【覇道】

 

<Act.4 『実技試験』  第7話 『“瞬速の姫君”現る』>

 

 

 

 

 

「祐一。さっきの約束、絶対に守ってね」

「あぁ。俺は約束が遅れることはあるが、破ったことは一度もないぞ」

 

コートの中で名雪と向かい合う

先程まで見る立場だったので、なんか変な気持ちになる

周囲を人に囲まれているので、あちこちに飛び交う視線が妙な気分にさせるのだろうか

ざわめきは遠くに聞こえるが、意外とコート内は静寂に包まれている

……いや、互いの集中力がそう感じさせるのかもしれない

 

「祐一……真剣勝負だよ」

 

いつもにこやかというか、色に溢れる名雪の顔から色が薄れていく

研ぎ澄まされていく瞳

静寂とは違う、冷たさを感じる空気が俺と名雪の間に満ちて行く

名雪は瞼を閉じてから瞳を開く

そこには氷のような鋭さを持った冷静な名雪がそこにいた

見たことのない名雪の姿に俺は僅かにたじろぐ

 

「真剣勝負、か……いいだろう」

 

俺はブレスレッドに手を添えて夢幻の形を二本の棒へと変える

名雪の手には逆手持ちで刃引きをされた小太刀二刀がある

自分の愛用の小太刀ではないだろうが、遜色はないと見ていい

今、この状況になって秋子さんの言葉を思い出した

 

『強い、とだけ言っておこうかしら』

 

あの時はあまり実感の湧かなかった台詞だが、今ならわかる

名雪から静かに溢れ出す静かな剣気

これは相当の腕前を持っている者が出す空気だということを

 

「2人とも。準備はいいかな?」

 

俺はBコートのため、先程女性として危機を迎えていた星崎先生が審判だ

折原と北川の一戦をしっかりと見届けれるだけの腕前がある人だ

安心して任せることが出来る

俺と名雪はそれぞれ頷き合い、動き出せるだけの準備を整える

 

「それでは――はじめて!」

 

星崎先生の開始の合図と同時に名雪は駆けた

俺に向かって直線ではなく、弧を描くようにして駆け抜ける

俺はそれを見て一歩目が動けなかった

なぜなら――名雪のスピードは通常の早いを超えていた!

 

「――“邪を貫く光槍デリ・シルバ”ッ!」

 

魔法を使うつもりはなかったのに、そんな余裕はなくなった

俺は棒の先端を名雪に向けて光の槍を放つ

しかし、名雪は弧を描く走る道筋を更に弧を大きく膨らませることで槍をかわす

あいつ、俺の魔法攻撃を読んでのこの走り方か!

意外としっかりと計算している事実を褒める余裕もなく、俺は自らも名雪に向けて駆けた

怯んだところでしょうがない

真っ向からぶつかってやる!

俺が駆け出したのを見て名雪の口元が僅かにつり上がる

 

「遅いよ、祐一」

 

風に紛れて行きそうな声だった

数秒後には空耳だったのでは、とさえ思える

名雪は急に真横へと進路を変えて走り、俺との接触を避けた

――いや、正面衝突を避けた

俺は横から間合いへと侵入する名雪に対して体の向きを変えるので精一杯だった

 

――ギキンッ!!

 

左と右からのほぼ同時に近い連続剣戟

俺はそれを棒を構えて防ぐことが出来た

棒に伝わる衝撃はほんの一瞬のこと

次の瞬間には既に刃の感触はなく、刃を引かれている

槍をも超える引きの早さ

名雪はパワーではなく、完全なスピード重視

刃は斬ることにのみ洗練された研ぎ澄まされた斬撃が――来る!

 

「“聖なる霧光シャイツ・レイ”!」

 

後ろへ退かず、目前に佇む名雪

俺は危険を感じて棒で名雪の頭を狙って薙ぐ

名雪はそれを後ろへと跳んでかわすが、棒の先端より淡い光を放つ

閃光というわけではないが、光の乱反射する儀式用の魔法だ

この至近距離で不意をつかれれば目晦まし程度にはなる

俺はもう一歩を踏み込んで棒で突こうと狙うが――足は出ず、その場を動けなかった

 

「…………マジか」

 

名雪は体勢を崩さずに無事に着地

そして後ろ向きのまま走って瞬く間に俺との距離を開けた

走り方にブレがない

しかも、異常に早い

後ろ向きで走ることも十分、練習していることが窺える

俺と距離をある程度とったところで名雪は瞼を開き、俺を視界に捉えた

 

「さすがだね、祐一。簡単にはやられてくれない」

「……強いな、名雪。正直、驚いてる」

 

俺は棒を握る手に力を込め、意識を切り替えていく

やはり名雪が相手、ということでどこかに甘い意識があった

名雪が言った真剣勝負、の意味をようやく理解することが出来た気がする

俺は思考を研ぎ澄まし、名雪を倒すことだけに思考を埋めて行く

 

「私、弱い自分が嫌いだった……だから、強くなったんだよ」

 

名雪はその場で軽く足踏みする

あの素早い動きが再び来る

そう予感させた

 

「よく、見てね――祐一ッ!」

「!」

 

今度は一直線に俺に向けて弾丸ダッシュする名雪

やはり、その速さは脅威としか思えない

名雪に先に動かれたらとても俺が動く時間なんてない

動いて体勢を崩しても、あのスピードの名雪ならあっという間に追いつく

どうしても待ちを選んだ方がいい、と頭の隅で理解してしまう

俺は棒を構えつつ、瞬時に左右に光の球を精製して詞を紡ぐ

 

「――“軍神の光縛鎖バイド・ケプチャ”」

 

慌てない

そう自分に問いかけて俺は光の球から光の触手を放つ

一直線に向かってくる名雪を逃さないように二つの光の球から計8つの触手が伸びる

名雪はそれを見ているのに走る軌道は変えず、そのまま突っ込んでくる

光の触手が名雪の間合いへ侵入する直前、名雪は小さく跳んだ

 

――水瀬流 斬術 “魔破斬まはざん――

 

鋭い宙での一度の旋回

その直後、光の触手は――斬られた

魔法を斬ったのだ

俺はその驚きで内心満ちるが、表には出さない

冷静に名雪の動きを捉え、攻め入るタイミングを見ている

名雪は低く跳んだため、着地後も弾丸ダッシュを続け俺の間合いへと踏み込んだ

 

「伸びろっ!」

 

右手の棒を突き出し、夢幻を変化させる

棒は長さを伸ばし名雪に迫るが、名雪は顔色一つ変えずに迫る棒を右手の小太刀で払った

無論、自分自身も半身となって棒をかわすが、軌道をうまく逸らされた

名雪はそのまま俺に向かい疾走する

 

「――盾ッ!!」

 

イメージがし難いが棒の横から薄い壁のようなものを精製する

名雪と壁を正面衝突させる作戦だ

あのスピードでは突如、出現した障害物をかわすことは不可能

また薄いとはいえ刃引きされた小太刀で夢幻の一部を斬ることも無理だ

 

トトッ――

 

聞こえたのは足音

聞こえた場所は盾の裏

次の瞬間、空に黒い影が飛び出した

それはもちろん――――――名雪

 

「――“邪を貫く光槍デリ・シルバ”ッ!」

 

左手の棒の先端を名雪に向け、光の槍を放つ

俺は冷静に見つめる青い瞳は俺の動きを見て、急激に体を旋回させた

身動きのとれない宙で物凄い旋回をすることで僅かに身を逸らす

光の槍は名雪には当たらず、天井の彼方へと飛んで行った

やばい――来るっ!

着地した瞬間、この程度の距離など瞬時に埋める

それが予想出来たからこそ、俺は右手の棒を名雪に向かって薙いだ

 

「はぁぁぁぁぁっ!!」

 

着地箇所を狙って棒を薙ぐ

落ちるタイミングは変えようがない

いくら名雪でもかわせない!

 

――ギィィンッ!!

 

名雪は着地と同時に構えていた小太刀で棒を受けた

峰を腕に添えて体全体で衝撃を受け止める

だが、次の瞬間には棒から重みが消える

名雪は刃で棒を僅かに滑らせ、まるで床に吸い寄せられたかのように低空姿勢をとっていた

棒は空振り、名雪は身を一瞬で起こす

柔らかい足腰、してるもんだな!!

俺は右手から棒を放し、左手の棒を両手で握る

そして片手剣ほどの長さに伸ばしながら名雪に対して振り被る

 

ダダッ――

 

足音の直後、眼前には名雪

俺は名雪に向かって棒を全力で振り下ろす

それに対して名雪は小太刀で構えをとらず、棒の太刀筋をじっ、と見つめた

 

――ガッ!

 

僅かに名雪の体が揺らめいた――ように見えた

すると当たったと思った棒は名雪を捉えず、地面に直撃する

手に痛みが走る

だが、そんなことより俺は名雪を眼前にして無防備になったことで全身が冷えた

 

「終わりだよ――祐一」

 

瞬間、名雪の姿がブレる

俺は嫌な予感を感じ、咄嗟に膝を曲げて身を崩した

 

――水瀬流 蹴術 “首狩くびがり――

 

頭上を死神の鎌が通り抜けたようだった

冷たき風が駆け抜け、目前では――名雪のスカートの中身が丸見えだった

黒のスパッツだが、スカートの中ということで顔が熱くなる

俺は後ろへと飛び退き、そのまま距離を保つように後ろへと下がった

 

「…………よくかわせたね、祐一。ビックリしたよ」

 

名雪は動かずに、その場で体勢を立て直してこちらを見る

俺は恥じらいも何もない冷たい名雪を見て、少し悲しさを覚えていた

闘いの中で名雪のこの態度は正しい

正しいのだが……普段の名雪との違いに悲しさを感じているのだろう

 

「……ま、これでも傭兵していたからな。そう簡単にはいかない、ってことだ」

 

肩を鳴らし、余裕があるように言葉を返す

だが、俺は名雪の台詞に同意したい気持ちでいっぱいだった

まさに長年の勘だった

名雪がどういう動きをしたのかも、俺にはあの状態では理解出来ていなかった

スカートの中が見えたことから、おそらく後ろ回し蹴り……しかも、膝を曲げていたのを直後に俺は見ている

後ろ回し蹴りで後頭部を膝裏で捉え、そのまま組み伏せる技、ってところか……

蹴り抜かないあたりが実践的な武術を感じさせる……おそらく、水瀬流の技の一つだろう

 

「そうだね……それじゃ、私のとっておき……見せてあげるよ」

 

名雪はそう言うと足に力を入れるように僅かに身を沈めた

あの恐ろしい程の速さが再び向かってくる

俺はそう感じ、手にある棒の形を刃の潰れた片手剣を精製する

まずいな……名雪は俺が最も苦手な地力のあるタイプだ

俺は正直、そんなに強くない

俺にあるのは膨大な魔力容量だ

ゆえに魔法を織り交ぜた戦法をとり、夢幻による武器変化などの奇策で対応する

要するに小手先の技や奇策で相手の虚をつくことを得意とする

ゆえに地力があるタイプには対処の使用がなくなることがある

今がまさにその時…………ってか

 

「そうか。じゃぁ、俺のとっておきも……見せてやるよ」

 

俺は片手剣を構え、刃に魔力を伝導させていく

殺傷性があるものは控えたかったが、仕方ない

名雪は強い

それこそ本気で、だ

そこらの傭兵を倒せるだけの力を名雪は持っている

俺も徐々に力を出し切っていかなければならないほど、な……

 

「じゃ――行くよ」

 

その一言の直後、名雪は低空姿勢で俺へと一直線に駆ける

速い!

さっきよりも速いかもしれない

風と一帯となっているのではないか、と思う程の速さ

俺は片手剣を構えながら名雪が距離を詰めるのを待つ

そして間合いに入る十歩手前

俺は剣を――振り下ろす

 

――“斬光ザンコウ――

 

光の斬撃が名雪に向かって飛ぶ

先程、名雪は“軍神の光縛鎖バイド・ケプチャ”を斬った

魔法を斬る技は何度も俺は見たことがある

名雪が使えることには驚いたが、対応に困るわけじゃない

今度の光は斬撃力に特化している

斬るにしても、並大抵の斬撃では無理だ

そう――刃引きをされている小太刀とか、な

 

「え――」

 

瞬間、名雪の姿が消えた

光の斬撃の先には誰もいない

その突然の出来事に俺は思考が真っ白になり、瞬きを一度する

だが、そこには名雪はいない

バカ! 慌てるな!

俺は乱れかける心を叱咤し、視界から意識を耳や肌へと移す

人間は突然消えることは出来ない

また、空間転移で消えたとしても俺を倒すために必ず現れる

だから探す必要はない

待てば――――いいのだ

 

――ギィィィッ!!

 

右手に風の乱れを感じた

見るよりも速く

考えるよりも早く

俺は右側に体を開きながら片手剣を振り上げた

手に感触が返って来る

同時に視界に驚愕の顔を浮かべる名雪の姿があった

 

「――驚いたな?」

「っ!!」

 

俺の一撃を小太刀で受け止めた名雪は動きが止まっていた

俺の一言で慌てるように体が動き出す

後ろへ退こうとする名雪に対して俺は小太刀の刃を引かせない

そのまま片手剣を振り切り、小太刀を弾くようにして名雪を退ける

名雪は僅かに後ろへとよろめき、俺は一歩を踏み込み剣を振り下ろす

 

――“斬光ザンコウ――

 

放たれる光の斬撃

この至近距離だというのに、名雪は片足で床を強く蹴り体勢を横へと運んだ

そして倒れかけるが手を床につけて防ぎ、そのまま脱兎の如き速さで距離をとられる

優れたバランス感覚に、天性の俊足…………強過ぎるぞ

俺は追いかける気すら湧かず、距離をとり動きを止める名雪をじっと見つめるだけだった

 

「凄いとっておきだな。ビビッたよ」

「………………」

 

俺の褒め言葉に名雪はじっ、と俺を睨むように見つめる

今の攻撃をどう防いだのか、を考えているのだろうか

だが、そんなもの答えはない

俺に名雪の姿は見えていなかったし、恐るべき動きだと思う

横から名雪が現れたことを考えると、あのスピードでほぼ直角に横へ移動した、ということしか考えられない

ほぼ無理だろう

だが、実際に名雪はして見せたのだ

だからこそ、脅威の技なのだ…………常人で出来ることじゃない

沈黙が数秒続いたが、名雪が閉じていた口を開いた

 

「……“紫電しでん”を防がれるとは思わなかったよ」

「偶然だよ。とんでもないとっておき、だったな」

 

僅かに笑みを見せる名雪

控えめな笑顔はやはりいつもの名雪と違う

俺の返答をそのまま受け取るか、余裕の発言と受け取るかはわからない

俺は片手剣を構えつつ、魔力を高めていく

これ以上、名雪のスピードに翻弄されたらやられる……大魔法でケリをつけよう

名雪を倒す算段を考えていると、名雪の口から驚きの発言が飛び出した

 

「……祐一なら、私の本気……受け止めてくれるよね」

 

 

 

 

 

 

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