くことなく、一瞬だけ俺に姿を見せた

いくら魔法を断つ技でもカーテンのように揺れる防壁を正確に斬ることは難しい

波打つカーテン状を展開できるのがこの魔法の持ち味

姿を見せた名雪に対して俺は片手剣を薙ぐ

 

――ビュッ!

 

だが、その瞬間に名雪の姿はなくなっていた

空振る一撃

動く足音だけは耳に捉え、俺は後ろへと振り返りつつ剣を薙ぐ

 

「っく!」

 

いない

音は更に右へと流れて行き、後ろではなく俺の周囲を回っているようだ

俺は体勢が悪いと判断し、攻め込まれる前に先手を打つ

 

「“祈りの光柱ティール・スン”ッ!」

 

右手を払い、周囲に光の球を放つ

そして球は直径1mの円柱となり俺の周囲に展開される

高さは3m

数は12

この光の円柱の中へ踏み込むには限られた場所しかない

つまり、俺はその隙間にだけ気を払えばいい

十分、対処は可能だ

 

「っ!」

 

音が右斜め前の隙間の向こうから聞こえる

あそこから――来る!

俺は右手を翳し、詞を紡ぐ

 

「――“邪を貫く光槍デリ・シルバ”ッ!」

 

光の槍が円柱の隙間へと放たれる

当たっているのか、いないのか

それは光の槍の状態を見ていなければわからない

俺は他の方向から来ても防げるように剣を両手で握り、周囲の警戒も緩めない

 

――水瀬流 奥伝 “紫電しでん――

 

音が消える

掠れたような音が僅かに聞こえた気がした

左側へと視線を動かした時、斜め後ろに気配が現れる

 

「せぇぃっ!」

 

動く暇などなかった

名雪の姿を捉える暇すらなかったのだから

鋭い息を切るような声

その声を聞いた瞬間、後頭部が爆発した

 

「っぁ――」

 

体のバランスが崩れる

いや、思考がもう――――止まる

 

「ぁ――――」

 

 

 

 

「……ん」

 

暗い

けど、明るい部屋にいるようだ

暗さが薄暗く、光を感じる

少し、寒いな……

妙な着心地の服を着ていることに違和感を覚える

寝る時に俺、こんな服――――

 

「っ!」

 

記憶が蘇る

俺は咄嗟に起き上がり、掛かっていた布団を飛ばした

周囲を見ると見たことのない部屋

だが、薬品やベッドの様子を見るに……医療施設のようだ

 

「俺は……」

 

手を見つめると、左腕に夢幻のブレスレッドが嵌っていた

ブレスレッドに変化させた記憶はない

……どうやら意識を失ってしまったらしい

夢幻は俺から離れないため、意識を失うとブレスレッドや装飾品になることは経験済みだった

 

「はぁ……」

 

思わず、溜め息がこぼれる

負けた……その事実を認識し、少しだけ気落ちした

だが、名雪の強さは本物だった

あの常軌を逸したスピード……あれはそうそうに防げるものじゃない

油断とかは最初はしたが、最後は本気だった

まさに完敗、ってやつかな……

 

「負けたのが悔しいか?」

「え?」

 

不意に声がつい立の向こう側から聞こえてきた

白いつい立があって俺からは見えない場所が1つだけある

人の気配はしなかったのだが……

俺は驚きはあるものの、殺気などが感じないことから危険はないと判断した

 

「よォ。お目覚めか、カマちゃん」

「……名前、違いますけど」

 

つい立の上から現れたのは金髪

そして人相の悪い顔つき

薄手の眼鏡をかけているが、知性よりも野性味を感じさせる

はっきり言おう――チンピラに見える

 

「バーカ。オカマだからだよ」

「……オカマじゃありません」

 

一瞬で苛立たせてくれる

確かに女生徒の制服を着てはいるが、俺は男だ

声だって別に女性もの出してないし

……ま、この顔を見ればわざと言っているのはよくわかるが

俺は相手にするのもバカらしくなり、話題を変えることにした

 

「ところで、どちら様ですか? 不法侵入者なら先生に変わって捕まえますけど」

「おっ。マセた口聞くじゃねェか」

 

そう言うとチンピラはつい立からこちらへと歩み寄る

そこで白衣を着ていることがわかった

やはり医者か何かだろうか……?

俺は幾分か怪訝に男を見つめると、男は口を開いた

 

「俺は保健医の谷河たにがわ 浩輝こうきってもんだ」

「保健医……?」

「カッ。保健医も知らねェのかよ」

 

知らない単語に思わず小首を傾げると、男――谷河は苛立ちの言葉を吐く

……いちいち苛立たせるな、この男は

俺はすぐに部屋を出たい気持ちに駆られるが、谷河がベッドに腰掛けたので面倒になった

 

「ようは学校の医者だ。ま、大怪我とかだと無理だけどな」

「……では、お世話になりました。失礼します」

 

学校の医者、谷河

覚えるならこれだけでいいだろう

俺は一応、お礼を述べてベッドから降りる

そして出口に向かって歩いて行こうとすると谷河から声が飛んだ

 

「また来いよ、カマちゃん。待ってんぜ」

「さようなら」

 

俺は出口の前で一礼して部屋の外に出た

なんか一言、一言ムカツク奴だったな……

それなりに冷静に対処出来たとは思うのだが、怒りを持ち越さないために一度、深呼吸

 

「ぅぅ……はぁぁ……」

 

頭の中を一度、スッキリさせてから状況を把握する

俺は名雪に負けて気絶した

それでこの医務室みたいなところに運ばれた

……で、今の時間は……?

俺は廊下から空を見上げるが、生憎の曇り空で時間がハッキリとはわからない

 

「……夕方、か?」

 

ここが学校のどこか、というのはわからないが生徒のざわめきの声が聞こえない

もう下校してしまっているのかもしれない

さて、どうしよう?

目が覚めたことを先生に報告すべきなのか、帰ってもいいのか

はぁ……なんで起きてからこんな色々と考えなきゃ――

 

「――祐っ!」

「お」

 

廊下の端から声が聞こえた

こんな大きな声、出せるんだ

そう思ってしまったのは不謹慎だろうか

美凪が俺の姿を見つけて廊下の端から全力で駆けて来る

その表情はとても心配そうで、申し訳ない気持ちになる

 

「も、もう大丈夫なんですか?」

「あぁ。もう大丈夫だ。そんなに心配しなくても大丈夫だぞ」

「…………よかった、です」

 

美凪は胸を撫で下ろす気持ちで、と言わんばかりに肩が下がった

……凄く、心配をかけてしまったみたいだな

それだけ心配してくれたことを嬉しくも思うが、口に出すのはやめておいた

俺は美凪の頭を軽く三回ほど撫でて、美凪を安心させる

 

「ところで、今は何がどうなってるんだ? 起きたばっかりでさ」

「……試験は無事終了しました。皆さん、先程帰られましたよ」

「そっか」

 

美凪の説明でようやく状況が把握出来て、少し落ち着いた

美凪は目尻に浮かんだ涙を指でこっそりと拭き取り、笑顔を見せる

……俺が今の美凪にとってどれだけの心の支えになっているのか、を理解出来た気がする

ハッキリと言えば美凪とは今日からの付き合いだ

なのにここまで美凪の心を占めているとは……美凪も余程の精神状況だったのかもしれない

もっと大切にしよう

俺の夢のせいで苦しんできたんだから……そう、俺の仲間なんだから……

 

「あ……」

「…………ふふっ。お弁当、冷えたのならあります」

 

安心したら、思わずお腹が鳴った

考えてみたら俺はお昼を食べてないのだから、小腹も空くというもの

俺の腹の音に美凪は笑みをこぼし、優しい提案をしてくれた

 

「お弁当? もしかして、美凪が作ったのか?」

「…………はい。祐の分も作ってみました」

「ありがとう。美凪の弁当、ぜひ食べたいな」

 

俺の言葉に美凪は照れくさそうに視線を伏せた

あー、気絶しなければ美凪と楽しくお弁当だったわけか……ちょっと残念だな

だが、過ぎてしまったことは仕方ない

俺は美凪の弁当に胸を膨らませる

 

「それじゃ、教室にでも行こうか。今なら誰もいないだろ?」

「……はい」

 

俺の提案に異議はないようで、美凪の足取りに合わせて俺は隣を歩き出す

……場所がわからないので美凪に合わせるしかないのだ

 

「俺、名雪に負けたんだよな?」

「……はい」

「だよなぁ……」

 

俺の予測でしかなかったので、一応美凪に確認してみることにした

まぁ、返答は予想通りだったが……

俺は名雪との約束を思い出して少し、肩が重くなる

何でも言うことを一つきく、か……

あまり負けるイメージをしてなかったこともあるが、覚悟は一応していた

まぁ、何を言われるのか想像が出来ないところが恐ろしい

 

「……祐は頑張りました」

「ありがと。……でも、名雪ってあんなに強かったんだな」

 

美凪の嬉しい一言にお礼を言う

まぁ、俺のことを知っているのだから指輪のことや癒しの力のことは知っているだろう

だが、俺がそれを生死の掛かっていない場面で使わないことの意味も美凪は知っている

だからこそ、そんな野暮なことは聞かなかった

出来る範囲で頑張ったと、言ってくれたのだ

その俺の気持ちを汲んでくれた一言だからこそ、俺は嬉しかった

 

「……いえ。最後に見せたあの速さは初めて見ました」

「そうなのか……ま、あんなの出されたら勝ち目ないもんな」

 

今、思い出してもあの見えない速さは脅威だった

ほぼ空間転移を使ってくるヴァンパイアと闘った頃を思い出して闘ったぐらいだ

人間であんなことが可能とは想像もしていなかった

だが、美凪は見たことない、という

そこで名雪の台詞が頭を過ぎった

 

『……祐一なら、私の本気……受け止めてくれるよね』

 

本気

つまり、あの速さのことだったとすれば合点がいく

おそらく、秋子さんにでも全力で走ることは禁じられているのかもしれない

あれだけの速さを出せることを知られてはここぞという時に効果が薄くなる

後はあの速さに頼って技を疎かにする可能性も考慮したのかもしれない

過ぎたる才能は身を滅ぼす

その台詞の本懐は過信が生み出す慢心と油断が起因するからだ

 

「……水瀬さんの話では“縮地しゅくち”と呼ばれる歩法らしいです」

「“縮地しゅくち”……まさしく、その通りだな」

 

縮地しゅくち

地面を縮めたかに思わせる移動の速さのことを言う

まさに名雪のあの速さはそう名乗るに相応しいものだった

まぁ、あれが歩法なのか、名雪の脚力かは定かではない

 

「美凪が忠告してくれたのは“縮地しゅくち”だったのかと思ったよ」

「……私は“紫電しでん”を見たことがあったので、そのつもりで言いました」

「なるほど。ま、あれも防げたのが奇跡なぐらいだったからな」

 

美凪は首を横に振り、そう語る

だが、“紫電しでん”も十分に恐ろしい技だ

一撃必殺、と呼べるものの類だろう

あれは完全に姿を見失ってしまう

普通の奴なら混乱状態になっている間に攻撃されておしまいだ

……こうやって考えると名雪の実力は学生を遥かに超えてるな

これも水瀬道場の一人娘だからこそ、なのかな

 

「サンキュ。おかげでかわすことができた」

「……いえ。祐の実力です」

 

謙遜する美凪の頭を撫でると、少し嬉しそうにしてくれた

そのことを嬉しく思っていると、教室の前に着いていることに気づく

すっかり話に夢中になってしまっていたみたいだ

 

「それじゃ、美凪。お弁当食べさせてくれるか」

 

 

 

 

 

 

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